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第五十四話

 目覚まし時計を引き寄せた。

 針が示すのはホームルームが始まる時間。寝返りを打つと、丸まっている銀竜(ぎんりゅう)の寝姿が目に入る。

 ふわぁ、と伸びをして、(みやこ)は身体を起こす。

 コギンをそのまま残して部屋を出た。顔を洗っていると漂ってきたコーヒーの香り。つられてふらふらとリビングに行くと、

「あら、起きたの?」

 ダイニングテーブルで新聞を読んでいた(さえ)が顔を上げた。

「具合は?」

「んー、寝たから楽になった感じ……おなかすいた。」

「あーそりゃ大丈夫だわ。」

 念のため、都の額に手を当てて熱のないことを確認した冴は苦笑した。

「おにぎり焼いてあげる。スープも作ったから。」

「コギンも食べてないんだよね?」

「コギンの分も用意したげるわよ。」

 都は部屋に戻って寝ぼけ眼のコギンを拾い上げると、ダイニングテーブルに敷いた専用クッションに置いた。

「なんかコギンも、眠そうだね。」

「夕べずっと都ちゃんのこと心配してたから、安心したんじゃない?」

「銀竜も、そういうのあるのかな?」

 しかし漂う醤油の香ばしい匂いに誘われたのか、コギンはやおら立ち上がると喉を鳴らした。

 冴がまだ熱い焼きおにぎりを渡すと、両手でしっかり持って大きな口でぱくりとかじりつく。

 その嬉しそうな表情に誘われて、都も「いただきます」と手を伸ばした。

「それだけ食欲あれば大丈夫ね。」

 冴が笑う。

「でも今日はまだ、無理しちゃダメよ。外も寒そうだし。家で大人しくしてなさい。」

 言われて見ると、レースのカーテン越しに今にも冷たいものが降ってきそうな灰色の空が見える。

「冴さん、事務所行くんだよね?」

「今日は在宅。」

「え?」

「のつもりだったんだけど、三芳(みよし)さんと打ち合わせあるから、ちょっとだけ無限大に行ってくる。クッキーでも買ってこようか?」

「あ、だったらカボチャのケーキ。今日、冬至だから限定で焼くって、美帆子(みほこ)さん言ってた。」

「了解。コギンは都ちゃんのこと、見張っててね。」

「ぎゃう!」


 昼過ぎ。

 冴の姿はカフェギャラリー無限大にあった。

 ランチの客を横目に、立ち入り禁止のバリケードを跨いで二階に上がる。

「おはよう……じゃないすね。」

 ギャラリースペースに並べたダンボールとダンボールのわずかな隙間に胡坐をかいていた三芳が、「よっこいしょ」と立ち上がる。

「すごい状況ね。」

「一気に開封したもんで。都さんは?」

「落ち着いたけど、やっぱり竜杜くんが欲しいところね。」

「んなに参ってるんですか?」

「真剣に悩むのはこれからでしょ。さすがに今回レベルだと、あたし一人じゃフォローしきれない。」

「それは何となく納得。早瀬(はやせ)さんなら、都さんの傍に置いとくだけでフォローできそうだもんな。」

「でしょ。」

「んで、こっちなんすけど……」

 三芳は打ち合わせテーブルに冴を手招きする。

 その上に並んだ物を目にするなり、冴は思い切り顔をしかめた。

「気のせいか、見覚えすっごくあるんだけど。」

 そして深いため息。

「まぁったく、なんで親子揃って同じことするかな。」

「ひょっとして、都さんもこういう物体作るとか?」

 三芳が手にしたのは、クラフトテープでぐるぐる巻きになったソフトボールほどの物体だった。

「似たようなの作ってた。捨てたくないけど、面と向かって見たくない物隠したときに。」

 冴が思い出したのは、都がクローゼットに隠した物体だった。

 それは彼女が命を落としかけたとき、巻き添えで壊れた母親の形見のカメラ。都にとって母親との大切な思い出だった品、けれど竜杜(りゅうと)との契約を交わすきっかけとなった事件を思い出すのが辛かったのだろう。

「梱包材、新聞、で、テープぐるぐる。」

「確かに同じっぽい。」

 しかも三芳の話によれば、入っていたダンボールは朝子(あさこ)自身が梱包したものらしく、卒業証書や使っていない食器の間に隠れるように埋まっていたという。

「そういう隠し方も似てるんだから。」

 まったく、と冴は舌打ちする。

「これ、ハサミじゃないと切れないわね。」

「開けるんすか?」

「明けなきゃ中身、わかんないでしょ。」

「だって、捨てたくないけど見たくないモンなんでしょ?」

「この物体を作った本人がね。開けたって、せいぜい化けて出るのは朝子くらいよ。」

「あー、まぁそれはそれで、アリか。じゃあ、こっちは俺が開けていいすかね?」

 三芳は別のダンボールに屈みこむと、これまたクラフトテープで巻かれた平たい物を拾い上げた。

 はぁ?と冴が目を剥く。

「まだあるの?」

「さっき発見した物体……っていうより書類みたいなんすけど。」

「開けるわよ!」

 冴の有無を言わせぬ号令で、二人は何重にも巻かれたクラフトテープにハサミを入れた。年月を経てテープ自体は劣化して苦労ないが、新聞紙、さらにその下のビニールを外すのに難儀した。

