12. 不穏
神話に曰く。
精進潔斎のうえ、神の泉にて祈りを捧げ続けたなら。
祈りに応えて、神が姿を現わすことがあるという。
神は祈りを捧げた者に、褒美を与えるだろう。
♢♢♢
こくり、と喉をとおっていく。
口の中に広がる苦味。
良薬口に苦し、とはこのことだ。
医師の診察を受け、睡眠用の薬を処方された。
今度こそ眠らないと、本当にアッカーに殺されてしまう。
大げさではない。
だって、今も薬をきちんと飲むかどうか、じっと睨まれていたのだ。
それも、親の仇でも見るように、だ。
この人、本当に怖いんだから。
寝台に横になると、途端に頭がくらりとした。
さすが薬。
これは本当に眠ることができそうだ。
あとは…夢を見なければいいのに。
そう思っていたら。
すっと、瞼の上を手が覆った。
「寝ろ。何日、寝てねぇんだ。
うなされたら起こすって言ってんだろ。」
言っていることは、私を心配する内容のはずなのに。
どうして脅すような声音になるのだろう。
なんだか、おかしくて。
小さく笑うと、またもや怒りが爆発したようだった。
「てめえ、いい加減にしろ!!
早く寝ちまえ、クソガキが!!」
寝ろと言いながら、耳元で怒鳴るのはどうなんだ。
しかし、薬が良く効いたのだろう。
私の意識は、徐々に深海に沈んでいくようだった。
『カラの惨劇を夢に見て眠れない奴が、共犯だとは思ってねえよ。』
完全に眠りに落ちる前。
ぽつり、と誰かの呟きを耳が拾ったような気がした。
♢♢♢
― なあ、聞いたか?
あの子、倒れたらしいぜ。
― ああ、そうらしいな。
かわいそうに。
あれはもう、助からないかも…。
― なあ、あいつは大丈夫か?
― わかんねえ。
ここのところ、ずっと付き添ってるからさ。
俺も会ってないんだ。
― 神話みたいに、神が助けてくれたらいいんだけどな。
あいつ、本当に幸せそうだったのに。
― ああ。
奇跡が起これば、確かに万々歳だけどなあ。
さすがに、それは無理だろ。
― いや、そうだけどさ。
あまりにも、あいつが不憫でさ。
つい、な。
♢♢♢
ぱちり、と目を開く。
窓の外は、すっかり夜の闇に包まれている。
医師の診察は午前中だった。
どうやら、しっかりと休むことができたようだった。
「起きたか。」
静かにかけられた声に、心臓が飛び出そうになった。
「うわっ!」
寝台脇の椅子に腰かけて、こちらを見るアッカー。
え、いたの?
ずっといたの?
うなされたらって、アレ、本当に実行したの?!
引いた。
いや、心配してくれたことは理解している。
いつも怒鳴りながらとはいえ、面倒見がいいのだ。
だが、一瞬一瞬に現れる感情は別物である。
すぐに、感謝の気持ちも湧いてきたし、反省もした。
だが、その一瞬を見逃さないのが、目の前の男だった。
びきっと音がするほど、青筋が浮いた。
おそらく、怒りが渦巻いているに違いない。
「ちがうちがうちがう!感謝してる、ありがとう、ごめんなさいっ!」
もはや、条件反射のように弁明の言葉がでてくる。
そんな私をひと睨みしたあと。
小さくため息をついて。
アッカーは、現在の状況を話しだした。
「まあいい。ところで、神殿総本山の件だが。
やはり未だに連絡が取れない。
ギルドだけじゃねえ。国もだ。
こりゃもう、総本山でなにかあったと考えるのが妥当だろうな。」
ああ。
そういえば。
悪夢のことに気をとられて、すっかり忘れていた。
おそらく神子だろうと返事をくれたけど。
正式に証明できていないから。
私の容疑、まだ晴れていなかった。
「個人的にはもう疑っていねえよ。
だが、ギルドとしては疑わしいままだな。
ったく、神殿で何があったんだか。
さすがに神殿に干渉するような権限なんて持ってねえぞ。
ギルドも国も、な。」
イライラとした様子で、アッカーが腕を組む。
ここ数日で知ったことだが、神殿は非常に閉鎖的な組織だった。
信者への説法の場や、貧民への炊き出しを欠かすことはないし、闇の浄化や魔物の討伐など、精力的に活動はしている。
だが、神殿という組織の内部に関しては一切の情報を漏らさない。
組織の系統がどうなっているのか、外部の人間にはわからないのだ。
そして、活動内容に関しても、いずれの組織にも干渉させなかった。
そういう状態であったからこそ。
聖職者の身元の照会にも条件があり、おいそれと誰が所属しているのか明かさない。
神官の身元照会の3項目は、そのような神殿の在り方を表している。
政教分離。
徹底している。
だが、神殿に対して、各国もそこまで口を出そうとは思わなかった。
こちらの世界の人は、日本人よりも敬虔な人ばかりだ。
政策に対して、神殿が何か反対したなら、多くの民が神殿を支持してしまう。
国としては、神殿に干渉しないことで、政策に干渉されないのなら、その方が良い。
だからこそ、お互いに口を出さず、うまくやっていたのだ。
しかし。
こんな時は不便である。
神殿総本山で、もし何かが起こっても、どこにも助けてもらえない。
各地の神殿も、総本山に従っている立場である。
いま現在、不穏な状況であるにもかかわらず。
どこにも手が出せない。
そんな困った事態となっていた。
そういえば。
盗賊集団のほうはどうなったのだろう。
「お前な。一応まだ容疑かかってる相手に話すわけねえだろ。
さらに言うと、容疑が晴れても言うわけねえ。
捜査情報を漏らすバカがどこにいんだよ。」
これでも特別査問委員会の調査員だぞ、と呆れ混じりに言われてしまった。
さらに、お前の世界ではホイホイと話すもんなのか、とも。
返す言葉もなかった。
仰るとおりでございますとも…。
♢♢♢
― もはや、このままではいられない。
神よ、お許しください。
私は罪人です。
いかなる咎も受けましょう。
ですが、その前に。
私の望みを叶えていただきたい。
そのためにも。
神殿へ。
総本山へ。




