7.二人の会長
月宮グループ会長に復帰し、輝一は多忙を極めていた。
「会長、今夜は狼麗グループ会長と会食のご予定ですが…。お疲れの様ですが大丈夫ですか…?」
輝一を心配するのは、会長秘書となった越河 秋の一つ下の従弟である蓮見 冬和だ。血筋なのか、長身で容姿端麗、頭脳明晰でどこまでも非の打ち所がない。ただの従兄弟同士であるはずの越河と蓮見だが、双子よりも似ていた。
そんな彼に心配されている輝一は都内にある自分の家の書斎にある大きな黒のデスクチェアに座り込んでいた。目を閉じ、息を付いているところを見ると相当疲れているのだろう。
「いや、狼には会う。今週末の会議の事も少し話したいからの」
疲れていながらも、強い意志が込められた瞳で断言する。
蓮見はそんな主を見て心配の色を深めた。
――コン コンッ……ガチャ…
書斎に入ってきたのはコーヒーカップを三つトレイの上にのせた紗代だった。
(…二人ともお疲れの様ですね…)
紗代のその顔は心配するような、それでいて慈愛の満ちた笑みを浮かべている。
「お二人揃ってなんて顔をされているのですか。少しリラックスして下さいな」
「……そうじゃな。冬和、そこに座れ」
「…かしこまりました、輝一様」
蓮見は大きなお客用長ソファに、ローテーブルを挟んで輝一の向こう側に座る。
「紗代も座れ」
「失礼しますね、輝一さん」
紗代は輝一に一言いい、夫の隣に座る。
相変わらず笑顔を決して絶やさない紗代。
三人の間にはコーヒーを飲む音と、時計の秒針が刻む音のみが聞こえる。それ以外は沈黙だが、その沈黙はとても穏やかだった。
◇◆◇◆◇
アフタヌーンティーならぬ、アフターヌーンコーヒーを終え紗代は書斎から退出し、輝一はデスクワークの続きをしていた。
――コン コンッ
淡々と仕事を片付けていた輝一に入室許可を求める音がなる。
「……なんじゃ」
『会長、皇龍成様が見えられております。どうなさいますか?』
扉の向こう側から蓮見が問うてくる。
(……龍成がここに来るとはのぉ…。何もなければいいが…)
友人である彼に久しぶりに会えて嬉しい反面、極稀に面倒な事を持ち込む友に輝一は少し苦笑を漏らす。
「…入れ」
仕事の手は緩める事なく続ける輝一。その姿は、世界トップの大企業を先導していただけのことはある。
――ガチャッ……
「失礼致します」
木製の扉を開け、入ってきたのは皇 龍成のみ。蓮見はどうやらお茶を淹れに行ったようだ。
入ってきてからずっとニコニコしている龍成。孫の快成同様、ずっと笑みを張り付けていた。
(いつもながら笑顔か…。面白味のない奴よのぉ…)
龍成の顔を見て内心苦笑している輝一。
その後、蓮見がコーヒーを二人分淹れ、退出した。それを無言で見ていた龍成はやっと話を始める。
「…ところで輝一さん、次の椿会の件ですが」
「そういえばお前さんのところの壱成、今回から参加じゃったな」
「はい」
コーヒーをおいしく啜る二人。
笑顔の龍成と少し笑みを浮かべている輝一。沈黙が書斎を支配する。
「…そこで、私から一つお願いが」
これまで貼り付けの笑みを一変し、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
(……。悪寒がするのぉ…)
少し冷や汗を流す輝一。それほど龍成の顔はヤバい。
「……なにかのぉ」
「月宮 瑞稀」
「……ん?」
いきなり可愛い孫娘の名前だけを告げられ、輝一の頭上にはハテナがいくつも浮かぶ。それに、龍成が孫の名前を言う理由が思い浮かばないのだろう。
「清端グループの社長と婚約されると。そう聞きましたが、本当でしょうか」
悪い笑みを消し、まるで輝一を噛み殺さんばかりの睨みをあてる龍成。
「…確かに、康輝からその報告は受けている。じゃが、お主とどう関係があるという?」
「…それ件ですが、世界トップ50にも入らない企業よりも、世界ランク第二位の大企業の方が良いと思いませんか」
「…それは」
龍成の発言に驚く輝一。話すにつれてどんどん顔に黒い笑みが浮かんでくる。
そして彼が話した内容。世界ランク第八二位である清端グループよりも、自分が会長を務め、そして孫が社長を務める世界第二位の方がいいのではないかと問うた。それはつまり…、
「……お主、瑞稀と壱成を…」
唖然としているのか、輝一は目を丸くして驚いている。
「ええ。どうやら壱成の一目惚れらしくて。…どうでしょう、輝一さん」
何かを謀っているような顔をして輝一を正面から見つめる龍成。
「…どうです?」
「……儂は構わんが、紗代がなんと言うかの…」
「…恐らく大丈夫だとは思いますが…」
「……儂の妻を怒らせたことあるじゃろうて…」
輝一の最後の一言で片や深く大きなため息をつき、片や絶句して手にしていたカップを危うく落としそうになる。
それから数刻、二人は世間話をしながら楽しくコーヒーを啜る。輝一はゴールデンウィークに瑞稀が泊まりに来たことや紗代の作った料理が前にも増して美味しいなどを。龍成は、萌々が最近反抗期になって大変ということや、息子夫婦がアツアツで敵わないなど、本当にしょうもない世間話をしていたのだった。
「…さて、そろそろ時間ですかね」
一時間程話しただろうか。龍成がカップを空にすると同時に息を吐き、立ち上がる。それと共に輝一もカップを空にした。
「そうじゃな。次会うのは恐らく椿会でか」
「そうですね。…では、壱成の事もよろしくお願いします」
それだけ言い残し、来た時と同じ笑顔で龍成は去って行った。
書斎に一人残った輝一はため息をつき、残っていた仕事を淡々と片付けていく。
それから夜まで仕事を淡々と片付けていた。