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第十七話

「カズトおじさまから声が届いたの、久しぶりね。」

 向かいに座っている父にヘンリエータは言った。

 膝の上では大役を終えたばかりの銀竜(ぎんりゅう)が、主人である彼女の手に顔をこすりつけ甘えている。

「こちらに戻ってるとは聞いていたが……相変わらず忙しそうだな。」

 娘の言葉に同意しながら、キルム・ハンヴィクは送られてきた友人の声を頭の中で反芻した。

 かつては黒かった、今は白い髪をなでつけると、茶色の瞳を遠くに向け思案する。年のせいかかすれがちの声は、ときどきくぐもって聞き取りにくいが、家族や近しい人は慣れているので不自由が生じることはない。

 その証拠に、居間の外で話を聞いていたはずのハンヴィク夫人が入ってくるなり「あら!」と声を上げたのだ。

「カズトはガッセンディーアにいらしてたの?」

 言いながらハンヴィクの隣に腰掛ける。

 年齢(とし)相応にふくよかな彼女と痩せぎすのハンヴィク家の当主がそうやって並ぶと、否応なく目立ってしまうらしい。性格もハンヴィクが収集家らしく几帳面なのに対して、夫人は大らかで朗らか。

 もっとも一人娘のヘンリエータから見れば、それがちょうどいいのだという。

「奥方がガッセンディーアにいるんだ。用があれば戻るだろう。」ハンヴィクは呆れたように妻を見る。

「でもあなたに会わずに済ませるなんて……」

「議長に捕まったので、訪問できず申し訳ないとわびてきた。」

「ガイアナ議長が相手では仕方ないわね。」

「だが次に戻ったら、こちらを訪問したいそうだ。トラン・カゥイとセルファ・アデルが世話になった礼をしたいと言っていた。」

「カゥイ先生が来るようになって嬉しかったのは、お父さまよね。」くすくすとヘンリエータが笑う。

「カズトには、むしろこちらからお礼を言わなくてはいけないわね。」ハンヴィク夫人も大きく頷く。

「それは大げさだろう。」

「最近カゥイ先生がいらっしゃらないと、ぼやいていたじゃありませんか。」

「私よりヘンリエータが寂しがってる。」

「わたし……そんな……」矛先が自分に向いてヘンリエータは慌てた。

「トランは優しい方です。それに……トーアをかわいがってくれるから……」

 名前を呼ばれた銀竜が、膝の上で「くぅ」と鳴いた。

 彼が最初のこの家に来たときも、この銀竜は同じように喉を鳴らして彼に挨拶した。そして彼も、そんな銀竜に声をかけ優しく接してくれたことを思い出す、

 彼がどんな容姿か、目の見えないヘンリエータにはわからない。

 けれど要領を得た言葉遣いや、けっして自分の目のことに触れない心遣い、なにかに集中しているときの近づきがたい気配、そして父と意気投合して議論を交わす高揚した声を聞いていれば、彼の人となりはよくわかる。きっと仕事場でも、子供のみならず大人たちの信頼を得ているのだろうと予想がつく。

「そうだ!」とハンヴィク夫人が胸の前で手を合わせた。

「お祭りのとき、カゥイ先生にガッセンディーアの家に来ていただくのはどうかしら?安息日なら、こちらに来られるのでしょう?」

「カゥイ先生がお忙しいのは知ってるでしょう?」ヘンリーエータが怒ったように言った。

「あら、お祭りは特別よ?」

「そうでなくて……」

「それ以前に今年の祭りはどうなるか、わからんぞ。」

「長老様のこと?」

 そんなところだ、とハンヴィクは頷く。

「恐らくカズトがガッセンディーアに戻ったのも、その辺の話が絡んでるんだろう。」

「でも、カズトおじさまだって、とっくに引退しているのでしょう。」

 何より彼が評議会に関わってるとは聞いていない。

「カズトはあの通り辺境の出だ。軍に入るときひと悶着あったと聞いてるから、評議会と繋がりがあってもおかしくない。あくまで想像だがね。」

「お友達なのにご存じないの?」ハンヴィク夫人が不思議そうに夫を見る。

「友人だからこそ、踏み込んでいけない領分がある。それに私とカズトは同好の士だ。互いの立場より、興味を論ずることが楽しくて仕方ないんだよ。」そこまで言って、ハンヴィクは一瞬考える。

「あるいは……ヒューなら事情を知ってるかもしれん。奴は私よりもカズトとの付き合いが長いからな。」


 階段を下りたところで、ヒューゲイム・ダールは足を止めた。

「父さま!」

 明るい茶色の髪に、青い瞳の少女が真っ直ぐに駆け寄ってくる。

「おおっと!」

 腕の中に飛び込んできた少女を抱きとめると、満面の笑みが彼を見上げた。

「お帰りなさい!父さま!」

「ただいま、リィナ。少し背が伸びたね。」

「でしょう!」

 リィナリエ・ダールはさっと身体を離すと、父親の前でくるりと回ってみせた。

 風除けの眼鏡こそつけていないが、革の上着にくるぶしまでの編み上げ靴、それにズボンという竜に乗るためのいでたちである。癖のある長い髪は編み上げていて、けれどそんな格好でも、三年前に別れたときよりもずっと娘らしくなっていた。

