第五話 曳見信用金庫防衛戦その五
放課後、一樹は恐る恐る昨日の事件があった信用金庫を覗いてみる。駐車場、駐輪場ともにまっさらであり、臨時閉店という紙が張り出されていた。
昨日一樹は忘れていたが、信用金庫に来た理由はお金を下ろしに来たからである。しかし、突然の職員暴徒化によりすっかり目標を忘れていたのだ。
スマホを取り出し近隣の店舗を探そうとするが、真っ先に目に飛び込んできたのは目を覆いたくなるような物であった。
『世間を賑わす曳見信、職員がマスコミに暴行で三人逮捕』
この様子ではどこの店舗も臨時閉店か警察の立ち入り調査が入っているに違いない、と一樹は思った。ATMなら大丈夫かと思いきや、銀行への転換手続きの事情でサービスが休止しているということもスマホ画面に写っている。
しかたない、そう思い家に自転車を走らせようとした。すると、祥佳が向こう側を自転車で走っていることに気づいた。信用金庫に関することを聞くと、祥佳は怪しい行動することを一樹は思い出す。
「あれ?一樹、どうしたん?こんなところで」
仁志の声だった。これから祥佳に付いて行くなどと言えば、変な噂を立てられかねない。
「いや、信用金庫閉まってるから旧本店に行こうと思って」
祥佳は信用金庫の事件につして何かを知っている。そして、金融機関に異常なほどの興味がある。だとしたら、曳見信の旧本店に現れるかもしれないと一樹は考えたのだ。
「旧本店っマスコミ押しかけてるだろ?というか、職員が殴りに掛かるから辞めといたほうがいいって」
「でも、持ち金無いから……」
止めてくれる仁志を申し訳なさそうに説得する。
「そうか、なら俺も街の方に用事あるから一緒に行こうぜ!な?」
「ああ」
話によると、仁志は陸上競技で使うスポーツ用品を買いに駅前の百貨店に行くらしい。
「曳見信にお金預けてる人って大変だよな。今下ろせないんだろ?」
信号待ちをしている時に仁志は話しかけてきた。
「ああ、全くだよ。でも、曳見信以外に口座持ってないし。そういや仁志は?」
「俺は中日本銀行。将来的に名古屋に出て起業しようと思ってるからな」
そう言って仁志は車道側の信号が赤に成ったのを確認すると、真っ直ぐペダルを強く漕ぎ始めた。
「起業って何の会社?」
「そうだな……スポーツインストラクターの斡旋とスポーツ用品の販売会社かな」
仁志はあまり時間をおかずに答えた。やはり、将来的になりたいものが決まっていると楽なんだろうか、そう思った。一樹も真っ直ぐペダルを漕ぎ出そうとするが、すぐ横の信号も青になっていることに気づく。あれ?どっちの方が信金に近いっけ?ど忘れで一瞬混乱する。ここは仁志の通った横断歩道を渡ろうと、一樹も少しよろけながらペダルを漕ぎ出した。
街中に入り、周囲に見えていた建築物はどんどん巨大化していき、住宅は希薄になる。
「じゃあ、俺はここで。気をつけろよ」
そういって仁志は駅前の百貨店の方へ向かっていった。
「ああ、もちろん」
仁志はに聞こえたのかわからない別れを交わした後、旧本店がある通りへと入る。
スマホで旧本店の位置を確認しようとしたが、杞憂に終わった。大勢のマスコミ、そして預け入れを希望している人々が店の前で騒いでいる。いわゆる取り付け騒ぎというやつだろう。前に愛知県の信用金庫で取り付け騒ぎが起こったことを一樹はテレビで見たことがあった。
「おい!お客さんよ、こっちは商売でやってんだよ!勝手に口出ししないでもらおうか?あ?」
「何?こっちは会員だぞ?舐めてんのか?脱退してやる!出資金返しやがれ!」
店内からはどこかで聞いたことのある酷い怒号が聞こえた。群衆の中に一樹は体を無理に捩じ込ませ店内に入り、怒号の元を探す。
あいつは……高崎!一樹は鮮明昨日のことを鮮明に思い出す。今回も暴徒化しており、殴ったほうがいいのだろうか?でもこんな人の前でやったら退学沙汰になりかねない。正当防衛覚悟した昨日とは大きく異なり、だいぶ躊躇する。
「出資金返しやがれ!このクソ信金!」
「出資?生憎弊行は銀行に転換予定ですが、株式申込証拠金残高はありませんよ?出資とは一体?」
高崎は脱退すると宣言している初老の男性をひたすら電卓で殴り続けた。鈍く酷い音が店内に響くも、群衆は財産に目が眩んでまるで聞いていなかった。
これならいける、そう一樹は思い鞄から電子辞書を取り出した。
株式申込証拠金(勘定科目)……株式を取得する者が新株式を購入する時に払った金額のこと