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第四十八話

「無事に着いたかね。」

「リュートが一緒なら、大丈夫だろう。」

 人口が半分になったアデル商会の倉庫の一室で、コンロッドとメラジェは暖炉の火を眺めながらトランの持ってきた酒をなめていた。

「しかし、きみまであの論文に関わっていたとはね!」

「トランとは、入学式からの腐れ縁なんで。」

 コンロッドはは肩を竦める。

「その腐れ縁は、さっきから何を熱心に読んでるんだ?」

銀竜(ぎんりゅう)が関わった事件の一覧だとか。さっきの、カイエ巡査が調べたらしい。」

「専門家に聞いてくれたんです。」

 トランは訂正すると、見ますか?と言って紙の束をメラジェに差し出した。

 コンロッドも「どれどれ?」と横から覗き込む。

「目玉くりぬいた銀竜の死体?生きた銀竜のが高値で売れそうなもんだが。」

「それより銀竜が売買されてるなんて、初めて聞いた。ガッセンディーアでも起きてるのか……」

 しかも法外な値段に、メラジェは唸る。

「あえて注目しなければ、見過ごす事件ばかりですから。カイエ巡査の話だと銀竜は書類上“物”になるので、銀竜なのか壷なのかわかりにくいそうです。」

「つまり個人の“所有物”になる?」

「らしいです。」

 メラジェは大きなため息を吐き出した。

「やるせないのはぼくも同じです。」

「銀竜は所有するのでなく、共にあるもの、か。」と、コンロッドが呟く、

「ええ。それが理解されず、所有しようとするから銀竜が凶暴化して、結果、殺されたり捨てられたりするんです。レイユだってマーギス司教が名付けをしなかったら今頃どうなってたか……。」

「そういうのを、巡り合わせというのだろうな。」

 しみじみとメラジェが頷く。

「それはそうとして、さっきからレイユに何させようとしてるんだ?」

 コンロッドの疑問は、さきほどから銀竜を前に四苦八苦している修士に向けたものだった。何か命じてるらしいのだが、肝心の銀竜はそっぽを向いたり甘えたり、落ち着きがない。

