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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第八章『竜乙女の里』
93/98

(3)文句‐Eine unbrauchbare Rede und eine wichtige Sache‐

「別に置いていくつもりはなかったんだけど、あのイカが止まれって言っても止まってくれなくて、ティアラが触手に噛みついちゃってもっと暴走しちゃったの」


 俺を撥ね飛ばした後も馬車が壊れるまで暴れまわった筋肉神を鬼塚がなだめ、休憩を兼ねてヘカテーに話を聞いていた。

 どうやら俺が不慮の事故(テュアシュトラーセ)で飛ばされてから、馬車の方でも一波乱あったらしい。とは言え、俺の方はルシフェルに口止めされているため、『空間転移魔法テュアシュトラーセが使えることがわかり、練習のためにそれを連発して進んできたため、追いつくのに時間がかかった』という趣旨の説明をしたところ、暴走で目を覚ましたらしいヴィルアリアと頭を冷やしたらしいシャルルがヘカテーと一緒になって俺と何やら色々と議論した結果、何故か『走るのを面倒くさがり、休み休み空間転移魔法テュアシュトラーセで飛んできたため無駄に時間がかかってしまった怠け男』ということにされてしまった。そんなバカな。

 何故か完全に黙り込んで無反応モードになったまま、可愛らしい小さなお口をモグモグさせているティアラは無視しよう。何食ってるかなんて見たくもないし。


「美味」


 そうかうまいか。何食ってんのかは知らんが。


 ズイッ。


 見たくもなかったのに、筋肉神は歯の形に小さく削れている触手を俺の目の前に突き出してきやがった。

 『先生、ティアラちゃんに噛まれました』と言いつけてくる子供の役でもやってればよかったのだが、たぶんコイツは『お前んトコのガキにここ食われたんだけどよぉ。どう落とし前つけてくれんだよ。責任とれ、オラァッ!』って感じだ。いや責任も何も、俺その場にいなかったし、そもそも俺ティアラの保護者じゃねえし。


「私、得意、治療ヒーリング


 口いっぱいに何か(ヽヽ)を頬張りながら、どうやってんのかわからないぐらい綺麗な発音でそう言った。小さな胸を張って、頬が膨らんでることを除けばどこか誇らしげにも見える。なにせ表情が薄いためよくわからないが、それにしてもコイツこんなにアグレッシブな奴だったか。

 ティアラが両手を胸の前に差し出し、既に見慣れた緑色の光をその手に纏わせる。

 人の話を理解できているのか、筋肉神はおそるおそる触手をその光に近づける。そりゃそうだろうな。一回食われてるわけだから、警戒するのは当たり前だ。

 ティアラの手を覆う癒しの光に包まれた筋肉神の筋張った生皮剥がれた筋肉質の触手は、かじられ断裂した筋がシュルシュルと伸びていく。気持ち悪い。

 ティアラの能力からすればこの程度の傷すら大したものではないらしく、瞬く間に治療が終わり、筋肉神はクネクネと直った触手を動かしてみている。気持ち悪いから近づけんな、ソレ。


 ヒュンッ、ばぐんっ!


 横から伸びてきた(ように見えた)ティアラが大きく口を開けて、一瞬でその触手の先端に食らいついた。

 ビクッと大きく震えた筋肉神が触手をティアラの口から引っ張り出そうとする。が、その触手をガッチリとくわえ込み放さないティアラの口の中で。


 ぶちぶちぶちっ。


 嫌な音が響いた。

 あわれな筋肉神は反動で後ろ側に転がり、ティアラは捕らえた獲物の一部を口の中で咀嚼そしゃくする。


「直したトコまた食ってどうすんだ!」


「美味」


 口の中を見せるな、気持ち悪い。


「理由、私、可能、治療、欠損部。結論、問題皆無。利益、大きい」


「治せるからいいって問題でもねえからな!? 誰だコイツに倫理教育しなかったの」


「ルシフェルお姉さま、教えた、私、倫理観、熱心」


 倫理観の欠片もないルシフェルが倫理教育なんかできるわけねえだろ。


「ティアラ、すぐに治してやれ。もう食べたら駄目だからな。落ち着いたら俺がゆっくり倫理教育してやるから」


「了承」


 再び手のひらに緑色の光を宿し、無くなった部分を再生させると、筋肉神はものすごい速さで飛び退いた。

 そして、暴走していた時よりもさらに早い猛スピードで元来た道を爆走していった。同時にそれを追いかけようとした鬼塚をリクルガ,シャルル,ヘカテーで気絶させて動きを止めた。


