第七話 曳見信用金庫防衛戦その七
春の陽気な日差しを感じた。搬送中のことは全く覚えていない。救急車に運び込まれたと思っていたら直ぐにこの総合病院のベッドで目を醒ましたのだ。背中はまだ強く痛むが、寝返り程度なら行ける。
「大丈夫か?」
声でわかった仁志だ。
「ああ、ところでどのくらいたった?」
「まだ二日しか立ってないぞ」
仁志はスマホをいじりながら答えた。すると一樹はペットボトルに掬ったスライムを思い出す。しかし、腕が動きにくい。そして何より仁志はお節介だから直ぐに信用金庫のスライムの問題にも食いついてくるだろう。幼馴染として、必要以上に迷惑は掛けられない。
「曳見信どうなった……?」
「なんか、理事長が当分の間信用金庫事業を継続するとかで本店を浜松に戻すみたい……。一樹、悪い。俺そろそろ俺行かないと」
「陸上部か?」
「ああ、仮入部だけどな」
そう言って小走りで仁志は戻っていった。
仁志が行ったのを確認すると、痛いながらも脇の机にある鞄に手を伸ばす。
そもそも、スライムって途中で逃げ出したりしていないだろうか、そんな不安もあったがしっかり
とペットボトルの中に幽閉されている。
「あ?何見てんだよ。ここから出せや!」
スライムがそんな風に言っている気がする。全身麻酔は術後譫妄を起こす可能性があることを一樹は知っていたため、特に気にしなかった。
「おい、術後譫妄ちゃうぞごら」
やっぱり喋っている気がする。そんな気がしてならない。
「なんか言えや」
一樹は生粋の静岡県民であり、関西の人との付き合いなど全くなかった。それなのにこの幻聴はイントネーションがテレビで聞いたものにそっくりであることに疑問を抱く。
「やっぱり喋ってるのって……君かい?」
ペットボトルに囁く。
「ああそうやで。文句あるんか」
文句といえば違うが、一樹がスライムに対して言いたいことは多かった。
「文句というか……なんでスライムが喋ってんの?」
スライムには顔が無い。360度どこから見たって金色のスライムだ。でも、今の質問でスライムがキョトンとしているのが一樹は感じ取れた。
「……スライムが喋ったら違法なん?」
「いや、……合法だと思うよ。でも……」
「じゃ、あれか?国連の総会で決議されたんか?この”ニホン”という国では憲法で禁止されてるんか?それとも静岡県の条例で喋ったらいけないっちゅうんが禁止されてるんか?」
所詮はペットボトルに入っているスライムだ。人間とペットボトルの数分の一。大きさでは圧倒的に人間が有利にも関わらず、スライムの声の気迫は並の人間を圧倒していた。
「わかった。わかった。もうこの話はなしだ。で、君は何者?」
「まずお前が名乗れや」
ゆっくりとスライムは言った。しかし、その声色と関西弁で殺気の籠もった声にしか一樹は聞こえなかった。
「あ、はい。堀田一樹、一五歳です」
一樹はスライムの言動にいちいち恐怖しながら話を進めた。
「ワイは泥状型寄生生命体やで。本星から派遣されたんや。で、さっさと出せや」
「それ、言っていいの?」
「薄々気づいてたやろ。それに、ワイもいやいや向かわされてたしな。はよ出せや」
「あ、はい、寄生ということは人の体を乗っ取って信用金庫を銀行に転換しようとしてるの?」
「なんでそこまで教え中あかんのや」
スライムはペットボトルの中で暴れていた。
「スライムってさ、職員を痛める出てきたよね。ということは痛いの苦手なんだよね?だったら、殴ったら──」
握りこぶしを見せようとするものの、うまく力が入らない。
「わかった、わかった。言うわ。せやからやめーや。人口増えすぎたから地球植民地にしたろ!って思って経済的な支配もしようとしてるんやで」
「ほう」
一樹は今までの金色のスライムの正体が謎だったため、全てわかったことで精神的にもだいぶ楽になった。
「一樹くん?目が覚めたのね」
廊下を歩いていた看護師が喋っている一樹に気づいた。
「は、はい」
「ワイは黙っといたほうがええやろ?」
一応このスライムは頭は回るらしい。怪我が治ったら信用金庫のことなんて気にせずに青春を謳歌したいものだ。そう一樹は思った。