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第十四話

「待った?」

「おう!待ったぞ。」

「って口実で飲んでた。」

 悪い悪い、と言いながら小暮冴(こぐれさえ)は空いた席に座る。

 都心の繁華街の居酒屋は週末のせいか、会社帰りのサラリーマンでごった返している。かく言う冴も現場から直接来たので、パンツスーツに資料の詰まった紙袋持参のいでたち。

 追加のビールが来るのを待って、改めて三人で乾杯する。

「この三人で会うの、ホント久しぶりだよね。」

 冴の隣に座る長谷川和夜(はせがわかずよ)がしみじみ言った。

「カズはともかく、もっちーと会うの久しぶりよね。ゼネコンの中間管理職じゃ、忙しいの当たり前だけど。」

 冴の言葉に望月匠(もちづきたくみ)は「まぁな」と頷く。

「けど事務所の経営者だって大変だろ。雑誌載ったの、見たぜ。」

「ありがと。あれうちの若手の担当。もともと住宅やってたから、思い切って任せたの。」

「どうりで、戸建てのリノベなんて珍しいと思った。」

「その前にあった住宅コンペは惨敗だったけど、こっちで結果よしだから本人も自信になったんじゃないかな。それで?もっちーが声かけてくるなんて珍しいよね?」テーブルに肘を付き、冴は斜め向かいの相手を見る。

 すでにネクタイを緩めワイシャツの袖をまくっている姿は、立派な日本のサラリーマン。そして学生時代にラグビーで鍛えた体格の良さは相変わらず……否、腹回りが明らかに太っている。

