第四十二話
「二日前……場所は旧市街の広場でした。」
薦められるまま椅子に腰掛けたネフェル・フォーン・オーロフは膝の上できゅっと手を握り、話し始めた。
「お祖父さまと別れて、買い物をしていたんです。お店を出て、広場を通りがかったら彼がいて。ちゃんと見たわけでないし、少し離れていたけど、でも!本当に彼にそっくりだったんです!」
ふうむ、とメラジェ・ヘザースが腕組みする。
「ゼスィというのは神の砦で謀反を起した男だったな。」
学術調査に出向く前に、事件のあらましに目を通したとメラジェは言った。
「たしか収監されてると思ったが?」
「その通り。少し前に私の部下が面会して、本舎にいるのを確かめてます。」
「でも私、本当に見たんです!」
“神の砦”と呼ばれるカーヘルの平原の神舎で暮らした二年間、ずっと近くにあった冷たい眼差しを忘れるわけがない。
そう訴えるネフェルに、リュートは同意した。
「ネフェルが間違えるはずないのはわかってる。それより、ここに来ることをオーロフの御大には言ったのか?」
「マーギスさまに会ってくると言ってきました。」
ただし、かつて自分を殺そうとした相手を見かけたことは言ってない。
「なぜ言わない?」
「だってその……本当に似てるだけだったら……それに、彼は一人でなかったから……」
歯切れの悪さに、マーギスは首をかしげた。
件の神舎でわずかな期間を共に過ごしたので、彼女が聡明なのはわかっている。そのネフェルがこれほど慎重になるとは、なにか理由があるのだろう。
「もしかしてネフェルの知っている誰かが、その場に一緒にいたのではありませんか?」
えっ!とネフェルは顔を上げる。
「そうなのか?」
ネフェルは小さく頷く。
「ラグレスさんも知ってる方です。それにヘザースさんも。」
リュートとメラジェは顔を見合わせた。
「いったい……」誰だ?と問いただそうとしたとき。
執務室の扉が先ほど以上に激しく連打された。
「マーギスさまっ!」カフタが息せき切って飛び込む。
「今度は何事ですか?」
「マーギスさまに、至急お目通りしたいと……」
そうカフタが報告してる背後で、複数の人間が言い争う声がした。
どうやら来客同士が言い争い、それを弟子のオウビが諌めているらしい。
やがて近づく喚き声に、ネフェルが弾かれたように立ち上がる。
「彼だわ!」
「え?」
「あの日、ゼスィに似た男と一緒にいた……」
近づく声を聞こうと、リュートは耳を凝らす。
「放せ!降ろせ!なんでこんなとこ来るんだよ!」
「うるさい!黙れ!」
「兄さんのわからずや!」
兄さん、というフレーズにメラジェが「まさか……」と呟く。
「ショウライナ・ダール、か?」
「じゃあもう一人は……」
リュートが言い終えないうちに、背の高い大男が息を切らして飛び込んできた。
「ダール!」
「ちょうどいい、ラグレス!こいつが逃げ出さないよう見張ってくれ!」
オーディエ・ダールは親友の姿を認めると、肩に担いでいたものをドサリと床に降ろした。
「ってぇ!」と腰を抑えているのは彼の弟、ショウライナだった。
「逃げないって言ってるじゃないかぁ!」
リュートは床に投げ出された少年に手を貸しつつ、怪我のないことを確かめると彼を椅子に座らせた。
マーギスの二人の弟子が執務室の扉と窓を閉めると、そのまま待機するように扉のの前に立った。
「それでいったい、何があったのですか?」
首をかしげるマーギスに、ダールはベルトに挟んであった紙切れを突き出した。
「こいつの部屋にこれがあった。」
二つ折りの紙片を広げたマーギスがハッとなる。
「やっぱりそうか!」
「断定できませんが……」
言いよどむマーギスの様子に、すかさずネフェルが動いた。彼から渡された紙片を開き、瞠目する。
そして頷いた。
「間違いありません。ショウ、これをどこで手に入れたの?」
「なんでネフェルがここに?それにリュートも……」
もっともな質問だった。
しかしダールがそれを遮る。
「いいから答えろ!どこで手に入れた?」
「もらった。」
「誰に!」
「誰でもいいじゃん。」
「ショウライナ!」
げんこつを落としそうな勢いのダールを、マーギスが「まぁまぁ」となだめる。
「ショウ……といったね。これはどこで手に入れたのかね?」
「もらった。」
「赤毛の男に、か?」
リュートの言葉にショウは驚く。
「なんでそれ……」
「二日前にショウがそういう人と一緒にいるのを見たと、ネフェルに聞いた。誰と一緒にいた?」
「……前の学校の先生。それで授業は早退したけど、別に悪いことじゃないよね?」
「届けが出てりゃ、悪いことじゃないな。」
「それよりこれが何か、知ってますか?」
紙片を見せたマーギスに、ショウは不審な目を向ける。
「誰?」と、彼が言った次の瞬間。
