第三話 曳見信用金庫防衛戦その三
無秩序で散乱していた教室内はすぐ秩序あるものへと成っていった。一樹も仁志も急いで黒板に書かれている自分も席へ移動する。
「私は關場菫だ。このHRの担任を務めることになった。私もおまえらと同じく今年この学校に異動してきた。漢字を間違えんなよ。ではまずおまえらの名前から確認してくぞ。一番、秋元──」
覚えようとしなくたって一年も一緒に入れば自然と覚える。一樹は無理に言葉の応酬に耳を傾けようとしなかったそういえば、あの彼女はなんという名前なのだろうか。窓際だからあ行だろうか。少しだけ気になり、一樹は読まれる生徒の名前に耳を傾ける。
「六番、江谷祥佳」
「はい」
「八番、押川──」
八番以降はまた耳を傾けずに過ごす。
「二十八番、深澤仁志」
「深沢じゃなくて深沢です」
仁志が声を上げる。
「そうか失敬」
關場が名簿に書き加える。
「二十九番、堀田一樹」
「はい」
自分の名前さえ言われれば、後は呆然としているだけで時は過ぎる。そう思い目を瞑る。そして、一瞬で時が過ぎる。
「おい、一樹。また寝てたろ。もう放課後だぞ」
前の席にいる仁志が声を掛ける。
「え?寝ちゃってたか」
興味のないことだとすぐに眠くなって寝てしまう。一樹はそれなりに悩んでいることであった。
「そういえば堀田君の家って増築するの?本も増えるの?」
祥佳が嬉しそうな顔でこちらに来る。
「まあ、そうだけど。でも、使い道は聞いてないな。本売り場かも文房具売場かもバックヤードかもしれない。聞いてみるよ
「そうなんだ。増築したらまた本買いに行くね」
彼女はあの時のように微笑みながら席に戻っていった。
「寝るなよ」
「嫌味か?じゃ、帰るか」
駐輪場から自宅に向かって一樹と仁志は漕ぎ出した。家が近くと言っても途中で分かれる。
「また明日」
元気な仁志は大声で挨拶を交わし一人になった。自宅まで自転車で移動していると、途中で地元の信用金庫である『曳見信用金庫』の看板を見かけた。
そういえば増築資金は信用金庫から借りてるのか、自分も口座もこの信金だし。一樹はこの信金の存在を改めて大きなものだと実感する。
高校生活は外食費や遊ぶ金が掛かるって言うしお小遣いを崩すか。そう思い自転車を信金の方へ向け走り出した。
信金に到着すると、自転車を駐輪場へ止めて中に入ろうとするが、躊躇った。中を見ると、偉そうな人と複数の信金の職員が揉めていた。それを気にしてか自分以外の客が居ないと一樹は思い恐る恐る店内に入りひっそりとATMの方へ向かう。
「なぜ銀行に転換するんですか。数年前に弊行ができた時に地域社会に貢献に尽力すると仰っていたでしょう?」
「昔は昔、今は今、弊行も少子高齢化の波に対処するためには銀行への転換が必要不可欠なんだ!そして、最終的には日本全国に支店を設け都銀に転換するんだ」
「なんのために合併したんですか?」「少子高齢化でも地域社会に貢献するために創立したんじゃないんですか?」「それに……」
反対意見を述べ続ける職員だったが、突如生気を吸われたかのように様子がおかしくなる。
「そうですね。やっぱり信用金庫の時代なんて終わりましたよね」
突然職員が偉い人の言うことに賛同し始めた。すると、他の職員も次々と賛同するような発言をすることに気づいた。
「今から本社を東京に移して都銀に転換しましょう」
「曳馬見附銀行か」「給料も上がるね」「こんなクソ田舎よりもやっぱり東京だよな」
おかしい。何かがおかしい。まるで精神を乗っ取られたかのような感じに一樹は恐怖を覚えながらも、偉い人に近づいた。
「あのー。質問なんですけど、どうして急に都銀に転換するんですか……?」
「あ?」
偉い人や職員は鬼の形相でこちらを見つめる。
「なんだと?糞餓鬼。信用金庫なんてな、もう古いんだよ!」
何に憤りを感じているのか一樹にはわからなかったが、逃げなければならないというのは直ぐにわかった。
