表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

絵描く未来

作者: 輝夜叉姫

 「ねぇ、君は何を描いているんだい?」

 それはとある美術の時間。太陽は、やけに早く、地平線めがけて沈みはじめていた。冬の昼の短さは、本当に儚いものを感じる。だが、そんなことを太陽は気にせず、紅く輝くそれは、本来は青であるはずの大空を、しっかりと明るくそして赤く染めていた。別に、芸術に興味があるわけでもなく、趣深いなどといった言葉は、古文の授業でしか使わないような僕でさえ、それは美しい景色だと言えるような景色だ。

 風景画を授業で描かされていた僕は、絵を描くことにしびれをきらして、後ろにいた少女に話しかけた。

 どうやら彼女は絵を描くのが好きなようだ。たった今話しかけた目の前に僕を気にもしない。まるでロボットのように無駄な動きがなく、ただ、絵を描いているのだ。

 ただ、その目は、眩しかった。比喩で表すならば、ちょうど今の太陽のように明るく、そしてきれいで純粋な輝きを帯びている。

 …………返事はない。

 「何を描いているの?」

 僕は、さっきとほとんど同じ質問を、もう一度彼女に聞いた。さっき無視されたのが原因か、言葉はあまり変わらないが、少しだけムッとした言い方になってしまった。でも、別に悪いとは思っていない。悪いのは、僕の質問を無視した彼女だから。

 目の前の彼女は、少しだけ耳をピクッと動かして、一瞬だけ筆を止め、僕に視線を動かしたあと、また筆を動かし始めた。

 

 「絵」

 

 彼女の答えは短かった。そして、その答えは、僕にとって、最もどうでもいい答えだった。だって、絵を描いている人に、絵を描いていると言われるほど馬鹿馬鹿しい会話はないだろう。

 「そんなことわかってるよ」

 僕はふてくされたように言った。そして、彼女に話しかけることを諦めた。

 この少女は僕とは違う。ただ、この少女は絵を描いている。

 それだけはわかった。

 

 僕は自分自身が描いた、ただただ赤いだけの空白のキャンパスを眺める。もうすでに筆をとる気にもなれなかった。今の僕は、これで満足している。そう、今の僕は、怠惰なのだ。中学三年の冬という大切な時期。受験だって控えている。仮に高校に受かったとして、今度は大学への進学だって考えている。だが僕は、これから迫ってくる、いくつもの試練を前に、全てのやる気が無くなってしまっている。もしかすると、怖気づいてしまったのかもしれない。

 不安なのだ。僕が僕でいるためにどうすればいいのか。そんなことを考えていくうちに、僕は全てが嫌になってしまった。

 このキャンパスは、言ってみれば僕そのものかもしれない。

 今の、絵を描かされている僕は、このキャンパスのように空白なのだ。

 

 ふと、僕はまた、彼女の方を見てみる。彼女はまだ、絵を描いていた。まるで何かに取り憑かれたかのように。気が狂っているかのように静かに。彼女にしか見えない何かを、淡々と彼女の自身のキャンパスに描いていた。

 傍から見ると、気味が悪いものだ。動いているのは目と腕だけなのだから。ただ、何かに取り憑かれたように動くその手からは、野蛮という文字は全く感じない。その手は、まるで撫でるように優しく、それでいてガラス器具を扱うかのように繊細だった。

 僕は、彼女が羨ましく感じた。

 彼女は、彼女のキャンパスに何を描いているのだろうか。赤から始まり、白、緑などなどの色に彩られたパレットを眺めてみる。

 彼女も不安なのかもしれない。僕が今そうであるように。

 だから、空白のキャンパスに色を加えているんじゃないかって。彼女の、手からはそんなことが感じられた。

 所詮は、ただの僕の想像に過ぎないことは確かだ。だが、彼女は彼女らしく、絵で空白のキャンパスを満たしている。それだけは事実だ。

 僕は、彼女のキャンパスを覗いた。その絵は、本物より本物らしく、ロボットのような少女が描いたとは思えないくらい繊細で、美しかった。赤く輝く夕日と、それに照らされ赤く色づいた木々たちの対比は絶妙で、まるで人間の人生そのものを具現化しているようにさえ感じる。

 そんな美しい絵の端っこに、背景と化した僕の未来が映し出されていた。彼女から見ても、僕の未来は空白に見えたようだ。絵の中のキャンパスはただ赤いだけだった。

 

 「ねぇ、何を描いてるんだい?」

 

 僕は彼女にもう一回だけ聞いた。

 

 「絵」

 

 返ってきた言葉は同じだった。だけど、その答えは、僕にとって最も深く、心に響く答えだった。これは、僕のただの自己満足に過ぎない。

 やっぱり、この少女は絵を描いている。

 今、やっと理解した。

 だけど、やっぱり絵を描いている人に、絵を描いてるなんて言われるのはおかしいなって思う。

 だから、

 「そんなこと、わかってるよ」

 僕はまた、ふてくされたように、苦笑いで答えた。

 そして、僕は、何かに操られたかのように、絵の具のケースから、白や緑などの絵の具を取り出した。そして、それをパレットにこれでもかというくらいに出し、自分の真っ赤なキャンパスに、太く白い一本の縦線を引いた。その後、緑の絵の具で、てきとうに色を付ける。

 僕の手からは彼女のような繊細さはない。僕は不器用だ。強引に真っ赤なキャンパスを2つに分断した白い線上から、緑色や青色、黄色の絵の具で適当に、塗られている。絵はそれほどうまくないってわかってる。もしかしたら、さっきの真っ赤なキャンパスのほうが風景画としては良かったかもしれない。だけど、僕が描きたいのはこれなんだって思った。

 

 「ねぇ、あなたは何を描いてるの?」

 

 後ろから声がした。

 

 「夢」

 

 僕は、何も考えずにこう答えた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