ベシッ!という鈍い音。
「ってぇ!叩くことないだろ!」頭を抱えたショウは、ダールを振り仰いだ。
「年長者になんてこと言うんだ!」
「ダール、手が早すぎだ。落ち着け。」さすがのリュートも呆れる。
「ショウだって混乱してるんだ。」
「礼儀作法の問題だ!まったく……申し訳ない。」
「初対面なのですから仕方ありません。」マーギスは言うと、腰を落としてショウライナに目線を合わせた。
「ショウライナ、改めてはじめまして。私はここの……ガッセンディーア神舎で司教をしているマイゼル・マーギスといいます。」
「司教……さま……ってここで一番偉い人?」
ええ、と頷く司教に、ショウは自分の失言をようやく理解した。
と、同時に押し寄せる疑問。
「なんで?なんで兄さんとリュートがそんな人と知り合いなんだよ!」
「大人の都合がいろいろあんだよ。」
「話を戻して申し訳ないのですが、きみはこれが何か、知ってますか?」
「元気が出るお守りだって……」
「文字の読み方を、教わりましたか?」
ショウは曖昧に頷く。
「でも試したことない。なんか見てるだけで気分悪くて……先生には言えなかったけど……書き付けた紙、捨てたんだ。」
「よかった……」と呟いたのはネフェルだった。
「なに、それ?」
「本当にあの赤毛の人、先生なの?」
「そうだよ。たまたま用事があってガッセンディーアに来たから会っただけ。」
ここに来て、ようやくダールも話の流れを理解する。リュートを振り返り、
「なぁ、さっきから言ってるその先生とやら、よっぽど見た目に問題があるのか?」
「見かけたネフェルが言うには、ゼスィにそっくりなんだそうだ。」
「ゼスィ?」
一瞬考え、それが謀反を起した男だと思い出す。
「おい!それどういう……」
「ことかは知らない。そもそも話をしてる最中に、お前たちが乱入してきたんだ。」
「すまん。つい焦って……」
家からここまでの間、周りを見る余裕もなかったと告白する。
「だろうな。その格好見りゃわかる。」
上着も羽織らない軽装で、しかも弟を肩に担いで走ってくれば否が応でも目立つ。
「駆け込んだ先が神舎でなかったら、誘拐と間違えて通報されてるぞ。」
「面目ない。」
「それより……」と横から声がした。
「オーディエ・ダールがここにいていいのか?本来なら聖堂にいるべきだろう。」
ダールとショウは、ぽかんと声の主を見た。
「メラジェ?」
「ヘザース先生?いつ来たの?」
「さっきからこの部屋にいたぞ。」
ダール兄弟は顔を見合わせた。
「まさか本当に気づいてなかったのか?」
「あー……すまん!」
「ぜんぜん、わかんなかった……」
二人の反応に「まったく」とメラジェはため息をつく。
「だが、メラジェの言うことも一理あるな。」リュートは頷いた。
「ショウは後で送っていくから、ダールは聖堂に行け。」
「私も!ショウと一緒にあとから聖堂に行きます。」
「ならばわたしが引率しよう。」ネフェルに続いてメラジェが申し出た。
「仕事……あるんじゃなかったのか?」
「神の砦に絡む話しなら無視できないだろう。それに見たところ、それはこの世に存在してはいけない物のようだし。」
「わかるのか?」
「話の流れでなんとなく。」
なにそれ?とショウが唇を尖らせる。
「神の砦ってルァ神の神舎だよね?これと何の関係があるの?」
「私たちは、これと同じ文字を神の砦で見ているんです。」
「たち……って?」
「私とネフェル、そこにいるオウビとカフタ。それに、あなたの兄上とリュートも。」
「うそ……」
「うそじゃない。ネフェルはそこの神舎の語り部だった。マーギス司教が巡礼で訪問してる最中に、おれも行方不明だったこいつを探して、神の砦にたどりついた。ちなみにラグレスが戻ってこなかった原因もそいつだ。」
「ただの文字だよ。」
「呪術文字。」ネフェルが呟く。
ありえない、とショウは首を振った。
「呪術文字はとっくの昔に禁じられて存在しないって……」
「ええ。しかし連綿と、ある人たちによって伝えられてきたのが、こうして存在するんです。」
マーギスに言われては、ショウも返す言葉がなかった。
「だって……先生がくれたんだよ。」そこまで言ってパッと顔を上げる。
「悪い内容とは限らないよね?もしかしたらいい内容かもしれない。」
「つまり……」それまで後方で傍観していたトランがショウの前に歩み出た。
「内容がわかれば、きみは納得するんですね?」
「読めるのか?」
メラジェに言われてトランは「まさか!」と苦笑する。
「一介の田舎教師に読めるわけないでしょう。だけど、判読できるだろう人を知ってます。その人に、見てもらうのはどうでしょう?」
いろいろと話が進んでます。来週も火曜日更新予定・・・だけどもしかしたら、1日遅れるかもしれません。