 そう言うと、リィナは「当然よ!」と腰に手を当てる。

「あたしだってもう十七なんだから!それより母さまは?」

「買い物に出てる。すぐに戻るよ。」

 ヒューゲイムは言うと、娘の背後に控えていた人物に目を向けた。

 軍服姿の女性が目礼する。

「ご無事でお戻り何よりです、ヒューゲイム・ダールどの。」

「娘を連れてきてくれてありがとう、クラウディア・ヘザース。」

 一通りの挨拶が終わると、リィナは着替えるために荷物と共に両親の滞在している部屋へ、そしてヒューゲイムとクラウディアはそのまま談話室へ移動した。

 幸い昼間なので、他に人はいない。

 クラウディアは懐から書簡を出すと、丁寧に机に並べた。

「ガイアナ議長より預かった手紙です。できればすぐにお返事をいただきたいとのこと。それからこれはオーディから、こちらはフィマージ家から預かりました。」

 ヒューゲイムは息子からの手紙を手に取り、見慣れた筆跡を確かめる。

(せがれ)の手紙には返事は?」

「特に聞いてません。フィマージ家はガッセンディーアに戻ってからで構わないそうです。」

 ヒューゲイムは頷くと、ガイアナからの手紙を紐解いた。

 一読し、考え、もう一度ゆっくり目を通す。

 その仕草は彼の息子、そしてクラウディアの幼馴染で同僚のオーディエ・ダールを思い起こさせる。もちろん親子なのだから当然だが、娘のリィナリエと末息子のショウライナは髪の色も瞳の色も、華奢なつくりも彼の妻にそっくり。ところが長男のオーディエは瞳の色こそ母親譲りだがそれ以外、黒い髪も背が高くごつい体型も、それに声までもヒューゲイムに似ている。

 彼は手紙の内容を把握すると、書物机の前に座った。紙を広げ、クラウディアに背を向けたままペンを走らせる。しばらくそうしていたが、ふと手を止めると思い出したように訊ねた。

「そういえば、竜はどうした?」

「駐屯地に待機させてきました。たまには暖かい地で休むのも悪くない……と。」

「そう同胞が言ったのか?」

「そんな顔をしていました。」

 なるほど、とヒューゲイムは頷く。

「ラグレスに連なる技量は伊達でないな。リュートはカズトのところに行っているそうだな。全然戻ってないのか?」

「いえ。時折こちらに戻ってます。それに昨日まで伯父もガッセンディーアに戻っておりました。」

 ヒューゲイムが振り返る。

「カズトが?」

「ええ。」

「頻繁に戻ってるのか?」

「ここ最近は。合間にセルファが書簡や書類を届けています。」

 一瞬、思案する表情。

「もし……カズト宛の手紙を君に預けたら、届けてもらえるだろうか。」

 意外な申し出にクラウディアは少し驚く。けれど笑顔で頷き、

「私と弟が責任を持ってお届けします。」

「ならば頼むことにしよう。」

 それからしばし、クラウディアが甘い香りのお茶を堪能する間、ヒューゲイムはペンを走らせた。

 書き上げた手紙をクラウディアに託すと、二人は宿の中庭に向かった。

 明るい南の日差しの中、鮮やかな花が咲きほこる。その中で、(ドレス)を着替えたリィナと妻がさざめき合う姿は、まるで絵のようだった。何よりそうやって並ぶ二人を見るのは三年ぶりで、ヒューゲイムの口元も自然に緩む。

 リィナが気付いて二人に駆け寄った。

「御用は済んだの?」

「ええ。これから預かった手紙をガイアナ議長にお届けします。」と、クラウディア。

「本当に、もうガッセンディーアに戻っちゃうの?」

「隊が忙しいのはリィナも知ってるでしょ。無理を言ってはだめよ。」

 へセルノ・ダールは娘をたしなめると、クラウディアに娘を引率してもらった礼を述べる。

 異国の血を引く彼女は、抱きしめれば折れてしまいそうなほど細く、肌の色も透き通るよう。顔にかかる明るい茶色の癖毛がふんわりと顔を縁取り、柔らかな印象を与える。

 若くしてヒューゲイムと契約を交わしたときは、もっともっと(はかな)げだったと、クラウディアは母から聞いている。

「アデル商会の方々にもよろしく伝えて下さい。ガッセンディーアに戻ったら、必ずお伺いしますと。」明るい青い瞳が微笑む。

「次に会うのは聖堂(せいどう)かしら。」

「そうですね。オーディも最近は聖堂にいることが多いですし……リィナはそれまで、ご両親にいっぱい甘えなさい。」

「そんな年じゃないわ。」もうっ!とリィナリエは唇を尖らせる。

「それより!ミヤコが来るってわかったら、ちゃんと教えてね!」

「もちろん。」

「ミヤコってどなた?」ヘセルノが首をかしげた。

「リュートの婚約者よ。お友達になったの。」

「契約の儀を行うとは聞いているけれど……」

「リィナより一つ年上なんだそうな。カズトと同じ国の娘さんらしい。」

 ヒューゲイムの言葉を肯定するように、クラウディアが小さく頷く。

 リィナが気づかぬほどささやかなやり取りだったが、それでヘセルノは全てを了解した。

「その方、今はまだお国にいらっしゃるの?」

「学業がありますので。けれど長期の休暇の折には、ラグレス家に滞在してます。」

「辺境の出だけど物凄く勉強家なの!」

 母親の言葉を懸念(けねん)だと思ったのか、慌ててリィナが言った。

「髪も真っ直ぐで綺麗で、肌も綺麗で、銀竜の名付けもしてるし……とにかく、素敵なお友達!」

「リュートにはもったいないくらいだと、エミリア伯母も言ってます。」

 ヘセルノは笑った。

「エミリアが言うなら確かね!じゃあ今度会うときは、紹介してちょうだい、リィナ。」

 母親の言葉にリィナは大きく頷いた。

「もちろんよ!」

初登場多し・・・の回になりました。

人が増えてますが、もちょっとお付き合いください。

次回も火曜日更新予定です。

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