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第三十八話

「お帰りなさい、ラグレス教官!」

「きみもガッセンディーアに戻ってたんですね。」

 ロンシャ・ホムスゥトとトラン・カゥイ、二人の笑顔に迎えられてリュートは戸惑う。

「なんで二人が一緒にいるんだ?」

「頼まれたんです。」ホムスゥトは屈託ない笑顔でトランを振り返った。

 首筋で束ねた赤毛とそばかすの浮いた童顔のおかげで未だ学生と間違えられる彼だが、れっきとした竜隊に所属する軍人である。今はリュートと同じこのガッセンディーア駐屯分隊の所属だが、今日は明らかに仕事着でなく自前の革のツナギ姿。

「ちょうど非番だって話をしてたら……」

「クラウディアさんに頼まれたそうです。セルファさんも彼女もどうしても動けないから、とお願いしたそうですよ。」

「ラグレス教官の知り合いだっていうし、ぼく北の方にあんまり行ったことなかったから、飛ぶのにいい練習だと思ったんです。」

「引き受けてくれて助かりました。」

「こっちこそ。あんな凄い湿地帯、案内してもらわなかったら迷子になってました。すごく、楽しかったです!」

「きみの故郷の言い伝え、またぜひ聞かせてください。」

「今度実家に戻ったら、祖母に話し聞いてきます。」

 唖然とするリュートを尻目に、二人は握手を交わす。

「驚いたな。」

 ホムスゥトと別れたリュートは、そのままトランを食堂に誘った。

 空を飛んできた身体に、暖かいお茶が染みるほどありがたい。

 ひと心地ついたところでトランが言った。

「古い建造物だと聞いてましたけど、中は案外きれいなんですね。」

「何度も手入れしてるから。地下の倉庫は古いままだ。水が出たとか崩落したとかで、立ち入り禁止の部屋もある。」

「それでも現役で使ってるのが、いかにも竜隊らしいですね。ホムスゥトは教え子だそうですね。」

「教えたのは何年も前だし、年だって六歳しか違わない。生徒というより後輩だな。」

「とても良い教官だと言ってました。それに彼、ぼくの最初の教え子と同い年なんです。」

「親しくなったのはそれだけじゃなさそうだが……」

「彼のご先祖は国境の守人だったそうです。初めて聞く話がいっぱいあって、楽しかった。」言ってからトランはおや?と足元の籠を覗き込む。

銀竜(ぎんりゅう)を籠に入れてるの、珍しいですね。病気ですか?」

「そういうわけじゃないが……」

 リュートは、銀竜たちが外に出たがらない一件を説明した。それと大気が重く感じることも。

「ホムスゥトも言ってました。ガッセンディーアに近くなるほど風が重いと。」

「感じたのは俺だけじゃなかったか。と、忘れる前に渡しておく。」

 リュートは父親から預かった手紙と、資料の原本をトランに渡した。

「セルファに預けるつもりだったから、ちょうどいい。」

「そういえばカズトさんが言ってましたね。過去に連合国内であった銀竜がらみの事件の一覧……ぼくが持ってていいんですか?」

「こちらには写しがあるから。何か気になることがあれば言ってほしい。それと石版……」

「骨董の話は、時間のあるときにしましょう。」

 さりげなく、トランはリュートの話を遮った。

 眼鏡の奥の瞳が「内密に」と無言で訴えるのを了解する。

「悪い。トランも忙しいんだったな。」

「これから友人のところに寄って、そのあとマーギスさんと会う予定です。」

「俺も聖堂での用が済んだら、父親の手紙を届けるつもりだ。」

「ではそのときに話しましょう。趣味の話はお仲間が多いほど楽しめますから。」


 トランと別れると、リュートは制服に着替えて聖堂(せいどう)に向かった。

 入り口近くの警備の詰め所に銀竜の入った籠を預けていると、すぐにクラウディア・ヘザースが飛んできた。

「遅いわよ!」

「それより、なんでホムスゥトにトランを迎えに行かせた?」

 クラウディアは肩を竦める。

「他に任せられる人がいる?ホムスゥトは飛行時間も長いし、あなたとオーディが教えただけあって飛ぶ技術も安定してる。無事にトランが着いたならよかったわ。なんだか大気が重いから心配してたの。一緒じゃないのよね?」

