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第四十六話

「リュート?」

「聞いてる。」

 言いながら、リュートは机に視線を戻した。

 そこに広げられているのは、ガッセンディーアの街の地図。

 その中の一点を、コンロッドは指し示す。

「新市街は一見普段と変わらないが、早仕舞いしてる飲み屋がちらほらあった。それと聖堂(せいどう)の周り、ありゃなんだ?いつもより警備が多いぞ。しかも軍人って……」

「一族評議会が召集されたせいだな。」

神舎(しんしゃ)の事件も影響してるようです。」

 メラジェとトランの説明に、コンロッドは一応納得するも、

「すんげーやな雰囲気だったぜ。」と愚痴る。

 それでもどうにか、仕事で繋がりのある司書官に会うことができたと報告する。

「手紙はちゃんと渡した。」

 それはメラジェからクラウディアへ、それとリュートから議長に宛てた一筆だった。

「セルファも情報が得られなくて、困ってたようです。」

 と、こちらはアデル商会へ行ってきたトラン。

「聖堂もコンロッドの言うような状況で、人に会うのも面倒だと憤ってました。」

 そうだろう、とコンロッドが頷く。 

 トランは問われるまま、アデル親子に自分たちが得ていることを話した。彼らはマーギスが神舎にいなかったことに驚きつつ、無事の知らせに安堵した。そしてネフェルとショウが同行してる理由には、何か思うところがあったらしい。

「本当に、神の砦事件の首謀者に似ていたのか?ショウライナに呪術文字を渡した人物は。」

「ネフェルが言うなら信憑性はありますね。」

 息子のセルファに言われて、ボナゥン・アデルは唸る。

「その男、名前はわかるだろうか?本名かは別として。」

「ショウライナ・ダールが通っていたような格式ある学校の教師なら、本名でしょう。逆によそで使ってる名前があるかもしれません。」トランは言って、神舎で聞いた名前を告げた。

「こちらも何かわかったら銀竜経由で伝えます。これを。」

 セルファが紐のついた緑の石を差し出す。

「守り石?」

「フェスとレイユにつけてください。もし呪術が神舎で使われた、あるいは使われているとしたら、まったく影響ないと言えません。少なくとも銀竜(ぎんりゅう)が安全なら、声を送り合うことができます。ここにはルーラがいるし、聖堂にはトーアがいますから。」

「わかりました。」

「必要があればアデル商会はいつでも助力します。」

 そう言ってセルファは当面必要な食料と地図などの必需品を持たせてくれた。

「分隊は通常営業だった。」

 少し遅れて戻ったキャデムが、ここからそう遠くない場所を示す。

「分隊長って人に会った。リュートの手紙を渡して状況を説明したら、すぐに竜を移すと言ってくれた。」

 キャデムによると、分隊でもいつもと違う竜たちの様子に対応策を考えていたところだった。そこへリュートの進言が届いたので、業務に支障をきたす前にガッセンデ近郊に竜たちを避難させることにしたのだという。

「聖堂は守りがあるから大丈夫だろうって。でも念のため、発着させないよう伝令を出すことを請合ってくれた。それからマーギスさまのこと、上司に報告しました。」

 ガッセンディーア駐屯分隊を出たキャデムは、その足で公安分署に向かった。

 神舎占拠事件の対策会議に出るため現場から戻っていたオルフェル巡査長は、彼を見つけるなり案の定、雷を落とした。

「カイエ!どこ行ってた!今がどんなときかわかってるのか?」

 口角泡を飛ばす勢いの巡査長に、キャデムは畳んだ紙片を渡す。

 いぶかりながら紙片を開いた巡査長は次の瞬間、キャデムの首根っこを掴んで面会室に彼を連行した。辺りに人がいないことを確かめ、扉を閉める。

「どういうことだ?」

 オルフェルが広げた紙片には「内密の話。マーギス司教の件」とある。

「マーギスさまから預かってきました。」

 キャデムは一通の手紙を巡査長に渡した。

 そこに書かれているのは今回の事件の可能性……禁じられた力が働いてるかもしれないこと、眉唾と思うなら本舎に問い合わせて構わない、そして自分は無事で神舎の外にいるゆえ、重要な判断を下すことができる……といった内容。

