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第十一話

「ラグレスのおじさん!」

「久しぶりだね、キャデム。制服姿、似合ってるよ。」

「じゃなくて、どうしたんです?」

 面会室の、机を挟んで向かい合う椅子に腰掛けながら、キャデム・カイエは灰色がかった青い瞳をまん丸にする。

 ハヤセ・ラグレスは同郷の幼馴染リュート・ラグレスの父親で、もちろんキャデムも子供の頃から世話になっているが、十年前から一人辺境の郷里に戻り家業を継いでいる。ガッセンディーアに戻るのは年に数えるほどで、キャデムが彼に会うのも七年ぶり。しかもわざわざ職場である公安分署までやって来て、何もないとは考えにくい。

「リュートがどうかした、とか……」

「ガッセンディーアに用事があったんで寄ったんだ。うちの息子に頼まれて事件の写しを渡しただろう。」

 ああ、とキャデムは了解する。

銀竜(ぎんりゅう)の件。」

「うん。僕も読ませてもらったんだが……他にもああいう事件、あるんだろうか。」

「あそこまでひどいのは、あれっきりです。」

「他の地域のことは……」

「さすがに管轄が違うと……どうだろう。」キャデムはうーんと天井を仰ぐ。

「おじさんだから言うけど、銀竜って報告書の上では物扱いなんです。だから拾得物だったり……あの事件は特殊だけど、でも器物破損って扱いだったな。」

「つまり銀竜も(つぼ)も同じってことか。」

「その通り。だから概要を見ただけじゃ……でもそいつを気にするって事は、銀竜の研究が復活したんですか?」

 キャデムは彼が本職の傍ら、小さな生き物の研究にいそしんでいたことを思い出す。

「そうじゃないが気になってね。銀竜がそんな風に扱われてるなんて思いもしなかったから……」

 その言葉にキャデムも同意する。

「オレもここの配属になって何度も銀竜と遭遇してるけど、怯えてる奴らを保護するたんびに腹立つんですよね。なんで無理やり所有物にしようとするのか……そうだ。連合国内で起きた事件を調べてる先生(ひと)がいるんです。犯罪を防ぐ研究してるんですけど……その人だったら他の管轄のこともわかるんじゃないかな。」

「その人、紹介してもらえるかな。」

「差し支えなければ、オレ、聞いときますよ。ここでオレが銀竜担当ってのはその先生も知ってるんで。」

「いいのかい?」

「そのための公安ですから。」

「カイエ!いるか?」

 突然、部屋の入り口で自分を呼ぶ声がしたので振り返る。

「ちょっとすみません。オルフェル巡査長!ここです!」

「客だったか。」

 スマンな、と言いながら四十がらみの男が大股で歩み寄る。

 黒い髪に茶色の瞳、日に焼けた赤銅色の肌と肩幅のあるいかつい体格、それと階級章のついた制服のせいで強面に見える。更に言えば建物中に響きそうな大きな声。

 その頬に一筋の傷が走っていることにキャデムは気づいた。なにか鋭利な物で引っかかれたのか、滲んだ血が生々しい。

「話は済んだので大丈夫です……けどそれ、どうしたんです?」

「ひょっとして、銀竜に引っかかれた傷では?」

 早瀬(はやせ)の言葉に、キャデムは「えっ!」と声を上げる。

「なんでわかる?」

「時間が経ってるのに血も止まらないようですし、そういう傷はそれなりに見てきているので。」

 オルフェルの不審な表情に、キャデムは慌てて早瀬を紹介する。

「いつもオレが銀竜を預けてる幼馴染の……ラグレスの親父さんです。」

「じゃあ、あんたも竜騎士なのか?」あからさまにオルフェルは驚いた。

「元、竜騎士です。今は引退して国に戻って家業に専念してるので。」

「竜隊に異国人がいるって噂は聞いてたが……」

「十年以上前の話なら、僕のことでしょう。」

「それより!銀竜は刺激するなって、言ってるじゃないですか!」

 キャデムの抗議にオルフェルは顔をしかめた。

「まさかそんなのがいると思わなかったんだよ。いいか?住民からの通報では大きな鳥がいるって話だったんだ。そいつが倉庫を荒らすってぇから行ってみりゃ、怯えた銀竜で、しかも買ったはいいけど手に負えなくて自分で倉庫に放り込んだのが真相だ!」