「レイユの目を借りようと思ったんです。銀竜の目が見ているものを、命じた人の瞳に映すことができるんですが……まだ自分も練習中で。」

「そんなこと、できるんだ。」

主人(あるじ)であるマーギスさんは問題なくできるんですが、やはり弟子たちでは軽んじられているのか難しくて。」

「軽んじてるんじゃなくて、主人より甘えていいと思ってるんです。銀竜にとって主人は絶対の存在だから、言葉の重みに差が出るのは当然。」

「それに落ち着きがないのは、微妙に大気が不安定なせいかもしれない。」と、メラジェも言う。

「それよりその目を借りるって、距離は関係ないのか?例えば雲の上、とか。」

 コンロッドは天井を指差す。

「楽勝だな。」とメラジェ。

「銀竜を空の見張りに使ってた記録は、いくらでもある。」

「んじゃ、水の中。」

「たぶん大丈夫でしょう。」と、今度はトラン。

「カズトさんがルーラを使って池の中を見たことがありました。」

「銀竜って泳げるのか!えーと、それじゃ……」

 首をひねる友人にトランが呆れる。

「きみ、レイユに何させたいんですか?」

「だって銀竜って伝承じゃ門の道標だろ。だとしら、門の様子がわかるんじゃないかと思ってさ。」

「門は存在しない。」

 間髪いれずにメラジェが言った。

「だから存在したら!距離に関係なく見ることできるんだったら、門の向こうの風景を見るのだって可能だろ。つまり、神の世界をこの目で見ることができる。」

「短絡的だな。」

「夢と興味はいくらでもあったほうがいい、てのが祖父ちゃんの遺言。それにホラ、神の国に言ったって自慢できるじゃん。」

 えっ?とトランは顔を上げた。

「今……なんていいました?」

「自慢できるじゃん。」

「その前の前!」

「ええと……神の世界をこの目で見ることができる。」

「そういう考え……したこともなかった。」

「そおか?」

「銀竜の目……道標……もしかしたら……」

 くわ!とレイユが鳴いた。

「フェスから声が届きました!」


 かざした光に、湿った黒い岩肌が照らし出される。

「岩盤を削ってるんですね。」

 マーギスの言葉にリュートは頷き、

「スゥエン・オーロフの記録によると、遺跡としては新しいが、遺構としては古いそうだ。」

「そこにも光石が……」

 先頭を歩くキャデムとネフェルが声を上げた。

 二人が掲げる明りに反応して、真っ暗な地下道にぼんやりと小さな明かりがともった。置かれているのは爪先ほどの小さな石だが、道標の役割は充分果たしている。

「それにどこか神の砦の地下に似てるから、怖いという気もしません。」

 そう言うネフェルの声は落ち着いていて、それがショウには意外だった。

 地下道への入り口は分隊の地下にあった。

 誰もが前を通ってるはずの古い扉。それが何か、などと考えたこともなかった。

 だから鍵を外してその先の地下に至る石段に案内されたときは、さすがにリュートも驚いた。

「記録によると、地上を歩くのと同じくらいの時間で着くらしい。」

 キャデムが懐から懐中時計を出して確認する。

「こうなると聖堂(せいどう)も孤立してるようなものだし、隊長から議長宛の手紙は持ったよな?それと出口の鍵!」

「さっきも確認しただろう。大人しく吉報を待っててくれ。」

「あー、ついでにダールに会ったら大至急書類を出せと言ってくれ。」

「忘れなかったらな。」

 そんな軽口を交わすと、事務官と別れて石段を降りた。行き着いたのは湿った匂いのする通路。

 先頭はキャデムとネフェルとフェス、真ん中にショウとマーギス、そしてしんがりはリュートの順で歩を進めた。

 前を歩くマーギスの背を見ながらリュートはふと、分隊でのことを思い出す。

 これからの行動をバセオに知らせるため、マーギスはレイユに宛ててフェスに声を託した。そしてリュートも、聖堂のトーアに宛ててネフェルとショウを連れて行く旨、声を送った。

