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第五十一話

「あなたに会いに来たわけじゃない。」

 きっぱりとクラウディアは言った。

「連れないなぁ。せっかくの再会なのに。」

 そう言ってにこやかに両手を広げるメラジェを、クラウディアは冷ややかな眼で見る。

「最後に会ってからそんなに経ってない。それと任務中。」

「それはぼくも協力してる。」

「迷惑かけてる、の間違いじゃないの?」

「それは彼らに聞いてくれ。」

「なぁ。」と、コンロッドはトランの肩をつついた。

「念のために聞くが、カミさんのが年下なんだよな?」

「でも力関係はクラウディアさんのほうが上みたいですね。この場合、飛べるほうが強いのか……」

「ヘザース教授、飛べないんだっけ?」

「聞こえてるぞ、シィガン!飛べないのと、飛ばないのではまったく違う。わたしが飛ばないのには理由がある。」

「理由?」

「そうだ。自ら竜に乗ったら前を向かなきゃいけない。その美しい翼を見たいと思っても、飛んでいる間、見ることはできない。」

「だからクラウディアさんに乗せてもらってるんですか?」トランが呆れる。

「その通り!彼女がわたしを同胞の背に乗せてくれるおかげで、わたしは空を見ることも、同胞と至福の時を過ごすこともできる。」

「なんか言い訳っぽいんだけど。」

「言い訳に決まってるでしょ。」

 コンロッドの呟きにクラウディアが同意する。

「わたしにとっては正当な理由だ!何より、竜に乗っているときのクラウディアは美しい。」

「メラジェ!それ以上言ったら、外に放り出すわよ!」

「相変わらず仲がいいですね。」

「やっと来た。」

 目礼をして入ってきた義弟に、メラジェはあからさまに眉をしかめた。

「なぜセルファまで来る?」

聖堂(せいどう)のおつかいです。」

 そう言って彼は、背後に控えている人物を振り返った。

 そこにいたのは公安の制服を着た男。そのいかつい顔かたちに、トランは見覚えがあった。

「ご足労おかけします。ガッセンディーア駐屯分隊のクラウディア・アデル・ヘザースです。」

「ガッセンディーア公安のオルフェル巡査長だ。うちの若いのが聖堂で世話になってるそうだな。」

「キャデムが詳細な情報をもたらしてくれたこと、感謝します。」

 聖堂でのマーギスの演説の後、議長を中心に話し合いが行われた。

 急遽呼び寄せたコーゼン分隊長に、聖堂の警備責任者、公安巡査のキャデム、神舎の責任者であるマーギス、そして呪術を知るクラウディアとダールが中心になって、協議が行われたのだ。

 その結果は銀竜を使ってセルファとバセオに伝えられ、さらに話を進めるためにクラウディアがこの倉庫まで出向いたのである。同時にセルファは公安の陣営に顔を出し、巡査長を引っ張り出したのだ。