「さて、馬車はなくなってしまったが、貴様らまだ歩けるか?」


 リクルガが中心になって話し合いを進め、ヴィルアリア,インフェリアがルーナの上に乗り、それ以外は歩くということで話はまとまった。


「なに、心配は要らん。薬袋みないが言っていた集落はもうすぐだからな」


 集落ってのは初耳だ。リクルガはさっきまでは薬袋みないと合流するの一点張りだったからな。その集落に鍛冶屋ブラックスミスがいれば文句はないけど。

 そしてとりあえずは前に進もうと歩き出したのだが。ちなみに鬼塚は『筋肉』と呼び掛けると即座に目を覚ました。いつもの通り、気絶前後の記憶を失っていて、今も元気に腕立て伏せをしながらその反動で少しずつ前に進んでいる。歩け。


「リクルガさん。今ここってどの辺なんですか?」


 『さん』付けはせめてもの礼儀だ。リクルガを見ていると、あんまり他のことで敬意を表せそうにないからな。


「ヴァニパル・ウェレヘパス・ミッテの三国が通商のために出入り自由の三国協定を結んでいることは知っているな」


 ごめんなさい、初耳です。

 とは言え、なんか常識みたいに言われると気の小さい俺は無知を暴露できない。


「知ってます」


「そうか。今は大陸内陸部に入っていってるんだが、ミッテ連邦共和国の国境近くを通り、もうすぐツァール皇国に入る。薬袋みないと会うのはその関所を兼ねた国境警備の出張所だろうな、たぶん」


 いやたぶんてアンタ。


「何しろあの馬鹿のせいでほとんど話を聞けなかったからな。なに、薬袋みないの奴とは付き合いが長い。ここは我らの腐れ縁を信用するがいい」


「付き合いってどれぐらいですか?」


「26年だ」


 長いな。確かにそれならって一瞬信用しかけたよ。


「リクルガさんって何歳ですか?」


「26だ」


 生まれた時からかよ。


「自慢ではないが、当時は我がオーフェルエンス家もかなりの名家でな。ブラズヘルでも五指に入る上流貴族だったのだ。先の戦の影響で今でこそ没落してしまったが、皇族とも親交が深かったほどにな」


 先の戦、というとやはりブラズヘルとヴァニパルの戦争のことなんだろうな。

 当時強大な軍事国家だったブラズヘルが領土拡大を目論み、ほとんど軍事力のないヴァニパルに侵攻した戦争。まさに巨人とアリの戦い。火を見るより明らかだったはずの戦争で結果は各国の予想を裏切りヴァニパルが勝利をおさめた。アリが苦戦している最中、突然頭を失った巨人は地に倒れ伏し、後には広大な土地が残るのみだった。

 よくは知らないが、リクルガの家も何らかの大害を被ったのだろう。皇族と親交があったのならなおさらだ。


薬袋みないの奴は私の乳母だった」


「そりゃ付き合い長いだろうな」


 まさに生まれた時からだ。


「まさか幼い頃から面倒を見てくれていた奴がブラズヘル軍部騎士団総督(づき)内偵中央主席だったとは思わなかったが」


 その時からずっとそうだったのかよ。半端じゃないな、薬袋みないの奴。


「ずっと私の世話役だったのだが、10代の反抗期に徹底的に放置され、私が荒れ、使用人たちの手におえなくなる度に、完膚なきまでボコボコに殴られたものだ」


 オーフェルエンス家はそんな奴に乳母を任せてたんかい。


「おかげでその頃からは彼女に求婚する気も失せたがな」


 それまでは求婚するつもりだったのか。マセたガキだったんだな。


「そんなわけだ。奴との距離感はかなり微妙なところだが、ここは私を信用しろ」


「どんなわけだよ」


 思い出話しか聞かされてねえんだけど。


「ふむ、まだ私が信用できないのか。ならばこう考えろ。確かに私は奴の考えを読むことはできない。長い付き合いとは言え、奴は掴み所がないからな」


「わからないのかよ。信じなくて正解じゃねえか、俺」


「まあ聞け。だが、逆に考えてみろ。ブラズヘルの軍部で、奴はブラインドオーガと呼ばれていてな。ブラインドオーガとは古い伝承で出てくる狡猾な鬼で、当時の言葉で目隠し鬼という意味らしい。私には奴の考えていることはさっぱりわからないが……奴には私の考えがお見通しだと思わないか?」


