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第三十二話

 名前を呼ばれて、アニエは目を開いた。

 覗き込む青い瞳に、慌てて身体を起こす。

「オーディ?」

 膝の上にかけられていた上掛けが、するりと落ちた。

「いやだ。わたし、眠っていたの?」

「起こしてきて欲しいと、アニエのお祖母さまに頼まれた。」

 ワイラートの屋敷でアニエが書斎として使っている部屋は、彼女が声をかけない限り誰も立ち入らないのが暗黙の了解になっている。にもかかわらず黙って上掛けをかけてくれたのは、ここのところ忙しかったアニエに対する気遣いなのだろう。

 それに……

「あなたを差し向けるなんて、お祖母さまもずるいわ。」

 何より彼が今日来ることは、聞いていない。

 そう言うとダールは肩を竦め、婚約者の頭に軽く口づけた。

「上の命令だ。もうしばらくしたらガイアナ議長がこちらに来る。」

「もうそんな時間?」

 アニエは慌てて立ち上がると、部屋の外に身を乗り出して人を呼んだ。

「着替えないと。この格好でガイアナ議長と会うわけに行かないわ。」言いながらチラリと婚約者を振り返る。

 ダールは肩を竦め、

「おれもそのまま待機、だそうだ。」

 その言葉にアニエは笑顔を見せる。

 彼女を身送ったダールは、その足で待機場所の広間に向かった。

 背を向けていた先客が振り返る。

「オーディか?」

「親父?」思わず大声を上げて、ダールは慌てて辺りを見回す。

「他はまだ来てないぞ。」

 三年の空白などなかったかのように、ごく普通にヒューゲイム・ダールは息子に話しかけた。

「じゃなくて、どうしてここに?お袋とリィナは?」

「まだ国境の町にいる。先に戻ってきたんだが、どうもこちらは大気が不安定だな。」

「おれはここ数日飛んでないが……そういえば誰かがそんなこと言ってたな。って、それは答えじゃないだろう!」

「私が呼んだ。」

 背後から声がした。

「ガイアナ議長が?それにケイリー書記官まで……」

 ぞろぞろと入ってきた面子に、ダールは驚きを通り越して唖然とする。かろうじて思考力を働かせ、

「ここで会議でも開催されるのか?」

「その通り。」ガイアナが頷いた。

「もちろん、きみも参加するんだ。オーディエ・ダール。」


 祖父の部屋に入ったアニエはいつもと違う様子に、思わず足を止めた。

 そこに居並んだのはガイアナを筆頭に、ダール父子、ケイリー、そして普段同席するはずのない自身の父親と兄のグレング・フィマージ。

 苦虫を噛み潰したような父の隣で、フィマージ家の次男はいつもどおりの優しい笑みを妹に向ける。

「アニエ、座りなさい。」

 寝台に上半身を起した祖父、ルヴァンドリ・ワイラートが傍らの椅子を示した。

 いつもガイアナと打ち合わせのときは後ろに控えているアニエが、そんなところに座っていいのかと躊躇する。

「本日の記録はケイリーが担当する。」

「ガイアナ議長……それにお祖父さま。これは一体……」

「皆、証人だ。」

「証人?」

 意味がわからず聞き返す。

 ワイラートは頷くと、孫娘を真っ直ぐ見た。

「お前に、確かめたいことがある。」

「わたしに?」

「アニエ……お前はハヤセの家が担っている役目を知っておるな。」

 アニエは息を呑んだ。

 ダールが何か言おうと立ち上がりかけたが、隣に座るヒューゲイムが制した。

 その様子に、おぼろげながらアニエは理解する。

 これは話し合いでなく、自分に対する尋問の場なのだと。

 その真意は図りかねるが、問題になっているのは一族の秘密……門に関することなのだと思う。

「もう一度聞く。ハヤセ・カズト・ラグレスの役目を知っているのか?」

「知ってます。」

「いつから?」

「オーディと婚約した頃、彼から聞きました。」

「ではリュート・ハヤセ・ラグレスが稀有な存在であることも?」

「それは一族と門番、二つの役目を担うということ?」

「そうだ。その様子だと、彼の婚約者がどこで暮らしているかも、知っているな。」

 ええ、とアニエは頷いた

「そのことはミヤコと直接話しました。」

 ため息のような感嘆の声が、男達から洩れる。

「知ってなお、それを不思議と思わなかったのかね?」ガイアナが言った。

「だって門番が門を守るのは当たり前だし、門の向こうにも世界があるのは、ずっと伝えられてきたこと。」

「つまり、お前にとっては当たり前ということか?」

「むしろ彼らを羨ましいと思います。」

「ほう?」

「大昔、ガッセンディーアの地を開いたご先祖が守ったもの、それを引継ぎ守ってきた。血筋だけで取りざたされる自分と違って、身をもって役目を果たしている。それが羨ましくて、すばらしいと思いました。」

「血筋だけ、か。それはわしとて同じこと。」

「いいえ!」アニエはかぶりを振る。

「お祖父さまは一族と同胞を守り、導いてきました。」

「それを実際取り仕切るのは評議会だ。それに門番を擁護するまで至らなかった。」

「公表すれば門の存在そのものが危うくなることは、わたしでもわかります。ガッセンディーアが……いいえ、世界そのものが昔と大きく変わってしまった今では仕方ないこと。」

