第十話
「ごめん、待った?」
「ちょびっと待った。」
「あたしら先にオーダーしたよ。」
樋坂いずみと清水奈々の言葉に、都はもう一度「ごめんね」と言った。
コートを脱ぐとローテーブルを挟んで向かい合うソファに座る。
「もしかして走ってきたの?」
隣に座る篠原明里が聞いた。
「走ってきたっていうか早足で来たっていうか……」
「慌てなくていいって、メールしたじゃん。」
「そうだけど……あ、春香さん、追加でカフェラテお願いします。」
都は別のテーブルを片付けていたカフェ∞の副店長に声をかける。彼女は笑顔で頷くと、すぐに水とお絞りを持ってきた。
ほどなく注文した物をそれぞれの前にサーブする。
「ひとまず、あとちょいで二学期終了~」
「お疲れさま。」
奈々と明里の言葉を合図に、女子高生四人はホットドリンクのカップを持ち上げて乾杯する。
「さすがに受験前にクリスマス会します、なんて言えないよね。」
すらりと伸びた足を組みながら、奈々が苦笑する。
クラスで一番長身女子の彼女は、元陸上部のエース。高校三年間、前から数えたほうが早いままだった都とは雲泥の差である。そんな彼女はショートカットも含めたボーイッシュな雰囲気が下級生女子に人気らしい。
その隣に座るいずみは都と同じように色白の、少しふくよかなぽっちゃり美人。癖のある髪は本日、カチューシャで留めている。
「私も今年はピアノのクリスマス会、欠席した。さすがにちょっと、ね。」
そういう彼女は合唱部のピアノ担当で、ふくよかな指が力強く演奏するのを、都はいつも惚れ惚れしながら見ていた。
二人とも一年生のときから同じクラスで、いつもケガの絶えない都を呆れつつ心配してくれる。
「お茶会だって充分よ。」明里がダージリンをくゆらせる。
彼女と話すようになったのは三年になってからだが、文化部同士の交流もあったりして、今では大切な友人だ。
「家にいると妹たちがうるさくって。」
「ああ、それわかる。」ぽん、と奈々が膝を打つ。
「うちなんて弟二人だからもー、うるさい、うるさい!ケーキなんてゆっくり食べられないよ。」
そんな話をしていると、副店長の三芳春香がワゴンを押してやってきた。
「都さんご予約のケーキでーす。」
そう言ってテーブルに置いた小さなホールケーキに、歓声が上がる。
「きゃあ!かわいい!」
「おおー!」
「うわぁ……」
「ウサギのノエル?」
小さなケーキは雪に見立てた白いアイシングで覆われていて、赤と緑の縁取りがされている。その上に赤い帽子にカラフルなチョッキを着たクッキーのウサギが4匹乗っていて、クリスマスプレゼントの準備をしている風景が展開していた。
「なんだか絵本の世界みたい。」明里が珍しく興奮気味に身を乗り出す。
でも、と都は首をかしげる。
「なんでウサギ?」
へへーと春香はいたずらっ子のように笑った。
「都さんがレストランのホームページ用にウサギの置物の写真撮ってるでしょ?あれにインスパイアされました。どぉ?」
「どぉ、って……食べるのもったいないなー。」奈々もケーキを覗き込む。
「って言いながら、結局食べちゃうんだよね。奈々ちゃん。」
「そりゃ、ケーキだもん。これ楽しみに来たんじゃん!」
「春香さん、これ写真撮っていいですか?」
どうぞどうぞ、という言葉に甘えて、都はカバンからコンパクトカメラを引っ張り出す。他の三人も自分の携帯を取り出し、しばしケーキの撮影会。
その後等分に切って、その場でベリーのソースをトッピングしてもらう。
「うーん」
「おいしい」
誰ともなく声が漏れる。
「甘すぎず軽すぎず……都、予約してくれてサンキューね。」
「なんか予想外にゴージャスだね。嬉しいけど。」いずみもにっこり微笑む。
「わたしは四人で食べきれる小さいケーキ、って注文しただけなんだけど……」
「ここまでかわいくしてくれたのは、都さんの人徳よね。」
「そうかなぁ。」
「そうそう。」
そんな感じでティータイムを楽しんでいると、二階に通じる鉄製の階段を下りてくる男性が一人。
「よ、楽しそうだね。」
顔を覗かせたのは三芳啓太だった。
「おじゃましてます。」
「いつもご贔屓ありがとね。それで悪いけど、都さん帰る前に上に寄ってくれる?」
「あ、はい。」
三芳は「悪いね」というと再び二階へ戻っていく。
「写真展の話?」
「かなぁ?」
「私、たぶん先に上がるね。」腕時計に目を落としながらいずみが言った。
「今日パパとママがデート中で、合流することになってるんだ。」
「いずみんとこは両親仲いいよなー。」
「奈々ちゃんとこもよさそうだけど?」
「うちはもともと同級生同士だから、そのまんま部活動って感じ。弟の試合っていうと家族総出で応援行ったり、ホント部活のノリなんだよ。さすがに姉ちゃんが受験の間は控えてくれって頼んでるんだけどさ。明里さんとこの両親って、どんな感じ?」
「職場結婚で専門も同じだから……ある意味マニアックかしらね。」
「それ、まんま明里ちゃんと西くんみたい。」いずみがくすくす笑う。
「一番下の妹さん、小学生だっけ?」
「今一年生。」
「年、離れてんだ。」
「だから中学のときは大変だった。母親がわりとすぐ仕事に戻ったから、保育園のお迎えとか手伝いとか。」
「高校生の台詞とは思えんな。」うーむ、と奈々は唸る。
「そういえば、みやちゃんって竜杜さんのお母さんに会ったことあるの?」