 早瀬とキャデムは顔を見合わせた。

「たく、新人は勝手に迷子になるし……しかもまだ戻ってないっていうじゃないか!これだから南の出は使いづらいんだ。」オルフェルは舌打ちする。

「最近、ガッセンディーアに人が増えたんで、こちらも人員を増やしたんです。」キャデムが早瀬に説明する。

「それで最近来た新人がカーヘルの出で……」

「鍛えてお前くらいになってくれなきゃ困るんだ!」まったく、と大きなため息をつく。

「でもまぁ、元竜騎士がいるならちょうどいい。持ち主が放棄した銀竜をどうすりゃいいか教えてくれ!ああ、その前に袋から出すのを手伝ってくれ!」


「どうしたんですか?」

 神妙な顔をした早瀬に、セルファ・アデルは首をかしげた。

「いろいろあってね……と、他はまだ来てないのか。」

「トランは少し遅れるそうです。」

 早瀬は(ふた)のついた手提げ(かご)を部屋の隅に置くと、手近な椅子にどっかり腰を下ろした。

 彼がやってきたのは旧市街の繁華街を一本入った路地の途中、古い旅籠の建物をそのまま使った店である。ガッセンディーアの伝統料理を供するここは予約客しか受け付けず、けれど個室でゆっくり料理を楽しめるので、早瀬は昔から懇意にしているのだ。通されたのは前回と同じ二階の広い部屋で、一足先に来ていたセルファが早瀬を出迎えた。

 早瀬と一緒に入ってきた真っ白な銀竜が、ふわりと籠に舞い降りる。恐らく何かを運搬するのに使っていた籠は、外側から紐が十字にかけられて容易に開けられないようになっている。その中で何かが息を潜めるように感じるのは気のせいか。

「これは一体なんですか?」

「銀竜だよ。」

「どこで拾ってきたんです?」

「それより、どうも後をつけられたようだ。」

「いったい誰に?」

「可能性はあるが、断定できない。」

「伯父上!」

 どこかのんびりした早瀬の言い方に、セルファは声を上げた。

「冗談でも言っていいことと悪いことがあります!」

 苛立ちを含んだ漆黒色の瞳が彼の母親、ひいては自分の妻にそっくりなことに早瀬は感心する。

 セルファ・アデルは妻エミリアの妹の息子……つまり早瀬の甥に当たる。首筋で束ねた茶色の癖のある髪は父親から、そして漆黒色の瞳は紛れもなく母親のシーリアから引き継いでいる。息子より二つ年上の二十八歳で、隊に属していないが竜を召喚し共に飛ぶことを日常としていて、そのため聖堂と早瀬家の連絡係を任されている。普段はアデル商会の後継者、そして法律顧問として父親の仕事を手伝っており、今日も忙しい中を縫ってこの場をセッティングしてくれた。

 そのことは感謝しているし、だから早瀬とて冗談を言うつもりはない。

「本当だよ。」早瀬は立ち上がると窓辺に立って外を見下ろした。

 セルファが隣に立つ。

「どこに?」

「ここからじゃ見えない。それに殺気は感じなかったから、命に関わることはないと思う。ただ、他の人の迷惑にならなきゃいいけど……と……」

「いらしたようですね。」

 夕闇の路地に見慣れた外套(がいとう)姿が現れたので、セルファは出迎えるために部屋の外に向かった。

 階段を登ってくる足音と挨拶を交わす声が聞こえ、やがて現れたのは司祭服に身を包んだ恰幅の良い初老の男。耳の後ろに残る髪が、かつて赤毛だったことを物語る。灰色の小さな瞳が早瀬を見つけて笑顔になった。

