第二十八話
「……すみません。」
運ばれてきた紅茶を前に、都は恐縮する。
「エリがそうしたいと言ったのですから、気にしないでください。」
微笑むマクウェルの言葉の通り、彼の隣でエリが、
「みゃあちゃんと一緒!」とはしゃいでいる。
駅近くの洋菓子店のイートインコーナーで、なぜかマクウェル親子と一緒のティータイム。
どうしてこうなったのかと言えば、学校帰りに立ち寄った本屋で、ふと足を止めたから。
その瞬間を狙ったかのように「みゃあちゃん!」と大声で呼ばれたのだ。
振り返ると、父親の手にぶら下がったエリが手を振っていた。
「え、エリちゃん?えと、こんにちは。」
「学校の帰りですか?」
慌てて挨拶する都に、マクウェルも挨拶を返す。
「あ、はい。今日はお仕事……じゃないですよね。」
「スタッフに任せて早退しました。家を見に行ったんです。」
「いえ?」
「この沿線に引っ越そうと思ってるんです。」
マクウェルの説明によると、今の住まいは保育園が遠いので近いところに引っ越すつもりらしい。
「あのね、お庭のあるおうちとね、お空がちかいおうち、見たの。」
「二つも見てきたんだ。」
「エリも私も疲れたので、これからティータイムにするんです。もしよければ、都さんも一緒にどうですか?」
ごちそうします、という唐突な申し出に都は躊躇する。
「他にスケジュールがあれば無理に言いませんが……」
「あ、えと、それは……」ないです、と言いかけた都にエリが駆け寄った。
小さな手で都のコートの裾を掴むと、拗ねたように見上げる。
「みゃあちゃんも一緒!」
「エリのわがままで決めてはいけないよ。」
「一緒がいいの!」
「しかし……」さすがのマクウェルも困った様子。
「じゃあ、ちょっとだけ。」
そう言ってしまったのは、エリを慮ってのこと。さすがに突き放すわけにいかなかった。それにエリに手を引かれてやってきた店は、近所でもおいしいと評判なのだ。
粉砂糖をまとったロールケーキを前に、エリは目をキラキラ輝かせている。
「いただきま~す!」と元気よく言うと大きな口で頬張る。
「エリちゃん、おなかすいてたんだ。」
「うん!」と満面の笑みが頷いた。
都もドライフルーツたっぷりの焼き菓子と一緒に、紅茶を一口。
「アールグレイ、お好きですか?」
そうマクウェルが聞いたのは、都がメニューを見ることなく紅茶の銘柄を決めたからかそれとも運ばれてきた紅茶の香りを、いつもの癖で堪能していたからか。
「私の友人にも、アールグレイ好きがいました。」
「やっぱりイギリスって、年中お茶飲むんですか?」
「コーヒーも飲みます。でも彼は紅茶ばかりでした。」
「男の人……なんですか?」
「ええ、しかもドイツ国籍でした。飲むなら紅茶よりビールじゃないかと、からかったものです。彼のお祖母さんが好きだったと言ってました。都さんはどうしてアールグレイがお気に入りに?」
「最初は母の真似……かな。今は、香りが好きです。えーと、リラックスできるっていうか……」
「お母さんは紅茶が好きでしたか?」
「ときどき飲んでただけです。普段はまずいコーヒーばっかり。」
「フリューゲルのコーヒーはおいしいですね。」
都は思わず「ありがとうございます」と頭を下げる。
「私の友人もフリューゲルのような店に出会ってたら、コーヒー好きになってたかもしれません。」
「その人、今も紅茶ばっかりなんですか?」
「生きてたら、そうだったかもしれません。」
あっ、と都は口を手で押さえる。
「……すみません。」
「いいえ。私も都さんのお母さんのこと、思い出させました。おあいこです。それに彼が亡くなったのは、ずっと昔ですから。」
マクウェルの笑顔に、都はホッとする。
その後、エリの「おうちの感想」をひとしきり聞いたあと、ご馳走になった礼を言ってマクウェル親子と別れた。
日が暮れる早さを感じながら家に帰ると、コギンが玄関先で待ち構えて「うぎゃ」と鳴いた。
「マーギスさまから声が届いてるの?」
「うきゅう!」
「ええと、レコーダー!」
都はコギンを抱えて自室に駆け込み、机の上のレコーダーを慌ててスタンバイする。
コギンが金色の瞳を閉じた。
聞こえてくるのは、ガッセンディーア司教のたおやかな声。
フェスに送った返事が都で驚いたこと、次にガッセンディーアに来る機会があればぜひレイユに会ってほしい旨が伝えられる。
「マーギスさま、銀竜とすっかり仲良しなんだね。」
「ぎゃう!」
「え?冴さん、もう帰ってきたの?」
まだ制服も着替えてないのに、と思って廊下に顔を覗かせると、果たして冴が玄関扉を入ってきたところだった。
「お帰りなさい。」
「勉強してたの?」
「ううん。コギンが受け取った声、聞いてたの。」
「だって竜杜くん、こっちにいるじゃない。」
「お世話になった人。ていうか、今日、早い。」
「打ち合わせ終わって直帰。」
「夕飯の支度、これからだよ。」
