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第六話

「へー、染織(せんしょく)作家さんの作品展。」

 ハガキをひっくり返し、箕原亜衣(みのはらあい)はふむふむと頷く。

「押し付けるみたいでごめん。」

 恐縮する(みやこ)に亜衣は「ううん」と首を振る。

「こういう綺麗な写はいくらでもオッケーだよ。ね。」

「うん。風景と作品が一緒になってるのがいいね。」

 林杏子(はやしきょうこ)も写真をかざし、じっくり眺める。

 三人の中で群を抜いて背が高い、ロングヘアのクールビューティー。けれど得意な被写体は鉄道で、それとざっくばらんな性格が下級生女子に人気らしい。

 その隣の亜衣は都とどっこいの小柄だが、思い立ったらすぐ動くパワフル派。ショートボブの頭を振り乱して試した実験……もとい撮影は数知れず。

 振り返れば、三年間の写真部活動はいつも三人で一緒に何かしていた気がする。けれど文化祭を区切りに三年生は部活を引退したので、こうやって放課後に揃って会うのは久しぶりだ。

「っかし、都さんは色んな知り合いがいるなぁ。」杏子が感心する。

「お母さんの同級生……と(さえ)さんもだけど。」

「保護者さんって建築だよね?」

「お母さん、もともとグラフィックデザインだったから。」

「美大だったら建築も染織もありかぁ。みやちゃん最近、母上のこと話すよね。前は全然だったのに。」

「そうだっけ?」亜衣に言われて都は首をかしげる。

「そーだよ。波多野(はたの)くんに写真家だったって聞いて、えーっ!て思ったんだもん。どうりでカメラの扱い慣れてるって納得したんだよ。」

「別に隠すつもりなかったけど……なんとなく言いたくなかったのかな。」

 もちろん二人とも、都が天涯孤独の身の上なのは知っている。

「今はもう、平気?」

「だってギャラリー無限大で回顧展の準備してるし。さすがに無視できない。」

「それもそうだ。無限大と言えば卒展の準備してる?」

「ミノ、まさかこの時期に写真撮ってんの?」

「撮ってないけどー、フィッシュアイ買っちゃった~」

「フィッシュアイ……あ、魚眼?」

「イエース!」

「亜衣ちゃんらしいなぁ。」

「正月に撮ってみようと思ってさ。」

 そんな趣味の話で盛り上がりながら、久しぶりの部室に向かう。

 亜衣が元気よく扉を開けた。

「呼ばれて参上!三年生来たよー」

 おおっ!という声と共に会議机に群がっていた一年生が一斉に顔を上げた。

「先輩だぁ!」

「忙しいトコ、サンキューです。」 

「ホントすみません。」

 一年生男子の副部長が申し訳なさそうに前に出る。

「いいけど……二年生いないんだ。」と、亜衣。

「先輩たちは別荘で作業してて……」

「暗室か。そういえばコンテスト出すとか言ってたっけ。んで、一年生はなにしてんの?」亜衣は、細長い部室に縦並びに置かれた机を覗く。

 そこにあるのは一枚の模造紙、作業中なのかスナップ写真が無造作に貼られている。

「えっとー、部長先輩がギャラリースペース、追加で確保したんです。」

 窓を背にした上座の三池祐美(みいけゆみ)が言った。

「図書室の近くなんですけどぉ……」

 ギャラリースペースとは写真部が借りている掲示板のことで、都たちもこの間まで毎月テーマごとの写真を展示していた。しかし今年は一年生の部員が多くて手狭だと、前の部長がこぼしていた。それを引き継いだ新しい部長が、生徒会と学校と交渉して新しいスペースを借り受けたのだという。

