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第四十三話

「こりゃまた団体さんで……」

 緑の瞳をぱちくりさせて、コンロッド・シイガンは一行を出迎えた。

 アデル商会所有の倉庫事務所でのこと。

「突然押しかけてすまない。」

「もしかして、ラグレス家の御当主?」

 漆黒色の瞳がどこかアデル家の姉弟を思わせる。それに夏だというのに膝までの外套を纏っているのは、竜隊の制服を隠すためか。

 リュートは肯定すると自己紹介した。

「ってことは、聖堂(せいどう)から皆さんを引率してきたのか?」

 友人の問いかけに、トランは首を振った。

「聖堂ではなく神舎(しんしゃ)からです。」

「神舎?」コンロッドは眉をひそめる。

「きみに頼みたいことができました。」

 マーギスの執務室でそれを提案したのは、トラン自身だった。

「判読することができる人……語り部のことでしょうか?」

 首をかしげるネフェルに、トランは「そうです」と答えた。

「ヘザース教授はシィガンをご存知ですよね。」

「コンロッド・シイガンなら仕事を依頼してる。奴と知り合いだったか。」

「大学時代の同級生です。例の論文を手伝ってくれたのも、コンロッドですよ。」

 あっ!とネフェルが声を上げた。

「トラン・カゥイさん!」

 先ほどからずっと気になっていた名前と、その理由が一致する。

「そうよ!英雄の記の論文を書いた方!」

「おかげで、聖堂の書庫に出入り禁止になりました。」

「私、その書庫で論文を拝見しました。」

「それは……ありがとうございます。」

「あれが卒業論文だなんて信じられない!」

 緑の瞳をキラキラ輝かせるネフェルの姿に、メラジェが「ほらみろ」と呟く。

「私もいつか英雄時代の文字を読みたいと思っているんです。亡くなった母に少しだけ習ったけど、まだわからない言葉がたくさんあって……」

「それはぼくも同じです。」

 こほん、とマーギスが咳払いをした。

「その話は後ほどでもよろしいですか?」

 ネフェルは慌てて頷いた。

「つまりカゥイ先生は、シィガンさんにこの文字を判読してもらうべきだと?」

「それと場所を替えるべきでしょう。良いか悪いかに関わらず、これを持って神舎にいるべきではありません。」

 トランは友人との共同作業のために、アデル商会の事務所の一室を借りていることを説明した。そこなら大人数で議論しても邪魔にならないし、呪術文字が及ぼす影響も少ないだろうと提案する。

「たしかに、司教さまの執務室を占拠するよりよさそうだな。」

 そんなメラジェの言葉もあり、反対する者はいなかった。

「みなさんは先に行っていてください。私もすぐに追いかけます。」

「司教さまもいらっしゃるんですか?」

 驚くネフェルに、マーギスはいつものたおやかな笑顔で頷いた。

「ヘザース先生ではありませんが、神の砦の関わることを見過ごすことはできません。レイユは留守番しておいで。」

 くぅ、と喉を鳴らしながら舞い降りた銀竜に、ネフェルは目を丸くする。

「銀竜!いったいどなたが?」

「主人はマーギスさまですよ。名はレイユ。」と、トラン。

 ネフェルはレイユを覗き込んだ。金色の瞳に、自分の緑の瞳と目線を合わせると微笑みかける。

「レイユ、はじめまして。私ネフェルよ。今日はトーアにもフェスにも会えたから、なんだか得した気分。」

「トーアに会ったんですか?」

「ええ。ちょうど出てくるときにハンヴィクさんたちが聖堂にいらしたの。」

 ふむ、とリュートは思案する。

「ならばフェスからトーアにあてて声を送るか……」

 そうすればショウとネフェルの家族には、彼らの居場所が伝わるだろう。

 神舎を出た一行は、礼拝に集う人とは逆方向に歩き出した。向かうはガッセンディーアの新市街、繁華街から離れた事務所の立ち並ぶ一角。同じ建物に部屋を借りているリュートはよく知った道だが、聖堂を中心に生活しているネフェルやショウは初めて足を踏み入れる場所だった。

 やがて大きな両開きの扉を備えた堅牢な建物にたどり着く。傍らの人間サイズの通用口の鍵をトランが開け、ぞろぞろと入る。

 中は薄暗く、どこか埃っぽかった。通路を中心に左右に壁と柱で区切られた部屋が並んでいる。扉がある部屋もあり、ない部屋もあり、ない部屋を覗くと梱包されたままの物が整然と積まれていた。通路を中ほどまで進むと階段があり、上の階にはアデル商会で働く独身者用の部屋がいくつか。さらにその上の階の部屋を、リュートが格安で借りているのは道中説明済み。