 やっと中身にたどり着き、 開封したものをテーブルに並べる。

「外国の雑誌?それとこれ、フィルム?」

 茶封筒の中身を広げた冴が首をかしげる。

「ポジ……リバーサルですね。最近使わないけどスライドの枠ついてない奴。どこだろう……桜……金沢か京都か奈良か……ん?人、写ってますね。」

「どれ?」

 三芳に言われて照明にかざしてみるが、小さなフィルムでは顔が判読できない。

 んー、と三芳が腕組みする。

「ちょっと時間もらえますか?ピンポイントでスキャニングしてみます。」

「いいの?」

「乗りかかった船って奴。だってこれ、決定的でしょ?」

 彼が指差したのは、開封された数通のエアメールと、例の梱包ボールの中から出てきた小さな箱。

 開けてないが、形状から察するに宝飾品が入ってるだろうと予想できる。

「まさかこんなケースに抜けた歯とか、入れませんよね?」

「都ちゃんの乳歯なんてとっといてないわよ。へその緒ならあるけど。」

「それはあるんだ。」

「そういえば、学生時代の友達と連絡ついたの?」

「あー、そうそう。それでですね。」

 そう言って三芳は、友人と話した内容を冴に説明した。


 携帯の振動に都は「うわっ!」と飛び起きた。

 枕元にあった携帯を手に取ると、そこにはメール着信のマーク。

「わたし、もう一度寝ちゃったんだ。えーと、メール……え?」

 開いたリストに都は目を疑う。連絡をくれたのは一人二人でなかった。

 クラスの友人に加えて写真部の仲間、それに……

西(にし)くんからって珍しい。ええと……はぁ?」

 メールの内容は休んだ都を気遣うものだったが、なぜか一様に「彼氏と何かあったの?」の一文が入っている。

「なんか……勝手に理由つけられてる?」

 くぅ、とコギンも首をかしげる。

「変な心配かけちゃったか、かけられてるか……えーと、返事、まとめになっちゃうけど……いいよね。」都は言いながらメッセージを打ち込む。

「彼とは何にもないよ。久しぶりに熱出してダウンしただけ。もう落ち着いてるから、明日はきっと大丈夫……と。」

 さすがに本当のことを書くのははばかられるが、とりあえずこれで納得してもらえるだろう。

 送信ボタンを押す。

 ほーっと脱力した。

 時計を見るとまだ昼を過ぎたばかりなのに、外はいっそう曇天でまるで夕方のようだった。

「目、覚めちゃった。」

 ぼーっとしながら、どうしようと考える。

「そういえば、汗、かいたかも。」

 よっこらしょ、と立ち上がると着替えをかき集めて風呂場に向かう。

 体調を考えてシャワーだけあびたが、ずっと気分はよくなった。髪を乾かして部屋に戻ると、ベッドに腰掛け銀細工のネックレスを身につける。

 と、コギンが飛んできて、膝の上に革紐のついた雫型の緑の石を置いた。

「コギンもつけたいの?」

 頷くコギンの首に、都は守り石を結びつける。

 初めて向こうの世界に行ったとき、ダールからもらったものだ。時折自分の宝物を入れた箱から引っ張り出し、つけてくれとねだるのは、都の真似をしてるのだろうか。

「そういえば、リュートにも返事しなきゃいけないんだよね。」

 はぁ、と深いため息をつく。

 昨日からいろいろありすぎて、何をどう伝えればいいのかわからない。

「マスターに口止めしても限界あるだろうし……こういうときって言葉より手紙のほうが楽かなぁ。」

 手紙、というキィワードに、ふと、冴が机の上に置いていったものを思い出す。

 椅子を引いて机の前に座り、書類封筒を手に取った。

 封筒の口を止めていた紐を解くと、中から出てきたのは横長の封筒。表書きは昨日マクウェルから見せられたコピーと同じ。そして裏をひっくり返すと、同じ筆跡の署名がある。

 よく見ようとスタンドをつけると、コギンもふわりと飛んできた。

「消印……ないんだ。」

 セピア色に変色したローマ字を指先でなぞる。

「け、い、ま、つ、が、わ?えーと……」呟きながらもう一度書類封筒を覗き込むと、小さな紙が入ってることに気づく。

 名刺だった。

 そこには横文字の住所と共に、明朝体の漢字がはっきり書かれていた。

「津川……桂馬?」

 それが母親の相手の名前なのだろうか。

 しばしの逡巡。

 もちろん、このまま見ないこともできる。

 だけどこれは自身の問題。原因が母親にあるとしても、関係者は都しかいないのだ。  

 それに……

「リュートには心配かけたくない……っていうか、気にしてたら、リュート絶対気がつくよね。」

 だったら、全てを知って相談したほうがまだいい。

 そう結論に至れば取るべき行動はただ一つ。

 頷くと、意を決してハサミを手にした。

 開封すると、中には畳まれたレターペーパー。

 洋紙独特の香りに、ふと懐かしさを感じる。それは母親から送られてきたエアメールの匂い。

 そっと開くと、表書きと同様、癖のある日本語が並んでいた。万年筆で書いたのか、所々インクがこすれている。

 でも読めないほどではない。

 深呼吸して、文字を目で追いかける。

 カサリ、と紙をめくる音だけが響く、

 やがて、全てを読み終えた都は呆然と顔を上げた。

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