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第二十二話

「おい……なんで言わなかった?」

神舎(しんしゃ)、苦手でしたっけ?」

「じゃなくて!神職……しかもお偉いさんだなんて聞いてない!」

「でも神舎に行くってことは信者か神職のどちらかでしょう?」

「お前がそんな人と繋がってると思うか!」

 まるで悪さをした学生のように声をひそめて、コンロッドはトランを睨みつける。

 一方のトランは司教の執務室にいながら、いつもどおり落ち着き払っていた。

「ついてきてくれなんて、一言も言ってません。それにきみだって、こういうところに出入りしてておかしくないでしょう。」

「神舎にはついぞ縁がなかったんだよ。聖堂(せいどう)には行ったけどな。」

「最近?」

 コンロッドは頷き、

「ちょいと大きい依頼が来た。メラジェ・ヘザースの名前は聞いたことあるだろう。ガッセンディーアの歴史の本を何冊か書いてる……」

「ひょっとしてカーヘルの神舎で見つかった英雄時代の文字らしき物……?」

 なんだ、とコンロッドは拍子抜けする。

「お前の耳にも届いてたか。そりゃそうだよな。専門から言えばお前が受けるべき依頼なんだろうし……」

「ぼくはただの田舎教師です。」

「英雄時代の文字に関しちゃ、トランのほうが上だ。」

「そんなのとっくに錆付いてます。」

 コンロッドが更に何か言おうとしたのと、扉が開くのが同時だった。

 聖典を小脇に抱えたマーギスが急ぎ足で入ってきた。

「お待たせしました、カゥイ先生。」

「突然申し訳ありません。」

「いいえ。来ていただいて嬉しいですよ。こちらは?」

「学生時代の友人で、語り部をしているシィガンです。」

「語り部……ガッセンディーアにもそういう方がいらっしゃいましたか。」マーギスの灰色の瞳が丸くなる。

 コンロッドは一歩前に出ると深々と頭を下げた。

「初めてお目にかかります。コンロッド・シィガンと申します。」

「ここの神舎の責任者をしているマイゼル・マーギスです。」

「司教さまの説話は何度か拝聴したことがあります。」

「うそですよ。」

「本当だ!」思わずトランを怒鳴りつけてから、コンロッドはしまった!と慌てる。

 マーギスが笑った。

「そんなに気を遣わずとも大丈夫ですよ。カゥイ先生には色々なことを教わってます。きっとあなたからも教わることがあるでしょう。」

「そんな!滅相(めっそう)もない!」

「それよりマーギスさま、子供たちの本をありがとうございました。」

「お役に立ちましたか?」

「安息日なのでまだ見せてませんが、きっとみんな喜ぶと思います。」そう言ってトランが校長の分まで礼を述べていると、執務室の扉を叩く音がした。

「マーギスさま、連れてきました。」

 顔を覗かせたのはマーギスの弟子のカフタだった。トランとは年齢も近くすでに顔なじみなので、挨拶もどこか近しい者同士の気安さがある。

「ひょっとして、レイユですか?」

「はい。いつもこの時間はまだ中庭にいるんですが、カゥイ先生がいらっしゃると聞いたので……」

 そう言って修士の傍らから飛び込んできたものに、コンロッドは目を丸くした。

「ぎんりゅう?」

「レイユです。」

 トランに名前を呼ばれた銀竜(ぎんりゅう)は「きゅう」と一声鳴くと、彼の肩に止まった。

 トランは手を伸ばし、その滑らかな背に触れる。

「元気そうですね。皮膚の張りも羽根の艶も良くなったんじゃないですか。」

 嬉しそうにカフタは頷く。

「アデル商会お墨付きの薬師(くすし)に見てもらってるんです。食事の量も増えているし、何より随分高く飛べるようになりました。」

「皆にかわいがってもらってるようですね。」

「それはもう。マーギスさまが銀竜を連れ帰ったときは驚きましたが、文句を言う者も、怖がる者もひとりもいませんでした。厳しいメルヴァンナ司祭さまですら歓迎の祈祷をしてくださったんです!」