「これでも痩せたんだぜ。」望月は枝豆を口に放り込みながら言った。

「さすが四十代。カズは変わんないよね。」

「この十年間、息子三人の尻追いかけてたもん。運動量バッチリ。」

「オレだって子供に付き合ってるぜ!」

「どーせ休日限定でしょ。」

 学生時代と変わらぬ気安い口調に、気持ちもほぐれる。

「ま、お互い順当に中年になってるってことで、でも珍しいのはホントでしょ。」

「まぁ送っても良かったんだけど、どうせなら呑むのもいいかと思ってさ……」

 望月は空いた席に置いたカバンをごそごそ漁ると、会社名の入った書類封筒を冴に渡す。中身を引っ張り出すと、出てきたのは数冊の本。

「あたしんじゃないわよ。」冴は顔をしかめる。

木島(きじま)に借りて返しそびれた奴。」

「確かに仏像入門とか、京都の寺社仏閣とか……朝子(あさこ)が取材資料に使ったっぽいけど、なんで今頃?」

「実家処分するんで片付けたら出てきた。結婚したとき実家に送った荷物に入ってたらしくてさ。一応、小暮に確認してもらおうと思って……」

「私んとこに連絡が来たの。冴、研究室のOB会も来ないでしょ。だから直に連絡していいかどうか迷ったんだってさ。」

「そういや……喪中ハガキ来てたっけ。」

「そりゃ去年だろ。一昨年親父死んで、お袋一緒に住むことになったんだよ。姉貴と死にそうになりながら片付け終えたトコ。」

「一軒家は大変だよねー。」うんうん、と和夜も頷く。

「うちもリフォームの仕事多いけどさ、長年住んだ家は物が多くて大変だよ。」

「みんながんばってるんだ。」

「微妙な奴もいるけど……ってっ!」

 鈍い音がして望月が(すね)を押さえた。どうやらテーブルの下で和夜が彼を蹴ったらしい。

 冴はそっと息を吐き出し、

「岸本事務所のこと?」

「知ってたのか。」

「こないだ香織(かおり)から聞いた。」

染織(せんしょく)専攻に先越されたかー。くー。」

「口惜しがるより遠慮しろって言ってるの!」

 和夜の気遣いに、冴は「大丈夫」と微笑む。

「むしろ今まで事務所が回ってたことにびっくりしてるわよ。先生亡くなって五年?どう考えてもあの男、経営者の器じゃないし。」

「そりゃそうだけど……あんとき何事もなけりゃ、小暮が事務所継いでたかもしんないんだぜ。」

「アレがあったから、今のあたしがあるの。」

 冴はジョッキをぐいっと飲み干すと、揃いのTシャツを着た店員に同じものを頼んだ。

「痛い目見たから仕事に集中できたし、優秀なスタッフも確保できた。」

「そういや岸本事務所の後輩連れてったんだっけ。」

「おかげで思ったより早く事務所を軌道に乗せることできたし、内装メインって言っても幅広いから楽しいわよ。なによ。」

 まるで不思議な生き物を見るような望月の様子に、冴は怪訝な顔をする。

「いや……昔よりパワーアップしてると思って。あれだけの目に遭ってそれ言えるって、やっぱ小暮はすげーな。」

「むしろ朝子が死んだときのが痛手だったの。ビジネスパートナーがいなくなれば、即戦力が減るの実感したし……それに比べたら男に裏切られるなんて大したことないし、所詮その程度の男だったのよね。逆に良かったと思ってる。」

「そういえば木島の娘、まだ一緒なんだよな?」

(みやこ)ちゃん、高校生だっけ?」和夜が指折り数える。

「うん、高三。」

「もうそんなかよ!んじゃ受験生?」

「一応ね。」

「この先も同居続けんのか?」

「いや、お嫁に出すから……」

 ああ、そうと言いかけて望月は「ええっ!」と目を剥く。

「嫁ぇ?」

 その声があまりにも大きくて、一瞬、隣のテーブルがシンと鎮まる。

 慌てて望月は頭を下げた。

「たく、相変わらず声おっきぃんだから。」冴が苦笑する。

「すまん……じゃなくて……マジで結婚すんの?」

「年齢的にクリアしてるでしょ。」

「や、そうだけど……まさかデキ婚とか……」

「あたしが許さない。」

「でも相手って当然年上よね?」

「九歳年上。」そう言って冴は早瀬竜杜(はやせりゅうと)とその実家の喫茶店のことをざっくり説明する。

「幸いお父さまもしっかりしてらっしゃるし、進学すること視野に入れたらこのままあたしの世話するよかいいと思ったの。」

「っかし、あの引っ込み思案な子がねぇ……オレ、いっつも怯えられてたんだぜ。」

「あんたの声がでかすぎただけ。」

「小暮が結婚許したのもびっくりだけど……」

「バトルあったりして。」

「想像に任せる。」

「冴から見ていい男?」

「見てくれはいいんじゃない?ときたま愛想がないけど。あと日本で教育受けてないから、ときどき変人。」

「うわー、気になる。」

「コーヒー飲みに行けば拝めるわよ。フリューゲルにね。」


 玄関に入ったとたん、爽やかな香りに包まれた。

 そのままリビングダイニングを覗くと、エプロン姿で鍋と格闘している都の後姿。

「ただいま。ジャム作ってるの?」

「うわわ、おかえりなさい!今、手が放せなくて……」

「そのまんまでいいわよ。」

 冴は荷物をその場に置くと、自室に戻って楽な格好に着替える。ついでにメイクを落として再びダイニングに戻ると、都はすでにコンロから離れてお茶の支度をしていた。

 テーブルの上には金色熱々のジャムと薄いクラッカーが添えられていて、ひとまず淹れたてのほうじ茶でホッと一息つく。

「苦くない柚子ジャム作ってみたの。気分転換っていうか……」

「早瀬さんちの庭の柚子?」

「うん。リュートが収穫しといてくれて、波多野(はたの)くんと分けたから。レシピは栄一郎(えいいちろう)さんに教えてもらった。」

 都の幼馴染でクラスメイトの波多野大地は、フリューゲルと同じ商店街にある酒屋の息子である。

「波多野くんはお酒とシロップ漬け、作るって。」

「酒、飲めないじゃない。」

「施設にいるお祖父さんに差し入れするんだって。まだ残ってるけど、来週使うからそのまま。」

「そういや冬至か。それで、コギンはなんでいじけてるの?」

 テーブルに敷いた専用クッションに、なぜか背中を向けて座る銀竜(ぎんりゅう)を目で示す。自分の名前が出ると尻尾の先をウネウネ動かすのは、ちゃんと二人の会話に聞き耳を立てますよーというアピールらしい。

