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第十五話

「さすがに溜まったな……」

 うーむ、と竜杜(りゅうと)は腕組みする。

 目の前には山積みになった郵便物。

 その隣に座るフェスが、首をかしげる。

 父親がラグレスの家に戻って数日。

 その間届いた早瀬(はやせ)宛の郵便物が、思いのほか山積みになってしまったのである。

「思い悩んでも仕方ない。」

 竜杜は郵便物をかき集めると二階の父の部屋に向かった。

 戦前昭和に建てられた早瀬家の母屋は一階が和洋折衷、そして二階は和室で構成されている。食事や風呂といった日常生活は一階だが、それ以外のプライベートな時間は早瀬が二階で、竜杜は一階で過ごすのが常。もちろん親子なのだから不可侵条約があるわけでないが、よほどの用がない限り互いの部屋に入ることはない。

 突き当たりの角部屋の引き戸を開け。やけに圧迫感のある部屋に足を踏み入れる。

 本人が見れば、どこに何があるのかわかるのだろう。ぐるりと部屋を囲む腰高の棚にはペーパバックや文庫本、それに竜杜には使い方もわからぬプレーヤーとレコードが詰まっている。ちなみに寝室(ふすま)は襖で仕切られた隣の部屋で、そちらは生活に必要な物しかない。

「この辺に置いておけば気がつくだろう。」

 竜杜は父がレコードを聞くときに愛用している低い椅子の座面に、郵便物をまとめて置いた。

 ふと、目を上げた先に写真立てがあることに気づく。

 妙な違和感を感じ、写真に顔を近づける。

 背景から察するに庭に面した縁側で撮られたものらしい。一人はどうやら栄一郎(えいいちろう)の妻、宮原笙子(みやはらしょうこ)の若き日の姿で、その隣に同じように腰掛けている女性は、不機嫌なのか不慣れなのか緊張した面持ちでレンズをじっと見つめている。

「……母さん?」

 それは母エミリアの若い頃の写真だった。

 竜杜は違和感の正体が彼女の髪型だと気づく。

 彼が物心ついたときから今に至るまで、母は長い髪を束ねるか結い上げていることがほとんどで、けれど写真の中のエミリアは耳の下で髪を切り揃えた、いわゆるボブカットに近い。着ているのも明らかにこちらの服なので、家出してこの家に滞在したときに撮ったのだろう。

「勢いで切ったのか?」

 それともこちらの世界に合わせたのか。

 廊下でフェスが鳴いた。

 慌てて部屋を閉め階下に下りると、ちょうど電話が鳴る。

 ダイニングテーブルの上の子機を取ると「もしもし」と、ためらいがちな声。

(みやこ)?」


「うん……もしかして忙しかった?」風呂上りの部屋着でベッドに腰かけた都は、受話器の向こうの相手を思いやる。

 ”いいや。俺も声が聞きたかった。”

「仕事中?」

 ”片づけ中。明日、父親が戻ってくる。”

「そうなんだ。」

 ”それより都、聞いてもいいか?”

「……なに?」

 婚約者からの改まった質問に思わず身構える。

 ”高校に入ったとき、どうして髪を切ったんだ?”

「へっ?」

 ”大地(だいち)が言ってた。長いのしか見たことがなかったから、入学式でわからなかったと。”

波多野(はたの)くん情報かぁ。」

 びっくりしたぁ、と都は肩の力を抜く。

 ”今より長かったのか?”

「今も伸びたけど……」都はまだ湿っている細い髪を引っ張る。

「もうちょっと長かったかな。あ、切ったのは失恋とかじゃないよ。」

 一瞬の沈黙。

 ”失恋と髪、関係あるのか?”

「そういうの日本だけの話か。ええと、自分を変えたかったのかな。」都は傍らで舟をこいでいるコギンの背をなでた。

「中学まで、お母さんとか(さえ)さんに結わくの手伝ってもらったんだけど、さすがに高校生になったら頼めないし……それで切った気がする。」

 ”覚えてないのか?”