「あとでマーギスのところで会う予定だ。」

「もうじきハンヴィクが来るの。たぶんヘンリエータとトーアも一緒よ。」

 久しく会ってないのをクラウディアも気にしていたらしい。

「時間があったとしても、トランは聖堂には来ないぞ。」

「話だけしてくれればいいわよ。」

「しかし物々しいな。まさか入り口で認識票の提示を求められると思わなかった。」

 リュートは胸元の金属板を鎖ごと持ち上げる。

「議会が召集されるのよ。その準備もあるから騒々しいの。それよりちょっといい?」

 リュートがいいとも悪いとも言う前に、クラウディアは彼を人気のない所に引っ張っていく。

「アルラの子って、どういう意味かわかる?」

「アルラの子?アンリルーラの子ってことか?」

「わかんないから聞いてるんでしょ。ていうか、アンリルーラって誰?」

 そこからか、とリュートは額を押さえる。

「南に伝わる古い伝承。豊穣を祈る三姉妹……の空を歌う長女の名前だ。」

「それ、一族か門番と関係ある?」

「知るか!いったい、どこから出てきたんだ?」

「アニエに聞かれたの。なんだかカズト伯父さまに関係してるっぽい言い方だったけど……」クラウディアは小首をかしげる。

「だったら父さんに聞けよ。セルファに言付ければいいだろう。」

「だって聖堂に詰めてると、セルファに会う暇ないんだもの。」

 訴えるような眼に、リュートは大きくため息をつく。

「わかった。あとで父さんに伝えておく。でもアニエはどこでそんな名前聞いたんだ?」

「知らないけど……なんか気にしてたのよね。」そこまで言ってクラウディアは辺りを気にしながら声をひそめる。

「アニエは今、議長の執務室にいるわ。」

「事情は父さんから聞いてる。」

「なら説明要らないわね。オーディもそのあたりにいるはずよ。」

 クラウディアの助言に感謝すると、リュートはそのまま評議会議員が控える聖堂の奥に向かった。そもそも聖堂に来た理由はガイアナ議長からの出頭要請だったので、話はあらかじめ通っていたらしい。挨拶代わりに嫌味を言う同期のラダンの姿も検問所になく、名前と認識票の確認だけですんなり中に入れた。

