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第二十三話

「こうして見ると……狭いな。」

 竜杜(りゅうと)は呟いた。

 線路ぎわの商業施設の裏にポツンとある公園は昼間にもかかわら閑散としていて、遊んでいる子供は皆無であった。仕事途中らしいスーツ姿が一人、ベンチでタバコをふかしながら大声で携帯電話に向かって喋っていたが、公園に設置された時計を見て慌ててタバコを足でもみ消すと、喋りながら行ってしまった。

 竜杜は手摺で囲まれた公園の真ん中に立つと、目を閉じた。

 二年前、気に絡み取られ、立ちすくんでいた女子高生の手を引いて逃げ出したのが昨日のことのように思い出される。

 けれどあのとき感じた邪悪な気は、片鱗も感じられない。

 目を開くと、あの日彼女の手を引いて走った道筋を辿っていく。

 商店の間を抜けビルの裏手を通ると幹線道路にぶつかる。人と自転車の通り道は遊歩道になっていて、傍らにある植え込み近くで手を離したことを思い出す。

 それが彼女との出会いだった。

 そのときは、互いに名乗ることもないまま終わる関係だと思っていた。

 それがまさかずっと続くとは。しかも人生の伴侶になろうとは、何がどうなるかわからないものである。

 そんなことを考えながら駅に戻ってバイクを回収すると、次は少し離れた公園に向かった。

 個人のお屋敷だった場所をそのまま利用したそこは先ほどの公園と違って、手入れされた芝生と小さな日本庭園が売り物で、そのせいか子供連れと年配者の姿が見受けられた。

 冬木立の間から見上げると、東京にしては珍しく広い空が広がっている。 

 冬の冷たい空気を感じながら、竜杜はあの日、契約の言葉を口にした場所に立った。

 もしあのとき彼女の命が事切れていたら、今頃自分はどうしていただろう?

 彼女の命を救えなかったことを悔やんだままフリューゲルで暮らしているか、それとも見切りをつけてガッセンディーアに戻っていただろうか。

 契約が成立した理由もわからぬままだが、今となっては彼女……木島都(きじまみやこ)のいない生活など想像もつかない。

 だからといって、そのきっかけを作った黒き竜を宿した男を容認するつもりはさらさらない。彼がこんな場所をうろついてると思わないが、あのときを思い出せば出すほど、片鱗さえ感じないことに苛立ちを感じる。

「フェスを連れてくればよかった……か。」

 しかたない、とひとりごちると歩き出した。


 そっと手を伸ばして、背中に触れた。

 振り返った漆黒色の瞳が、ああ、と優しく受け止める。

「学校の帰りか?」

「今日、フリューゲル定休日だし駐輪場にバイクあったから、そうかなって。」

 それに図書館で顔を合わせるのは、交際する以前からの決まりごとのようなもの。ここに来れば彼に会えるという期待が、都の中にあるのかもしれない。

 竜杜に促されるままスツールの隣に腰掛け、手元を覗き込む。

「地図?」

「このあたりの古い地図。」

「これ、鉄道?駅は変わってないよね。とすると、フリューゲル……これ?」

「当時はフリューゲルじゃなくてただの早瀬(はやせ)宅、だな。」

「まわり、何にもなかったんだね。」

「戦前の話だ。それより今日は早いな。」竜杜は左腕の機械式(オートマティック)の腕時計に目を落とす。

「来週末で二学期終わるから、休講とかあって……」

「勉強しろという暗黙の圧力か……」

「だから図書館に来るのは正しいでしょ?」

「勉強……していくのか?」

 んー、と都は考える。

「ここじゃなくてもいいかな。」

「なら、家まで送っていこう。」

 その前にバイクを置きに一旦家に戻る、という竜杜にくっついて図書館の外に出る。

「そういえばリュート、地図作る仕事なんだよね。」並んで歩きながら都は言った。

「竜隊に全面的に任されてる任務だ。俺は銀竜(ぎんりゅう)主人(あるじ)でもあるから、目のよさを買われたところがある。」

「フェスの目を使うってこと?」

「そういう物の見方に慣れてるってことだ。」

「ダールさんも?」

「あいつは今、聖堂(せいどう)に出向してる。クラウディアも評議会との連絡を担ってる。」

「みんないろいろなんだ。バイク、押してくの?」

「原付サイズだから、二人乗りできない。」

「だって重くない?」

「どうもこっちで暮らすと、運動不足になる。ちょっと遠回りしていく。」

「運動不足解消?」

「ただの寄り道。」

 そんな風に他愛ない会話を交わし、一緒に歩けることが都はたまらなく嬉しいと思う。

 契約を受け入れたとき、世界が違う彼とはずっと遠距離で、ときどき会えればいいほうだと思っていた。それがこうやって一緒の時間を過ごせるのは、双方の努力と周囲の理解の賜物だとわかっている。だからこそありがたいと思うし、精一杯享受したいのだ。

