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17. 再会


その日のことは。

鮮明に、覚えている。



鼻が折れ、目が陥没する。

拳を叩きつけるたびに、血が舞った。


もう意識もない男を、ただ殴り続けた。


「ハーク?!何をしているんだ!!!」


気づかれたのか。


後ろから、仲間に羽交い締めにされている。

もう1人の仲間が、慌てて男に駆け寄った。


男の状態を見て息を飲む。

呼吸を確認して。

手首の脈をみて。

やがて、首を横に振った。


なんだ。

もう死んでいたのか。


どうしてだろう。

復讐を果たしたというのに。


思い知らせてやったのだ。

彼女の恨みを。

俺の恨みを。


なのに、どうしてだろう。

まるで実感がない。


どうしてだろう。

こんなにも、鮮やかに命乞いをする男を思い出せるのに。

命の火が消えていくところを、見ていたはずなのに。


俺の憎しみは。

怒りは。


なぜ。

増幅していくのだろう。



♢♢♢



「ねえ、アッカー。

私も使命が欲しいの。

神さまに願ったら、貰えると思う?」


移動は馬だった。


もちろん、馬になんて乗れるわけがないので、アッカーと相乗りである。

彼の乗馬の腕はかなり良いとのことだが、伊達に車や電車に慣れた日本人をやっていない。


物凄く怖かった。

安定感、なにそれ美味しいの?


ということで。

あまり速度を上げることなく、比較的ゆっくりと進んでもらっている。

それでも、今までの徒歩に比べれば、段違いの速さだった。


アッカーの顔を見ることはできないものの、呆れた気配を感じることはできた。


「貰えるもなにも、すでに与えられているだろ。」


さらには、

『お前は何を言っているんだ』

と呟くオマケ付き。


いやいや…。

それは、アッカー。

あなたが、こちらの世界の人間だから。

さらには神を信仰しているから。

そう信じて疑っていないのだろう。


「私は神子だよ。元はこの世界の人間じゃない。

だから、生まれる前に使命を与えられてるわけじゃない。」


そう説明したのだが。

どうやら、こちらの世界の人間であるアッカーは、そうは思っていないようだ。


「たとえこの世界の人間でなくても。

使命のない人間なんていねえ。

使命という言葉に違和感があるなら…。

心の奥底にある、これがしたいという希望と言い換えてもいいんじゃねえか?

何もない人間なんていねえよ。」


本気でそう思っていることが、よくわかる。

物心つくころからの価値観というものは、やはり大きいのだ。


「ないんだよ。私には。

やりたい事とか、ない。

だから、使命があるっていいなあと思ってる。」


「やりたい事がないってのは違うと思うが。

お前、いつも同じような生活しかしてねえだろ。

ギルドでの毎日しか知らねえが、神殿でも、それこそ元の世界でも、毎日ルーティンだったんじゃねえのか?

それで、どうやってコレというものに出会うんだ?」


痛恨の一撃。


そのとおり。

確かにいつも同じような毎日を送っていた。

こちらでも、あちらでも。


相変わらず、オブラートに包むということを知らない男だが。

彼の言葉は、いつも彼なりに正しいと思っていることである。

私を攻撃しようと思って言っていることではない。

そして、私もそのとおりだ、どこか感心してしまう。


「お前、苦手なことはなんだ?

興味がないことでもいい。

一回、手をだしてみろ。

もしかしたら、それが使命と繋がっているかもしれないぞ。」


やってみたら案外いけるということも多い、とアッカーが付け加える。

私には逆立ちしても出てこない考えが飛び出してきた。

すごい。


そうか。

無意識のうちに避けていたことの中に、やりたい事があったかもしれないのか。


そういう考えも、あるかもなあ。



♢♢♢



しんと静まり返る場。

首に刺青。


「ハーク…。」


仲間の悲痛な顔。

そして。

その仲間にも、刺青が。


これだけは。

悪いと思っている。

パーティは連帯責任だから。

刑法では、自分1人の責任、罪。


しかし。

ギルド法においては、パーティ全員の責任。


それ故に。

仲間の首にも、違反による冒険者資格剥奪(クビ)を意味する刺青が彫られている。


仲間に、生涯消えぬ証を刻んでしまったことについては、本当に申し訳なかった。


「…悪かった。

お前たちを信頼していないわけじゃなかった。

だが、もう限界だったんだ。本当に、悪かった。」


ゆっくりと全身の力を抜く。

そして、目の前の仲間に頭を下げた。

同時に、後ろで俺を羽交い締めにしていた男の腕の力も抜けていく。


「すべてが終われば、おとなしく軍にもギルドにも出頭しよう。

約束する。だが、それまでは…見逃してくれ。」


はっと、仲間が顔を上げる。

それと同時に、肩を強く掴まれた。


「それはどういうことだ?!

すべてが終わればって、見逃してくれって!

