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第六十一話

(みやこ)大地(だいち)はどこだ?」

「って、左手、ケガしてんじゃん。」

「お前に関係ない。」

「これから一戦交えようってのに、相手が弱ってたら面白くねーじゃん。」

 やはり、と竜杜(りゅうと)は舌打ちする。

「お前の目的が俺なら、その中にいる奴の目的はなんだ!」

 さぁ?と男は肩を竦めた。

「なんか取り戻すとか、戻るとか言ってたっけか。オレが手ぇ貸したのは瞳の後継者てのを探すのだけ。あとはしんねー。」

「瞳の後継者?」

 竜杜の心中を見透かしたように男はニヤリと笑う。

「けっきょく、あのガキで間違いなかったわけだ。」


 突如消えた気配に、波多野(はたの)は「あれ?」と顔を上げた。

「いなくなった?木島(きじま)……がやっつけた、とか?」

 答えはない。

 差し出された手を借りて立ち上がり、相手も無事と安堵する。

「今のうちにどうにか降りようぜ。」

「もちろん。」

「ん?」

 違和感。

 波多野は振り返ると、空を仰いでいる幼馴染を見た。

「木島……だよな?」

「鋭いな小僧。」

「こぞぉ?」

 波多野は目を丸くした。

 思いもよらぬ言葉。それに芝居がかった口調はまるで別人。

 しかし彼女は演技ができない。幼い頃、学芸会の出し物すら嫌がったのを波多野は知っている。

 そんな彼の戸惑いを、相手も察したらしい。

「この娘の言葉、今しばし、われが借り受けてる。」

「てーことはやっぱ木島……じゃない?」

「表層的なものだ。それより、あやつはあそこにいる。」

「竜杜さん!」

 指差す先にあったのは、グラウンドの隅で対峙する二人の人物。それは間違いなく、あの男と早瀬竜杜。よく見ようと波多野は手摺に身を乗り出した。

「あいつ、いつの間に!」

「白き小さきもの!」

「ぎゃう!」

「出た!」

 舞い降りてきた銀竜(ぎんりゅう)に波多野がビクつく。

「大人しいものだ。コギン、というのか。この娘に名をもらったのだな。」

「うぎゅ。」

「なるほど、お前はわれの分身の子か。」

 ならば、と金色の瞳を真っ直ぐ見据える。

「白き小さき分身よ、今ここでわれの翼となれ!」

「つわっ!」

 物凄い圧を感じて、波多野は後ずさった。

 姿かたちは見えないが、明らかに今の小さな生き物が何かに大きな物に転じた気配。

「お前には見えぬか。」

 相手は苦笑しつつ、大きなサイズになった白い竜の頭をなでる。

「実体ではないが、人を運ぶくらい造作ない。」

「まさか逃げろ……てのか?木島はどうなんだよ!」

「案ずるなと言っている。」

「言ってる?木島、オレの声聞こえてるのか?」

「そのようだ。それにわれとて、己の血筋を粗末に扱うつもりはない。」

「血筋?」

「だがお前に大事あれば、この娘が悲しむ。」

 突然、波多野は何かに足元をすくわれた。

「わぁっ!」と叫ぶ波多野の股下から首を突っ込んだ白い竜は、そのまま彼を背に乗せた。

「白き小さきもの、任せたぞ!」