「都のファン?」

 先日の西(にし)から聞いた告白話に、竜杜は「なるほど」と呟く。

「ということは、俺もうかうかしてられないな。」

「そんなこと言ってない。ただ、物好きがいるんだなーって……」

「それを言ったら、俺は相当な物好きになるぞ。」

「リュートは別。」

「矛盾してないか?」

「だってラグレスさんちに関しては、わたしのほうが共犯者だもん。」

「弱味を握られたつもりはないが……」

「そうじゃなくて、共有してることいっぱいあるから。最初からそうだったでしょ?一方的に告白されるのと違うもん。」

「都が納得してるならそれでいいが……と、ここだ。」

 足を止めたのは、住宅地の中にある月極め駐車場だった。

「ここ……フェンス壊された駐車場だよね。」

 ひと月ほど前、何者かに壊され、警察沙汰になったことを思い出す。結局犯人は捕まらず、商店街をあげて防犯強化の対策協議をしているところ……というのは波多野(はたの)から聞いていた。

「とっくに修理したし、その後は特に何もない。」

 けれど店子の手前、次があれば防犯カメラの設置もやむをえないと早瀬は言っているらしい。

 都はカバンを持つ手に力をこめる。

「大丈夫。」

 彼女の緊張を見透かしたように、竜杜が言った。

「ここに奴の気配はない。」

「ずっと見張ってた……とか?」

「まさか」と竜杜は笑う。

「ときどき見回ってるだけだ。俺が動けないときは、フェスの目を使ってる。」 

 都は駐車場に目を向けた。

「やっぱりあの人の仕業……だったのかな?」

「さあな。でもこの辺りをうろついててもおかしくない。」

 恐らく自分たちの行動を見張ってるだろうから、という言葉はあえて言わなかった。

「ねぇ、なんで駐車場に祠があるの?」

 車一台分のスペースを割いて鎮座する小さな祠に気づいた都が首をかしげる。

 そこだけフェンスが途切れていて、敷地に入らなくてもお参りできようになっているのだ。覗くと、小さな陶器の狐と湯飲みに汲んだ水が供えられている。

「お稲荷さんだ。」

「ご近所の方が毎朝掃除してくれてる。」

「交通安全……とか?」

「効能は知らない。祖父さんはただ、守り神と言っていた。」  

「他にもあるの?」

「見ておくか?」

「ホントに……あるんだ。」

 半分冗談だったのに、と目を丸くする。

 さらに回り道をして連れて行かれたのは、やはり月極め駐車場。こちらは祠の中に、赤い涎掛けのお地蔵さんが鎮座していた。その光景に都は「あれ?」と呟く。

「この辺……昔住んでた近くだ。」

 かつて畑だったところがすっかり住宅地に変わっているが、見覚えのある古い家がいくつか残っていた。それに当時母親に付き合って路地から私道までくまなく歩き回ったので、間違いないと断言する。

「歩き回って写真撮ってたのか?」

「ううん、ただの散歩。地図も持たないから迷子ばっかり。」

 それなのに「道はどこかに繋がってるから大丈夫。」といつも自信満々だった。

(さえ)さんと一緒のときはわかりやすい道ばっかり。保育園の帰りも商店街、真っ直ぐ抜けて……」

「そういえば店の前を通ってたんだったな。」

 都は頷いた。

 何が気になったのか覚えてないが、当時、休業していたフリューゲルの閉ざされた門扉から、必死に中を覗いていたのは記憶にある。

 竜杜と知り合い、門の奥にある洋館に足しげく通うようになり、そして近い将来そこに関わる側になろうとは、何がどう繋がるかわからないとつくづく思う。

「そのとき住んでたアパートは、とっくにないけど。」

「引越しが多かったと言ってたな。」

「古い家ばっかりだったから。一番長く住んでたのも古い平屋だったよ。冴さんと一緒に暮らし始めたのもそこ。小さいけど庭もあって、好きだったな。でも大家のおばあちゃんが亡くなって、お母さんと冴さんが事務所借りたからマンションに引っ越して……そのあと二人になったから今のマンションに移ったの。」

「それだけ移動してれば荷物も減るか。」 

 交際を始めて間もない頃、彼女の私室が小ざっぱりしていることに感心した覚えがある。

「最近、増えてきちゃったけどね。コギンのおもちゃとか着物とか。」 

 でもそういうのも悪くない気がする、と都は言った。

「わたしが引き継いで、次の誰かに渡せたらいいなぁって思うようになったの。だってフリューゲルの建物も、そうやって引き継いできたんでしょ?」

 それに門も、と言いかけて都はお地蔵さんを指差した。

「コレ、もしかして結界?そういうものがあるって、言ったよね?」

「そんなところだ。」

 竜杜いわく、早瀬の家を取り囲むようにこういったモニュメントがいくつか町内にあるらしい。

「それ、わたしも知ってたほうがいい?」

「地図上で教える。コギンは肌で感じてるかもしれないな。結界の外と中じゃ、飛びやすさも違うらしい。」

「そうなんだ。と、そだ。」

 都はカバンを開くとコンパクトカメラを引っ張り出す。

 竜杜にカバンを預け、祠にレンズを向けた。

 何度かシャッターを押すと「どうかな?」と言いながら液晶画面を竜杜に見せる。

「いつも見るのとは別の風景に見える。」

「え?」

「でもそれが、都の見て感じた風景なんだな。」

 都はカバンを受け取りながら「なら、彼の見ている風景はどんなのだろう」と考える。

 住宅街を抜け、店の裏口に接する早瀬家の母屋にたどり着くと、早瀬が息子の帰りを待ちわびていた。

「都ちゃんも一緒だったのか。」

「図書館で会った。」

「お邪魔でしたか?」

 まさか、と早瀬は微笑む。

「むしろ好都合だよ。」

次回も火曜日更新予定・・・ですがちょっと時間が未定です。

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