 各自が自己紹介を終えると、クラウディアは切り出した。

「それで神舎(しんしゃ)内部からの信号は、解読できたんですか?」

 オルフェルは懐から紙片を出すとクラウディアに渡した。彼女はさっと目を通すとバセオにそれを渡す。

 文字を追う彼の表情が、わずかに緩む。

「みんな無事なんですね。安心しました。しかし礼拝堂が占拠されているのは気にかかります。」

「やっぱり呪術を使った礼拝が目的かしら?」

「そいつが成功するとヤバイのか?」

 まだ半信半疑のオルフェルが、伸びてきた髭をなでながら首をひねる。

「ヤバくなかったら、呪術は禁止されません。」と言ったのはトラン。

「それもそうか。で、こちらはなにをしようっていうんだ?」

「こうするつもりです。」

 そう言ってクラウディアは折り畳んで持ってきた紙を、机いっぱいに広げた。

 そこには各人の配置と動きが矢印で示されている。

「協議した結果、中に入らなければ何もわからないし、何もできないという意見で一致しました。」

「突入、か。」その方法を示した図に、オルフェルは唸る。

「分隊は了承したんだな?それで連中は大丈夫なのか?」

「心配ないといえば嘘になります。ですが地上から距離がある分、竜への影響は最小限にとどめられるはず。」

「神舎内部の見取り図は描いておきました。」

 バセオも紙を机に広げる。

「一枚じゃ足りないだろうから、写しておいたぞ。」と言ったのはコンロッド。

 どうやら倉庫組みで手分けして、バセオか描いたものを模写したらしい。

「助かるわ。それとセルファから話が行ったと思いますが……」

「人探しは別の奴に任せてきた。」オルフェルが応える。

「しかしガッセンディーアは宿屋の数も多い。すでに街を出てたら捕まえるのは難しいぞ。」

「赤毛の男なら、きっとまだガッセンディーアにいるはずです。」トランが言った。

「やけに確信するな。」

「入念に準備したことなら、見届けたいと思うはず。子供が悪戯するとき、概ね首謀者は近くにいるもんです。そういえばショウライナはどうしてますか?」

「父親が付き添ってるわ。この状況なのでみんな聖堂に足止めされてるけど、特にショウは神舎の件が一段落するまで留め置くことになりそう。本人もそうしてくれと言ってるし、オーディもそれでいいと言ってる。でも……」

「ご家族は心配でしょうね。」


 中庭に面した回廊で、ネフェルは足を止めた。

 一人佇む若い女性の姿に首をかしげ、声をかける。

「リィナ?」

「ネフェル……」

 振り返ったのはまぎれもなく友人のリィナリエ。ダールだった。

「どうしたの?こんな時間に。ご家族と一緒だったのでしょう?」

 ネフェルこそ、と言いかけてリィナは彼女が手にしている籠に気がついた。中に生き物が入っているらしく、ごそごそ動く気配がする。

 ああ、とネフェルは微笑む。

「フェスよ。ラグレスさんがガイアナ議長とお話してる間、預かってるの。」

「なんで?」

「リィナ、コギンがここで勝手に飛んで行ったの見てるのよね?」

「コギン?あ、うん。」

 それは共通の友人、ミヤコがガッセンディーアに滞在したときのこと。聖堂を見学していたとき、突然彼女の銀竜(ぎんりゅう)があらぬ方向に飛んで行こうとしたのだ。

「フェスも昔、聖堂でコギンと同じようなことをしたんですって。」

「こんな聞きわけのいい銀竜が?」

「よくわからないけれど、銀竜によって刺激の強い場所があるとか……」

 ネフェル自身、聖堂の地下で狂ったように鳴くフェスを見ているので、あながち嘘とも思えない。そのため一時的に祖父オーロフが預かったのだが、置いていかれたのが堪えたのか、しょんぼりしていたので散歩に連れ出したのだと説明した。

「リィナはどうしてこんな時間に一人で?」

 先ほどまでこの回廊で立ち話をする議員もいたが、今はもう部屋に引き上げ、あるいは場所を移しているはず。そう言うと、リィナはきゅっと唇を噛みしめた。

 次の瞬間。

「ネフェル、ごめんなさいっ!ショウが迷惑かけて、リュートや司教さまの手も煩わせて!」

「リィナが謝ることじゃないでしょ?」

 突然頭を下げたリィナにネフェルは驚いた。

「それにショウも呪術のこと、知らなかったんですもの。巻き込まれる前に話してくれたし、結果的にはマーギスさまを助けることになったのよ。」

「でも一歩間違ったら誰かを傷つけてたかもしれない。」

  いつもは快活な少女が泣きそうな声で言う。

「いくら一族が嫌いでも、いけないことはいけないことだもん。それにミヤコが知ったら、絶対嫌われる。だってミヤコは銀竜の主人だし……ネフェルと一緒に呪術で危ない目に会ってるし。」

