番外編1
三題噺「音楽」「談笑」「比較」というお題で書いた作品です。
リートやファチルメンテの番外編的な位置づけ。
何でこんな事に……
それが現在のリヒターの心境だった。
現況を客観的に言うなら、円形のテーブルを四人で囲んで談笑中、となる。
それだけならいい。
緊張しやすいリヒターでも社交性がないという訳ではない。学院の同級生相手なら少し緊張する程度で済む。
つまり、問題はその内訳だった。
「アデルさん、お茶のお代わりどうですか?」
「ありがとう、アマディアちゃん。いただこうかしら」
対面にいるのは今話題の歌手、アデライーデ。
向かって右側には楽聖のフィルロス。
左側にいるのはアマディアという少女。詳しくは知らないが、何でもフィルロスが直々に弟子にしたらしい。
それは才能面では自分を凌駕している事を意味する。
何でこんな事に。
再びリヒターは自問自答する。
実家に呼び戻されて両親から説教を受けた後、すぐに学院に戻るのが億劫だったので適当なカフェテリアで時間を潰そうとした。
ただそれだけのつもりだったのだ。
それなのに何の因果かこうして三人と同席する事になった。
特に先日の事があってフィルロスと話すのは気まずい。
カップを掴む手が無意識に震え、水面に波紋が出来る。
このままでは拙いと思いながらそっと口元に近付ける。
高い葉を使っている筈だが、香りも味もしなかった。
「あの、大丈夫なんですか?」
今にも倒れそうなリヒターを見ながらアマディアは対面のフィルロスに尋ねた。
青い顔の彼は自分達の会話も耳に入っていないようだった。
「……放っておけ。これも訓練のうちだ」
「話には聞いてましたけど、本当に緊張しやすいんですね」
アデルが困ったような微笑を浮かべる。
盲目の彼女にすら分かるほどリヒターの症状は深刻らしい。
「これさえなければすぐにでもプロになれるものを」
「勿体ない話ですね。もしかしたら同じ舞台に立っていたかもしれないというのに」
「全く。才能と積んだ努力ならアデルと同等だろうに、随分と差が付いてしまった」
その発言にアマディアは興味を引かれた。
「えっと、具体的にどれくらいの差があるんですか?」
「……そもそも歌手とピアニストを比較する事はナンセンスだが、そうだな」
フィルロスは紙と筆記用具を取り出す。
不意に曲を思いついた時の為にと常に持ち歩いているのだ。
「これくらいの差があるな」
万全のリヒター≧万全のアデル>>>普段のアデル>≫>>>>緊張時のリヒター
「≫がプロに最低限求められるラインだ。波が激しいのは二人とも同じだが、アデルは前に話したプロの条件、どんな状況でも最低限度の音楽を提供する事が出来ている」
「結構な差がありますね」
「その上、曲次第で万全の状態に近付けるアデルと違ってリヒターは本人の意思でコントロール出来ない」
「こればっかりは慣れるしかないですね。私も最初のうちは緊張していましたが、場数を踏む事で落ち着いて歌えるようになりました」
「私もそうなれば良いと考えて色々やってみたのだがな……」
「いっそ、しばらく音楽から遠ざけてみるというのは?」
「それすらプレッシャーに感じるのだ、リヒターという男は。その間に他者に差を付けられるのではないか、両親が自分をどう思うか、などでな」
そして談笑は徐々に音楽家二名によるリヒター対策会議へとシフトしていった。
なお、話が終わるまでリヒターは碌に喋らなかった。
即興なのでこの話の設定はあまり当てになりません。