第67話『見えなかった』
スマートフォンで読む方は横向きにすることを推奨します。
四肢猿を倒したことによって現れた翠色の結晶を『転移石』と呼ばれているダンジョン特有の機能。
上層・中層・最下層の主を戦闘不能にすることを条件であり、触れるとダンジョンの入口まで転送してくれる便利な機能を持っている。
しかし、欠点もある。基本的に一方通行であり、一度主を倒したからといってまた同じ場所から始めることは出来ない。もう1度最初から攻略をしなくてはならない。
リスタートが効かないため、ダンジョン探索のリスクは高いといえる。
回復役のリアは居たが、ライトは帰還を提案した。
イッテツも頷き、リアはそもそも反対する気配はなかった。
初めて使用する目の前の翠色の物体に恐る恐るといった様子で手に触れた。
3人全員が転移石に触れると、眩い光に覆われた。
瞬きの1度も許さないまま、見覚えのある風景が目の前にあった。
イッテツとライトがダンジョンへの夢を捨てた《獣王の慟哭》の入口付近。
入口の脇にはライト達を睨みつけた兵士がいた。
「ちっ、貴様らか。面倒は起こすなよ」
凍えさせるような低い声でそう言うと、何事もなかったかのように前を見つめ続けた。だが、蚊の鳴くような声で「宿は入口を出て、左の突き当たりにいい所がある」
と付け加えていた。
感謝の気持ちを言うのではなく、無言で礼をして返した。
その方が良いとライトは直感でそう思った。
疲労困憊の身体故に、すぐに歩き出した。今すぐにでもベットに寝転びたかったライトは出入口のドアに手を掛け、言われた通りに真っ直ぐ大通りを進んだ。出口から出る時に兵士の溜め息が聞こえたが、特に気にすることはなかった。
言われた道順に従うと、右に曲がり角に宿らしきものを見つけた。
外には探索者の出で立ちの者や行商人らしき人物等が、並べられているテーブルで酒盛りを交わしていた。喧騒を漂わせない落ち着いた雰囲気に好感が持てた。
室内に入ろうと、酒を楽しむ人達の間を縫って歩いていく。
「ボロボロだな。若いのに頑張ってんな」
「こんな不人気なダンジョンなのに、何で来たんだ」
「背伸びせずに、帰るときはしっぽ巻いて逃げとけよ」
「素人が……よくもヌケヌケとダンジョンに来たもんだな」
さまざまな声を掛けられるが、応える気力はない。
「すみません」と一言添えて会釈だけを何とか返す。
そんな弓使いの姿を見ると、手を軽く振るかあるいは頷くといった優しい態度でそれ以上は踏み込むことはなかった。中には舌打ちや「ガキ共がませやがって」と聞こえるように呟くような者もいたが、無視することを決め込んだ。
宿の中に入るとエントランスはなく、最低限の通路と受付があった。
小柄な中年女性が座っており、すらすらと受付台の上でペンを走らせていた。
「すみません、いいですか」
「ああ、ごめんなさいね。注文かしら?」
「いえ、宿泊をお願いします。3人です」
「あら、そう。ちょっと待ってね……うん。大丈夫だけど、弓を持ったあなたと槍のお兄さんは一緒の部屋になるけど、構わないかしら?」
「はい。大丈夫です」
「俺も大丈夫っす」
宿泊者リストに3人それぞれの署名をし、料金の銀貨5枚を支払った。
鍵を受け取り、一人部屋の鍵をリアに渡す。もうひとつの鍵はライトが持つことになった。そのまま、ふらふらと部屋に向かおうとした時、思い出したかのように後ろから中年女性から声を掛けられる。
「部屋に入る前に身体を拭いといてくれよ。兄ちゃん達は中庭の井戸で、お嬢ちゃんはあたしの部屋においで。女性の泊まり客は少ないからね。そん時はあたしの部屋のお風呂を使わせているんだよ。ちなみに拭く布は別料金だけどね」
ライト達は自分の使っていない布切れを使うが、リアはあいにく持ち合わせていなか
ったので1枚購入する。
「じゃあ、リア。明日は朝に外のテラスで集合でいい?」
「分かりました。お2人ともおやすみなさい」
「ああ、じゃあな」
受け付け前でリアと別れた2人は中庭にへと足を向けた。