 そんなことを誇らしげに言うのはどうかと思うが、まあ鬼塚やエリアルより多少マシなくらいだと考えれば妥当か。


「だから適当に進めば薬袋みないの方から来てくれるだろう、と」


「キレるぞ、バカ野郎!」


 前言撤回。コイツも鬼塚やエリアルと同様、最上級のバカだ。

 何が腐れ縁だ。何が長年の付き合いだ。ただの賭けじゃねえか。薬袋みないが別の用事にかかりきりだったらどうするつもりなんだ、このアホは。


「どうかしたの? アル君」「どうかしたんですか? アルヴァレイさん」


 いきなり叫び出した俺の頭を心配してくれたんだろう。ヘカテーとシャルルがほぼ同時に声をかけてきた。

 その後、なんか睨み合う2人に軽い戦慄を覚えつつ、


「何でもない」


 と、普通すぎる言葉でごまかした。


「そう言えば、リクルガってブラズヘルの皇族と親交が深かったんだよな」


「む、心ばかりの敬称が消えたな」


 ちいっ、バレたか。馬鹿なくせに余計なところで耳聡みみざといな。


「シュネー=ラウラ=ブラズヘルって名前に聞き覚えは?」


「シュネー? ……よもやそれはブラズヘル皇族のシュネー=ラウラ=ブラズヘルのことを言っているのか?」


「そう言ってるだろうが。フルネーム言ってんだから間違えようがねえだろ」


「2,3度だけだが見たことがある。ああ、抱いたこともあったな」


「あんな小さい子を……?」


 リクルガって変態なのか、とさっきとはまた違った戦慄を覚えつつ、思わず後ずさり距離をとる。


「貴様、何を勘違いしている。赤ん坊の頃に抱き上げたことがあるだけだ。次に会った5歳の彼女には、既に近づくことすらままならなかったがな」


 そんなに小さい頃から、あの寄生型の金竜、ガウルと一緒だったのか。


「貴様の方は何故シュネーのことを知っている。彼女は先の戦の後他の皇族共々行方不明になっているのだぞ。それを貴様のような平民が何故」


 平民とか差別的な発言は控えて欲しいが、亡国ブラズヘルではその手の差別が顕著だったと聞いている。そこの有力貴族の出なら今さら直せと言ってもなかなか直るものじゃないだろう。ちなみに我がクリスティアース家も結構な歴史を持つ名家なんだからな。


「あの戦いの後で会ったことがある。薬袋みないが俺の所に連れてきたんだ。なんで俺なのかはわからないけどな」


「シュネーに会ったのか? 何か言っていなかったか?」


「ブラズヘルの皇族は皆死んだって言ってたな。残ったのはシュネーだけだって」


「何!? そ、それでシュネーは今何処に! 唯一の生き残りとなれば貴族である私が保護しないわけにはいかん!」


 没落したくせに妙に貴族にこだわるな、コイツ。いや、シュネーにこだわっているのか? どっちかはよくわからんが、シュネーの近況を隠す意味もないだろう。ルシフェルが今も同行しているのなら、気が変わらない限り守ってやるだろうし。


「ルシフェル=スティルロッテっていう奴が拉致ってった」


「既に誘拐されていただと!? 貴族の私と皇族の彼女がいればブラズヘルが再建できるというのに!」


「お前、やっぱり変態なのか……?」


「勘違いするな。10年は待つ」


「年齢差どんだけあると思ってんだよ」


「「年の差なんて関係ないっ」ですっ」


「うぉっ!」


 びっくりした。いきなりシャルルとヘカテーが大声をあげたのだ。

 2人ともぎゅううっと俺の襟首を掴んで、何故か泣きそうなくらい表情を歪めて俺を見上げてくる。


「重要なのは肉体年齢の差よりも精神年齢の差ですからっ!」


「そうよっ!」


「私もその意見には同意しておこう。人にもよるが大事だと思う」


 リクシャヘカ同盟でも結成したのか、互いに目を見合わせて息が合ったようにうんうんと頷いている。

 シャルルとヘカテーは早く首を放してくれ。お前らが思ってる以上に強く絞まってて、息ができないんだよ。当然、息ができないから声も出せない。目の前が少し陰ってきたのは、そろそろヤバいっていう兆候じゃないのか。


「だからリクルガとシュネーだって2人の気持ちが合えば問題ないのよ!」


「そうです!」


「む? 娘たち、先程の意見と今の台詞が『だから』では繋がらないと思うのだが」


 リクシャヘカ同盟は、意見の相違により結成から10秒と立たずに崩壊した。

 ていうか放せ。リクルガと好きなだけ意見交換兼ねた議論をしてていいから、俺に新鮮な空気を寄越せ。


「あ、ごめんねアル君。忘れてた」


「ああっ、アルヴァレイさん大丈夫ですか!? なんかぐったりしてますけどっ!」


 思った以上にあっさりした態度で手を放してくれたヘカテーと、心配してくれているのはわかるんだが具合の悪い俺の首根っこ掴んで激しく揺り動かすシャルルのどっちがありがたいんだろうな。なんか思考まで麻痺してきたみたいだ。