 その声を合図に、白い竜はふわりと飛び上がった。


 空をよぎる悲鳴に、竜杜は空を見上げた。

「大地の声?白い竜……」

 ちっ、と男が舌打ちする。

「やってくれたな!」

「あれは俺じゃない!」

「言い訳すんな!」

 叫ぶ男の背後から黒い靄が立ち上った。靄はみるみる広がり、やがて一つの形を作り出す。

 それは牙を剥く、黒い竜の顔。

「こいつもお前に会いたがってたぜ!竜騎士さんよ!」

 男が手を伸ばす。

 同時に竜杜は地面を蹴った。

 それを追いかける黒い靄。

 紙一重で逃げ切るが、すぐに触手のような靄が伸びてくる。

「白い奴、使ってもいーんだぜ。」

 楽しそうに黒い靄を繰る男に、竜杜は舌打ちする。

 まとわりつく空気が重い。

 思うように身体が動かず息が切れる。

 この世界で、こんなにも動きづらいのは初めてだ。

 触手のような靄が竜杜を捕まえた。

 それを手繰り寄せた男は、竜杜の背後に回ると左手をねじ上げた。

 竜杜の口から呻き声が洩れる。 

「やっぱ痛いんじゃん。」

 嬉しそうに、男は言う。

「いっそ折ってみよーか?あっさり殺すなんて野暮はしねーからさ。一人逃げられたけど、まだ餌はいるし。」

 脈打つ痛みに耐えるために、竜杜はグッと歯を食いしばる。

「俺を殺したら……手に入るものも入らなくなるぞ。」

「んだと?」

「聞こえてるんだろう、黒き竜!おまえが探してた欠片は俺が持ってる!」

 “ちからのみなもと。ひとみのけいしょう。みちしるべ。”

 間髪入れずに、声がした。

「おい!勝手に出んじゃねー!てめー!」

 男は竜杜を蹴った。しかし彼は構わず続ける。

「そうだ。力の源。欲しいんだろう?」

 “どこにある?”

「ただで教えるわけ、ないだろう!」

 竜杜は腰をかがめると、男をそのまま背負い投げた。


 フロントガラスに雨粒が落ちる。

 その向こうに見覚えのある小型バイクとヘルメットを見つけた栄一郎(えいいちろう)は、慌ててオフロード車から降りた。

 辺りを見回す。この先は神社の私道で、通行止め。そして左には閉ざされた門扉。掲げられた校名を見て、廃校になった小学校だと思い出す。

 どうやら、件の男は人気のないところを探し出す名人らしい。

「都ちゃんもここに?」

 そう呟いたとき。

「わぁっ!」と叫ぶ声が空から降ってきた。

 空を見上げると……

「波多野くん!」

 ゆるやかに降って来たのは自分より体格のいい高校生。まるで何者かに導かれるように、彼はゆっくりアスファルトに転がり落ちる。

 栄一郎は息を呑んだ。形は見えないが、何かが目の前にいる気配。

「もしかして……コギン?」

 耳元で「ぎゃう」という鳴き声を聞いた気がした。

 そして気配は再び空に向かう。

「ってぇ……」

「波多野くん!立てる?」

 栄一郎は慌てて駆け寄ると、波多野を車の助手席に引っ張り上げた。大きなケガがないことを確かめホッとする。救急箱を出して手当てしてる間、波多野は栄一郎に請われるまま、都と会ったこと、二人で男から逃げ回ったことを話した。