「ミヤコがリィナを責めるわけないじゃない。ラグレスさんだって、リィナを悪く言うわけないでしょ。」

「でも……」

「むしろ無事だったことを喜ぶと思うわ。」

「おれもネフェルと同じ意見だ。」

 突然降ってきた声に、リィナは振り返った。

「兄さま!分隊に行ったんじゃなかったの?」

「急いで戻ってきた。」

 オーディエ・ダールは大股で歩み寄ると、手を伸ばし、妹の髪をくしゃりとなでた。

「ネフェルの言うとおり、ミヤコはお前とショウが無傷だったことに安心するだろう。」

「でも……」

「ミヤコがどんな性格か、おまえはわかってるだろう?友達を信じろ。ところで、」とダールはネフェルを振り返った。

「ラグレスを見なかったか?」


「どう思う?」

「そうとも言えるし、違うとも言えますね。」

 ガイアナの問いかけに、リュートはたった今見た聖竜リラントの瞳を思い浮かべる。通常は緑の輝きを放つ石の内部に、所々透明の筋のようなものが入っていた。その中にうっすら赤い色が見えるのは気のせいか?

 それがあまりにも微かで、正直どう解釈してよいのかわからない。それはガイアナも同じだった。

「だからきみを呼んだのだが、感じるものはなかったか。」

「ガッセンディーア全体の大気が不安定ですから。その影響がないともいえないし、それが向こうの世界に影響してるかまでは……」

「確かに、我々はその専門家ではない。」

 ガイアナはため息混じりに言った。

「カズトには君が見たままを伝えて欲しい。といっても、この状況では夜明けまで身動き取れそうにないが。」

「ええ。いったんラグレスの家に戻るつもりでしたが、この大気では竜が応えるかどうか……」

「先輩としては夜明けまで待つべき……と助言する。それまで休んでおくといい。」

 そう言われて素直に休めるわけでもないが、ひとまずあてがわれた部屋に向かった。

 その部屋の前で佇む大男が一人。

「ダール?隊に行ったんじゃなかったのか?」

「地下の通路は邪魔がなくていい。おかげで早く戻れた。」

「それを言いに来たわけじゃないだろう。」

「長老が会いたいそうだ。」


「リュート・ハヤセ・ラグレス……いやハヤセ・リュート、か。」

 即席にしつらえた寝台の上で、ワイラートは枯れ木のような手を差し出した。

 頭を下げたリュートは、しかし首を傾ける。

「どうしてその呼び名を?」

「自分の国ではそう呼ばれると、昔カズトが言った。ならばその息子もまた、そう呼ばれているのだろう。ハヤセ・リュート、戻ったらハヤセ・カズトに伝えてほしい。至らぬ長ですまなかったと。われら一族は門とその守人を見捨てたも等しい。長い長い年月……」

「父はそんな風に思っていません。むしろ一族として迎え入れてくれたことに、感謝しています。」

「エミリアから翼を奪ったのも、われらの采配だ。」

「それは他国に出向いた自分のせいと、母自身、納得してます。」

「それは真実を知らぬから言えること。」

「真実?」

 鸚鵡返しに訊ねながら、リュートはいったいこれは何の告白なのだろうといぶかる。

「われらはリラントに課したのと同じことを、門番の子に課した。」

「それは一体……」

「ここでは言えぬ。だがいずれ、門番と一族の子であるお前には伝えねばならぬ。いま少し、待っていてくれ。」

 最後はほとんど身体から絞り出すような声だった。

 ワイラートが主治医に「疲れた」と告げたことで、会見は終わる。

 続き間の執務室に戻ると、ダールはおらずアニエが待っていた。

「話を聞いてくれて、ありがとう。」

「新しい長の頼みなら、聞かないわけにいかない。」

「わざと言ってるでしょ。」アニエは拗ねたように言う。

「いいや。本当に堂々として長、と呼ぶにふさわしかった。」

「サーフス議員は睨んでたわ。」

「気にすることない。」

「それにお祖父さまに比べたら……」

 ため息をつくアニエにリュートは言った。

「別にワイラート長老と同じ必要はないだろう。アニエはアニエのやり方でいい。」

「オーディにも同じことを言われたわ。」

「ならそれが正論なんだ。」

 それが自分を勇気づけるための発言だとわかっていても、その心遣いは嬉しかった。

「そういうことにしておくわ。それよりも、聞いていいかしら?」

「アルラの子、か?」

 アニエは頷いた。

来週も火曜日更新予定。時間は未定です。

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