第四話 曳見信用金庫防衛戦その四
一樹は目覚めが悪かった。なぜなら、酷い夢を見たと思っているからだ。銀行に転換しようと暴徒化した信金職員を倒して、信用金庫を守ろうという夢だ。全く、なんて酷い夢なんだろうか。そう思い居間に向かった。今からは聞き慣れたアナウンサー声が聞こえる。ニュースでもやっているんだろう。そう思い居間にある食卓の椅子に座る。食卓の反対側の椅子に座っている卓はテレビをずっと観て固まっていた。
「続いてのニュースです。本社を一方的に東京に移転した『曳見信用金庫』ですが、東海財務局は本社の移転及び、銀行への転換を一切認めないと発表しました。東海財務局は──」
曳見信用金庫の本社の前に多くのマスコミが詰めかけているのが見える。
「突然どうしたんだろうな、曳見信。突然転換なんて……一樹?どうした?」
一樹はこの時、面倒事に巻き込まれたのだと確信した。
「昨日晩飯食わなかっただろ?だから朝食をいつもより多くしたんだが……体調悪いのか?」
親に心配を掛けてはいけない。実際肉体面では体は悪くない。肉体面だけならば。
「いや、大丈夫。朝食食べるよ。ところで、増築した場所って何に使うの?」
「ああ、本売り場にするぞ。さあ、食え」
いつもよりこってりした朝食を聞きたくない曳見信の話題を聞きながら平らげる。支度を済ませ、鞄を背負う。そういえばと、昨日職員を殴る時に使った電子辞書を見る。しかし、血はどこにもついていなかった。そして、職員から吹き出た黄金色に光るスライムのような物体。不思議に思いながらも学校に到着する。学校はまだ中学校気分が抜けていないのか騒がしいかった。
「一樹、おはよう」
席に向かっていると先に来ていた仁志が挨拶を交わす。
「ああ仁志おはよう」
「元気ないな、どうした?」
「まあ、色々とね」
一樹は今朝スマホでいろいろ調べてみたが、昨日みたいな出来事や、金色のスライムに関する情報は一切見つからなかった。仁志はこんな状態を言ったところで信じては貰えないことを知っている。
「そうか、なにかあったら俺に言えよ?助けになるから」
「ああ、ありがとう」
考えに耽っていたが、時計が始業の時間になることに気がつく。すると、昨日と同じく教室の戸が勢いよく開く。
「おい!おまえらはいつになったら学習するんだ。ここは高校だ!おまえらが望んで、受験して、入れるようになった生意気な糞餓鬼が就職や進学に備える場所だ。倒錯してどうする!」
皆が席へと渋々戻る。
「今日から授業が始まる。それと、我が校は部活動は強制だ。所属しないことは認めん。今週中に部活動登録用紙を各部活に提出するように。以上だ」
關場は部活動登録用紙を配布するとイライラしながら職員室に戻っていった。
「なあ、一樹部活動どうする?やっぱり文芸部?」
西敷知高校の部活動はありふれた部活しかない。そして、家業が書店である以上文芸部だと思われるのは至極当然だろうと一樹は思った。
「一応言っておくが本はあまり読まないぞ」
「自分から読まないだけでいつも読まされているだろ。因みに俺は陸上部だな」
一樹は嫌なことを思い出した。小さい頃は毎日のように読み聞かせをされ、小学生に入るや否や文庫本などを読まされた思い出があるからだ。ただ、そのおかげで国語の成績は良い。
「流石は中学校の時に県大会準優勝なだけあるな」
「え?深澤君って県大会に出たことあるの?」
自分たちの会話を聞いたのか女子が集まってくる。仁志はイケメンな上にスポーツもできるためよくモテるのだ。
「そんな大層なものじゃないけどね。それと『ふかざわ』じゃなくて『ふかさわ』ね」
「キャー」
クラスのほとんどの女子だけではなく、他のクラスからも多くの女子が詰めかけている。やはりイケメンというのは人生上手く行きやすいんだろうか。一樹も決してイケメンではないが、悪くもないと思っている。
「いいよな、イケメンは」「そうそう、絶対得してるよな。それって垂直的公平に反するよな」
クラスの女子からは名字を間違われ、クラスの男子からは僻まれる。仁志も案外大変なのかもしれないと一樹は思った。
「ちょっとあんた、そこの席どきなさいよ」
仁志を見物に来た女子たちに席を乗っ取られる。しかたなく一樹教室内を歩いていると、祥佳が仁志の周りに群れていないことに気づく。
「江谷さんは、部活決めた?」
「私はこれから決めるわ」
祥佳は金融機関以外には興味がなさそう顔をする。
「そういえば、俺の家、増築した部分は本売り場になるって」
「そうなんだ。よかった。いい本入ったら教えてね」
祥佳は嬉しそうに喋る。
「ところで、昨日の件だけど。どうして曳見信に?」
昨日の信用金庫の事件の後、祥佳の様子がおかしいことを思い出し、質問してみる。
「え?それは、その、もちろん、あれだよ、あれ、そう、お金を下ろすためだよ?」
「ああ、そうなんだ」
昨日といい、曳見信のことを聞くと様子がおかしい。何か知っているのか?そう一樹は思い始めた。