「今日はあたしがやるわよ。」
「銀竜を名付けるねぇ。」
久しぶりに冴の手料理が並んだ食卓で、いつもどおりビールの入ったグラスを傾けながら冴が呟く。
「都ちゃん的には、お仲間が増えたってこと?」
「そんな感じかな。今度向こう行ったとき、会えればいいけど……」
「司教さまって偉い人なの?」
「ガッセンディーア……って大きい街なんだけど、そこの地区のえーと、お寺か教会の責任者的な人。」
「そういうの、偉い人っていうんでしょ。」
都の呑気な発言に冴は呆れる。
「そうなんだけど……話しやすくて、なんか大叔父ちゃん思い出すんだよね。」
「本当の意味でリーダーシップがあるのかしらね。だったらなおさら、そそうのないようになさいよ。」
「わかってる。でも冴さんだって事務所のトップでしょ?偉い人になるんだよね?」
「まさか!うちは小規模のいいところ。せいぜい大きい組織の部長か課長くらい。」
「マクウェルさんの会社も?」
「なんでそこに出てくるの?」
「今日、駅で会ったから。」
都はエリに捕まって、マクウェル親子のお茶に付き合ったことを話した。
「物件探し……そういやそんなこと言ってたかしらね。でも都ちゃん、よく付き合ったわね。」
「エリちゃん一緒だったもん。それでね、こないだフリューゲルで撮った写真、エリちゃんのおばあちゃんがよく撮れてるって褒めてくれたんだって。エリちゃんが送ったうさぎ亭さんのポストカードも飾ってくれてるって。」
「嬉しそうね。」
「だって、会ったことない人が褒めてくれたんだもん。評価してもらえたんだ思うと、凄く嬉しい。」
「他に何か言ってた?」
「カタログ写真、三芳さんに頼んでよかったって。お母さんに写真頼めなかったの残念だけど、って。」
「そう。」
「こないだ三芳さんにお母さんが撮った竣工写真見せてもらったけど、色んな仕事してたんだね。」
まぁね、と冴は肯定する。
「来る仕事拒まずだったから。もちろん生活かかってたのが一番の理由だろうけど、興味があればなんでもやってた。」
「三芳さんも同じこと言ってたな。」そういえば、と思い出す。
「こないだ昔住んでたアパートの近く通ったよ。お地蔵さんの駐車場のそば……」
「早瀬さんちの駐車場ね。保育園のお迎えでよく通ったけど、ずいぶん変わったでしょ。」
都は頷いた。
「朝子が選ぶのは古い物件が多かったから、もうどこも残ってないしね。引越しのたびに借り出されたのもいい思い出だわ。」
「冴さんと香織さんがワゴン車借りてきて引っ越したの、覚えてるよ。」
「そうだった、そうだった。次も一人分だから、その程度で大丈夫よね。」
「だから!今はまだ、具体的に考えられない。」
「でも卒業なんてすぐそこよ。」
「わかってるけど……」
「それと、マクウェルさんも忙しい人だから、あんまりお誘いに甘えちゃだめよ。なぁに、コギン。」
一緒に食卓を囲んでいた銀竜が、都に向かって喉を鳴らしたのだ。
「メールかな。」
都は断って中座すると、リビングに置いてあった携帯を確認する。
「波多野くんからだ。」
「写真部?」
「じゃなくて……リュートが商店街の忘年会に連行されたって。」
「凄い情報網ね。」と冴が笑う。
「とすると、今日は電話も来ないわね。」
そうだね、と言いながら、都は内心がっかりする。
仕方なく夕食後は、机に向かって参考書を開く。
あのとき。
本屋で足を止めたのは、ほんの一瞬、不穏な気を感じたから。
けれど確かめようとしたとたんに気配が消え、しかもエリに発見されて気をそがれてしまい、感じた不安もそれきりになってしまった。
しかし……
「あの人……いたのかな?」
竜杜が言ったとおり、どこかで自分たちを見張っているのだろうか。だとしたら、どこで?
きゅ、と声がした。
振り返ると、コギンがベッドの上で不安そうに都を見つめている。
「大丈夫。ちょっと気になっただけ。」
そう言ったとき、目の端で何か光った気がした。
手を伸ばして引き寄せたのは、母親の形見の古い万年筆。
キャップの部分にカットガラスが埋められているが……
「そんなにキラキラじゃないはずだし……単なる光の加減かなぁ。それともこっち?」
都は小皿に置いた銀細工のネックレスを目の前に掲げた。
開きかけの蕾が抱く小さな緑の石は、向こうの世界で竜を繰る一族が守り石として身につけるもの。出会って初めての誕生日に竜杜がくれたプレゼントだ。
「いつもと違うような気もするけど……同じっぽいし……っていうかそんなに光るものかな?これ。」
聞こうにも、竜杜は酒の席だと思い出す。
「うーん、でも何かおかしいことがあれば、リュートのだってそうなるわけだし……そうなったらリュートから連絡来るはずだし。」
気のせいだよね、と呟くように言い聞かせた。
2016年最初の更新です。今年も週一更新で進めていきます&ようやく話半分なので、まだ続きますがよろしくお願いします。




