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第三十九話

「えー!竜杜(りゅうと)さん出張って、もうじきクリスマスなのに?」

「奈々ちゃん声、おっきぃ。」樋坂(ひさか)いずみが顔をしかめる。

 ぐっと身を乗り出した清水奈々(しみずなな)は、一転ひそひそ声に切り替えた。

「なぁんでこの時期にいなくなるかなぁ。」

「年の瀬近くなると、世間的に忙しくなるみたいよ。」ノートに視線を落としたまま、篠原明里(しのはらあかり)が呟くように言った。

 三人三様の反応に(みやこ)は苦笑する。

 四人が顔を突き合わせているのは放課後の図書室。

 あと数日で終わる二学期を惜しみつつ自習タイムを満喫してるが、人が少ないのが災いして、どうしてもおしゃべりに転じてしまう。

「もともとお店忙しいから、何するって予定もなかったし。」都は言った。

「お正月には戻るの?」

「の予定だけど……どうかな。」

「まぁ、年の瀬よりお正月のが、ゆっくりできそうではある……けど、ホント忙しい人だなぁ。」

「出張って、個人のお店でそんなにあるもの?」明里が素朴な疑問を投げかける。

「出張っていうか、マスターの代理仕事かな。」ペンの後ろで頬を突っつきながら、都は言葉を探す。 

「マスターの代からお世話になってる人が具合悪くて……でもそんなにお店休めないから、リュートが代理でお見舞いに行ってるの。」

「お年寄り?」

「うん。お孫さんがリュートよりちょっと年下。」

 ああ、と一同納得の声。

「確かに無視できないわね。」

「大人の付き合いって、いろいろあるんねー。」

「でもさ、都的には年越しそばに間に合ってほしいよね。」

「それはそうだけど……他にも人と会う用あるみたいだし。どっちかっていうと無理して欲しくないかな。」

「それは正論ね……と、」明里が都の背後を指差した。

 振り返ると、一年生の三池祐美(みいけゆみ)が満面の笑みで両手を振っている。

「おお!写真部女子だ。」

「何かあったの?」

 奈々といずみに問われて三池はペコンと頭を下げる。

「先輩たちに見てもらいたくって。ちょっと来てもらっていいですかぁ。」

「たちってことは……私たちも?」

 明里の言葉に三池は「はい」と元気よく頷く。

 誘われるがまま、四人は図書室から程近い掲示板の前に移動した。

 先に来ていた元部長の新川真(しんかわまこと)が「おう」と手を挙げる。

「新川くんと杏子さんも呼ばれたんだ。」

「新川と卒展の打ち合わせしてたら捕まった。」元副部長の林杏子(はやしきょうこ)が肩を竦める。

 頃合を見計らって、一年生で現副部長の男子部員がわざとらしく咳払いを一つ。

「えー、部長と先生は後で来るので、先に三年の先輩方に講評いただきたいと思います。一年だけで作品まとめたの、初めてなんでー」

「小泉くん、凄い自信。」思わず都は呟く。

「なら自信のほど、見せてもらいましょうかね。」新川は眼鏡フレームを指先で押し上げると「どれどれ」と掲示板に近づいた。

 最後の手入れをしていた部員が「どうぞどうぞ」と道を空ける。

 そこに貼られていたのは、葉書サイズにプリントした写真。紙面三分の二が写真で、余白に文字を添えるのが基本形らしい。

 しかし写真の内容や紙の種類、トリミングは各々個性的で、それが掲示板一面に貼ってあるので賑やかなこと、この上ない。

「あれっ?」と声を上げたのはいずみだった。

「ねぇねぇ、これ写真とこに切手が貼ってある。」

「ホントだ。消印も押してあるわね。」

 明里の言葉に他の三年生もどれどれ、と覗き込む。

「もしかして……」

 新川は葉書サイズの紙をつまむと、押ピンが外れないよう注意深く裏を覗き込んだ。何枚か同じようにめくると、「おいおい!」と声を上げる。

「本当に郵送したのかよ、これ!」

「ええっマジで?」

「うわぁ……ホントだ。」

 宛先が学校気付の写真部になっているところ見ると、それぞれ自宅近くから投函したのか。新川の言うとおり、全てに切手が貼られている。

「だから変なカスレとか汚れがあったのか。」杏子も感心する。

「面倒だったでしょ。」

「楽しかったですよぉ。」

 都の心配をよそに、三池は嬉しそうに作業の様子を説明した。

「都先輩が万年筆で書いたの見て、やっぱリアルっていいなーって思ったんです。」

「結構、ノリノリで書いたよなー」と男子部員も嬉しそうに言う。

「こうなると写真つーよりインスタレーションに近くないか?」腕組みをした新川が唸った。

 その隣で思案顔なのは明里。

「ここまでインパクトあるなら便乗するべきかなぁ。やっぱ。」

「便乗って、明里さんこないだも言ってたよね。」

 一年生から企画の相談をされた日に、彼女と話したのを思い出す。

「うん、だってここ図書室に近いし。だったら図書室で手紙にまつわる本をピックアップすれば、相乗効果になるじゃない?」

「コラボレーションってことですか?」三池がすかさず食いつく。

「決めるのは今の委員長たちだけど……一応、話してみようか。」

「ぜひぜひ!それ実現したらすごい!先輩たち、やっぱ凄いです!」


「写真なんてわかんないけど、あれだったら好きか面白いかわかりやすいね。」

「筆文字のやつ、インパクトあって面白かった。」

 再び戻った図書室で、思い出したいずみも、くすくす笑う。

「発案がみやちゃんっていうのも、凄く納得。」

「っていうか写真部での都って、あんな感じなんだ。」

 明里は肩を竦める。

「演劇部も写真部にお世話になってたけど、いつもあんな感じよ。私、三池さんの勢いに驚いたけど。」

 戻り際、三池が深々と頭を下げたのには都も面食らった。

「都先輩のアイデアのおかげです。まとめ方とか、今回みんなですっごく話し合って、先輩に言われたとおり二年の先輩たちにも聞いて、そういうの勉強になったから、ありがとうございました。」