「父親にも連絡しておいたほうがいいか。マーギスさまから伝えることはありますか?」

「カズトのことですから、こちらの状況を伝えればあとは察するでしょう。では私は先に皆のところへ行ってますので。」

「直接声を送らなくていいんですか?」

「誰が伝えても同じです。それにまだ他に、声を送るべきところがあるでしょう。」

 そう言ってマーギスは自分の左腕を指で示す。

 慌ててリュートは手首に巻いた機械式時計の金属ベルトに触れた。腕時計などない世界ゆえ服の下に隠していたのだが、ちゃんと見ていたらしい。

「同じような物を以前、カズトに見せてもらいました。不思議な文字が並んでいて、しかも腕に巻くのは画期的だと思ったので。ご実家の時間に合わせてあるのでしょう。」

 返答に困るリュートにマーギスはにっこり微笑む。

「ミヤコさんも、きっとあなたの声を待ちわびてるはずです。」

 その言葉に背中を押されるように、リュートはフェスに声を託したのだ。

 時間差なく受け取ってくれただろうか。それともコギンのことだから朝になってから伝えるだろうか。

 そんなことを思いながら、指先で時計のガラスケースに触れる。その下で刻む針が示すのは、愛しい人の時間。

 そして自分のいる時間は……

「キャデム、そろそろ聖堂に近いはずだ。道に気をつけてくれ。」

「おう!」とキャデムが答えるのと同時に、フェスがけたたましく鳴いた。

 銀竜は狂ったようにその場でぐるぐる旋回すると、ある一つの方向を目指して飛んでいく。

「聖堂だ!出口が近い。」リュートが先頭に向かって叫ぶ。

「どうしてわかるの?」

 ショウが不思議そうにリュートを振り返る。

「昔、聖堂で同じようなことがあった。勝手に飛んで行って、それを追いかけた俺とダールは聖堂の地下に迷い込んだんだ。」

「兄さんも一緒に?」

「ああ。双方の親が呼ばれて盛大に怒られた。」

「初めて聞いた。」

「基本的には思い出したくないし、話したくない。だからそれ以来フェスは聖堂の外に待機させてる。」

「でもこの間、コギンもこんな風になったってリィナに聞いたわ。」

 ネフェルが振り返って言った。

「よくわからないが、うちの銀竜をひき付けるなにかがあるんじゃないか……とオーロフの御大が言ってたそうだ。」

「お祖父さまが?」

「リュート、こっちに階段がある。分隊と同じような石段だ。」

「当たり、だな。」


 物音に、モリス・ラダンは身構えた。

 上司である聖堂の警備隊長から「急いで行ってくれ」と命じられ飛んできた地下室。何があるのかと思いきや、まさかの侵入者の気配に緊張が走る。

 資料の保管庫に使われている部屋を奥に進むと、音がするのは部屋の一番奥、開かずの扉と呼んでいる古い扉の向こう側らしい。

 金属を引っかくような音に、思わず腰の棒に手を伸ばす。

 揺さぶるような振動に、こくり、と喉を鳴らす。

 明らかに誰かがこの扉を開けようとしている。

 扉の蝶番がきしむ。

 同時に飛び込んできた白い影に、ラダンは叫んだ。

「動くな!」

「うぎゃあ!」

 えっ?と目を凝らす。

「ぎ、銀竜?」

「その声……ラダンか?」

「ラグレス?」

 目の前に現れた同期の姿にラダンは面食らう。

「いったいどこから入ってきた!しかもなんで私服なんだ?」

「それより、ここは聖堂なんだな?」

「貴様ふざけてるのか?ここは聖堂の地下だ!」

「なら、狙い通りだ。」

 はぁ?と目を剥くラダンの前に、今度は公安の制服を着た男が現れた。

「おおっ!ここが聖堂の出口か。本当に分隊の地下と繋がってたな。」

「分隊だと?」

「ラダン、ガイアナ議長に会いたい。取り次いでくれ。」

「話が先だ!」

「違うだろう。」と公安の男が言った。

「オーディとオーロフさんが先だ。ショウライナとネフェル嬢も一緒なんだから。」

「先にトーアには声を送っておいた。」

「それを先に言え!」


 ネフェルの祖父、デレフ・オーロフと一緒に入ってきたのは、背の高い、凛と背筋の伸びた老齢の男であった。

「リュート、マーギスどの。ネフェルが我侭を言ったようで、申し訳ない。」

 オーロフが頭を下げる。

「ネフェルのおかげでショウもひどく不安にならずに済んだと思う。」

「それを聞いて安心しました。」オーロフは言いながら、傍らの男に頷きかける。

 彼はマーギスの前に歩み出ると手を差し出した。

「一族評議会議長を務めるキルフェガ・ガイアナです。」

「ガッセンディーア司教、マイゼル・マーギスと申します。」

 マーギスの手が差し出され握手を交わすと、ガイアナは微笑んだ。

「多分……私はあなたを知っている。」

「お会いするのは初めてだと思います。」

「お見掛けしたことがあります。祭りの日。神舎の塔のてっぺんで。」

 ああ、とマーギスの顔に笑みが広がる。

「ずいぶん昔の話ではありませんか?」

「十年……いや十三年前か。人手が足りないからと頼まれて飛んだ祭りで、共も連れずに塔の一番上で見物してる司祭をお見かけました。」

「おそらく私でしょう。後で叱られたのでよく覚えてます。司祭たるべきもの、もっと安全な場所で見物しなさいと。あの祭りで、初めて竜を間近に見たんです。最後の竜が塔の周りを一周してくれて、赴任したての自分を歓迎してくれているようでした。明るい灰色で、聖竜リラントを髣髴とさせる美しい竜だった。」

「その同胞の背にいたのが私です。」

「なんと!」

「ガイアナ議長。マーギス司教は父の友人で、我が家のこと……早瀬(はやせ)の家のことも全部ご存知です。」

 リュートの言葉に同意するようにマーギスは頷く。そして言った。

「そのつてで、無理を言って同行させてもらいました。どうかお力を貸していただきたい。」

次回更新は2016年6月21日(火)の予定です。

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