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第三十一話

「気づかれないように?」

 オーロフの返した言葉に、セルファは頷いた。

「リュートが言うには、ミヤコは友人に本当のことが言えないのを心苦しく思っているらしいのです。そしていつか打ち明けたとき、そのことで友人を失うのではないかと懸念もしています。」

 まさか!とオーロフは言った。

「ネフェルがそんな……」

「そう言えるのは、あなたがラグレス家の事情を知る、ハヤセの家に足を踏み入れたことのある数少ない人だから。」

 銀竜(ぎんりゅう)を扱う心得がある。

 その理由だけで、家出した亡き親友の娘を連れ戻す役目を担った。そのたった一度だけ門を通った経験は鮮烈で、同時に決して他言してはならない極秘裏な行動は、どこか後ろめたさもあった。だからエミリアを連れ戻した後、オーロフはラグレス家と関わらないようにしたのだ。ネフェルを引き取るまで。

 息子の忘れ形見であるネフェルは、リュート・ラグレスの婚約者である友人を、この世界の辺境の出だと信じている。

「恐らくネフェルは、ミヤコが向こうの人間だと夢にも思わないでしょう。」

 確かに。

 もちろんアデル家やダール父子のように事情を知ってなお、付き合いがある人もいるが、それは例外中の例外。アデル家にいたっては縁戚なのだから知っていて当然。

「もちろんいつか話さなければならないのでしょう。けれど今はまだ……だからこそ普段どおりにしていただきたいのです。不安定な今だからこそ。」

「確かに聖堂(せいどう)は長老の後継者選びで緊張している。それに瞳の変化。」

 何が起きてもおかしくない要素は揃っている。

「それに便乗してあなたが動けば、ネフェルは自ら何かを感じ取るかもしれません。」

「リュートにも同じことを言ったのかね?」

「ミヤコは当事者です。むしろ彼女には今のこちらの状況を知らせるつもりです。次の一族の長次第で、ミヤコの扱いも変わるかもしれない。その覚悟も……」 

「それはありえない。」

「えっ?」

「内々でと前書き付きで、ガイアナ議長からカズトに話が行ってるはずだ。彼は門の責任者だからな。」

「ということは……」セルファは考える。

「人選はすでに最終局面に入ってる……ということですか?」

「近いうちに評議会が招集される。」

「だからリュートなのか。」

 伯父カズトがこちらに戻るのかと思いきや、迎えに行くよう指示されたのはリュートだった。だが今の話で、次期指導者の決議が行われるのだとしたら、ラグレス家当主のリュートがこちらに戻るのは道理と納得する。

「それに不安定だからこそ、カズトが守りに徹する必要もあるだろう。」

「おっしゃるとおりです。手続きは代理人でもできますが、守りを固めるのは現役の門番の役目。」

「こうして並べてみると……」オーロフは椅子に背を預け、息を吐き出した。

「きみの言うとおり不安定要素が多すぎるな。私とてネフェルによけいな心配させたくないし、助言どおり大人しているのがよさそうだ。」


「それって、心配しすぎですよ。」

 笑いながらショウライナ・ダールは言った。

 向かいに座る男は年の頃二十代半ば。若いといっても十五歳のショウから見れば充分大人である。

「ダールは生真面目だから心配するさ。で、どうなんだ?友達はちゃんとできたか?」

「ぼちぼちってところかな。」制服姿のショウは、名物の甘いお茶をすする。

「昔の友達も同じ学校にいるし……みんな親切だし、先生が思ってるほどひどくないですよ。」

 そうか、と相手の灰色の瞳が頷く。

 癖のある赤毛は肩ほどの長さで、大柄ではないが厚みのあるがっしりした体躯は、何かの運動をしていたためと聞いている。

 二人が顔を突き合わせているのはガッセンディーアの旧市街のとある広場の一角。小さな噴水と菓子の有名な店があり、ショウは何度か姉のリィナと訪れていた。このあたりは古くから商っている店が多く、そんな歴史も踏まえて彼との待ち合わせ場所に指定したのである。

「やっぱりシンラータとは色が違うな。」

 かろうじて屋根の下、ほとんど外に面した席から広場を見回し、男が言った。

「色、ですか?」

「建物の石の種類が違うんだ。カーヘルの主だった街は見てきたが、ガッセンディーアに来たのは初めてだから観察のしがいがある。」

「先生がガッセンディーアに来るなんてびっくりしました。南から出たことないって言ってたのに。」

「昔世話になった人がこちらで暮らしてるんだ。会う用事ができて気が重かったところに、ダールの手紙が届いた。かつての教え子に会えるなら一石二鳥だろう。それに、新しい学校に馴染めたのか心配だったし。」