 手当てが終わるや否や、栄一郎はその話をすぐに早瀬(はやせ)に伝えた。

「波多野さんちに連絡……そうですね。お願いします。はい。」

 栄一郎は携帯を閉じると、助手席で黙り込んでいる波多野を見た。

「痛む?」

「あ、いえ。擦り傷だけなんで……これくらい、大したことないす。」言いながら顔の絆創膏をなでる。

「それよか栄一郎さん、竜杜さんが何と戦ってんのか、知ってるんですよね。」

「早瀬さんちと笙子(しょうこ)さん、付き合い長いから。」

「木島も関係者?」

「どっちかっていうと、当事者かな。」

「なんか……すげー口惜しい。」

「詳しく説明できなくてごめん。だけど全部終わったら、都ちゃんが説明すると思うから……」

「そうじゃなくて!」波多野はぎゅっと両手を握りしめた。

「すぐ傍でとんでもないこと起きてるのに、オレ、なんもできねぇ。」

 危ないからここで待機するように。それは栄一郎にも、たった今電話で言葉を交わした早瀬にも念押しされた。自分が行けば足手まといになることはわかっている。けれど……

「木島、今日学校休むほど具合悪かったはずなのに……それにオレ、木島がマジで怒ったの初めて見た。それもぜんぜん、フォローできなかった。」

「都ちゃんが、怒った?」

「あいつが木島の母親殺したとか、瞳の継承者だとか、わけわかんねーこと言って……」

「瞳の継承者……ってそれ都ちゃんが自分で言ったの?」

 波多野は頷く。

「栄一郎さん、意味、わかるんすか?」

「わかるよ。」

 けど、と栄一郎は続ける。

「こうやって待ってるしかできなくてもどかしいのは、波多野くんと同じだよ。」


「これでよし……と。」

 受話器を置いた早瀬は呟くと、和室の敷居をくぐった。

 仏壇の引き出しを開け、ゴソゴソ探し物をする。目当てのものが見つかると線香を立て、長い間手を合わせた。

 それが済むと母屋の隣の建物……喫茶店、フリューゲルの地下室に向かう。

 コンクリートの階段を下りきったところで足を止め、天井近くに備え付けられた神棚を見上げた。

 いつ誰が神棚にしたのか知らない。が、おそらく最初から異形の生き物を隠すためだったのだろう。その生き物……銀竜と出会ったのは母親を亡くした悲しみがまだ癒えぬ頃。

 偶然目覚めたルーラのことを知りたくて、向こうの世界へ焦がれたことは、今となっては懐かしい。結果、二つの世界に関わったことに後悔はない。が、二つの世界をルーツに持つ息子が重大な役目を担ってしまったことは、悔やまれてならない。

 自分がずっと向こうの世界で暮らしていたら、その役目は自分に与えられたはず。

 何度そう、思ったことか。 

「リラ。」

 早瀬は神棚に向かって呼びかけた。

「眠ったままのきみに、頼ってばかりで申し訳ない。ルーラときみを引き離したことも。だけど、ぼくは門番である以上、どうしてもここを守らなきゃいけない。竜杜が……竜杜と都ちゃんがこの先も同胞たちと一緒に飛ぶために。だからもう少し、力を貸してほしい。」

 早瀬は背伸びをすると、手に持っていた小さな桐箱を神棚に置いた。

 目を閉じる。そして言葉を口にした。

「白き翼の盟友。その守りし力、この瞳にしばし与えん。我等が門を守るため、砦とならん!」


 投げ飛ばされた男はグラウンドに大の字に倒れた。竜杜は男に跨ると、ベルトループから抜いた短剣を突きつける。

「都はどこだ?」

「知るか!」

 “欠片はどこだ?”

「うるせぇ!」

「都が先だ!」

「どいつもこいつも!」男が喚く。

 と、彼の体から伸びた触手が竜杜の首に巻きついた。

 “欠片、よこせ。”

 左手で外そうとするが、力が入らない。

「ぐっ……」

「勝手に殺すんじゃねー!」

 “欠片……かけら……”

 朦朧とする意識の中、空から何かが降りてくる気配。

「欠片なら、ここにある!」

 聞き覚えのある声が凛と叫ぶ。

 次の瞬間、首を絞めていた靄がするりと解けた。

 解放された竜杜は咳き込みながら声のするほうを見上げる。

 そこに見たのは、白い竜に跨る木島都の姿。

「お前が欲しいのはこれだろう。」

 彼女の手にあるのは、自分がフェスに預けたはずの万年筆。

 “かけら……みなもと……”

 ずるり、と靄が彼女に向かって伸びる。

 完全に靄が竜杜から離れたのを見計らって、彼女は竜から飛び降りた。そして万年筆を放り投げる。

 次の瞬間、白い竜がそれをパクリと飲み込んだ。

 そしてそのまま羽ばたくと、空に向かって舞いあがる。

 黒い靄が反射的にそれを追いかけた。

「おい!待て!」

 男が喚くが黒い靄はすーっと空に伸びていく。

 やがて喚き声は黒い靄に包まれる。

 竜杜が唖然と見守る中、白い竜と黒い竜は小雨振る空に吸い込まれていった。

来週の更新はお休みします。次回は2016年9月27日予定。

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