中庭に出ると、洗濯物を干す時に使うロープが張り巡らされていた。
ライトはロープにギリギリ届かない身長だったが、イッテツは窮屈そうに中腰ののような格好で中央にある井戸へと近づいた。
水を溜める桶は渡されなかったため、直に水を当てて布を濡らした。外套と鎖帷子、中のシャツを折り畳むことなく、脱ぎ捨てる。
ふとイッテツに視線を向けると、上の胸当てとタンクトップ以外に何も身につけていなかった。
「イッテツ、その下に何か着込んだりはしないの?」
「何か着たいが、重くなると槍の精度が落ちるんだ。だから、着てない」
「この先、毒のナイフとかの状態異常の罠あるいは敵に遭遇した時に危険だよ。明日はこの村の防具屋で何か買っとこう」
「具体的に何かあるのか?」
「それは防具屋の人に聞こう。もう疲れた」
「その通りだな。だけど、一つ聞きたいことがある」
急に真剣な眼差しを向けたイッテツにライトは身体を強ばらせるが、すぐに警戒を解いた。怪訝なめ付きでイッテツに投げかける。
「聞きたいこと?」
「ああ、ゼロス・インディブルグのことだ」
イッテツは先程死闘を終え、完全にストロングモンキーの話をするものだと思っていたライトは虚をつかれた顔を隠しきれなかった。
《獣王の慟哭》2階層・上層にて出会った胡散臭い黒き男。
正体は世界の名だたる十傑第10位にして、世界最強の剣士。
彼の剣さばきは目を閉じていても脳裏に焼きついている。
剣さばきというよりも、人為的な心霊現象だった。
鞘から抜いた音は無く、振ったであろう剣の軌跡が描かれていた。
剣も、ゼロス本人も動いた様子など無いにも関わらず。
確かにゼロスが斬ったということは認識してしまうのだ。
動いていないはずなのに、ゼロスは確かに斬っている矛盾。
それが不思議で堪らず、2人はあの場所で途方に暮れてしまった。
「あれは斬っていた」
「ああ、だが説明出来ない」
「そうだね。けど、凄く単純なんじゃないかって思うんだ」
「そうか?いや、あれは魔法じゃないんだぞ」
ライトは身体を拭き始める。
その様子にイッテツも身体を拭かずにいることに気づいた。ほんの少し慌てた様子で井戸から水を汲み、布を水の中に入れた。
「あれは身体強化の究極系なんだと思う」
「身体強化は魔法だぞ。ゼロス・インディブルグは1つしか使えないんだって」
ライトは身体を拭いている手を止めると、徐に自分の外套を手に持ちイッテツに突きつけた。
「魔具だよ。ゼロス・インディブルグは、魔具の身体強化を使っているんだ」
「そんな貴重なもん……でも、確かに十傑か。そんなことも有り得る話なのは納得できるんだが、贔屓目で言っても俺達は雑魚ではないはずだ。目で追えないほどの剣さばきなぞあるもんなのか」
「あるとは断言出来ないから、分からないね。けど、あれはふつうの身体能力では辿りつけない領域なのには違いないよ」
再度、目を閉じたライトはあの光景を鮮明に思い出す。しかし、ライトが感じた以上のことを感じることは決してなかった。
黙々と汚れた身体を擦りながら、イッテツはしみじみといった口調で呟いた。
「『剣戟の彼方』か……どんな世界を見てるんだろうな」
「さあね。けど、決して輝きだけを見てる訳ではないだろうね」
2人が語る上の夜空には無数の星の煌めきが広がっていた。
幾星霜にも掛けて積み重ねた剣の技術。
可能性は無限とは言われつつも、短い人生には1つ程度しか極められないのが性ともいえる。加えて、その極地に行けるのは限られているのだから。
ライトは弓矢を選び、イッテツは槍を選んだ。
弓矢でもなく、槍でもない自分の得物以外の剣で魅された実力はどこまで冴え渡っていた。
光り輝く一星になる方法は2人はまだ知ることはない。
ゼロス・インディブルグの本当の強さを知らずにいた。
面白いと思った、または感じた方はブックマークして頂けたら嬉しいです。
誤字・脱字に気づいた方は報告をお願いします。
気になったところがあれば感想までに伝えて頂けると、助かります。




