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第七話

 ふうむ、とデレフ・オーロフは唸った。

「まさかエミリアが君に会いに行った理由がそんなことだったとは……」

「本当に、あなたにも言ってなかったんですね。」

「言っただろう。私が門を通ったのは他に銀竜(ぎんりゅう)を扱える者がいなかったから。私はただエミリアを連れ戻しただけだ。それにカルルのケガは門を開いたせいだと思っていたが……」

 オーロフは瞳を曇らせる。

 早瀬(はやせ)が初めて会ったとき彼はまだ現役の竜騎士で、その緑の瞳で見据えられただけで竦みあがった。けれど年月を経て、今では彼もすっかり穏やかな好々爺。首筋で束ねた、かつて明るい色だった髪は白くなり、刻まれる皺も以前より深くなった。が、それでも真っ直ぐ伸びた背筋や明瞭な声を聞くと、まだまだ若い者に引けをとらないという気負いを感じる。実際、彼は未だに竜と共に空を飛び、時には若い後進を指導していると聞く。今日も評議会の用件で竜を繰り、戻ってきた聖堂(せいどう)で早瀬と落ち合った。

 二人が顔を突き合わせているのは州都ガッセンディーアにある聖堂の奥、一族評議会の執務室の並ぶ一角で、オーロフのように時折やってくる人たちが使う、いわば貸し事務室のような部屋。狭いながら座り心地の良い椅子があり、壁に穿(うが)たれた窓からは中庭の竜の発着所を見下ろすことができる。

 壁は白い石を積み上げ、床も白い平滑な石を敷き詰めている。

 そもそもこの建物全体が白い円形の壁でぐるりと囲まれていて、その上に光を通す白い石材を円弧に積み上げている、なので外から見ても中にいてもとにかく白いのである。

 こちらで暮らし始めた当初は落ち着かなかったが早瀬だが、今となってはむしろ白一色の空間に懐かしさを感じる。

「カルルが門を開いたのは、恐らくエミリアが最初に店に現れたときでしょう。」

「それは……君らが子供のときの話しかね?」

「ええ。その少し前にルーラが目覚めているので、道標(みちしるべ)が呼応したんじゃないかと……仮説ですが。」

「仮説も何も、当事者は君だ。」

「そうなんですが……何せ子供のときで僕も記憶が曖昧だし……銀竜(ぎんりゅう)のことを何も知らなかったからなぁ。」早瀬は残念そうに天井を仰ぐ。

「仕方あるまい。それに評議会はそんな厄介ごとをリュートに任せていたのか。」

「本来なら、これ以上あなたを巻き込むべきでないんですが……」

「催促したのは私だ。」

 何か面倒があれば力になる。

 そんな内容の手紙をエミリア・ラグレスに託したのは冬の頃。孫娘の付き添いでラグレス家を訪れたときだった。

「逆にリュートを悩ませてしまったな。私に話すか否か、ガイアナにも相談したのだろう。」

「ええ。議長も引退したあなたに話すべきか悩んだようですが、今この状況では話しておくのが得策と考えたようです。」

 確かに、と老オーロフは頷く。

「次の長老次第で門の扱いも変わる可能性がある。しかし黒き竜に関しては、私が手伝えることはなさそうだ。」

「状況を知っていただけるだけで充分です。竜杜(りゅうと)もしばらくは向こうでの生活が続くでしょう。それに僕も……それとなく、エミリアを気にしていただければ助かります。それと今の話は……」

「もとよりネフェルに話すつもりはない。ネフェルはミヤコを辺境の島国に住む友達と信じている。それでなんら支障があるでもない。だったら言う必要もない。」

「ご配慮、感謝します。」

「この手紙は……」オーロフは机の上の封筒を引き寄せた。

「後でネフェルに渡しておこう。」

 それは(みやこ)が早瀬に託した友人への手紙。

「ネフェル嬢もガッセンディーアにいるのですか?」

「聖堂の書庫におるよ。」オーロフは苦笑した。

「英雄時代の文字を勉強するにはうってうけらしい。私としては、もっと娘らしいことに目を向けてもらいたいのだが……」

「ずっと……生きることで精一杯だったんです。一年二年、好きなことに没頭するのも悪くないでしょう。それに、没頭できることがあるのは素晴らしい。」

「君が言うと信憑性がある。そういえば、銀竜の姿が見えないな。」オーロフは辺りを見回す。

「ルーラは外に待機させてます。ラグレスの家の銀竜はどうも聖堂と相性が悪いらしくて……」

 首をかしげるオーロフに、早瀬は昔、息子の銀竜が立ち入り禁止の場所に入り込んだことを話した。そしてつい先日、都の銀竜も同じような行動を取ったことも。

「立ち入り禁止……ということはガラヴァルの墓所に行こうとしたのか?」

「わかりませんが、とにかく狂ったように勝手に飛んでいってしまったらしくて。しかもフェスのときはオーディも一緒だったからヒューまで呼び出されてしまって……」

「逆に考えれば、何者かが入り込める隙があったということかね?」

「ええ、僕もそう主張しました。もっともここの警備に配属される前だったんで、まったく聞き入れてもらえませんでした。今ここに来るまでの警備配置を見たら、僕がいた頃より随分改善されたようですね。」