 歩き出して間もなく、目の前にオーディエ・ダールと議長の秘書官が現れた。

「お前が来たら知らせるよう、頼んでおいたんだ。」

 ダールの隣で秘書官も目礼する。

「ガイアナ議長より伝言です。今しばらく手が離せないので、日が落ちてからもう一度来てもらえないかと。」

「差し迫った話じゃない……と理解していいんだな。」

 はい、と秘書官は答える。

 リュートは了解すると、父親から預かった議長宛の手紙を秘書官に言付けた。

 彼が手紙を携えてガイアナの執務室に取って返すと、ダールはリュートを中庭の見える小さな部屋に招き入れた。机を挟んで向かい合う椅子があるだけの、簡素な空間である。

「疲れてるみたいだな。」  

 どっかりと椅子に腰を下ろした友人の様子に、リュートは同情する。

「おれは大丈夫だ、けどアニエは……いや違うな。アニエの家族が大変だ。」

「何となく想像つく。」

「話、聞いたのか。」

「父親から。」

「やっぱり先に話が行ってたか。」ダールは身体を起こした。

「たくフィマージの親父さんを説得するのに、どんだけ苦労したと思う?」

「反対したのは母親じゃないのか?」意外な伏兵にリュートは驚いた。

「娘が自分の実家継ぐのに、文句はねぇよ。兄貴と弟も驚いてたが、納得した。」

 ずっとアニエを支えていた次兄のグレングにいたっては、さして驚きもしなかった。

「だが親父さんは恥だ、とまで言った。」

「女性だからか?」

「自分より偉くなるからだよ。」

 なるほど、とリュートは妙に納得する。

「うちの親父も説得して、ようやく話がまとまった。」

「アニエ本人はどうしてる?」

「いろいろ詰め込まれてるところだ。今までも仕事は手伝ってたから、まったくわからないわけじゃない。でもまぁ……大変なことは変わらねぇよ。愚痴も弱音も言わないけどな。」

「強いな。彼女は。」

「まったくだ。」

「普通あれだけ反対されりゃ、こんな奴とわざわざ結婚しようなんて思わないだろうし。」

 おいおい、とダールは身を乗り出す。

「それ、蒸し返すのかよ。」

「けどこの状況じゃ、アニエに付き合えるのはお前くらいなもんだ。」

「人のこと言えるか!そっちこそ予測不能のお転婆の相手してるじゃねぇか!元気にしてるのか?」

「都なら元気だ。上の学校に行くための試験を控えてる。」

「がんばってるんだな。」

「俺ができるのは応援することだけ。」

「もどかしくないか?」

「もどかしいさ。」あっさりと、リュートは認める。

「でも彼女には彼女のやり方があるし、それで結果が出れば俺も嬉しいと思う。それに彼女が一生懸命なのを見てるのは嫌いじゃない。むしろ自分もやる気が出るんだ。」

「彼女のことを信用してる、ってか。たく!」ダールは天井を仰いだ。

「お前にノロケられると思わなかったぜ!変わったな。」

「それなりに、いろいろあったからな。」

 もちろんそれが謙遜で「それなり」どころか「おおいに」大変だったことは想像がつく。彼はアニエを強いといったが、この友人がそれ以上に強いことをダールは嫌と言うほど知っているのだ。それに……

「お前の言うことはわからんでもない。おれも、アニエが一所懸命なのを見るのは嫌いじゃない。」

「見守るのも大変だぞ。」

「だろうな。」

 顔見合わせ、互いに苦笑する。

「でもまぁ何とかなるだろう。」自分に言い聞かせるように、ダールは頷いた。

「軽く混乱してたが、お前と話してすっきりした。」

「そりゃよかった。」

「なにしろ、うちの家族にもこれから説明しなきゃならんし。」

「弟妹たちはまだ知らないのか?」

「リィナとお袋が今日、ガッセンディーアに戻る。それに合わせてショウにも言うつもりだ。」 

「親父さんも戻ってるんだったな。」

「お袋を迎えに行ってる。今夜一度、関係者が顔を合わせるんだ。そうだ!リィナがいつミヤコはくるの?ってうるさく聞くんだ。」

 その様子が眼に浮かぶようで、リュートは思わず笑う。

「今しばらく無理だが……そのときはちゃんと声をかける。」

「そう言っとく。ま、ごたごたが終わったら一杯やろうや。キャデムも誘って。」

 自宅に帰るというダールに彼の父親宛の手紙を託し、リュートは再び聖堂の広間に戻った。

 ガイアナとの会見が先延ばしになったので、マーギスに会いに行くべきか考えていると、不意に肩を叩かれた。

「ヘザース教授?」

 思いがけない相手にびっくりする。が、当のメラジェ・ヘザースは不審者よろしく、あたりをキョロキョロ伺っている。

「クラウディアに見られたくないんだ!」

「それは無理でしょう。」

「せめて話す内容は聞かれたくない。」

「例の遺跡のことですか?父に意見を聞きたいとか。」

「それは後でいい。今はきみに聞きたいことがある。」

「俺は遺跡の専門家でも銀竜の研究者でもないですよ。」

「わかってる。」

「それじゃあ……」

「質問は一つ。」メラジェは指を立てた。

「トラン・カゥイという人物を知ってるか?」

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