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幼なじみ


「ねえ、かなちゃん、かなちゃん!三時半の休憩に入ったらさ、

ちょっくら、話聞いてよ」

それは、池袋のイタリアン、「イルキャンティー・オベスト」の店内。

私たち、そこで、ホールのバイトをしていたの。

源氏の君が、例によって、甘ったるい声で、こそっと耳打ちしたから、

私、すぐぴんときたわ。


まただわ。

またなんか、女のことで、やらかしちゃったに違いないわ。

この男ったら、本当に馬鹿ね。

ちったあ、学習能力ってもんがないのかしら。



裕ったら、幼稚園時代から、ずっとこの調子なのよ。


裕は、私の初恋のひと。

ってか、それもはるか昔、それこそ幼稚園の頃よ?

私たち、本当に仲良しだったから、結婚の約束をしていたわ。

でもね、裕には、当時、婚約者が、ほかに七人もいたのよ。



裕ってね、本当に顔が可愛いのよ。

三日月を横にしたみたいな、おっきな二重の瞳。

犬っころみたいな、人懐っこい微笑みを浮かべた唇。

口角が上に上がっていてね。

しかも、性格も、もんのすごく優しいの。

当然のことながら、女にモテる。


でも、なにより、女の子を惹きつけてやまなかったのは、

身体中からにおい立つ、色香ね。

香水をつけているわけでもないのに、いい香り。

いつだって、フェロモン全開だったから、

彼がそばを通るだけで、女の子は、

「妊娠しちゃいそう!」

って、思っちゃうらしいのよね。

若い頃の沢田研二は、そんな感じだったらしいけど、

まさにその通りね。

罪な男だわ、ほんとに。


しかも、ふたご座のO型って、最悪ね。

同時に、何人、女を抱いても、罪の意識ひとつないわけだから。

無邪気なのよ。

そして、果てしなくロマンティスト。

そりゃもちろん、たびたび、トラブルになったわ。

「かなちゃん、僕、女の子って全然わからない・・・」


って、裕は言うのだけど、あんたの方が、よっぽどわからないわ!



だから、私、彼に、「源氏の君」って、あだ名つけたの。

「この男はたらしです。危険だから、近づかないように!」

って、警告の意味でね。

あっちこっちで、言いふらしたから、

小学生のときから、みんな、裕のことを、「源氏の君」と呼んだわ。


でも、返って逆効果だったみたい。

「源氏の君」ってあだ名は、彼の魅力を余計に高めてしまって、

女の子をさらに惹きつけたの。

彼女たちは、『源氏物語』の光源氏と重ね合わせて、一層、彼を慕ったわ。



そもそも、源氏の君と私は、家が隣どうしなの。

新興住宅地のニュータウン。

産まれたときから、一緒に育ったのよ?

しかも、私が、四月生まれの牡羊座で、源氏の君は、五月生まれのふたご座なの。

私がA型、源氏の君はO型。

私たちの両親が、仲が良くてね。

子供の頃は、よく夏、一緒に、河原へキャンプに行ったり、

冬は冬で、家族みんなで、人生ゲームしたり、ジグソーパズルしたりして遊んだわ。



でも、当時、なにより、私たちがはまっていたのは、乗馬だったわ。


春、夏、秋、冬。

私たちは、好んで馬に乗りに行った。

なんでそんな高級な遊びを覚えたか、というと、源氏の君のお父さんが、山梨に馬を持っていたからなの。

アフロディーテという、雌馬だったわ。


源氏の君のご両親は、アフロディーテに会いに行くとき、必ず、私も車に乗せて、連れて行ってくれたの。


とても、お利口な馬でね。

私たちや、乗馬クラブのひとの言うことはよく聞くけど、

他人が乗ろうとすると、さっぱり言うことを聞かないのよ。

アフロディーテのおかげで、私も源氏の君も、小学生のうちに、乗馬検定三級を取れたわ。


目を閉じると思い出す、幼き日の風景。

アフロディーテの背なに乗り、高い目線で見た、青々とした森、広い馬場。

アフロディーテと共に、障害を飛ぶ感覚。



・・・でもね。

アフロディーテ、もう、いないわ。


私たちが、小学校六年生のとき、死んじゃった。

産んだ仔馬の身代わりに、死んでしまったの。


知らせを聞いて、冬の乗馬クラブに駆け付けたとき、

アフロディーテの亡骸の傍らに、産毛の仔馬を見つけて、私たち、抱き合って泣いたの。


嬉しかったのか、悲しかったのか・・・。


いまでも、わからないわ。

でも、命ってそんなものかも。

ともかく、私たちは、そのとき、初めて、死に出会い、同時に生に出会ったの。



生まれた仔馬は、すごく愛らしかった。

若い私たちは、死よりも、生を見つめたかった。


アフロディーテのお葬式に立ち会うために、山梨のホテルに泊まったのだけれど、ホテルの部屋で、仔馬の名前を考えていたわ。


「ライト。どう?」

私が言うと、源氏の君は、

「light、right、どっち?」

と訊いたわ。

「両方。正しい、という意味のlight、光る灯り、という意味の、right」

「光源氏、そんなに好きなの?」

源氏の君は、あきれ顔。

「なによ!文句ある?

あんたの息子だから、一字、取ったのよ」

「ないよ。かなちゃんが決めることに、文句なんてない」

源氏の君は笑ったわ。

「決まりね、ライト」

「ライトね」


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