「スウェンの一件以来だよ。」

「ああ……」

「いつだって何か事が起きてから対処する。それの繰り返しだ。しかしラグレス家の銀竜に関しては、相性が悪いのではなく、逆の可能性もあるのではないかね?」

「逆?」

「この場所に強く影響される。それゆえひきつけられる。墓所かリラントの瞳かはわからないが。」

 なるほと、と早瀬は腕組みする。

「それは考えなかったな。しかし、そんなことがあるんでしょうか?」

「銀竜によっては先祖返りのような、大気に敏感な個体がいると、昔カーサに聞いたことがある。」

 ウォルドカーサ・ラグレスはオーロフの親友で、早瀬の妻、エミリア・ラグレスの実父に当たる。しかしエミリアが二十歳そこそこのときに亡くなったため、その後彼女と契約を交わした早瀬は当然、人となりを知らない。ただ時折こうして彼を知る人から聞いた話を付き合わせると、早瀬に負けず劣らず銀竜の保護に力を入れていたらしい。だとすれば銀竜に関する覚書か書付が残っていても不思議ではない。

義父(ちち)の残した記録……どこかにあったか?」

「イーサに聞けばわかるはずだ。カーサが亡くなったときはもう、あの家で働いていた。確か……そうだ。亡くなった母親から聞いたと言っていた。」

「調べてみます。確かにフェスもコギンも古参の銀竜から生まれてるけど……他の家に行った銀竜でそんな話は聞かないし……。」

「ハンヴィクのところの銀竜も聖堂では大人しくしている。おかげでヘンリエータ嬢も一人で出歩けるようだ。」

「そのヘンリエータですが……ひょっとして縁談とか……」

 早瀬の言葉にオーロフは思い切り眉を寄せる。

「キルムが受け入れると思うか?」

「それはそうなんですけど……だとしたら、奴にも可能性がないわけじゃない、か。」

「何の話をしている?」

「ああ、いえ、独り言です。」

 それからしばし、互いの家族の近況を伝えると早瀬は部屋を辞した。

 するとそれを待っていたかのように議長の秘書官に呼び止められる。

「ラグレスどのへ、議長より言付けです。」そう言って彼は早瀬に紙片を渡す。

「できればすぐ、お返事をいただきたいとのことです。」

「ここで、かい?」

「ええ。」

 早瀬は内容を一瞥し、

「今日はこれから人と会うので無理だが……明日の昼すぎなら都合がつく、か。」

「では午後一番の鐘が鳴るまでに、分隊にお越しください。」

「分隊?」

 書記官は頷くと「お間違えのないように」と念押しした。

 彼が執務室に戻るのを見届けると、早瀬は「やれやれ」と呟いて歩き出す。

 評議会の出口まであと少しというところで、背後から名前を呼ばれた。

「今度はなんだい?」

 振り返った先にいたのは、息子より少し年上の一人の男。にっこり笑みを浮かべ、

「カズト・ハヤセ・ラグレスどのですね?初めてお目にかかります。ラトライル・サーフスといいます。」

「お年を召したほうのサーフス議員の甥御さんだね。話は聞いたことがある。」

「ぼくもあなたのお噂はかねがね伺ってます。一族に革新をもたらした人物として。」

「そんなつもり毛頭ないんだが……」

 いいえ、とサーフスは手を振る。

「あなたが隊に入ったおかげで他国の血を引くもの、それに性別の差がなくなった。」

「たまたまそういう時期だっただけだよ。それよりも新進気鋭の評議会議員が、引退した竜騎士に何の用だろう?」

「ガッセンディーアにいらっしゃらないと聞いていましたが、珍しくお見かけしたのでご挨拶をと。」

「僕に挨拶しても得はないよ。それに今時、異国の血を引く一族も珍しくないだろう。」

「ですが議長や長老と深くお付き合いされている方はそういません。それに、神舎(しんしゃ)に出入りする一族も。」

 うん?と早瀬は首をかしげる。

「それは……いつの話をしているのかな?」

「ごく最近、あなたをガッセンディーアの神舎で見かけたという噂を聞きました。それにあなたのご子息も。」

「確かに神舎へ行ったが、それは一族として批判すべき、もしくは警告を受ける対象だろうか?」

「もし、目的が礼拝なら……」

「もしかして君、僕を脅してるのかい?」

「とんでもない。」サーフスはかぶりを振る。

「ただ人の口に戸は立てられないと、言っておきたかっただけです。」

 早瀬は不意に、竜杜が彼のことを『革新派』と言っていたことを思い出す。一族長老が長くないと噂されている今、それなりの地位を狙ってロビー活動をしているのか、それとも後継者そのものの情報について探りを入れているのか……どちらにせよ、あまり深く関わるべきでないと本能が囁く。

 内心ため息をつきながら。早瀬は相手に向き直った。

「僕は他国の人間だ。崇める物は自分の国の神と決めている。」

「英雄が全てではない、と?」

「ガラヴァルは神じゃない。でも敬い、尊敬はしてる。僕はただ、英雄たちがそうしたように同胞と一緒に空を飛び、共に空を見たい……そう願ってるだけだ。革新どころか、むしろ君らが古臭いと考えてる側の人間だ。そんなわけで、君の力にはなれそうにない。」

「あなたのご子息も同じ考えですか?」

 さぁ、と早瀬は肩を竦める。

「ちゃんと聞いたことないから……でも、そうだな。」早瀬は考える。

「たぶん、僕以上に竜騎士であり、一族だと思う。それに飛ぶことと(まつりごと)を一緒に考えられるほど器用じゃないと思う。用があるので……」失礼する、と踵を返す。

 数歩歩いて立ち止まり、肩越しにサーフスを振り返った。

「それから神舎へ行ったのは古い友人に会うためだ。(せがれ)にときどき手紙を言付けてるし、今夜も会う予定になってる。それも、咎められることかね?」

 まさか、とサーフスは微笑む。

「そもそもぼくには、それを咎める権限などありませんから。」

夏真っ盛りなのに冬のシーンを書いてます。

次回の更新も火曜日予定です。

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