なんだよ、これ。そう思いながら出口に駆け込む。しかし、自動ドアが開かない。そして、シャッターまでもが閉まろうとしている。このままでは何をされるかわからない。戦えそうな物は……と、急いで鞄を探る。中に入っていたのはクリアファイルや筆箱。そして……。
後ろから職員が襲おうとした瞬間。一樹は鞄の中に入っていた電子辞書で正当防衛になることを祈りつつ職員の頭部を殴った。すると『田崎』と名札をつけた頭部から血ではなく、黄金色に輝く液体のような物が出てくる。そして、その液体は少しずつ動き始めた。スライムだろうかと一樹は思った。しかし、そう深く考えている時間はない。次々と職員が襲いかかる。逃げるのに精一杯でさすがに大人複数人を相手するのは厳しかった。すると、さっき殴った田崎が意識を取り戻した。
「あれ?僕は一体……ああ、そうだ。僕は高校生を殴ろうとしてしまった。……宮下さんと高崎さん!何しようとしているんですか!?やめてください!」
すると宮下と名札をつけた女性職員が田崎に襲い始めた。すると、こっちが高崎か。一人なら戦えると思い機会を窺う。
「何?みんなどうしちゃったの?宮下さん!目を醒まして!」
不安になったのだろうか、田崎が宮下の顔面を殴る。
宮下は勢いよく壁に飛ばされる。
「やってしまった……。僕は、人を殴ってしまった。ああ、もう人生三十年、もう終わりが来たのか」
「田崎さん!助けてください」
田崎と宮下が戦っている間、一樹は高崎と戦っていた。本部の役人であろう威厳を放つ高崎は、その贅肉のついた巨体で一樹を圧倒している。そして、無駄に俊敏で一樹は苦戦を強いられる。捕まってしまい田崎に助けを求めるほかなかった。
「そんな、本部の、しかも役人を殴るなんて……できません」
さっき同僚を殴ってたのとは訳が違うらしい。
「高崎は中から電卓を取り出し、一樹を殴打する」
「どうしたら……」
頭を抱える女々しい田崎は使えない。そう思い死を覚悟する。すると、高崎の顔面に強烈な蹴りが加えられもろとも一樹が吹き飛ぶ。
そこに立っていたのはさっき田崎に殴られた宮下だった。
「君!大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」
安心するのもつかの間、二階から大量の職員が下りてくる。
「さあ、行くわよ!田崎も!」
そうして、僕たち三人はどうにか他の職員を殴り続けた。途中で高崎の意識が戻ってからは、その巨体次々職員を正気に戻した。
「ありがとう、この金庫を救ってくれて」
高崎がそうお礼を言い、大量の粗品を貰った。周りを見渡すとありとあらゆる物が散乱している。そして、金色のスライムは……消えていた。
「あの時の僕はどうして……」
また、田崎の他多くの職員が頭を悩ませていた。
一樹は疲れたので帰ろうとした時、トイレから見覚えのある女性が出てくる。祥佳だ。
「君、大丈夫?」
宮下が駆け寄る。
「ええ、大丈夫です」
宮下は胸を撫で下ろす。
「よかった。それにしても、どうしてトイレに?」
「え?あ、うん、その。途中で職員が変だなと思ってトイレに隠れてたんです」
「そうなんだ。良かった。気をつけて帰ってね」
「はい」
祥佳は軽く会釈をしてその場を離れようとする。そして、祥佳は一樹に気がついた。
一緒に外に出ると、すっかり辺りは暗くなっていた。
「突然びっくりしたよ。職員が急に変になって」
「そ、そうだね。あ、あの私こっちだから。じゃあね」
「あ、うん」
一樹は不思議に思いながら祥佳とすぐに別れた。駐輪場に止めてある自転車を漕ぎ出し、家に帰った。
家に変えると、父親が鋭い目つきでテレビを見ていた。
「どうしたの?」
「いや、曳見信用金庫が銀行に転換するって」
テレビ画面には、曳見信の理事長が銀行へ転換する胸を会見で述べている様子が映し出された。
あの事件は銀行のとある支店だけの問題ではなく、信用金庫全体の問題であると一樹は知った。この報道を聞いて一樹は自室に戻った。これは夢だ、寝よう。そう思い夕食なしに床についた。