試練
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休憩時間が終わりに近づいていた。
お店につくと、私は、以前と変わらない自分になれていたわ。
ちゃんと、ブレーキ、かけられた。
良かった・・・。事故らないで済んだわ。
心に、なんの傷もない。
胸に残るのは、恋の喜びと、幸せな記憶だけ。
その日は、本当に忙しかったから、余計な雑念の入る隙もなかった。
源氏の君も、まるでなにごともなかったように、さわやかに、テキパキ仕事をこなしたわ。
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その年は、そのまんま暮れて、新年が訪れても、私たちは、友達の域を越えなかった。
バイトが一緒だから、会うには会うし、話もするけど、
相変わらず、源氏の君は、女を抱いて過ごす生活をやめなかったし、
私も、別にそれで構わなかった。
こんな男に本気で恋に落ちた日には、ろくなことがあるはずがないわ。
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そう・・・。
そんな感じで、春の足音が聞こえてきて、
大学に、新入生たちがやって来て、にぎやかになり、私たちは、二年生になった。
そんなときに、源氏の君に、耳打ちされたのよ。
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「かなちゃん、僕・・・大変なことしちゃった・・・」
やっぱり、女の話なのね?
私、あきれ返って、
「あんたの話は、聞かなくてもわかるわ!少しは、人生のお勉強をしたら?」
って答えた。
源氏の君は、
「違うんだ・・・。いや、そうなんだけど、そうではない、って言うか・・・」
って、口ごもる。
「なによ!うじうじ、うじうじ・・・。時間、ないわよ?」
「待ってよ、かなちゃん。ちゃんと、お話するから・・・。
あの・・・あのね。僕、女の子、殺しちゃった・・・」
は?!なんの話?!
「それ、どういう意味?!ちゃんと、一から説明しなさいよ!」
「わかった・・・。あのね・・・去年の秋、話した、家庭教師先の女の子・・・。中学生の・・・。
あの子、死んじゃったんだ・・・。首、吊っちゃったんだって・・・」
私、びっくりして、口もきけなかったわ!
自殺?!源氏の君のせいで?!
「僕、家庭教師センターのひとに、その話聞いて、お葬式に行った。
そしたら、お母さんが、泣きながら、思いっきり、僕にお塩を投げつけるので、
お寺に入るに入れなくて、そのまま、帰ってきたの・・・」
源氏の君の唇は、相変わらず、微笑みを浮かべているよう・・・。
でも、その唇は、震えていた。
大きな瞳に、涙が溜まっていたの・・・。
かわいそうに・・・!傷ついたのね・・・。
私、源氏の君に、心から同情してしまったの。
そりゃ、死んだ女の子は、かわいそうだけど、源氏の君は、ショックだったでしょうね・・・。
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よくよく考えれば、いままで、好き放題やってきて、
大きなトラブルをこうむらなかったことのほうが、不思議だったわ。
でも・・・仏様のバチって、なんてきついのかしら・・・。
「かなちゃん・・・?また、泣いてるよ・・・?」
甘い、優しい声・・・。
「そんなこと、わかってるわよ!あんたの心を思うと、泣けちゃうのよ!」
「かなちゃん・・・大好き・・・。僕も、一緒に泣くよ」
なんなのよ!まるっきり、あべこべじゃない!
でも、私たち、誰もいない休憩室で、抱き合って、わんわん泣いたの。
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「僕、このまんまじゃいられない・・・。大学を休学して、どこか、一年、海外に行くよ」
「いったい、どこに・・・?」
「わからない・・・。でも、僕、生き直さなきゃ。なにもないところから、人生、やり直す・・・。
だから、今年の、かなちゃんのお誕生日、一緒に祝ってあげられない。
ごめん・・・ごめんね。かなちゃん・・・」
なんだって、こんなときに、ひとの心配してるのよ!
ちょっとは、自分の心配しなさいよ!