4.名乗るらしい
あまりにも無防備な美少女に疑問を感じながらも、考えることすら面倒なのでおとなしく後についていく。
異世界でよかった。下手をすると通報されかねない案件だ。浮浪者が美少女の後について行く光景はそれくらいのインパクトがある。
そう言えばこの世界には警察機関の様な役割を持つ組織は存在するのだろうか。
盗賊や山賊なんかもいて、騎士団が治安維持を担っているとかだろうか。
などと思考を巡らせていると、女神から声をかけられた。
「あのー、お名前を教えていただいてもよろしいですか?なんてお呼びすれば良いのかも教えていただけると嬉しいです。
あっ、私はナタリーと言います。お好きな様に呼んで頂いて結構です。」
女神はナタリーちゃんと言うらしい。名前まで可愛い。
と言うかまだ名乗ってなかった。紳士としてあるまじき失態である。
「これは大変失礼しました!僕の名前は奏多です!香椎奏多と言います!お、お好きに呼んで頂いて結構です!」
「奏多さんと仰るんですね。ふふ、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ?
それでは奏多さんとお呼びしますね?」
「はっ、はい!な、ナタリーさんですね!一生覚えてます!」
「ふふっ、大袈裟ですね。奏多さんは面白い人です。」
駄目だ、緊張してしまって声が上ずる。これは頂けない。情けない男だと思われてしまうだろうか。
いや、冷静に考えてみると最初から情けないところばかり見せている。
今更どうと言うことはないだろう。なんだか泣けてくる。
「ここが私の家です。あんまり広くはないですし、居心地がいいかは分かりませんが、ゆっくりして下さいね。」
感傷的になっていると、いつの間にか家の前まで来てしまった。
そう言えば、本当に近かった。体感的には5分も歩いていない。
家の外見は、レンガ造りのこじんまりとした平屋である。
ところどころヒビが入っていて年季を感じさせる。
一段だけの石段を登った所にある玄関は木の扉で出来ていて、扉の上にはランプが付いている。
中に入ると、真ん中に四角いテーブルがあり、テーブルを囲う様に脚が長めの椅子が4脚置かれている。
左右には窓があるが、カーテンはない。左奥には石窯がある。
テレビやアニメなんかでは見たことあるが、実際に見るのは初めてだ。
石窯の横には水瓶が置かれており、蓋がされている。水道なんかはないのだろう。
石窯と水瓶の手前には細長いテーブルが置かれていて、その上にはいくつかの小瓶やまな板の様なものが置かれている。
あそこがキッチンなのだろう。
正面に1つだけドアがある。ここがリビングで奥が私室なのだろうか。
「ほぇー、全然ちゃうなー。」
思わず変な声が出る。正直広くも無ければ豪華でも無い。だが、ワクワクが止まらない。
ここに来るまであまり実感が湧かなかったが、生活感のある部屋を見て日本での生活との違いをはっきりと意識した。
「あのー。やはり狭いですし、余りお気に召さなかったでしょうか?」
ナタリーさんが心配そうに声をかけてくれるが、慌てて否定する。
「い、いやっ、ちゃうんです、嫌とかじゃなくて、前に住んでたところとのギャップに驚いてただけで、寧ろとっても素敵です!」
「そうなんですか?そう言えば、奏多さんはもともとどちらの出身なのですか?」
「あっ、それはですね・・・ギュルルル・・・あっ。」
「あら、ふふ、先にご飯にしますか。お話はその時に。
何も無いところですけれど、少々お待ちくださいね?簡単なものしか用意できませんけれど。」
「あっ、ほんとすいません。このご恩は絶対に返しますから。」
ここに来てやっと気づいた。
このまま正直に異世界から来たことを話してしまっていいものだろうか。
もし話して、信じてもらえるだろうか、信じてもらえたとして、受け入れられるかどうかは別の話だ。
もしかすると追い出されてしまうかもしれないし、不審者として、居るかどうかもわからない騎士団に引き渡されてしまうかもしれない。
それとも、いっそのこと記憶喪失ということで逃げてしまおうか。そうすれば、ナタリーさんならそれ以上聞かず、優しく色々と教えてくれるかもしれない。
そんな事を悶々と考えながら、審判の時をただじっと待つのだった・・・。