 そう満面の笑みで言ったのは彼女の本心。春から一緒に部活動をしてきて、三池が写真を楽しんでいることのを知ってるから、だから都は素直に頷いたのだ。

「すごく、いい展示だと思う。だから次も楽しみにしてるね。」と。

 それが驚くようなことなのかと問う都に、奈々といずみは顔を見合わせた。

「自覚ないとこは、全っ然変わんないねぇ。」

「でもさ、みやちゃん。一年のときだったらお礼言われたって絶対“そんなことないですぅ”って言ったはずだよ。」

「そうかなぁ。」

「そうだよ。すっごく先輩らしくてかっこよかった。」

「一応先輩なんだけど……」うーん、と都は唸る。

「都さん、ときどき謙虚すぎるほど謙虚だから、言いたいこと、なんとなくわかるな。」

「明里さんまでー。」

「かっこいいって褒めてんじゃん。やっぱ竜杜さんと付き合った成果?」

「成果って……別に何か教わってるわけじゃないし。」

「でも影響ないわけじゃないでしょ。」

「そうかもしれないけど……さっきのは三池さんがせっかく言ってくれたから、応えないといけないなぁって思っただけだし……前はまわり見てる余裕がなかっただけ……だと思う。」

 もちろん、奈々もいずみもその頃の都がまだ母親を亡くした痛手から立ち直ってなかったことも、追い討ちをかけるように冴が単身赴任で不在だったことも知っている。それを考慮した上で、フリューゲルに通うようになってからの都は変わったと主張した。

「キャパが広がったっていうか、懐が深くなったっていうか。」

「そうね」と明里も思案する。

「嫌われて当然の私と、こうして付き合ってくれてるし。」

「魔性の女、発言。」奈々がニヤニヤ思い出す。

「それに波多野(はたの)くん以外の男子とも、口利くようになったし。」

 そう皆に言われて、都は改めて考える。

 たしかに竜杜と知り合ってから、人と会うことが増えた。

 こちらでも、向こうでも。

 自分と違うバックボーンの人たちと接することで、都の中でいろいろな見方が変わってきたのは否めない。

「みんな言わないけど、実は色んなコト抱えてるんだろうなって思うようになったかな。」 

 異世界と行き来している早瀬(はやせ)はその筆頭で、宮原栄一郎(みやはらえいいちろう)も言われなければ病歴を抱えているように見えない。

「悩んでるのは自分だけじゃないんだって気がついたら、不機嫌になったり我侭な自分はずるいなぁ、って思ったの。」

 それだけでない。

 早瀬が向こうの世界で成してきてこと、封建的な世界でクラウディアが男性と同じ仕事をしていること、そしてこれから多くの人の上に立とうとしているアニエを思えば、なんと自分は気楽な立場か。

 もちろんそれを声に出して説明することはできない。が、起業した三芳(みよし)夫妻や事務所を切り盛りしている(さえ)のパワーに今更ながら驚いてると言うと、友人たちは妙に納得してくれた。

「今は自分のことが精一杯でそれ以上できないけど……ううん、だから、かな。せめて身近な人と自分のことは、ちゃんと受け止めようって、がんばってるところ。ホントはもっといろんな人のこと、受け止められるようになりたいけどね。」

「いろんな人って、竜杜さん?」

「それ以外も。まだまだ力不足だけどね。」

「でも、みやちゃんが気合入れてるの、竜杜さんはちゃんとわかってると思うな。」

「見守ってくれる人がいるって、強いわね。」ほぉ、と明里がため息をつく。

「くわぁー前向きの原動力はやっぱ愛だったかー。」

「そんなつもりで言ったんじゃ……」

「いいじゃない。和臣(かずおみ)なんて見守るどころか、見張ってないと何しでかすかわかんないんだから!」

「それはそれでスリリングじゃん。」

「笑い事じゃないわよ!」お気楽な奈々に明里は頬をふくらませる。

「あーもう、本当に大学四年間、大丈夫なのかなアレ。」

「アレ呼ばわりされてるよ、西っち。」

 なんだかんだと話は盛り上がり、結局、校門を出たのは日が落ちた頃。

「うわぁ、真っ暗だ。」

「さすが、一年で一番日が短いだけのことはあるね。」

 バスを待つ間、夜の気配と十二月の寒さに一同は身震いする。

 やっと来た路線バスで最寄りの駅に出ると、そこから徒歩の都は改札まで友達を見送った。

 彼女達の姿が見えなくなると、コンコースを降りる階段に向かう。

 そのとき。

 背筋が震えた。

 辺りを覆う不穏な空気と息苦しさが、じわじわ喉元に這い上がってくる。。

 都はカバンを胸に抱き抱えると、震える足に力を入れた。ゆっくり呼吸をしながらかろうじて働く意識を周辺に向ける。

 どこに?

 目に飛び込んだのは、人波の頭上に漂う黒い靄。

 心臓が高鳴る。

 足を踏み出そうとした瞬間。

 気配が消えた。

 のしかかっていたものがなくなり、踏ん張っていた足がもつれる。

「わわっ!」

 バランスを崩し、あっけなくしりもち。

「ああ……もお……」

「大丈夫ですか?」

 頭の上から声が振ってきた。

 差し出された大きな手が、都の腕を引っ張りあげる。

「すみません……えと……」

 大丈夫です、と言いかけた都は相手を見て「えっ?」と声を上げた。

「マクウェル……さん?」

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