突然矛先が自分に向いて、都は内心慌てる。
「外国にいるんだよね?」
「あ、でも、たまたまっていうか……偶然っていうか……」
「夫と息子がいるんだもんな。そりゃたまには顔出すか。」
奈々の言葉に便乗するように都は「そうそう」と頷く。
「ねね、どんな人?竜杜さんに似てる?」
「目元とか似てる。きれいで、すごくしっかりしてて、マスターがずっと好きだっただけのことあるかなーって。」
「えー、それなに?」
「二人は子供のとき一度会ってるんだって。」
「うわぁ!もしかして初恋とか?」いずみが目をキラキラさせて食いつく。
「そんな感じみたい。リュートが言うには、少しは遠慮して欲しいくらい仲がいいって。」
「早瀬父がねぇ……意外っていうか……」奈々は腕組みする。
「そういえば、今日こそ指輪してくるかと思ったけど。」明里が都の左手を指差す。
「指輪なんて慣れてないから、なんか失くしそうで……」そのうちね、と都は笑顔で返した。
たっぷりおしゃべりを楽しんだ後、帰宅の途につく友人を見送った都は、コートとカバンを持って二階に向かった。
もともとこの建物は、ビルの一階と二階が一つの会社の工場と事務所だった。それをリノベーションしたのがギャラリーカフェ∞で、一階は三芳美帆子と義理の妹、三芳春香の二人が切り盛りするモダンインテリアでまとめたカフェ。そして無骨な鉄材の内部階段で繋がれた二階は、美帆子の夫、かつ春香の実兄である写真家、三芳啓太の仕事場と貸しギャラリーになっている。
今現在はコンクリートむき出しのギャラリーの壁にはモノクロの風景写真が展示されており、それを眺めながら奥に進むと一段高くなったステージのようなスペースにぶつかる。そこが三芳のオフィスである。掲示板代わりのパーテーションで仕切られているが、来客があればギャラリースペースのテーブルで打ち合わせをしているので、明確な区分けをしているわけではないらしい。
都はセールス防止用のプラスティックの赤い三角コーンをよけると、モニターに集中している三芳の背後に回った。
「これ、この間撮影したやつですか?」
液晶モニターには、数日前、フリューゲルの二階で撮影した家具の数々が一覧になって並んでいた。
「そう。今選別してるんだけど……これがなかなか大変でね。」
「お店の二階で撮るとこんな風になるんだ……」
「それで、寄ってもらったのはこれ渡したかったから。」
はい、と言って茶封筒を渡す。
覗くと、サービスサイズの写真が何枚も入っていた。
「先生の荷物から出てきた、プライベートっぽい写真。」
「わざわざ分けてくれたんですか?」
「分類するついで。まだ潜んでる可能性はあるけどね。」そう言って、三芳は仕事場の奥に積んだままのダンボールの山を目で示す。
マジックでメモが書かれた箱の中身は、全て都の母が遺した物である。主たる内容は仕事の記録だったり、未整理の写真だったり……本来なら都が引き継ぐ物なのだが、冴も都も整理できるだけの知識を持ち合わせておらず、ずっと貸し倉庫に放り込んだままだった。
そのことを知った三芳が「整理させてほしい」と願い出たのが半年前。
三芳は木島朝子が専門学校で講師をしていたときの教え子で、彼女の仕事ぶりに影響を受け、同じように風景専門の写真家の道を選んだ。そんな経緯もあってか、片付けに着手すると同時に、彼は自分が管理するこのギャラリーで木島朝子の回顧展を開くことを決めた。その作品整理の経過で仕事と関係ない家族写真が出てくると、こうしてまとめてくれるのである。
「それ見ると、けっこう海行ってたみたいだね。」
「毎年夏に行ってました。」
「実益と家族サービスの両立って奴かな?」
「別に海じゃなくてもよかったんだけど……」
「それに都さん、今より髪が長かったんだね。」
「これでも伸びたんですよ。」都は背中に届きつつある、茶色がかった髪に触れる。
「高校に入ったとき思いっきり切ったから。」
「木島先生も長かったけど……」
「あれはただの不精。」
きっぱり言い切る都に、三芳が笑う。
「そういうとこも木島先生らしいよなぁ。年明けの展示に出すのも、少しずつ選別してるんだ。」彼は手を伸ばしてファイルを手繰り寄せると都に渡した。
中には写真のカラーコピーがファイリングされていて、三芳の字で年号や数字が書き込まれている。
「いずれデータベース化するけど……」
「京都……かな?」
「これは全部京都。秋の風景、いいよねぇ。」
「そういえば、金沢も毎年行ってたんですよね。」都は記憶をたどる。
「金沢の写真は……まだ片付いてないな。おれも今度、金沢行くよ。雑誌の仕事。」
「また駆け足ですか?」
「三日くらい。掲載決まったら教えるよ。どした?」
都が神妙な表情をしているのに気づく。
「なんか、すごいなぁと思って。そうやって自分の名前が載る仕事してるの、凄いと思って……」
サンキュ、と三芳の日焼けした顔が笑う。でも、と言葉を継ぐ。
「それ言ったら、木島先生も褒めなきゃね。」
昼間、投稿しようとしたらネットが不安定で断念しました。いつもより遅い時間ですが更新です。
今回登場の「カフェ∞」とのいきさつは四作目に収録の「コーヒーブレイク」第四話をご覧ください。と、すでに読んでくださってる方にはお馴染みの場所ですよね(^^
そして次回も火曜日に更新します。