 その階段の傍らを通り抜けた先、建物の一番奥に、鍵のかかる扉のついた部屋が二つ向かい合う。トランは左の部屋の扉を叩いた。

 そこで扉が開くなり飛び出した台詞が「こりゃまた団体さんで」だったのである。

 中に入ると使い込んだ大きな傷だらけの机と、新しいが形も色もてんでばらばらな椅子が机を囲むように置かれていた。

「適当に座ってくれ。」と言うコンロッドの言葉に、ネフェルとショウは恐る恐る椅子を引き出す。リュートとメラジェ、それにフェスが部屋を検分している間、彼はトランを部屋の外に引っ張り出した。

「頼みたいことってなんだ?てか、なんでヘザース教授が一緒なんだ?」

「ぼくに会いに、神舎に来たんです。」

 トランは彼が恩師の知り合いで、最後の言葉を届けてくれたのだと説明した。

「懇意にしてる一族がいる、ってのは聞いたことあるが……」

「彼、ちゃんとイグー先生と呼んでましたよ。」

「なら本当だな。」うん、とコンロッドは頷く。

「そういうことで予定していた打ち合わせは延期です。代わりにこれを見てもらえますか?」

 トランは上着の内懐から紙片を取り出すと、コンロッドに渡した。

 いぶかりながら紙片を開いたコンロッドの表情が、みるみる険しくなる。

「おい!これ……」

 トランは頷くと、神舎での出来事を簡潔に話した。

 聞き終えるや否やコンロッドは踵を返して部屋に戻り、ショウの前立つ。驚く少年の肩に両手を置くと覗き込んだ。

「どっか具合悪くなってないか?」

「だ、大丈夫です。」

「本当にほんとーに、大丈夫だな?」

 コンロッドの気迫に押されたショウは、黙ってこくこく頷く。

「そんなに危険な文字なのか?」メラジェが尋ねる。

「ヤバイ部類だ。できればすぐ燃やしたほうがいい。他にはないな?」

 ショウは小さく頷く。

「ノンディーアからガッセンディーアに戻ったとき、捨てたから……」

 よかった、コンロッドは脱力する。

「一族てぇのは、竜に次いで大気に敏感な人種だからな。」

「でもぼく、兄さんみたいに飛ばないし……」

「嫌な感じはあったんだろう?そいつが一族の証だ。」

「そういえば……神の砦でラグレスさんも同じこと言ってたわ。」ネフェルが思い出す。

「あのときは俺より先にフェスが感じ取った。」リュートは椅子の背もたれに止まっている銀竜を目で示した。

銀竜(ぎんりゅう)の主人であれば、大気に敏感なのは当たり前……って神の砦?」

 コンロッドはいぶかりながら金髪に緑の瞳の少女を見た。

 すかさずトランが彼女を紹介する。

「ははぁ。例の砦にいた語り部って、お嬢さんのことだったのか。語り部はいいぞー。ガッセンディーアじゃ少ないから重宝がられる。」

「彼女は英雄時代の文字を読みたいそうです。」

「いい心がけだ。逆にショウはなんで南の学校に行ったんだ?ガッセンディーアだっていい学校、あるじゃないか。」

「彼の兄が言うには、ショウは一族であることが苦手らしい。」リュートが言った。

「反抗期って奴か。」

「そんなんじゃないよ!」

「うん、まぁそういうことにしておこう。っかしその先生とやら、いったいなに企んでるんだ?黒き竜を生み出した呪術と、そいつを封じた一族が相対することは知ってるだろうに。それにしちゃ方向性が違うし。」

「一族ってこと、言ってないから。」

「あ?」

「向こうの学校では伏せてたし、迎えに来た兄さんにも黙っててもらった。」

 えっ!とその場にいた一同が驚く。

「つまり、その先生はショウが一族だってこと、知らないのか?」

「考えもしないと思う。たぶん兄さんの仕事、公安だと思ってる。」

 ショウは先生と二人で会ったときに、偶然兄の幼馴染の公安巡査……キャデムが通りがかったことを話した。

「つまり、その公安巡査の同業者と思ったわけか。」なるほど、とコンロッドは一人頷く。

「ケガの功名……って奴か。」

「それ……どういうこと?」

「勘違いのおかげで、これだけだったんじゃないかってこと。もちろん、その先生とやらが何をしたいのかは知らんよ。ただこのガッセンディーアで意図して呪術を使おうと思ったら、もっとえげつない物使うはずだ。」

「そんなのわかんないよ!もしかしたら、知らないで使ってたのかもしれないし。」

「そりゃーないな。いいか、ショウ。呪術は連合国法律のみならず、神舎でも聖堂でも明確に禁じられてる。本来なら模写する事だってできないはずなんだ。それがここにあるってのは……」