「世界……か。」

 ふっと老人の口元に笑みが浮かぶ。骨ばった手を伸ばし、孫娘のそれに重ねる。

「フィマージの子供たちで、そんな言葉を使うのはお前だけだろう。アニエ、やはりお前は英雄の血筋だ。どうだ?ガイアナ。」

「数年前から門の存在をご存知とは、驚きました。」

「黙っていてごめんなさい。でも……」

「お前を責めてるのではない。」

「え?」

「最初に言ったはずだ。確認したい、と。」

 もちろん、それは覚えている。しかし咎を受けるでないとしたら一体……

 急に不安に駆られたそのとき。

「私は反対する!」

 立ち上がったのはアニエの父親だった。

 まったく、と老人は冷ややかな目で彼を見る。

「往生際が悪いぞ。お前の娘が優秀なのが、そんなに気に食わないか?アニエはお前に飛ぶことを禁じられてもなお、オーディエ・ダールと共に飛ぶことを選んだ。」

「お義父さんが口ぞえしたからでしょう!まったく妙な頑固さは、母親にそっくり。」

僭越(せんえつ)ながら……」

 背後に控えていたケイリーが挙手をする。

「むしろそのほうが信頼に値するというもの。新しい価値観にすぐなびくようでは、皆を率いることは無理でしょう。」

 えっ?とアニエは目を剥く。

「いったい……何の話?」

 ワイラートはガイアナと顔を見合わせ、頷き合う。

「お祖父さま?」

「アニエ、よく聞きなさい。わしはお前を一族の長に……わしの後継者に指名する。」


「お前が動揺してどうする。」

 先ほどから目の前を行ったり来たりしている息子に、ヒューゲイムは呆れながら言った。

 ダールは腰に手を当て、父親を振り返る。

「この状況で、冷静でいられると思うか?」

「アニエは案外落ち着いていたようだが?」

「あれは驚いてるんだ。アニエは驚くと言葉が出ない。」

 そうかそうかと頷きながら、ヒューゲイムは水差しから水を注いで喉を潤す。

 二人が待機場所にあてがわれたのは図書室で、用途が違うにも関わらず、軽食と水だけは用意してくれていた。だがダールには、そんなものすら目に入っていないらしい。

「お前まで驚くのは得策じゃあない。それとも彼女が後継者として指名されるのは反対か?」

「賛成とか反対以前に、どう考えればいいのか……」

「しかしお前はリュートが門番の後継者であることを、なんの疑いもなく受け入れてるじゃないか。」

「あいつは幼馴染だ。」ぽすん、とダールは椅子に座る。

「もちろん私にとってもカズトは親友だ。だが最初は、奴の見張り役だった。」

「え?」

「何しろ門はずっと閉ざされていただろう。現れた門番が本物かどうか。もし本物だったとしても、どんな奴かわからない。だから評議会は軍籍だった私にカズトの付き添いをさせたんだ。」

「そんな話、初めて聞いたぞ。」

「初めて話したからな。」ヒューゲイムは笑う。

「こちらも最初は懐疑的に付き合ってたが、カズトが隊に入る頃にはその気も失せた。結局、肩書きがどうあろうが人間、気が合うか合わないか、それしかない。」

「おれはアニエと結婚するんだ。」

「妻が一族の代表では不都合か?」

「……」

 ふむ、とヒューゲイムは思案する。

「お前は私に似てると思ったが、案外たいしたことなかったか。」

「はぁ?」

「私がヘセルノと一緒になったとき、彼女の国籍が随分取りざたされた。一族の血を引くにもかかわらず、他国で生まれたというだけで、だ。」

「その話は親戚から嫌ってほど聞かされてる。お前の親父は呆れるほどわがままだったって。」

「ヘセルノと別れる気はさらさらなかったからな。まぁ勝手に言ってくれと、思ってた。つまり初志貫徹だな。ついでに言えばカズトも、似たような立場だった。」

「それで意気投合した、とか言うなよ。」

「リュートもそうじゃないのか?」

「え?」

「クラウディア・ヘザースから聞いただけだが、相手の命を助けるために契約を交わすなんざ、わがままもいいところだ。あれはむしろクラウディアに似たんだろうが。」

 思い出し、くすくす笑う父親に、ダールはため息をつく。

「ああ、確かにおれはラグレスに比べりゃ、苦労してない。」

「苦労しろとも言ってない。ただお前の気持ちが揺らげば、アニエが不安になる。」

「契約はまだ交わしてない。」

「交わしてなくたって、顔見りゃなに考えてるかくらいわかるだろう。」

 返す言葉がなかった。

「なぁ、オーディ。ガイアナ議長と長老は、むしろお前がアニエの婚約者でよかったとおっしゃったんだ。その意味が、わかるか?」

 ああ、とダールは頷く。

「門番なんて肩書きを持った奴が友達だなんて、そうそうあることじゃない。」

「その通り!」わかってるじゃないか、とヒューゲイムは笑う。

「そこまで言われたら……なんだか、悩むのが馬鹿らしくなってきた。」

 それに父親にはまだ敵わないのだと、ダールは思い知る。

 別室のアニエの様子が気になり始めた頃、ケイリーがひょっこり顔を覗かせた。

「ヒューゲイム、オーディエ、ちょっといいかね?」

「ああ、かまわんよ。」

「二人に話しておきたいことがある。リラントの瞳のことだ。」

いつもより遅めの時間の更新です。次回も火曜日更新予定です。

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