お返しのプレゼント
25
一か月後の、源氏の君の誕生日、私、彼になにをしてあげようか、考えていたの。
だって、あんなに、感動するプレゼントをもらったから。
でも、彼は、入学してすぐから、彼女が九人もできたし、
そのうちの誰か、ひとりと過ごすのかな、と思ったり。
源氏の君に悪いから、
お誕生日当日じゃなくて、後日、祝ってあげよう、
って思ってた。
26
ところが、誕生日の前の晩、
自室で、机の前に座って、ぼーっと物思いにふけっていると、
隣の家から、ちか、ちか、って、懐中電灯で照らされたのよ。
それは、私たちが、子供の頃、使っていた合図だったわ。
灯り、二回は、「すぐに来い」の合図。
馬鹿ね、源氏の君ったら。
いまは、携帯電話があるじゃないの!
それでも、ぼーっとしてたら、再び、ちか、ちかっ。
仕方がないから、私も、灯りを返したわ。
ちかっ。
一回。
一回は、「了解」の合図。
そして、サンダル突っかけて、外に出たの。
27
玄関の前に、源氏の君が立っていたわ。
ちょっと、ふてくされているみたいだった。
「かなちゃん、明日、僕のお誕生日だよ?忘れちゃったの?」
「お、覚えてたよ?
でも・・・源氏の君は、彼女と過ごすのかな、って思ったから・・・」
「なんで?僕、ずっと、かなちゃんから連絡来るの、待ってたのに」
なんだって、怒ってるのよ。
わけわかんない、この男。
「ごめん、ごめん。じゃ、じゃあ、海はどう?
夜中の道をブッ飛ばして、朝日を見に行きましょうよ」
28
生真面目な私は、高校を卒業してすぐに、車の免許を取っていたわ。
私たちの住んでいるのは、横浜市。
でも、横浜って広いから、家から海までは、車でないと行けなかったの。
「ほんとに?!嬉しいなあ!久しぶりだよ、海なんて!
かなちゃん、ありがとう!」
源氏の君が纏わりついてきたから、
「やめてっ!恥ずかしい!」
って、私、急いで振り払ったわ。
これよ・・・。
この犬みたいな人懐っこさで、女を騙すのね。
言っとくけど、私は騙されないわ!
29
私たちは、その次の明け方、四時に出発する約束をして、
その晩は、早々に休んだの。
なんせ、免許取り立て、しかも、夜道は初めてだったから。
いっくらなんでも、源氏の君を、事故に巻き込むわけにはいかないわ。
だって、もし死んでしまったら、泣く女がやまほどいるんですもの。
30
約束どおり、明け方四時に、会ったのだけど、
私は、フルメイクしていたのに、
源氏の君ったら、洗いざらしのくるっくるの巻き毛で、
長く伸びた襟足が、ハネていたわ。
いかにも眠そう。
かろうじて、ジーンズに白いシャツ、
グレーのしゃれたジャケットを、羽織って来ただけましね。
車のなかで、「いきものがかり」のCDをかけたわ。
私たち、
高校時代に、一緒にライブにいったくらい、「いきものがかり」が好きだったから。
なんだか、やけに、「キラキラ・トレイン」の曲が耳に残った。
メロディーラインは明るいけれど、旅立つ恋人を見送る、切ない歌。
「さよなら、さよなら・・・」
31
「寝ててもいいわよ」
私、源氏の君に言ったのだけど、
「大丈夫だよ。かなちゃんの運転、心配だから、僕、見てるね」
って言って、眠い目をこすりながら、前を見ていたわ。
果たして、三十分も走らすと、海についたわ。
私が、パーキングに止めるとき、源氏の君の背もたれに、左腕を掛けて、後ろを見ながら、片手でハンドルを回していたら、
「かっこいい!男前だね!惚れちゃうよ!・・・僕、今度、その手使おう」ですって。
その前にまず、教習所に通うことね。
32
夜明け前の海は、覚悟はしていたけど、相当寒かったわ。
私たち、テトラポットの上に、くっついて座って、夜明けを待った。
無言・・・。
なんだか・・・私、胸のなかがざわざわしてしまって・・・。
ザーン、ザーン、って、テトラポットに打ち付ける、波の音だけが聞こえる。
33
やがて、待ちに待った、お日様が昇ってきたの。
夜明けの海って、見たことある?
すごいのよ?オレンジ色の大きな太陽が、水平線に顔を出すと、海の色がミルク色に変わるの!
空も、海も、ミルク色・・・。綺麗だわ・・・。
私たちが知らないだけで、こんな奇跡が毎日起きているのね・・・。
34
そのときだったわ。源氏の君が、私の首に、優しく手を回したの。
「なっ―――!」
「しっ!黙って。・・・お願いだから、しばらくこのままでいさせて・・・」
源氏の君は、私をぎゅっと抱きしめて、私のうなじに、頬を摺り寄せたわ。
ああ・・・。
また、あの香り。
しびれる・・・。身体の芯から・・・。
切ないわ・・・。
ろくでもない男・・・。ほんと、罪なやつだわ。
この手で、何人落としたのかしら。
私、また、泣きそうになっちゃった。
でも、ぐっとこらえたわ。
その手には乗らない!私だけは・・・!
35
やがて、うるさいほどに、鳥たちの鳴き声が聞こえて、夜はすっかり明け、朝が来たの。
私、源氏の君の腕を、そっと引き放したわ。
「さ、そろそろ行かなきゃ。大学の授業に遅れる」
私は、立ち上がった。
ところが、源氏の君ったら、
「かなちゃんって、ほんとにまじめだね。僕、大学はサボるためにあるって思ってた」
って言うのよ?
早稲田はそれで通用するかもしれないけど、立教は違ったわ。
出席票に、名前を書かなければ、単位を落とされた。
「そうよ?私はまじめよ?もたもたしてたら、置いてくわよ」
「そんなの、やだよ。かなちゃん、行っちゃったら、僕、寂しいもの」
源氏の君も立ち上がって、私たちは、車に乗り込んだわ。
36
帰りの車のなかで、源氏の君は、べらべらしゃべりまくったわ。
「ほんとに、ほんとに、素敵だったね!僕、海の朝日、見たの初めてだった!
かなちゃん、ほんとにありがとう!僕、すっごく感動しちゃった!かなちゃん、大好き!」
・・・ほんとね。夢のような時間だったわ。
あの一瞬は、死ぬまで、忘れられないでしょうね。