1.異世界に来たらしい
目を開けると知らない天井だった。
と言うか空だった。遠くの方に大きい鳥が飛んでいる。
「えー・・・ここどこー?」
一人呟いてみるが周りには誰もいない。
見渡してみるとあたり一面草原が広がっている。
まるで某アルプスあたりの少女が走り回っていそうな光景だ。ヤギはいないが。
正直心当たりがないわけではない。ここは異世界の可能性がある。何故そう思うのか。
それは目を覚ます前の記憶が残っているからだ。
内容を慎重に整理する。
「えー、確か学校からの帰り道で、変なお婆さんから指輪をもらって・・・やっぱそうかなー。」
右手の人差し指を見てみる。はめている。どうやら夢ではないらしい。しかしもらった時はシルバーだった筈なのに、今は真っ黒だ。
ビキッ
音を立てて指輪が割れた。まるで役目を終えたとばかりに。
実はこの指輪、怪しげな老婆から "転異の指輪" と言うなんともインチキ臭い名前とともに渡された。
その老婆は公園のブランコに座っていた。
山吹色の着物を着て、白髪を頭のてっぺんでお団子にしており、靴は健康サンダルだった。足元どうした。
しかし、その足元を超える違和感は手元から感じた。
テンプレならば、手元にあるべきは紫の巾着袋あたりだろう。あるいは湯呑みであれば、縁側に座って隣に猫がいる光景まで目に浮かんだかもしれない。
だがその手に収まっていたのは巾着袋ではなく、六芒星の描かれた分厚い本だった。明らかに不自然である。
俺は学校帰り、近所の公園で時間を潰すことがままある。
昔読んだサイコパスの心理テストで
ブランコに乗っていて飛び降りた先には何がある?
といった内容があった。地面や柵などは一般的らしい。サイコパスだと、何も無いなどの回答になるそうだ。俺はその時、異世界と答えた。
馬鹿馬鹿しい話だが、今でも時折、異世界へ飛べるかもと妄想しつつ、ブランコに乗ることがあった。
もちろんそんな事は無いと分かっているし、退屈な日常からの現実逃避だ。
初めはただ不思議に思った。そして近づいてギョッとした。老婆を見たときの違和感は近づくと悪寒に変わり、次に好奇心へと変わった。
「おばあさん、お一人ですか?」
俺の好奇心は、どうやら老婆をナンパするに十分たり得るものだったらしい。
「そうじゃよ、坊やはこの公園でたまに見かけるけれど、いつも何をしているんだい?」
どうやら老婆には以前から俺の存在を認識されていた様だ。
「そうですね、暇つぶし・・・こんな事を言うと笑われてしまうかもしれませんが、実は僕、異世界願望があるんです。
毎日退屈で、ブランコから飛び降りた先が異世界に通じてるんじゃ無いかなんて、そんな妄想をしながら公園に通ってます。」
何故だか全部話してしまった。誰かに言いたかったのかもしれない。
老婆とは接するコミュニティも異なるだろうし、周りに伝わる事も無く、もしかしたら魔術なんていう現実離れした話でも聞けるかもと、そう思った。
「ふむ、やっぱり坊やは私に似ているんだねぇ。」
老婆から帰ってきたのは予想外の言葉だった。
老婆曰く、彼女も昔から異世界願望があったらしい。
ある伝手から、 "転異の指輪" を手に入れたと。
転異とは異なる世界へ行く事であり、その為には様々な条件があるそうだ。
条件を達成しているうちに、気付けば歳をとっていた。魔術もその条件に組み込まれていたらしい。
現在、必要な条件はすでにほぼ満たされており、後は指輪をはめて寝るだけの状態である。
しかし、転異の条件には異世界が対象となる人物を必要としているかも含まれていたらしく、老婆が何度試してみても成功しなかった。
自分では不可能だと悟り、なんと無く近所を散歩する機会も増えた。そこで俺を見つけたそうだ。
何度も俺を見かけるうちに、気付けば何かに誘われるかの様にここで座っていたらしい。
そこに俺が声をかけたと。
自分では指輪を持て余すだけであるし、もし興味があるなら試してみてはどうかと半ば強制的に押し付けられた。
明らかに眉唾な話ではあったが、何せ毎日が退屈だったし、次の日に学校での話題にしてやろうくらいに考えていた。
どうやら成功してしまったらしい。
その証拠と言えるかどうかは分からないが、遠くで飛んでいる大きな鳥は翼の生えたトカゲのような姿をしていた。