「でも!そんなこと聞いてない!それに先生が悪いこと考えてるなんて……」そこまで言ってショウは思い出す。

「ゼスィ……って誰?さっき兄さん、驚いてたよね?先生に似てるんだよね?」

「私を殺そうとした人。彼は自分の身体に呪術文字を彫ってた。」ネフェルは白く華奢な自分の手の甲を触れてみせる。

「先生にはそんなの、ない。」

「ですが、ここまで符合すると無関係でないように感じます。」トランはすとん、とショウの前に腰を落とす。

「きみのお兄さんも、きみが心配だから怒ったんです。もしきみが一族だとわかっていたら、相手はもっと強力な、それこそ竜を狂わせるような護符をよこしたかもしれない……コンロッドはその可能性を言ってるんです。」

「……」

「といってもショウのせいじゃない。こんなものが今の時代に存在すること自体、信じられないだろう。」

 リュートの言葉にショウは頷く。

「それが普通だ。それにショウに危害が及ばなくて本当によかった。」

 そのリュートの言葉を聞いたとたん、ショウは背筋が震えるのを感じた。やっと事の重大さに気づき、みるみる青ざめる。

「大丈夫か?」

「うん……」と答えるが、尋常でないのは誰の目から見ても明らかだった。

「トラン、コンロッド、それの処分は任せた。」

 リュートはショウに歩けるか?と打診する。

「少し、上の部屋で休め。マーギス司教が来たら上に来るよう伝えてくれ。」


 伝言を聞いたマーギスがリュートの借りている屋根裏のような部屋を訪れたのは、それから間もなくだった。彼は神舎の薬師でもある、バセオを伴っていた。

 リュートとバセオの二人が会うのは初めてだが、マーギスと早瀬の手紙を介して互いのことは聞いていたので面倒な説明は不要だった。しかもバセオがマーギスからショウのことを聞き、自ら様子を見に来てくれたと知って心底感謝した。

 彼が寝台のある小部屋でショウを診ている間、リュートはマーギスに椅子を勧めた。

「あなたも着替えましたか。」

「さすがにこの近辺で制服は目立つので。マーギスさまも?」

「夕刻の礼拝間もないのに、聖職者が街をふらふらしているのは好ましくありませんから。」 

 代わりに、と首から提げた地位を示す木札見せる。

「これと似たり寄ったりですね。」リュートは胸元の認識票をつまみあげる。

「ところでネフェルはどうしてました?」

 女性一人を置いてきたことが気になっていたが……

「なにやら下では英雄時代の文字について、討議が行われていましたよ。どうでしたか?」

 最後の言葉はバセオに向けたものだった。

「気持ちを穏やかにする薬を飲んだので、落ち着くでしょう。ただ……」

「ええ、信頼していた人に裏切られた衝撃は大きいでしょうね。」

 バセオは薦められるまま、リュートの淹れたお茶に口をつける。

「これがエナの香りですか。南にはない香りです。」

 そんなバセオの言葉に、リュートもようやく肩の力を抜く。

「しばらくフェスを傍につけておきます。」

「それがいいでしょう。その学校の先生……まだガッセンディーアにいるのでしょうか?」

「ショウが聞いた話しだと、あと数日はガッセンディーアにいる、と言ったらしい。」

「もし会うことができれば……」

「バセオはゼスィに面会したんだったな。」

「そのときのことを見せようと思って、持って来ました。」

 バセオは荷物の中から紙の束を出すとリュートに渡した。びっしりと書かれているのは、本舎での面会の様子。

「正式な記録ではありません。正式な記録を再現した物です。」

「再現?」

「オゥビの特技ですよ。彼は暗号に携わる仕事をしていたので、見たものを覚えるのが得意なんです。」

 その特技を生かして、その場で目を通した記録を後日再現したのだとバセオは説明する。

「自分は逆に、神の砦での彼を知りません。」

「私もあそこでは客扱いだったので、彼の一面しか見ていません。」

「つまり……奴にエライ目に遭わされたのは俺とネフェルだけ、か。」リュートは腕組みする。

 どうやら情報を咀嚼する必要があるようだ。

「少し……時間が欲しい。」

「時間……」鸚鵡返しに呟いたバセオが、やおら立ち上がった。

 屋根の傾斜を避けて小さく穿たれた窓から外をのぞき見る。

「マーギスさま、変ではありませんか?」

 その言葉と同時に、部屋の扉を叩く音。

「どうした?コンロッド。」

「気のせいかと思ったんだが、一応確認しとこうと思って……」珍しく優柔不断になりつつも、コンロッドは意を決して言った。

「神舎の鐘、聞こえたか?」

いつもより増量してます&次回更新は2016年5月10日(火)を予定してます。

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