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19. 神殿総本山


しん、と静まり返っていた。


そこには、静謐(せいひつ)な空気が満ちている。

滔々(とうとう)と湧きでる水。

全ての生命の源。


全てを洗い清める泉。

罪を(すす)ぎ。

新しい生命を育む。


そして、使命を、与える。



♢♢♢



神殿は、たった7人の盗賊集団によって占拠されていた。


彼らは、巡礼の信者を装って侵入したようだった。

神殿は、一般の信者のために一部の礼拝堂を解放している。

だから、そこまでは簡単だった。


問題はその先である。

一般人の立ち入りを制限する区画。

その最奥に目的地がある。


いかに彼らに実力があっても、多勢に無勢である。

ここには、多くの神官と聖騎士がいるのだから。


それ故に、彼らは人質をとったのである。


聖職者ならば。

人質を殺すと言われれば、剣を下ろすしかない。


いかに、重要な地であろうとも。

どれほど価値のあるものであろうとも。

命には、かえられない。


そうやって、奥に進み。

神殿を無力化したのである。




全ての神官と聖騎士は、一番大きな聖堂に監禁されていた。


見張りは4人。

いずれも戦闘力の高いものばかりであったが、対人戦闘に躊躇のないアッカーたち冒険者による激しい攻撃の末、確保された。


『人質を殺すぞ!』

という脅しを最後まで聞かず、人質に向けられた刃にも躊躇(ためら)わず。

さっと盗賊たちに攻撃をしかけた時は、目を剥いた。


だが、さすがアッカーというべきか。

人質が傷つけられる前に、一瞬で昏倒させたことは素直に賞賛に値する。

その後は、他の冒険者たちが残りの盗賊たちを倒していった。



しかし。

セイたち、聖職者からは非難轟々(ごうごう)だった。


それというのも。

人質は、首筋にあてられた刃のせいで、うっすら血が滲んでいる状態だったからだ。


それ以上、傷をおうことがなかったとはいえ、もしもということがある。

腕に自信があっても、もう少し慎重に動いて欲しいというのが聖職者一同の気持ちだろう。


アッカーは完全に無視をしていたが。




「神官長!」


彼もまた、縄で拘束されていた。

解放されたあと、ため息をついて、うな垂れた。


「人質を取られて、我々は動けなかった。

しかも、常に1人は喉元に剣を突きつけられている状態です。

夜の間も休まず、ですよ。

全員まとめて聖堂に監禁しているだけなら、なんとかしたものを…。」


彼は力なく目を伏せた。


「歴史上、このようなことは何度もありました。

だからこそ、その度に情報や立ち入る場所を規制してきたのです。

しかし、人質をとられては…。

いかに神聖な場であろうとも。

人ひとりの命にはかえられない。

その人の代わりなど、どこにもいないのですから。」


神官長の顔には濃い疲労が滲んでいた。


そうだったのか。

こんなことが、今までもあったのか。

それで、だんだんと閉鎖的になっていったのか…。


「しかし。我々を解放するためとはいえ、少々やり方が強引すぎませんか。

感謝はいたしますが、もしもがあったら、どうするのですか。」


先ほどまで、無力感や罪悪感に苛まれていたのはどこへやら。

今度はアッカーたち冒険者へチクリと苦言を呈する。


「それはお許しを。

一刻を争う事態だと判断したもので。

なにぶん、育ちも良くないのです。

今は反省しておりますよ。」


私は、わかってきていた。

アッカーという人のことを。

要約すると。


『うるせえな。

緊急事態だし、人質も無事だったしガタガタ言うんじゃねえよ。

ほかに良い方法があったなら、はじめからそうしてるに決まってんだろうが。』


こう言っているのである。

少なくとも、私にはこう副音声がついて聞こえた。


アッカー。

あんたって人は…。


私は少し呆れて、アッカーへ目配せしたしたのだが。

これも綺麗に無視された。


神官長は、ため息をついて。

静かに告げた。


「リーダーと幹部2人は泉です。

神の泉、周辺の結界は解いています。

神の泉へ祈りを捧げることが、彼らの目的のようですよ。」


神が姿を現わすことも、願いを叶えることもないとは思いますが。


ぽつりと神官長がこぼした呟きは、確信をもって辺りに響いた。




神官長が言ったとおり、神の泉には結界の影も形もなかった。

水の膜のような、目に見える形の結界だったので違和感を感じてしまう。


だが、昔はこのように誰でも入ることができる泉だったのだ。

現在では、聖職者でも儀式により神紋を与えられた人しか入ることができなくなってしまったが。



泉のほとりには、2人の男性が。

そして、最後の1人は泉に浸かって、祈りを捧げていた。


私は離れた場所で、その光景を見ていた。

見届けるべきだと思ったから。

みんなに聖堂で待っているように言われたけれど。

アッカーにいたっては、

『足手まといは邪魔だ!』

とはっきり言ってきたけれども。


見届けるべきだと思ったのだ。


泉では、戦闘になることはなかった。

私の記憶では、この3人はかなり強かったのだが、抵抗をする気配がなかった。


はじめに、泉のほとりにいた2人が、アッカーたちに気がついた。

だが、その2人は静かに佇んでいるのみ。

彼らは、拍子抜けするほど、おとなしく確保された。


そして。

泉にいた彼は。

ちらりとも振り返らず、ただ一心に、神に祈りを捧げていた。


アッカーたちに確保される、その瞬間まで。



なぜなのだろう。

カラの沼地で襲われたとき。

村を蹂躙していたとき。


それらのときと、違う。

3人とも、とても同一人物とは思えなかった。



こうして。

神殿総本山は、アッサリと解放されたのだが。


私の心は、奥歯の間に何かが挟まったままのような、どこかスッキリとしない何かを感じていたのだ。



そう。

全て、神の泉に祈りを捧げるために行ったことならば。


なぜ?


なぜ、神の泉に祈りを捧げる必要があったのか?

ここまでせねばならなかった理由は?


疑問は残っているというのに、私たちは…。


この事件から。

手を引かねばならない時が、きてしまったのだ。


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