「わたしが怒ったから。だって火使ってるのに甘えてくるんだもん。危ないでしょ?」

「この子、火噴くんじゃなかったっけ?」

「そういう問題じゃなくて!危ないことは危ないって教えないとダメなの。」

「常識的に考えればそうだわね。」冴はジャムを乗せたクラッカーをかじる。

「うん、おいしい。」

「ホント?」

「ホント、ホント。成功でいいんじゃない?コギンも、いらないんなら全部食べちゃうわよ。」

「ぎゃおう!」

 コギンは飛び上がると冴の前に着地して、鉤爪のついた小さな手を差し出す。

 新しくジャムを乗せたクラッカーを渡すと、ぺこりと頭を下げて大きな口ではくっとかじる。おいしそうに金色の瞳を細めるその様子に、冴と都は顔を見合わせる。

「もー、食いしん坊なのは誰に似たんだろう。」

「わかりやすくて、いいじゃないの。と、そうだ。」

 冴はリビングに放り出してあったカバンから手帳とファイルを引っ張り出すと、都に言った。

「都ちゃん、もっちー……望月くんって覚えてる?あたしと同じ建築だった。」

「えーと……声おっきいひと?」

「そう、ラグビーやってた。どうも香織が発信元らしいんだけど、写真展のこと聞いたんだって。」

 それは三芳啓太(みよしけいた)が、自分の店であるギャラリー(むげんだい)で企画している木島朝子の回顧展のこと。もちろん秘密にするつもりもないし、むしろ皆に宣伝を頼もうと思っていた矢先、思いがけないことを望月に言われたのである。

「有志でささやかながらカンパしたいんだ。」

「そりゃありがたいけど……名目は?」

「あの当時、けっこう木島と小暮には世話になってたじゃん。」

「そーそ。電車逃したら泊めてくれたり、飲み会で集まったり……」

「今思うと子供小さいのに、すんげー迷惑だったよなって。」

「いつかいお礼しなきゃってみんなで言ってたのよ。」

「でも、実行する前に木島がいなくなっちまったじゃん?だから回顧展の話聞いて、お礼代わりに加担したいと思ったわけ。」

「凄い出せるわけじゃないけどギャラリー代の足しにできればと思って。まだ途中だけど、こんなとこ。」

 そう言って渡されたのリストのコピーを、都の目の前に広げる。

「連絡とって了承してくれた人だって。」

「こんなに?」並んだ名前の多さに、都は驚く。

「ほぼ、うちで飲んだことあるか泊めたことある人たちね。」

 はぁ、と都は妙な感心をする。

「ええっと、要するに冴さんがオッケーしたってことだよね?」

「拒否しようにも、本人いないじゃない。」

「それはそうだけど……」

「それに、みんなの気がそれで済むなら、いいんじゃないかって思うのよね。もちろん、作業責任者の三芳さんに報告して……って都ちゃん嫌だった?」

「全然!」都はふるふると首を振る。

「そうじゃないけど……なんかびっくりして。お母さん……凄い。」

「いまさら何よ。」

「だって、いなくなって三年も経つのに、こうやって友達が応援してくれるんだもん。」

「……そうね。」

「なるようになるって……なんか実感する。」

「懐かしいフレーズ。でもたしかに、そうかもしれない。」

 冴の言葉を聞きながら、都はもう一度リストに目を落とした。

久しぶりにこっちの世界です。

そして作者は久しぶりに風邪をひきました。

ということで、来週も火曜日更新です。

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