「本当なのか?」

 巡査長はこれ以上ないほど、目を丸くした。

「そこにある通りです。」

 後ろ手を組んで答える部下に、彼はようやくマーギスの無事を理解する。しかし……

「犯人からの要求はまだない。」

 だから相手が何者かわからない。まして連中がルァ神と相対する宗教集団とは決めらない、と言った。

「じゃあ人質の無事も確認できてないってことですか?」

 オルフェルは苦い顔で頷く。

「だがもしも、だ、その銀竜の持ってきた話が本当だとして……」

「オゥビさんはノンディーア海軍にいたんですよ!そういう人がヤバイって思うほど銀竜が怯える。しかも神舎でなんて、おかしいと思いませんか?オレの幼馴染の銀竜も、神舎でそんなこと一度もないって。」

「その幼馴染、信用できるのか?」

「奴の親父さんには会ったでしょう。レイユを預けた……」

「異国人の元竜騎士か?」

 キャデムは頷く。

「今ここで信じてくれなくても構いません。」

 キャデムも最初は半信半疑だった。が、もし本当に呪術を使う連中だとしたら、そしてマーギスが懸念するように、効力を得るために神舎という安定した場に押し入ったのだとしたら、いまだ声明がないのも納得できる。

「もしマーギスさまの言う通り呪術が使われたら、神舎だけの問題じゃありません。」

「聖堂……空の民か?」

 もちろん黒き竜のように変貌することはないだろう。しかし何かしら影響を受け、その結果ガッセンディーアが被害を被る可能性は大いにある。

 そんなことはオルフェルとて想像がつく。

「しかし聖堂に言ったところで、聞く耳を持つかどうか。」

「公安として介入できないってことですか?」

「それ以前の問題だ。昔、聖堂内で警備の人間が襲われる事件があった。だが充分な捜査ができず、うやむやに近い形で処理された。どうも上の連中同士が噛み合わないというか、融通が利かないというか……そんなわけで、こちらから申し入れするのは難しい。第一、聖堂も議会が開かれるんでピリピリしてるだろう。」

「もし……司教自らが説明に出向くといったら?」

「警護に割ける人員なんてないぞ。」

 だが、とオルフェルはキャデムを真っ直ぐに見た。

「たまたまその場に居合わせた巡査が、自分の判断で市民を守ることはできる。」

「……わかりました。」

 力強く頷くキャデムの肩を、巡査長はポンと叩く。

「司教殿の事は任せた。もしどうしても権限が必要なら、俺の名を出せ。なに、多少の言い訳はこっちでしておく。」

 そう言ってくれた上司に、キャデムは心の内で感謝する。

「マーギスさまがお願いしたことは、その通りにしてくれるそうです。」

「今しばらく、私が神舎の外にいることは公にしないで欲しい……と書いたんです。」マーギスが皆に説明する。

「神舎の制圧が順調だったのは、内部に手引きしたのがいるんじゃないかっていうのがマーギスさまの考え。それに公安は連合国のあちこちから人が集まってるから、用心するに越したことはないだろう、って。」

