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第二十話

「じゃ、ご両親が戻ってもすぐに契約の儀じゃないのね。」

「長老の具合もあるし、何より後継者が決まらない……てのは、そっちだってよくわかってるだろう。」オーディエ・ダールは大きな背を丸めて、書類を繰った。

 (ページ)をめくるたびに、青い瞳が不機嫌そうに細くなる。

「最近じゃ、飛ぶより机にしがみついてるほうが多い。」

「仕事ってそういうものでしょ。」

 クラウディア・ヘザースの返事はそっけない。

「それに聖堂(せいどう)に行くと酒飲む相手がいねぇ。」

「リュートがいないと、の間違いでしょ。キャデムにでも付き合ってもらいなさいよ。」

「公安も忙しいんだよ。まさか勤務中に引っ張り出すわけにもいかねぇ。それよりリィナの付き添い、助かった。」

 クラウディアの持ってきた別の書類に署名しながら、ダールは礼を言った。

 二人がいるのはノンディーア連合国ガッセンディーア駐屯分隊、通称『竜隊』の執務室で、他にも数人の制服姿が机に向かっている。

 連合国になる以前から使われている建物はロの字型をしており、囲まれた中心には竜の発着する中庭がある。執務室を出て回廊式の廊下の手摺から身を乗り出せば、今まさに飛び立とうとしている竜と乗り手を見ることができるのである。

「そういえばリィナも飛ぶのが好きみたいね。」

「兄貴の付き添いじゃなかったから気兼ねなかったんだろう。」

「少なくともリィナからあなたの文句は聞いてないけど?反抗してるのはショウだけでしょ。そういう年頃なんだし。」

「オレのときは、反抗しようもんなら親父に盛大に怒られた。」

「お父さまも末っ子には甘いのかしら。」

「そっちの親も娘に甘いんじゃないか?アデルの家に戻ってるって?」

「セルファね!」クラウディアは眉間に皺を寄せた。

「旦那が一時的にせよガッセンディーアの勤務になったのに、わざわざ実家に帰るかね。」

「彼は今、謎解きに夢中なの。」

「英雄の記、か?」

「かもしれない文字、およびそれを擁する遺跡のことで頭がいっぱいなの。だから家にいても書斎に篭ってるし、傍にいるとあたしまで気が滅入っちゃう。実家にいるのは緊急措置。カズト伯父さまにも会いたかったし。」

「親父さんが来るとリュートが戻らないな。」

「そういう文句は本人に言いなさい。」

「向こうに婚約者がいる奴に、野郎と酒飲むために戻れ……なんて言えるか!」

「オーディも婚約者に会いに行けばいいでしょ。アニエだって待ってるわよ。」

「そうしたいところだが……なかなかなぁ……」

 煮え切らない返事と共に、ダールは署名したものをクラウディアに渡す。

「せいぜい嫌われないようにすることね。」

 クラウディアは書類を確認すると、じゃあね、と言って足早に執務室を出た。その足で他の部署をいくつか回ってから中庭に待機していた竜に跨る。聖堂までさほどの距離でないが、地上を歩くより機密保持の点でも安全という理由から、この連絡手段が採用されているのだ。