「また会えましたな、ご友人!」

「相変わらず良い声ですね。」互いの手を握りながら、二人は再開を喜ぶ。

「夕刻の説教を済ませてきたところです。」

 それより、とマーギスはセルファを振り返る。

「どうも見張られている感じがしたのですが……」

「マーギスさまもお気づきでしたか。」

「何か、あったのですか?」

「ただの派閥争いでしょう。」早瀬はため息混じりに言った。

聖堂(せいどう)において表向き中立派の僕を、味方につけたい御仁がいるんです。」

「もしかしてサーフス議員ですか?」セルファが言った。

「君がわかるってことは……」

「それだけ彼はあからさまです。抗議しますか?」

「いや。こちらもやましいことしてるわけでないし、むしろ相手を刺激しないほうがいいだろう。」

「伯父上がそう言うなら……」

「明日ガイアナ議長と会うから、それとなく言っておくよ。」

「聖堂も大変ですな。」マーギスが苦笑する。

「まったく……しかも年と共に面倒が増えていくんだから。」

「もう一つ気になったのですが。ルーラは何を守ってるのでしょう。」

 マーギスの視線の先には、籠とその上に鎮座する銀竜の姿があった。

「預かり物です。ここに来る前にキャデムのところで……」

「キャデム……ああ、カイエ巡査ですね。」

 それからしばらくして、完全に日が落ちた頃合にトラン・カゥイが店にやって来た。店主に挨拶をし、階段を登って扉を開ける。

 と、

「扉を閉めて!」

 突然飛んできた声に、トランはその場に固まった。

 すかさずセルファが閉めた扉に、何かが勢いよくぶつかる。

 反射的によけたトランが身をかがめたその頭を、何かが駆け上がった。

「うわっ!」と叫んで尻餅をつく。

「トラン!大丈夫かい?」

「カズトさん?一体……」恐る恐る振り返ったトランがその先に見たのは……

「銀竜?」

 たった今トランを踏み台にして飛び上がった銀竜は天井から下がった照明器具に止まり、傍らをホバリングする早瀬の銀竜を威嚇している。

「ルーラ!」

 早瀬が声をかけると、ホバリングしていた銀竜は窓枠に一旦舞い降り待機する。

 トランは立ち上がると、眼鏡を押し上げながら辺りを見た。

 床には蓋の開いた籠とちぎれた紐が落ちていて、テーブルの上には食前酒の杯が倒れている。

 察するに籠の中にいた銀竜が突如暴れた出したのか。

「銀竜の気に触ることがあったんでしょうか?」

「もともと気が立ってたんだ。ルーラがなだめようとしても見ての通り。」

 部屋の外で、異変を差察知した店主が何事かと声をかける。セルファが扉越しに状況を簡単に説明した。やはりトランの思ったとおり、突然銀竜が暴れ出したようだ。

「銀竜が落ち着くまで、少しだけ篭城(ろうじょう)させてください。終わったら声をかけますから。」

「一体、この銀竜はどこから来たんですか?」

 早瀬は公安が保護したいきさつをトランに簡単に話した。

「公安では手に負えないから預かってくれと言われたんだ。ちゃんと、持ち主が放棄した拾得物を引き取ると一筆書いてきたよ。」

「あの羽根の傷は?」

 先ほどから気になっていた片方の羽根の切込みを目で示す。

「最初からあったらしい。どうもここに来るまでにひどい扱い受けたみたいだ。公安が保護したときも相当抵抗したらしい。」

「当たり前です!銀竜をそんな風に扱うなんて……こっちが危害を与えないってわかってくれればいいんですよね。」

「そう思ってやってるんだが……」

 どうしたものか、と腕組みする早瀬に、それまで静観していたマーギスが尋ねる。

「名前は、あるのですか?」

ようやく登場のセルファですね。そして5作目の初登場以来、地道に出てくるキャデム。この先も動き回りますよ~

ということで、次回も火曜日に更新予定です。

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