お前は、他に何をするつもりなんだ?!」


「決まっている。神殿だ。

神殿の総本山だ。

そこにしか、道はない。

もう俺には、そこしか…ない。」


仲間が絶句する。

それはそうだろう。

無謀だった。

神話に頼ると口にしたのだ。


そして。

神話の時代ならともかく。

今の時代では、神の泉に立ち入る許可など期待できない。


神殿が、閉鎖的になったのはいつからだったのか。

いつの頃からか、神の泉には結界がはられるようになった。

一般人どころか聖職者ですら、立ち入りの制限があると聞く。


それでも。

行かねばなるまい。


彼女が待っている。

彼女に、会いたい。


それしか、道はなかった。


そして。

もしも、来世の光を浴びることができるのならば。

そのときは、今度こそ…。



♢♢♢



その町は、人で溢れていた。

そこらに神官と聖騎士らしき人々。


「地方神殿の奴らも、とうとう動いたか。」


どうやら、総本山との連絡が途絶えたことで、ギルドと同じ結論に達したらしい。

各地の神殿が人を出し、総本山へ向かわせることにしたようだった。


この町は総本山の目と鼻の先。

ここが一時的に拠点として選ばれたようだ。


東の街ほどではないが、町というだけあって、そこそこの規模がある。

主要な施設の支部があり、神殿もあった。


きょろきょろ、とあたりを見回していたら。

どこか見覚えのある青髮と金髪が目に入った。


「えっ…。」


まさか。


まさか、あの2人は…。

ふらふら、と足が勝手に進む。

心臓が、どくどくと脈を打つ。

期待と焦燥が入り混じる。


「おい、ユカリ!!勝手に離れるな!!」


後ろから、アッカーに腕を掴まれて引き戻された。


だが。

待って!

あの2人は…!!


なんと説明したら良いかわからず、焦りだけが募る。

反射的に腕を振り払おうとするが、そこは実力者、いとも簡単に抵抗を抑えられた。


「なんだってんだ?

おい、ユカリ?どうしたんだ?!」


私は今、それどころではない。

一心に、2人組を見つめていたら。

なんと、その彼らが振り返った。


「…セイ!キー!」


やっと、声が出た。


ああ、生きている。

やはり、2人は生きていた…!!


セイとキーも、大きく目を見開く。

一瞬、茫然としたようだが、すぐに我を取り戻して、こちらに駆け寄ってきた。


「「ユカリさま!!!」」


突進するように近づいてきたセイに、思いっきり抱きしめられる。

さらに、その上からキーも腕をまわす。

私たち3人は、しばらくの間。


人目もはばからず、ぎゅうぎゅうと抱きしめ合ったのだった。




「つまり、あんたらは沼から消えた神官と聖騎士か!!」


「ギルド?!しまった!

情報を寄越すことなんてないと思い、全くその可能性を考えていなかった!!」


「良かった!

沼には、影も形もないって言われてたんだよ!

生きてて…生きてて、良かった…!!」


「なんということ…!

ユカリさまに疑いがかけられていたなんて!

ああ、神よ!!」


まさにカオス。


いったん落ち着いて。

情報交換を、と場所を移動した。

そこでお互いのこれまでの経緯を語ったのだが。


結果として。

そこには混沌とした場が生まれていた。

誰も、人の話を聞いていない。


私たちが、冷静や傾聴という言葉を思い出すのは、それから約1時間後のことである。




セイとキーの2人は、地方神殿の聖職者からなる調査隊の一員となっていた。


総本山の様子を確認しに行く第一陣だそうだ。

そこに、私とアッカー率いる冒険者たちも加わることになった。


聖職者たちは、あまり良い顔をしなかったが、神子の護衛ということで納得した。


「ユカリさま。

先日は私の失態が、あなたにご不便をかけてしまいました。

本当に申し訳なく思っています。

ですが、今度こそ、あなたをお守りさせてください。」


キーが、その場に跪き私に許しを請う。

誰だよ、物語の勇者みたいとか言った奴は!


これは違う!

王子さまだ!


もはや疑う余地もないくらい、キラキラの王子さまだよ!!


「キー、立って。キーのせいじゃない!

謝ることじゃないよ。

それに、また護衛してくれるなんて嬉しい。」


悪いのは盗賊集団である。


それに。

こんなキラキラ王子さまに、跪いてもらうなんて、こっちが申し訳ない。

というか、日本人はこんな扱い慣れていない。


これ、私が若かったら惚れてるぞ!

というか、少しときめいた!


「ありがとうございます。

ユカリさま。誠心誠意、お守り致します。」


「キーって、本当に控えめだよね。

最近、事あるごとに怒鳴る人と一緒だったから、なんだか新鮮だなあ。」


思わず、ぽろっと本音がこぼれ落ちる。

とたん、ぎろりと鋭い眼光が飛んできた。


うわっ、ごめんごめん!


「ひ、控えめ…??」


セイが顔を引きつらせる。

それ誰の話?という顔だ。


あれ?

キーって、そんなイメージなんだけど。

セイはそう思っていないのか。


もしかして…これ聖騎士の標準装備?

すごいな、聖騎士って。


「聖騎士たる者、常に謙虚な姿勢を心がけておりますので。

しかし…ユカリさまにそう仰って頂けるとは。」


眩しいくらいの、爽やかな笑顔。


にっこりと微笑んだキーは、セイの呟きをまるっと無視したのだった。



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