第十八話
「紹介?」
「まぁ……そんな感じかな。」
西和臣は言った。
「そりゃ無理じゃねぇの?」
間髪いれずに波多野大地は答える。
早めの授業が終わった学校の、写真部の暗室前である。
もともと校舎の端にある上、今日は使う人もないので通る生徒はいない。
それを承知で波多野が指定したのは、西から「内密の話がある」と言われたからで、しかも「都さんも一緒に」と懇願されれば、さすがにただ事ではないと思う。
案の定……
「お近づきになりたいって言っても、そりゃーどう考えても無理だろ。」
「って、おれも言ったよ!だからどう対応すりゃいいか……って、都さん聞いてる?」
「あー、うん……一応。」
傍らでやり取りを聞いていた都が、気のない返事をする。
「てかさ、木島、意味わかってねーだろ。」
「えーと西くんが、クラスの誰かにわたしのこと聞かれたんだよね?」
都は波多野を見上げる。
彼とは保育園からの付き合いで、高校に入ってからはクラスも部活も一緒の、いわゆる幼馴染。小学校から続けている柔道のおかげか、高校の三年間で確実に身長も肩幅も大きく成長した。スポーツ刈りに近い短い髪も相まって、見かけは完全運動部にもかかわらず、柔道部はあくまで助っ人。そして写真部では道行く猫ばかり撮影する猫ハンター。
喫茶店フリューゲルと波多野の家が営むリカーハタノが同じ商店街ということもあり、都にとっては気安く話しのできる存在なのだ。
その波多野に言われてついて来たものの、訳がわからず首をかしげる。
「おい、波多野!」
西がぴしっと都を指差した。
「これは理解してないってコトだよな?」
「だろうな。」
「空気読むとか、予想するとか……」
「木島は自分が主役になること考えてない。」
「主役?」都はキョトンとする。
だぁっ!と叫んで西は頭を抱えた。
「マジか?てか都さん、おれがどんだけ食い止めるの苦労してっかわかってる?」
「くい止める?」
「部活とか、彼氏の有無とか、写真以外の趣味とか……明里さんと仲いいからって、ぜーんぶおれに聞いてくんだぜ!」
はぁ、と言ってから「あれ?」と呟く。
「誰が?」
「だーら、おれのクラスの奴!が。」
「なんで?」
「都さんとお近づきになりたいんだと!」
そっか、と言いかけて「はぁ?」と素っ頓狂な声を出す。
「お近づきって……え?え?ええーっ!」
「やっと気づいた。」
思わず後ずさる都に、波多野は大きくため息をつく。
「な、なにそれ?西くん、わたしのことからかってるよね?っていうか、何でわたし?」
「都さん、ちっこくてかわいいんだとさ。」
その言葉に都はぶんぶん首を振る。
「まー、確かにかわいい反応ではある。」
「そおかぁ?木島の普通だぞ。てか木島、自覚なさすぎ。」
「だって~」
「前にも自覚なさすぎで、志賀先輩に襲われそうになったろーよ。」
「志賀?って卒業した新聞部の部長?」
「おう、それ。」波多野が頷く。
「あの人けっこーオレ様だったから、都さん押し切られそうだよね。」
「あんときは竜杜さんヘルプがあったからよかったけど。木島は自覚なさすぎて無防備なんだよ。」
「つーかさ。都さん、自分がかわいいとか思ったことないの?彼氏に言われたりとか……」
「西だって、別に篠原の見た目だけで付き合ってるわけじゃないだろ。」
「明里さん、見た目より胸あるぜ。」
「んなこた聞いてねーよ。だいたい木島、今どういう状況かわかってる?」
「ええと、ええと……波多野くんと西くんと喋ってる。」
「以前だったら、男子二人もいたら逃げ出してただろ。」
「でも……」と都は二人を交互に見る。
「波多野くんは幼馴染だし、西くんは友達の彼氏だし……」
「そういう意味じゃなくて……」
がっくり肩を落とす波多野の言葉を、都は慌てて遮った。
「だから!波多野くんは同じ写真部で……西くんも文化祭で一緒に動いた文化部仲間で、全然知らない人じゃないし、むしろ活動仲間っていうか……そんな感じだから平気だけど……それ以外はたぶん……」
「つまり、接点のないやつと話すのは苦手?」
西の言葉に、都はこくんと頷く。
「それにもし相手が期待しても……応えられないから。」
「ん。了解。」
都の釈明に、西が頷く。
「ごめん。」
「なんで謝んの?都さん百パー悪くないのに。」
「でも西くんの立場とか……」
「んなことまで気にしなくていーの。相手はきっかけが欲しいくらいのノリだろ。彼氏がいるって言えばそれが答えなんだし……って、言っちゃっていいんだよな?」
「すげーかっこいい年上彼氏がいる、くらい盛っとけよ。」
「だな。」
「都ちゃん、やるなぁ。」
「そういう話じゃないです。」
楽しそうに反応する宮原栄一郎に、都は唇を尖らせる。
学校での一件から一時間後。
都は自宅の最寄り駅に近いカフェで、栄一郎と顔を突き合わせていた。
「だいたい、お近づきって……なんでわたしなのかわかんないし。」
「それ、そっくり竜杜くんに言ってみる?」
「リュートは別です。」
「でも竜杜くんは都ちゃんを助けたんだから、なにかしら魅力があったってことだよね?」
「それは……どうだろう……」
うーんと悩む都の鼻先を、香ばしい香りがかすめる。
「お待たせしましたぁ。」
明るい店員の声と共に、目の前に皿がコトリと置かれる。中央には粉砂糖をまとった、褐色のシフォンケーキ。栄一郎の前には抹茶の粉をまとったシフォンケーキが置かれる。