 空に舞い上がると、あっという間に聖堂の中庭に降り立つ。

 書類を届けて再び中庭を通りがかると、見覚えのある後姿が佇んでいた。

 名前を呼ぶと、振り返った青い瞳が一瞬驚く。

「今日も書庫に来てたの?勉強のしすぎじゃない、ネフェル。」

「クラウディアさんも、お祖父さまと同じこと言うんですね。」くすくすとネフェル・フォーン・オーロフは笑った。

「そういえば最近ショウライナとよくいるけど……今日は一緒じゃないのね。」

「学校にいる時間だから。それに一緒にいるのは、他に南の話ができる人がいないから、だそうです。」

「確かに。一族で南の話ができる人なんてそういないわね。と、別に責めてるわけじゃないのよ。」

 わかってます、とネフェルは頷く。

「私もショウ以外の人とカーヘルの話なんてしません。でもカーヘルの知り合いがガッセンディーアに来るって聞くと、ちょっと羨ましい。」

「あら。ネフェルにも仲のいいお友達はいるでしょ。南より、ずっと遠いところだけど。」

 即座にネフェルは頷く。

「それに今日はクラウディアさんにも会えたし。」

「ありがとう。」

「それとフィマージさんにも。」

 えっ?とクラウディアは目を丸くした。

「アニエ、来てるの?」

「あ、はい。先ほど書庫でお会いしました。」

 クラウディアは彼女と別れると足早に書庫に向かった。

 受付の司書官に尋ねて閲覧室を覗くと、果たして髪をきっちりまとめた紺色の(スカート)のアニエ・フィマージが分厚い本と格闘している最中だった。

「ああ、クラウディア!」

 気がついたアニエが嬉しそうな声を上げる。

「ネフェルにあなたが来てるって聞いたから。さっきオーディに会ってたのよ。」

「分隊に行ってたの?」

「行ったり来たりが仕事だから。今日は調べ物?」

「議長さまに書類を取りに来るように言われたの。ついでに気になっていたことを調べようと思って……」

「難しい本が必要なのね。それに少し疲れてるみたい。」

「心配してくれてありがとう。ここに来る前に議長さまと少し長いお話をしたから……でもあなたに会えてよかった。祖母の言うとおり、たまに外に出るのも悪くないわ。」

「お祖母さまは正しいわ。」

「そういえばご実家に戻ってるんですって?」

「苦情は受け付けないわよ。」

「そんなこと言える立場じゃないもの。」アニエは本を閉じると、返却手続きをするから、と言って立ち上がった。

「急いで戻るの?」

「そんなには……」

「じゃあちょっと付き合わない?ちゃんと家まで送っていくから。」


「いい風……」亜麻色の髪を押さえながらアニエは呟いた。

「つき合わせて悪かったわね。」

「こういう寄り道なら、大歓迎よ。」

 二人が立っているのはガッセンディーア郊外の、小川のほとりである。

 木々は緑の影を落とし、足元にはみずみずしい香りを放つ夏草が生い茂っている。

「竜も気持ちよさそう。それに飛んだの、本当に久しぶり。」

 アニエは小川に首を突っ込み水を飲む竜の姿に目を細めた。

 そういう自身は服の上から、足首まで覆う長さの上着を着込んでいる。

「少し竜を飛ばせたいから」付き合って欲しいと言うクラウディアのを拝借したのだ。それでも風で乱れるが、飛ぶことの開放感を考えればアニエには些細なことだった。

「母が見たら卒倒するわ。でも、お祖母さまなら笑うくらい。」

「ならいいわ。それより、本当にオーディと会ってないのね。」

「ご両親が戻るまで忙しいんだもの、仕方ないわ。でも……こんなに会えないこと今までなかった。」空色の瞳が曇る。

「不安?」

「以前のリュートとミヤコに比べたら、些細な距離なのにね。」

「あの二人は特別。」

「あなたもご主人と別居してるわ。」

「大した距離じゃないもの。それにあたしもリュートも相手と契約してるから、完全に一人でない安心感もある……少なくともあたしはそう感じてる。」

「羨ましい。」

「でも悩んでるのはそのことじゃないでしょ。聖堂まで来たなら、足を伸ばして分隊に行くこともできたはずだもの。」

「さっき評議会で……声をかけられたの。」

「察するにサーフス議員かしら?」

 アニエは息を吐き出す。

「あなたに隠し事できないのね。」

「これでも聖堂付きの軍人よ。彼が若い人に片っ端から声をかけてるのはみんな知ってるわ。なに言われたの?」

「いろいろ。笑顔だったけれどなんだかそれが怖くて……それに私が評議会に出入りしていることを快く思ってないみたい。今の一族は体制が古すぎるとか、この先一族がガッセンディーアに居続けるためにはもっと変わっていくべきだとか。」

「確かにガッセンディーアの街中で竜が発着するのは目立つし、怖がる人もいるわね。」

「でもそれをなくしてしまったら、一族は一族でなくなってしまう。」

「そう言い返したの?」

 アニエは黙って首を振る。

「私はただの代理だもの。でも言われて、嫌な気持ちだった。」

「サーフスは召喚が苦手だそうよ。」

「こんなに穏やかなのに?」

 アニエは肩越しに竜を振り返る。水を飲んで満足した同胞は、目を閉じて大きな身体を草地に伏せて休んでいた。

 クラウディアは肩を竦め、

「前にメラジェが言ってたけど、歴史的に見てガッセンディーアのように戦場や略奪に遭わなかった街は珍しいんですって。聖堂と神舎があったのも理由かもしれないけど、空の民がいることで人々の秩序が守られてたんじゃないかって。大気が不穏になれば、空の民が真っ先に感じる。一族はもちろんだけど、ガッセンディーアの他の住人もそれを予兆としてたんじゃないかって。だから危険も防ぐことができた。もちろん一族として贔屓目に見た仮説だけどね。」

「でも言ってることはわかるわ。祖父やガイアナ議長の仕事を手伝って、一族が空と大地を繋ぐ役目だって実感したから。それにガッセンディーアから竜がいなくなってしまったら、それはガッセンディーアでないと思うの。」

「ちゃんとわかってるじゃない。」クラウディアは笑う。

「誰に何を言われようと、アニエにはアニエの意見があるんだから、迎合する必要なんてないのよ。」

「でももしサーフス議員と同じことを、多くの一族が思っていたら?」

「簡単に変えられるわけないでしょう。それともサーフスは自分が次期長老になれるとでも思ってるのかしら?」

「彼が狙ってるのは議長の席よ。」

「そうなの?」

「私もはっきり聞いたわけでないけど。」

 ただ話していてそんな気がした、とアニエは言った。実際彼は話が上手く、きっと人当たりも良いのだろうとも付け加える。

 しかしクラウディアはキッパリ言った。

「本当の識者っていうのは変人よ。」

「それ、旦那さまのこと?」

「それも含めて、大方そうね。でも行動が伴ってるから納得できるの。彼が調べて、その目で見て考えたことを言葉にするから、学生もちゃんと講義を聴く。ただ変人の部分は誰も理解できないわね、きっと。」

 クラウディアのしかめっ面にアニエは笑った。

「本当に、クラウディアは強いのね。」

「アニエも、家を出てから強くなったんじゃない。」

「本当にそう思う?」

「ええ。オーディなんかにもったいないくらい。」

「嬉しいけど、オーディには言わないでね。絶対に嫌な顔するから。」

 そうだ、とアニエが何か思いつく。

「ねぇクラウディア。アルラの子、って何のことかわかるかしら?」

「アルラの子?あたしと関係あるの?」

「ラグレスのおじさまに関係ある気がするのだけれど……」

「カズト伯父に?」

「でも、わからなければいいの。」

「なんなら銀竜を使ってリュートに聞いてみるけど……」

「本当に、たぶん大したことではないから。」

 それよりそろそろ戻るわ、と微笑む。

 そうね、とクラウディアも頷く。

「行方不明騒ぎになっても、困るものね。」

久しぶりのダールさん登場です~。今回キィパーソンの登場が皆さん遅めですね。次回も向こうの世界、新キャラ登場の予定です。

火曜日更新の予定。

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