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9. 冒険者ギルド イーロ支部


王都イーロ。

神殿総本山の北に位置する、政治経済の中心地。

この国で、王都イーロほど人と物が集まる場所は他にないだろう。

当然、冒険者ギルドもある。


冒険者ギルド、イーロ支部。

支部には、VIP用に客室が用意されている。

文字どおりVIPなお方から、警護の必要な人物、さらに貴人の犯罪における簡易な牢としても機能する優れもの。

そして現在、そのうち1部屋は使用中である。

少々、いやかなり変わった人物が滞在しているためだ。


その名も、ユカリ。

カラの村で保護された神官、らしい。

らしいというのは、神官のローブを着ていることしか情報がないからだ。

彼女は、カラの村事件の重要参考人。


(おおむ)ね、捜査には協力的である。

盗賊について、容姿や会話の内容、襲撃の様子を覚えているとおりに話している。

そう思われる。


だが、本人確認という話になると、ユカリと名乗るのみ。

神殿総本山の所属で、カラの沼地に浄化に来ていたところを拉致されたと主張しているが…どうにも怪しい。


なぜなら。

神官の身元照会に必要な情報を提供しないためである。

出身地、聖紋もしくは神紋、聖具。

名前の他に、この3項目をもって神殿へ照会できるのだ。

情報を提供しないのは明らかにおかしい。

神殿に照会されたくない後ろ暗い理由があるとしか思えない。

そのため、ローブ姿ではあるが、神官としては不審な点があると判断された。


もしや、本当の神官を襲い、成り代わっているのでは?

全ては演技で、どこかで盗賊集団と繋がっている人物では?

だからこそ、無傷で解放されたのではないか?

神官のローブ姿なら、無傷でも怪しまれないと計画していたのだとしたら?


しかし、怯えた様子が演技にしては真に迫っていた。

さらに、隙だらけなのである。

神官を襲って成り代わるような戦闘力があるように見えない。

浄化の力を持っていることも本当のようだった。

軍部は、このユカリの扱いに非常に困ることになった。


そのような経緯があり、持て余した東の街の軍部は、規定どおりに王都へユカリの身柄を託した。

盗賊たちは、元冒険者からなる集団。

もしも関係者ならば、冒険者ギルドに情報があるのではないか。

そこで、さらに王都の軍本部からギルドのイーロ支部へ移されることとなった。


冒険者ギルドは違反者を許さない。

違反行為をし、資格なしと判断されると、即座に冒険者の身分証であるタグから魔術が発動する。

タグが首の刺青となるのだ。

つまり、違反者本人と会わずとも、その場でクビを宣告することができる。


その後、何事もなければ冒険者ギルドとの関わりもそれで終わり。

しかしながら、違反するような人間は犯罪に手を染める者も少なくない。

そのため、元冒険者の犯罪には冒険者ギルドが責任をもって各国の軍や治安部隊に協力している。

冒険者は、誰にでもなれる職業である。

それ故に、冒険者ギルドはここまで厳しい姿勢をとらねばならなかった。


それはもちろん、元冒険者でなくとも、彼らの犯罪に協力した人物にも向けられる。


すなわち、このユカリという人物に対して、身柄を引き受けたアッカーも、疑いの眼差しを向けていたのである。


冒険者ギルド本部、特別査問委員会。

盗賊集団の調査担当主任、アッカー。


彼は泣く子どころか、屈強な冒険者も黙らせる。

容赦なく、ユカリに真実を吐かせる気であった。


しかしながら。

彼の聴取は難航する。


ユカリが、ただの世間知らずだったので。



♢♢♢



彼女は身元照会の3項目について、全く知らなかった。


ユカリも、不穏な空気を察してはいたが、そんな重要なことを聞かれているとは思ってもみなかったのだ。

同じことを何回も尋ねられることを、日本の刑事モノのドラマや小説で知っていたためである。


日本での普通が、こちらの普通とは限らないのだが。


ただし、人を変え場所を変えて、質問される度に、何か良くないほうへ進んでいる気もしていた。

でも、まさか別世界の出身と言うわけにもいくまい。


さらに、神紋のことは神の泉の件で知っていたが、自分の身体にはないし、聖紋にいたっては何のことか意味不明。

聖具についても同様で、それらしい道具なんて神殿から渡された覚えがない。


神殿において、ユカリは神子なので、神官と同じ3項目なんぞ全く登録されていない。

彼女が身元を証明するには、神子であると告げるほかはなかった。


だが、ユカリは異世界から来た神子だと説明をすることを躊躇(ためら)った。

コクトへ説明したときと、同じ気持ちだったのである。


世間話の中で自身の身元をはぐらかすことと、正式な捜査における本人確認で身元をはぐらかすことは全く違う。


ここにセイかキーがいれば、悲鳴をあげていたに違いない。

なりふり構わず、ユカリに代わり、

『神子さまです!』

と叫んでいただろう。


だが、悲しいかな。

彼らは血眼になって、ユカリを捜索してはいたが、ギルドに身柄をおさえられているとは思わず、お互いの無事を確認することもできないままであった。



♢♢♢



疲れた。

ものすごく、疲れた。


聴取や情報分析について慣れはあっても、そもそもの自分は戦闘力の高さを評価されてきた人間である。

最後に頼るのは、いつも腕力であった。

今までは、それで全く問題なかったはずなのに。


特別査問委員会の相手は、罪を犯した元冒険者。

荒くれ者が相手である。


表向きは各国の軍及び治安部隊への協力だが、実際に彼らを確保するとなれば特別査問委員会の出番となる。


軍や治安部隊に実力者がいないわけではない。

冒険者を育てるのは、他ならぬ冒険者ギルドである。


違反して冒険者資格を剥奪したからといって、ハイさようなら、では無責任にすぎる。

世界各国から、そのように批判されたがために、特別査問委員会が発足し、元冒険者の犯罪は冒険者ギルドの管轄という暗黙の了解ができたのだ。


確保されれば、もちろん各国の司法機関で法のもと裁かれる。

そこにギルドは干渉しない。

だが、それまではギルドの仕事となっていた。


つまり、特別査問委員会のメンバーは腕力あってこそである。

その他の能力も求められるが、実際に元冒険者と相対する際に戦闘力が低いと話にならない。

だから、アッカーも腕力に物を言わせたことは1度や2度ではなかった。


それがどうだ。

今回の事件において、共犯の疑いがある人物ということだったのに。

自分の状況を理解しているのかも疑わしい、脳内お花畑の相手をすることになるとは。


これだから。

こんなことがあるから、人と関わるのは嫌なのだ。

冒険者は、パーティを組んで活動することもできるが、もちろん単独で活動する人間も多い。

だから冒険者になったのだ。


だというのに。

気がつけば、ギルド本部の特別査問委員会という組織に所属させられていた。

冒険者やギルド職員のみならず、各国の政府関係者に元冒険者の親類縁者など、関わらねばならない人間が多すぎる。


もはや呪われているのではあるまいか。


アッカーは、その広くて逞しいはずの肩を落として、深くため息をついたのだった。


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