一緒に運ばれてきたミルクティを一口飲むと、ざわざわしていた都の気持ちもようやく落ち着いた。
「シフォンケーキ久しぶり。」
いただきまーす、とフォークを口に運ぶ。
フルーティーで爽やか、そして少しスモーキーな香りが口の中にふわっと広がる。
「ん。弾力ふわふわ!それにしっかりアールグレイの香りがする。」
栄一郎も頷き、
「ぼくのもしっかり抹茶の風味。」
二人で顔を見合わせると、思わず「おいしい~」の合唱。
「ここって駅から離れてますよね。カフェができたのも知らなかった。」
「ぼくもこないだ偶然見つけて、でもさすがにオジサン一人で入るの勇気いるなぁと思って……」
確かに。
白とオレンジを基調とした明るい店内は、どう見ても女性向け。けれど日替わりも含めたシフォンケーキの種類は豊富で、思わず目移りしてしまう。
「フリューゲルのバイトが終わったから、甘いものご馳走します」という栄一郎からの連絡を受けたのは昨日のこと。
今日は授業が早く終わるのもわかっていたし、甘いものの誘いを断る理由もなかった。それに結果として話を聞いてもらえたので、動揺しまくりだった都の気持ちもすっかり落ち着いた。
「そういえば早瀬さんには会った?」
「ううん。だけど昨日、リュートが友達の手紙持ってきてくれたから。」
早瀬が戻ったのは知っていると言う。
「まるで交換日記だね。」
「なかなか返事書けないのが、何か悪くって。」
「その友達は、都ちゃんが文字のハンデあること知ってるんでしょ。」
「そうだけど……」
「それでも書きたいから書いてるんだろうし、変に気を遣うことないと思うよ。ぼくも都ちゃんとお茶したいと思って誘ってるだけ……だったけど、もしかして迷惑だった?」
「全然!」
ぱたぱた手を振る都に、栄一郎は「良かった」と微笑む。
「都ちゃんは自分評価が厳しいよね。さっきの話も、都ちゃんを魅力的に思う人がいるのに認めないし。」
「だって絶対おかしいもん。それに自分評価なんてしたことないし……」
「でも最近“自分なんか”ってフレーズ使わなくなったよね。」
「それは……リュートが怒るから。自分を卑下するな、って。でもでも!自信なんて全然ないですよ!」
んー、と栄一郎は思案する。
「たとえば卑下するのがマイナスで、自信がプラスだとしたら、今はスタート地点って感じ?」
「んーと、そう……なのかな?」
「じゃあこれからプラスになる楽しみがあるわけだ。」
にっこり笑う栄一郎に、都はきょとんとする。
「ええと……なんか騙された感じ?」
「騙してないよ。そう考えるとヤル気出るかな、と思っただけ。気に障った?」
「逆です。もしお母さんだったら、もっと変なこと言っただろうなと思って。」
「たとえば?」
「えーと……今日のことだったら、男子のあしらいくらいできるようになりなさい……かな?でもお母さんのことだから、逆にもっとモテる女になりなさい……とか。」
「あはは。それいいね。娘にそう言える母親、ぼく好きだなぁ。」
「想像ですよ。」
「でも言いそうなんでしょ?」
うーん、と気のない返事。
「そうなんだけど……じゃあお母さんはどうだったんだろうって考えると、やっぱりわかんないんですよね。男の人と仕事すること多かったし友達も多かったけど、特定の人とお付き合いってなかったから……」
「都ちゃんに気を遣ってた、とか?」
「だったら家で酒盛りなんてします?栄一郎さんだって冴さんの飲みっぷり見てるじゃないですか!あれの二人分ですよ!」
「それはうちの奥さんも同じだからなぁ。」ノーコメント、と言う。
「それにギャラリー無限大の美帆子さんにも言われたけど……一人で子供育てるって、覚悟がいったと思うんです。親戚とも揉めたみたいだし……それでも納得できる相手だったのか。それとも、なるようになった結果なのか……。」
「うん?」
「口癖だったんです。なるようになる……って。」
「なるようになる……か。自分に言い聞かせるような言葉だね。」そう言って栄一郎はもう一度言葉を呟く。
「ぼくも上手く行かないとき、自分に言い聞かせてたよ。大丈夫、もうちょっと、って。」
「そう……なんですか?」
「病気なんて誰のせいでもないから、特に治療中はそうやって自分を励ましてた。何となくだけど、それに似てる気がするな。それになるようになった結果だとしても、お母さんが望んだから、都ちゃんは今ここにいるわけでしょ。」
「だったらどうして……冴さんにもわたしにも相手のこととか話さなかったんだろう。」
口をついて出たのは、ずっと心の中で考えていたこと。
「知りたかった?」
栄一郎に聞かれて、都は一瞬考える。
「どうでもいい人だったら知りたくない。でも……お母さんの好きになった人だったら……やっぱり知りたい。」
母親が亡くなったとき、もう聞くことができないと諦めた。けれど自分自身に好きな人ができ、その人と一生を共にしようと決めた頃から、諦めきれない思いが頭の隅にあった。
「今だったら、怒られてもケンカしても、教えてって言ったかもしれない。」
いまさらだけど、と苦笑する。
そんな都に栄一郎は「そんなことない」と優しく微笑む。
「都ちゃんが知りたいと望んでれば、わかるときが来るよ。きっと。」
またもやこちらに戻りました。
そして次回も更新は火曜日です(^^