「半分、勢いだったから。それにわたし短いのあんまり似合わなくて、ちょっと後悔したんだ。そういえば、波多野くんのおばさんにすごくびっくりされたかも。でもそれ言ったら、リュートも長かったよ。」

 ”向こうではそれが当たり前だったんだ。”

「わかってる。」

 向こうの世界では男性の長髪は珍しくない。特に竜に乗る一族は、出会った頃の竜杜と同じように首筋で束ねるのがほとんど。けれど当時は彼の事情など知りもしなかったので、ただただ変わった人だと思っていた。

 ”誰かさんに怖がられてたのは、わかってたからな。”

「それ、わたしのこと?」

 さぁ?という声。

 もうっ!と都は唇を尖らせる。

「それ嫌味っていうんだよ。」

 受話器の向こうで、そっと笑う気配。

 ”長いまま店の手伝いするわけにいかなかったから、ちょうど良かったんだ。フリューゲルの三代目が非常識と言われても困るだろう。”

「でもそれ、日本での常識。」

 ”短い分には、飛ぶのに支障ない。”

 もちろん、今の都はその言葉の意味もちゃんとわかっている。

 そんな風にしばらく会話が続き、間もなく日付が変わろうというところで都は受話器を置いた。

「おやすみ」という優しい言葉を聞きながら。


「日本での常識……俺も相当、考え方が日本人になってきたか。」受話器を戻しながら竜杜は一人ごちる。

「フェス?」

 声をかけると、すでに銀竜は縁側の籐椅子の上で丸くなっていた。抱き上げて自室のベッドに連れて行く。

 一瞬考えて、椅子の背にかけてあった上着を手に取った。

 戸締りを確かめて外に出ると、十二月の冷たい空気が頬をなぶる。

 こちらで冬を過ごすのは三度目だが、ラグレス家のあるガッセンディーアの冬に比べればだいぶ穏やかに感じる。もっとも季節は逆なので向こうは今、初夏の頃。実家の温室も賑やかなのだろうと想像する。

 シャッターの閉まった商店街を抜け、駅前を照らすコンビニの角を曲がる。線路に沿って暗い道を少し歩くと、ぼんやり浮かび上がる「インヴァネス」の電光看板。照明の落ちたブティックの脇にある階段を下り、地下の扉を押し開く。

 コンクリート打ち放しの店内に流れるのは控えめな音量のジャズと柔らかな明り。平日の夜中のせいかカウンターにいるのは一人だけで、それとテーブルにいる二人は竜杜も知る商店街の店主達であった。

「こんな時間に珍しいね。」

「一杯だけ飲みたくなって。」カウンター席に座り、お気に入りのアイラモルトを注文する。

「早瀬はまだ奥さんのところ?」

 店主兼バーテンの古関(こせき)が、ウィスキーのグラスと水の入ったグラスを竜杜の前に置く。

「明日、戻るそうです。」 

「早瀬が長く店を離れるのも珍しいけど、君がいるから安心してるんだろうな。」

「どうでしょう。」

「あいつが店継いでること自体、予想外と言えば予想外なんだけど……大学受験のときもいきなり志望を変えたらしいし、結婚したのも急だったから。宮原から聞いてびっくりしたもんさ。」

 古関は父、加津杜の中学時代の同級生なのだ。

 竜杜がこの店に通うようになったのは、彼や父と中学時代から縁がある宮原笙子につき合わされたのがきっかけだった。なので詳細はもちろん秘密だが、大まかな早瀬家の様子は古関も知っている。