「そういえば、ぼくたちを見張ってた巡査も南の出身でしたね。」トランが思い出す。

「父親がこっちに戻ったときの話だな。聞いてる。」

「オレも巡査長から聞いた。その巡査、ナントカって議員に頼まれたらしいぜ。」キャデムが記憶を辿る。

「ひょっとして……サーフスか?」とメラジェ。

「恐らく。父親の弱味を握って票を稼ごうとしたらしい。」

「弱味って?」ショウが首をかしげた。

「神舎の人と会うこと。」

「奴の考えそうなこった。」

「でも会見の相手がマーギス司教だったから、そいつ署長にまで怒られたらしい。」

 えっ、とショウがリュートを見上げる。

「司教さまとラグレスのおじさんが?なんで?」

「古い知り合いだそうだ。」

 ええ、とマーギスもニッコリ。

「カズトとは私が南にいた頃からの友人なんです。」

「へ、ぇ……」

「だからといって、聖堂にいらっしゃるのは賛成しかねます。」

 それまでずっと黙っていたバセオが、口を挟んだ。

「いきなり乗り込むわけじゃありません。ひとまず分隊に相談すると言ったでしょう。」

「しかし……」

「呪術が絡めば神舎も聖堂も危ういのは同じ。なのに聖堂に伝えなかったのは神舎の手落ちです。今からでも事情を話して、協力を仰ぐ必要があります。」

「マーギス司教が直訴してくだされば、説得は早そうだ。」

「それにショウをダール家に送り届けないと。」

「なんだ坊ちゃん、お偉いさんの関係者か?」コンロッドがからかうように言う。

 それが気に入らなかったのか。ショウはあからさまにムッとした。

「ぼくは関係ない。でも兄さんの婚約者は長老さまの孫だから……」

「関係してるじゃん。だとしたら、ここより分隊のがいいな。」

「ネフェルも安全な場所にいたほうがいいだろう。」

「そういや分隊の建物って、聖堂と地下で繋がってるんだろう?昔、祖父ちゃんが言ってた。」

「そういう噂があるにはあるが……」

 誰も確かめたことはない、とリュートは言った。

「えー!オレ信じてたんだぜ。てかそいつが使えたら、簡単に聖堂に乗り込めると思ったんだけどなぁ。」

 なるほど、とメラジェが呟く。

「地下というのは、ある時代の竜の遺跡に共通する構造だ。残ってる可能性は大いにある。」

「メラジェまでいい加減なこと言うな!」

「いやいや。聖堂は古い時代の形状をとどめてる、数少ない建造物だ。分隊の建物もしかり。可能性があるとしたら、地下か……」

「開かずの間ならいくつかあるが、鍵がかかってたはずだ。そこまで言うならメラジェも来るんだろうな。」

「わたしはもう少しここにいる。」

「は、ぁ?」

「聖堂に入るのが面倒ならば、議会が終わるまでトランと語り合うほうが有意義なんでね。」


 結局、リュートとショウ、そしてマーギスとネフェル、キャデムが二組に分かれて分隊に向かうことになった。

「ねぇ。」

 歩き出して間もなく、銀竜の入った籠を抱えたショウが切り出した。

「一族の議会って、もしかして次の長を決めるの?」

「そうだ。」

「今の長老さまが引退したら、兄さんの立場って変わる?」

「聞いてないのか?」

「兄さん、そのこと話そうとしてぼくの部屋に来たんだと思う。リュートは兄さんの親友だから、わかってるんだよね?」

「俺が知ってるのは親友だからじゃない。でも……説明が必要だな。」

 リュートは前を向いたまま、淡々と説明した。

「そっか……アニエが……兄さん、それでいいって言ったんだ。」

「驚かないんだな。」

「なんか兄さんらしいや。それにそういうことだったら、ぼくも聖堂に行かないと。」

「一族が嫌いなのに、いいのか?」

「嫌いっていうか……カーヘルの学校に行ったのは家を離れたかったから。」

「カーヘルは自由だったか?」

 うーん、とショウは暗い空を見上げる。

「ちょっと思ってたのと違った。北の人間がいない学校だから、最初ちょっと差別された。本当に最初だけだよ。でもその時に声かけてくれたのが先生だった。ぼくみたいに馴染めない生徒が馴染めるまで補修してくれたり……ホラ、歴史とか古語なんて絶対不利だもん。でもなんていうかその集まりがだんだん苦しくなって、そんなときに兄さんにこっちに連れ戻されたんだ。だからホントはちょっと感謝してる。」

「だったらそう、ダールに言えばいいのに。」

「やだよ!いつまでも子ども扱いするし。」

「末っ子がかわいいんだ。」

「好きで一番下に生まれたわけじゃない。リュートは知ってるんだよね。もう一人のショウが死んで母さんがおかしくなったこと。」

「もう一人のって……ルーショウのことか?」

 幼くして病気で亡くなったダール家の次男のことは、もちろん知っている。けれど聞き捨てならないのは彼が「もう一人のショウ」と呼んだこと。

「だってショウって呼ばれてたのは同じじゃないか。」

「それはそうだが……ルーショウとショウライナは別だろう。」

「身代わり……」

 ポツンとショウは言った。

「違うな。第一ショウって名前は、ルーショウとショウライナだけじゃない。」

「え?」

「ショウというのはダール家のご先祖の名前で、代々受け継がれてる由緒正しい名前だ。」

「古い名前ってこと?」

「だとしても引き継ぐのは悪いことじゃない。俺だって……」

「リュート?」

「カズト、それに祖父さんはヒロト。」

「最後の音が同じだ。」

「父の国の文字だと字も同じになる。祖父から父へ、そして俺に引き継がれてる文字だ。」

「嫌じゃない?」

 まさか、とリュートは笑う。

「むしろ早瀬(はやせ)家らしい名前だと、誇りに思ってる。」

「ぼくは……思えない。」

「いつか思えるときが来る。」

 そう言いきるリュートの横顔を、ショウは見上げた。

「リュート、なんか変わった?前はそういうこと、言わなかった。彼女ができたから?」

「なわけないだろう。」リュートは苦笑した。

「あえて言うなら、ショウが大人に近づいたからだ。」

遅れましたが更新です。

来週・・・火曜日に更新予定ですが、水曜日になるかもしれません。

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