「で、せっかくだから一年生でなんかしてみろって先生に言われたんだけど、ぜんぜんまとまんなくて。部長先輩は、アドバイスもらっていいから自力でまとめてみろって。」

「それで三池ちゃんがあたしらにメールくれたのか。」なるほどね、と亜衣は納得する。

「うちの学年、フリーダムすぎんだよ。」

「小泉うるさすぎ。」

「だからってこれはねーだろ。」

 そう言って小泉副部長が指差す先を、三年生一同は目で追いかける。そこにあるのは件の模造紙。

「まさかと思うけど……」杏子がやっと状況を把握する。

「これ、完成予想図?」

「そうでーす。」

「ええと、テーマとかあるの?」

「お気に入り、です!」都の問いかけに三池が自信満々に答える。

「ああ、まぁ、そっか。うん。これ、動物園?」杏子がヤギの写真を指差す。

 そばにいた一年生女子が手を上げ、

「近所の幼稚園でーす。」

「ヤギ飼ってるの?」

「アヒルもいるんです。かーわいいんですよー」

「これは定点観測?」窓枠の形に切り取られた写真に亜衣が興味を示した。

「うちの二階から撮りましたー。」

「なるほどねー。フリーダムっていうか……斬新っていうか、あたしだったらこんな風に撮らないや。」

「そもそもうちらだったら、こういうまとめ方しないって。」杏子が苦笑する。

「でも、これはこれで面白いね。」

「面白いから、残念なんだよねー。」

「残念?どの辺が、ですか?」三池が亜衣の方に身を乗り出す。

「詰まりすぎてるとこ。」

 ほらみろ、と小泉副部長が呟いた。

「一つ一つはいいんだけどさー、なんかごっちゃになりすぎて見えにくいんだよ。せめてフォーマット揃えるとかさ。」

「でも携帯で撮ったのもあるから、トリミングで済む話じゃないんすよ。」小泉は肩を竦める。

「じゃあせめて余白つけるとか?」

「余白……」

 亜衣の言葉を聞いた都は「あ、」と小さく呟く。

「なんか閃いた?」

「絵葉書……ってどうかな?」

「ああ!」

「なるほど。」

 合点する亜衣と杏子に、一年生はキョトンとする。

「ええと、つまり……」

 都はカバンからスパイラルリングのノートを出すと、引っ掛けてあった万年筆で簡単な図を描いた。

「ハガキサイズで印刷して……写真によって余白ができるでしょ?」

「そこにメッセージを書く。誰かに自分のお気に入りを送る……って設定で絵葉書にするの。」亜衣が都の言葉を引き継ぐ。

 杏子も頷き、

「もちろん特定の人でも架空の人宛てでもよし。大きさはハガキだから統一感出るし、写真がバリエーション豊かなのも説明できる。」

「確かにいいっすね。」覗き込んだ小泉副部長が頷く。

「元ネタはあるんだけどね。」

「先輩の思い付きじゃないんですか?」

 違う違う、と都は手を振る。

「わたしたちが写真部入ったとき、三年の先輩がやってたの。」

「あとさー、写真交換日記とかやってたよね。」

「あれ、その辺にあると思うけど……」杏子は壁に沿って並ぶスチールキャビネットを振り返る。

「うわぁ、なんか写真部の歴史……っすね。」男子部員が妙に感心する。

「けどそんだけ前の代の話だったら、久しぶりにやるのもいんじゃね?」

「図書室に近い掲示板だから、字があるのも違和感なさそうだし。」

「それに万年筆の字、なんかかっこいい!」

 都が破いて机に載せたメモ書きに、なぜか注目が集まる。

「あたしも万年筆で書いてみようかなー。」

「だったら筆ペンもアリ?」

「書道選択の人はいいけどさー。」

「なんか……方向性が違ってきたね。」

「ま、いいんじゃない?」亜衣と杏子の言葉に、都は思わず手にした万年筆を見る。

「いいのかな?」


「いいんじゃない。」

 こともなげに篠原明里(しのはらあかり)は言った。

 部室での用を終えた都がやってきたのは、クラスメイトと待ち合わせをした図書準備室。椅子に座るのももどかしく、今あったことを話したそのレスポンスが……

「筆記具で変化をつけるの、面白いと思うな。」

「でも自分の書いたのがきっかけなんて、びっくりだよ。」

「都さんらしい。」

 明里は笑うと、軽くメガネフレームを指で押し上げる。肩で切り揃えた日本人形のような真っ直ぐな髪に、隙のない制服の着こなし。どこかストイックな雰囲気が近寄りがたくて二年生のときは口すら利いたことがなかった。けれど親しくなってみれば同じ文化部どうしで共感することもあり、それにしっかり者のお姉さんらしく的確な返事をくれるので、ついつい他愛ない話までしてしまう。

「うちの妹も中学入ったとき私の真似して万年筆買ってもらってたなぁ。大人になったみたいって言ってたっけ。」

「それ、使ってるの?」

「全然。持ってるだけでいいんだって。都さんだって……」

 明里は都のペンケースから覗く、年季の入ったごつい万年筆を指差す。

「これはお守り。インク詰まって書けないけど、お母さんの形見だから……」

「でも、使う用も買ったでしょ?」

「それは必要っていうか……外国語で手紙書くことがあって、ボールペンじゃ色気ないなぁと思って。」

「そんなことしてるんだ。」明里は目を丸くする。

「うん。字が下手でもスペル違っても、上手く書けたような気になるし。」

「似たようなこと、和臣(かずおみ)が言ってた。万年筆で脚本書いてると、作家になった気分って。私もお守りのつもりで渡したんだけどねー。」

「西くんと同じかぁ。うーん、微妙だなぁ……」

 演劇部の元部長で明里の彼氏の西和臣(にしかずおみ)は、思い立ったらすぐ行動!が信条で、その結果、さまざまな場面で巻き込まれた部活動は数知れず。もちろん都の所属する写真部も例外でない。最終的にそれなりの成果はあったが、振り返れば、どうも西に上手く乗せられたような気がしないでもない。

「でも和臣って人を見る目、あるのよね。だから都さんを指名したのは和臣にしたら当然の結果だと思うの。」

「だからそれ、過大評価。」

「実力相応だと思うけど……写真で進学する気、本当にないの?」

「気持ちゼロって言ったら嘘になるけど……他に自分に表現できることないかなって思ってるところ。」

「確かに都さん、文章も上手いもんね。掲示板の写真に添えられてたのとか……」

「そんなとこ、見なくていいよ~。それより、西くんからのお守りはないの?」

「何か言われたけど却下した。どうせ妙な物よこす気だろうし。」

「明里さんらしい。」くすくすと都は笑う。

 ふと、明里が小首をかしげ考える仕草をする。ペンの先でノートを突きながら、

「んー、絵葉書とメッセージかぁ。その掲示板って、図書室の隣の教科準備室のとこよね?」

「たぶん……そうって言ってた。」

「図書室でも便乗できないかな?」

「便乗?」

「そ。便乗。」にっこりと、明里は微笑んだ。

次回も火曜日更新予定です。

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