4.彼女と兄弟
無事仕事も終わり、瑞稀は自分の住んでいるマンションに帰ってきた。
彼女の家は学院からほど近い高級マンションの最上階。
――ピピッ……。ガチャリ…。
電子キーでいつもの様にドアを開け、疲れた体を無理やり動かし部屋の中へと入る彼女。
「お、やっと帰ったか。お帰り、瑞稀」
「おかえりー」
(……はぁ…。やっぱいるんだ…)
リビングの白いL字ソファに座り、パソコンを開いている創輝と、テレビを付け大好きなアイスキャンディを食べている永輝。永輝の前にあるリビングテーブルの上には、十何袋というアイスキャンディの食べカスが散らかっている。
「…創輝お兄様、お暇なのですか?」
「いや、だからこうしてパソコンを使って仕事してるんだろう?」
「…でしたら、ご自宅でやったらいかがです」
「僕がこうしてここに来るのは、瑞稀が心配だからなんだけどね」
「…左様ですか」
キッチンで三人分のコーヒーを淹れる瑞稀。創輝はそんな愛しい妹の後ろ姿を悲しそうに見つめるだけだった。
「それで、永輝お兄様も同じような理由ですか?」
「あ?いや?俺はただ暇なだけだな」
「…そうですか」
永輝のいい加減な返事に瑞稀はもう呆れて仕方ないというような顔をしている。
ブラックコーヒーの香りがリビングを覆う。それに伴い、重く冷たい沈黙が空間を支配する。
「……瑞稀、父さんからの伝言だ。“来週末にある会議の後、月宮本家にてディナーを”とのことだ。…僕と永輝も参加するから」
「……それは、お母様もご一緒に…?」
「いや、いつも通りだ。母さんは不参加」
「相変わらずお袋はベッドの住人になってるよ。…つい先週もまた風邪を引いたんだ」
創輝がパソコンに向かい仕事をしながら伝言を伝えるのを横目に聞き、母の参加を確認する瑞稀。が、永輝の最後の一言に手に持っていたカップをサイドテーブルに置き、ため息を付く。
「……創輝お兄様、永輝お兄様、そろそろ帰られてはいかがです?12時を回っていますよ」
ため息を付き、眠そうな目で兄たちに言う瑞稀。
創輝はそんな妹を見て、使っていたパソコンの片付けを始める。
「永輝、そろそろ帰りましょう」
「…へーい」
創輝に言われ、永輝もアイスキャンディの包みをゴミ箱へと片付ける。
(……旦那様に会うのはなぁ…。けど、お母様にはちょっと会いたいし…)
リビングから出ていく兄たちの後ろ姿を見ながら思う瑞稀。
諦めたようにため息を付き、玄関にいる兄たちを追う。
「…創輝お兄様、旦那様に“来週末のディナー、楽しみにしています”と、お伝えください」
「っ!?じゃあ」
「はい、伺いますね」
微笑をその美貌に浮かべる瑞稀。その笑みはどことなく悲しそうだ。
妹の良い返事を聞き、創輝と永輝は目を見開き、誰にでもわかるように喜んだ。それは、満面の笑みを浮かべて。
「じゃあ瑞稀、来週、楽しみにしてるから」
「はい、創輝お兄様」
「ほんじゃ、元気でな、瑞稀」
「永輝お兄様も」
――ガチャンッ……
オートロックのドアから出ていく二人。瑞稀は少しの笑みを浮かべ、手を小さく振った。