「そういえば、奥さんはこっちの家に来ないんだね。」

「忙しい人なので。母とは会ったこと……」

「宮原から話を聞いただけ。結婚前に早瀬の家にしばらくいたんだろう?」

「と、聞いてます。」

「初恋相手追っかけるなんてどんだけロマンチストかと思うけど、それも早瀬らしいんだろうな。」

「おかげで周りは大変だったらしいです。店のこともある日突然、フリューゲルを継ぐからって仕事を辞めて。」

「あ、やっぱり唐突。」

「ええ。」

「奥さん、怒らなかったの?」

「母親は感づいてたんだと思います。」

「さすが。」

「俺は……全然気づかなかった。」

「子供に気づかれたら、親の立場ないよ。」

「今ならそう思うけど……あのときはそれなにりショックだった気がする。」

「しっかり者の竜杜くんでも、そんな時期があったんだ。」

「少なくとも、酒は飲めませんでしたよ。」

 それに今まで、両親の立場など考えたことがなかった。

 なぜ母が髪を切ったのか……それ以前に何を思ってこちらに家出をしてきたのか。

 あの写真を見たせいか、そんな疑問が思い浮かぶ。

 それに都と交わした会話も、少なからず影響しているようだ。

「お母さんが友達多いのは知ってたけど、わたしは関係ないって思ってた。」そう言って、彼女は今日あったことを話す。

「でも写真展の話が進んで、三芳(みよし)さんみたいな教え子とかお友達もヘルプしてくれて、お母さんはいないのに、なんか物凄く存在を感じるの。いないんだけど、やっぱりいるんだっていう感じ。えーと、変なこと言ってるよね?」

 電話の向こうで、そっと首を傾けている様子が目に浮かぶ。

 それに都が言わんとしていることは、竜杜にも覚えがあった。

 店長代理として店に立っていると、どうしても父と比べられることが多い。それは気づいていたが古株の常連が相手になると、父を通り越して祖父の話が飛び出すのである。

「どの味も甲乙つけがたいし、それぞれ楽しめるのはありがたいねぇ。ただときどき、先代の味が無性に懐かしくなるんだ。」

 そんなことを言われたら、竜杜は黙って笑顔で返すしかない。

「まさか店に立って祖父(じい)さんのことを意識するとは思わなかった。」

「同じようなこと、早瀬が言ってたよ。」

 ぼやく竜杜に古関が言った。

「こっちに戻って半年くらい経ったときかな。ようやく店を再開した頃だったと思うけど……やっぱり同じようなこと常連さんに言われたんだろうね。親父が死んで随分経つのに、まったくかなわない、って。」

「俺だけじゃなかったのか。」

「でもそうやって死んでも引き合いに出されるっていうのは、いい生き方をした結果なのかもしれないな。」

 そこまで言ってテーブル客に呼ばれたので、古関はカウンターを出た。

 確かに祖父の例を考えれば、それはいい結果なのかもしれない。

 それに向こうの世界でも、未だに「カズトの息子」と呼ばれることが多い。それは父が努力し、さまざまな人と関わった結果なのだろう。それが嫌だというわけではなく、むしろ竜騎士として門番としての役目をまっとうしているのは誇らしい。

 その反面、やはり彼がどうしてそこまでの地位を捨ててこちらに戻ったのか。そもそもそこまでの打算があって母を追ったのか。

 考えれば考えるほど、自分は両親のことを実はよく知らないのではないかと思う。

 きっちりウィスキー一杯分の思索を過ごすと、竜杜は店を出た。

 すでに終電が終わっているので、街は静まり、時折すれ違う人も皆、足早である。

 母屋の入り口で、鍵を出す手をふと止める。

 空を見上げると、澄んだ冬の空気の中で星が瞬いている。

「新月……か。」

 だからいつもより星が見えるのだと気づく。

「月が一つしかないのも不便だな。」

 たとえ光を放たない月でも、あればそれなりに明るいのにと思いながら、その部分は日本人的発想でないことに気づく。

 そっと苦笑する。

「俺もまだまだだな。」

本日も読んでいただきありがとうございます。

身辺凄くバタバタしてるのですが、週一の更新は死守します!

ということで、次回も火曜日更新予定です。

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