 カフタの報告に、トランは「良かった」と心底ホッとする。

「お前が斡旋したのか?」そこまでのやり取りを聞いていたコンロッドがきいた。

「まさか。マーギスさまが名付けたんですよ。」

「名付けって、孵ったばっかの銀竜にするんじゃないのか?」

「名前がわからなかったから、呼ぶことができなかったんです。」

 トランは公安が銀竜を保護したいきさつ、そして偶発的にマーギスが名付けたことを説明した。

「さすが司教さまだ。」

 素直にコンロッドは感心する。

「たまたまです。」

 マーギスが差し出した手にレイユがふわりと飛び移った。金色の瞳を細めて、主人であるマーギスを見上げるその様子に、その場にいる皆も自然と笑顔になる。

「落ち着くべきところに落ち着いた感じですね。」

「けれど銀竜の様子を見に来ただけ……ではなさそうですね。」

「実はその通りなんです。」トランは頷いた。

「見ていただきたいものがあったんですが……バセオは?」

「マーギスさまのお使いで、オゥビと一緒に本舎(ほんしゃ)へ行ってます。」とカフタ。

「ではマーギスさまにお願いするしかありませんね。カフタも一緒に聞いてもらえますか。」

 トランはコンロッドに目配せすると、丸めて持ってきた紙を執務机の上に広げた

「以前マーギスさまの故郷に行ったとき、墓地で一番古いと言っていた墓石の表を写したものです。」

「ええ、見覚えがあります。」

「ぼくには手に余る物だったのでコンロッドに解読を頼みました。こう見えて、優秀な語り部なので。」

「こう見えて、は余計だ。」

「そうして読み取ってもらったのがこれ。今の文字に置き換えてもらったのが、これです。」

 清書を受け取ったマーギスは、ざっと目を通すと「ああ」と呟いた。

「空想う友ここに戻り。再び共に在る日まで、同じ空(かけ)る日まで、その願い永遠なり。」

 その言葉があまりに唐突で、あまりにも自然に出てきたので、トランとコンロッドは唖然とした。

「もう一度!」と懇願されて、マーギスは同じ言葉をゆっくり繰り返す。

「なるほど……確かに意味は合ってる。」

「いったい、何の文句です?」

「村に伝わる祈りの文句です。竜の瞳が見守らんことをと同じように、旅立つ者へはなむけとして送った言葉だと聞いてます。」

「初めて聞きました。」

「同じく。」とコンロッド。

「ではもう一つ、こちらはどうでしょう。」

 トランはもう一枚の紙を広げると、手元の頁をめくるようマーギスを促した。

「人の子が地上を守り、白き翼が空を守る。そして黒き翼が海を守る……ですか?」

「同じように、伝えられてる言葉でありませんか?」

「いいえ」とマーギスは首を振る。

「この言葉は知りません。白き翼はきっと聖竜(せいりゅう)リラントのことでしょう。お話したように、あのあたりは老ガラヴァルの出身地と言われてます。なので竜や翼に関した言葉のほとんどはリラントにちなんだもの。しかし黒き翼とは……」

「黒き竜のことでしょうか?」

「黒き竜って、リラントがこっちの世界から追い出した奴だろう?」

 トランの真意を知らぬコンロッドが、気楽に言った。

「伝承の上では必ずリラントと対になってるんだし、寓話や慣用表現に出てくるのだって珍しくない。」

「だとしても……」マーギスは唸る。

「墓石に書くのにはそぐわない気もします。」

「だから墓じゃないんだよ。」

「墓でない?」

「刻まれた年号から察するに、石碑は何度か建て替えられているらしいんです。」

 トランはコンロッドが読み取った年号が周期的であること、その表記が家の礎石(そせき)に似ていることを説明した。

「語り部なら多くの碑文を見ているでしょう。勝手な憶測でないことはわかります。子供の頃から村で一番古い墓だと聞かされていたんですが……もし墓でないとしたら……」

「ないとしたら?」

「この下には何が埋まっているのか?」

「えっ?」

「そうか!」

 目をむくコンロッドに対して、トランは妙に納得顔である。

「そういえば、これがあるのは墓地でしたね。」

「いやでも、墓地にあるからって何かが埋まってるとは限らないだろう?詩が浮かんだから記念碑を建てた……って可能性もある。」

「だったら家の庭にでも建てるのが筋でしょう。それに建て替えてるってことは、これが何なのか知ってる人がいた、ということになりませんか。」

 あっ、とマーギスが小さく叫ぶ。

「今の話を聞いて思い出したんですが……私に古い墓だと教えてくれたのは大叔父だった気がするんです。いわゆる本家の人で、私と同じ豊穣の姉妹の血を引く家でした。」

「でした……ってことは……」

「村がなくなるより前に絶えてしまった家です。私は寄宿舎に入っていたので看取ることはできませんでしたが……あるいはテマイヤ叔母なら何か聞いているかもしれない。」

「まぁ掘ってみるのが一番早いんだろうけど……」

 ぼそりと呟いたコンロッドの言葉を、トランは聞き逃さなかった。

「コンロッド、たまにはいい事言いますね。」

「は?」

「掘ってみればいいんですよ。もちろん許可がもらえればの話ですけど。」

「許可ってどこに出すんだよ!人っこ一人いないんだろ?」

「墓地を管理しているのは隣村の司祭です。彼に言えば、断ることはないでしょう。」  

 しかし、とマーギスは思案する。

「さすがに祭りの前にガッセンディーアを離れることは、いくら私の権限でも難しい。実はホランにもそれを伝えたばかりで……」

「ホランがどうかしたんですか?」

「数日前に手紙が来たんです。カゥイ先生ならば見せても構わないでしょう。」そういってマーギスは引き出しから一通の書簡を取り出し、トランに渡した。

 コンロッドが横からひょいと覗く。

「ホランジェシ・マーギス?」

「司教さまの甥ごさんです。」

「って、なんでお前が知ってる?」

「会ったことありますから……しかしこれは……」ざっと手紙に目を通したトランは「うーん」と唸った。

「もう一度あの場所に行かないと確かめられないか……」

「ええ。それに今はバセオも不在です。」

「と、なると……」

「おいおい、トラン。余計なこと、考えてんじゃないだろうな?」

 嫌な予感にコンロッドは慌てて友人を牽制するが、トランはそれを無視した。

「言い出したのは君ですよ。」

「いやだから!学生時代にも突っ走って、痛い目見たこと忘れちゃないだろ?」

「忘れました。」

「おおい!」

「だって考えれば簡単なことでしょう。」

「言うな!それ以上言うな!」

「ぼくが行って、確かめればいいんです。」

 がっくりと、コンロッドはうなだれた。

「それを余計な暴走ってんだ!たく……お前……昔と全然変わってねーじゃねーか……」

トランの暴走、書いてるほうは楽しいです(^^

そして次回も火曜日更新予定です。

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