「そんなに信用ないですか?」

「心配するのは悪いことじゃないだろう。」

 そう言われて、ショウはくすぐったそうに肩を竦めた。

「そのおかげで先生と会えたから、いっか。ホント言うと……こっちに戻ってすぐは南に戻りたい気持ちが強かったんです。」

「今は?」

「しばらくこっちにいるのもいいかな、って。姉は相変わらずうるさいけど、もうじき両親も戻ってくるし……」

「外国で仕事をしてるんだったな。」

「いろんなところ転々と。ぼくも小さい頃は一緒にあちこち行ってました。」

「逆に羨ましい環境だ。迎えに来たお兄さんも、ガッセンディーアにいるんだろう?」

「あ、はい。兄は……」

「ショウライナじゃないか。」

 突然名前を呼ばれて、ショウは振り返った。

 すぐ近くで手を振る男に気づいて「あっ!」と椅子から立ち上がる。

「キャデム?制服じゃないからわかんなかった。」

「そっちは制服だから、すんげ目立ってるぜ。学校サボったのか?」

「ちゃんと早退届け出したよ!キャデムこそサボってるじゃないか。」

 あのなぁ、とキャデム・カイエは呆れる。

「今日は非番。オレだって休みがあるんだよ。仕事ばっかのお前の兄貴と一緒にすんな。」

「それ、兄さんに直接言ってよ。」

「言って聞くような奴じゃないのは、お前だって知ってるだろう。」

「だよね。」がっくりとショウは肩を落とす。

 遠くで鐘が鳴った。

「おおっと、礼拝に遅れちまう!」

神舎(しんしゃ)に行くの?」

「おう!今日は司教さまのお説教だ。ショウもあんま遅くなんないうちに帰れよ。それとオーディを困らすんじゃねーぞ!」

 手を振って走り去るキャデムに、ショウは「もうっ!」と唇を尖らせる。

「兄の友達……っていうか幼馴染なんだけど、いっつもぼくのこと子ども扱いするんです。」

 ふうんと呟いた相手の目は、キャデムの後姿を追いかけていた。

「あの歩き方、公安かな?」

「えっ?」

「規則正しい、それでいて隙がない。」

「凄い。」

 目を丸くするショウに相手は笑った。

「少し観察すればわかる。それにシンラータまで迎えに来たきみのお兄さんも、似たような歩き方をしていたからね。」

「そうですか?」

「訓練された人はわかりやすい。」

 ふうんと呟きながら、内心、違うんだけどなぁ……とショウは思う。けれど訂正する気もなく、話題を変えた。

「それで、みんなは元気ですか?」

「それなんだが……」相手が声をひそめた。

「ウォズが学校を辞めた。」

「えっ?だって進学も決まってた……」

「だから他の先生も皆、驚いてる。」

「いつですか?」

「つい最近だ。」

「先輩がどうして?」

 わからない、と相手は首を振る。

「なんとなく悩んでる風はあったんだが……まさか……もっとちゃんと聞いてればよかった。」

「それ、先生のせいじゃないです!他の連中は?」

「ウォズのことは気にしてるが、今はみんな自分の試験に集中してる。」

「そっか……そんな時期か。」

 ショウは懐かしい旧友の消息に耳を傾けながら、学校を辞めた先輩のことを考えた。

 二つ年上で真面目な彼は、ショウと同じ寄宿舎だった。だから入学したときからいろいろなことを教わったし、優秀な彼に追いつきたいと思っていた。

 その彼がなぜ?

 もちろんそれは本人しかわからない。

 尽きない話は続き、けれど頃合を見て二人は席を立った。

「しばらくガッセンディーアにいるんですか?」並んで歩きながらショウは尋ねた。

「数日はいると思う。そうだ、これを……」

 男は懐から、薬包ほどの大きさに畳んだ紙をショウに渡した。

「前にもらったのがあります。」

「これは別の護符だよ。それにお守りはいくつあったっていい。」

 ショウは受け取ると、畳んだまま上着の懐にしまった。

 男が笑顔で頷く。

「辛くなったらまじないを唱えるといい。それでもダメなら、いつでも手紙を寄越せ。」


 店の人に見送られて、ネフェルは外に出た。

 手にした包みの中身は、友人への手紙をしたためるの特別な紙。いろいろ迷った挙句に選んだのは、空と同じ綺麗な薄い青い色。大事に胸に抱えると、弾む足取りでアデル商会へ向かう。途中、噴水のある広場を通りかかったネフェルは、視界の片隅に知った顔を見た気がして足を止めた。

「ショウ?」

 学校帰りだろうか。制服姿のまま、誰かと談笑している。その笑顔はネフェルが今まで見たことがないほど、くつろいだものだった。

 次の瞬間、彼と話していた相手が振り返った。

 その横顔を見たネフェルはハッと息を呑む。

「そんな……まさか……」

 さっと血の気が引き、心臓が早鐘を打つ。

「ううん、そんなはずない!」 

 呟き、焦る気持ちでもう一度見る。

 そこにあるのは楽しげに笑うショウライナと、赤毛の若い男。

 それをどう解釈してよいのかわからず、そして一刻も早くその場を立ち去りたくて、反射的に踵を返した。

 どこをどう通ったか記憶にない。

 我に返ったとき、目の前にあったのは心配そうに自分を覗き込むアデル商会の営業担当の女性の姿だった。 

「顔色が悪いようだけど、大丈夫?」

「あ……私……いつの間に……」ネフェルは辺りを見回す。

 祖父と待ち合わせているアデル商会のまん前だった。

「おじいさまから、お話は伺ってますわ。」

 どうやら彼女は、ネフェルが現れるのを気にしてくれていたらしい。

「お部屋に案内するよう言い付かってますけど……その前に少し休んだほうがいいかしら?」

 いいえ、とネフェルは首を振る。

「人が多くて熱気に当てられてしまっただけ。お祖父さまをあんまり待たせても悪いし……」

 そう、と相手は頷く。

「では後から、冷たいお水をお持ちしますね。」

 ありがとうと言いながら、ネフェルは嘘をついたことに少しだけ後ろめたさを感じた。

えー・・・次回も火曜日更新予定です。

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