「ヘカテーさん、アルヴァレイさんの呼吸が薄いですっ。酸欠みたいでっ何かを喉に詰まらせたのかもしれません! どうすればいいんでしょうかっ」


 落ち着けシャルル。原因はお前の手だから、それを放してくれるだけでいい。

 その必死な思いが通じたのか、シャルルはパッと手を放した。


「はぁっ! はぁっ……はぁっ……」


 空気が美味しい。ほんと美味しい。生きてるってすばらしい。なんでこんな歳から人生の中で最も重要な悟りを開かなければいけないんだ。

 シャルルは俺が息を吹き返した(?)のを見て、じわっと目から涙を溢れさせた。

 そして、抱きしめられた。


「よかった……よかったです……」


 原因はお前だって言いにくくなった、というか言う気が失せたって感じだ。

 シャルルが俺に抱きつくまでやれやれって顔で口元だけ笑って傍観していたヘカテーは、シャルルが俺に密着した瞬間驚いたように息を呑んで俺を睨み付けてきた。なんで俺なんだよ。久々に理不尽だなお前、とジトッとした視線に乗せて返してやると、何を勘違いしたのかヘカテーはポッと頬を赤らめ、ぶんぶんと首を振った。よくわからん。

 完全に痺れが消え、シャルルも落ち着いてきた頃、森と山に挟まれていた風景が驚くほどガラリと変わった。


「やっと到着……ってことか?」


 草も生えていない灰白色の岩山に、不釣り合いな木製の大扉が据えられている。街道はそこで終わっていて、要するにここがリクルガの言っていたツァール皇国の国境警備出張所ということだろう。

 だが何故閉まっている?


「様子がおかしいな」


 リクルガも同じ異変に気がついたようで、緊張した面持ちで腰に差していた剣――確か宝刀アポルオンと言っていた――の柄に片手を添える。


「常時なら門は開いていて、代わりに門番が立っているはずだ」


 俺とリクルガは目を見合わせ、


「シャルルとヘカテーはここで皆を守っていてくれ。ティアラも一応ルーナに乗ってた方がいいかな。いざとなったらいつでも逃げられるように」


「そこの筋肉達磨(ダルマ)はいつまでも腕立て伏せなどやっていないでこっちへ来い。貴様とて軍人だろう。か弱き女子供を守るのは騎士の務めだ」


 鬼塚はリクルガにそう言われて、首を傾げつつルーナたちより前にずいと出る。


「アル君も早くああいうカッコいいこと言えるようになろうね」


 俺は騎士でも軍人でもないんだけどな。それにルーナたちはともかくシャルルとヘカテー、お前らは別にか弱くないだろ。むしろ俺より強いだろ。


「女子供を全員守れるわけじゃないけど、俺の後ろにいりゃお前らくらいは守ってやるから、安心しろ」


「わぁー、アル君カッコいーい。私たちより弱いくせに」


 自分でもわかってるよっ。でも茶化すにしても今それを言っちゃダメだろ。


「おい、アレアレイ。様子がおかしい」


「だから最初から言ってんだろ。あとその間の抜けた呼び方を今すぐやめないと、これからお前のことを『筋肉』と呼ぶことは一度もないからな」


「なんて恐ろしいことを考えるんだ、小僧。貴様、鬼瓦おにがわらか」


「鬼瓦にヒドい奴の意味はねぇよ。前にも教えたような気がするけど、たぶん忘れてるだろうなと思ったからもう一度言うけど」


「うむ、『筋肉質の百合の花(マッスル・リリィ)』だな」


「確かに時系列的にはその辺りだけど飛躍しすぎだ。やっぱりお前とは正しい会話が一度も成り立つ気がしないよ」


 しかも確か俺って、思っただけで口にはしてないよな、筋肉質の百合の花(マッスル・リリィ)


「おそらく貴様の解釈とは意味が違うぞ、小僧。俺は『様子がおかしい』にしては『様子がおかしい』という意味を表すために、『様子がおかしい』と言ったのだ」


 わざわざ面倒くさい言い回しをしなくてもいいのに。しかも解釈も何も聞いてわかるもんでもないだろ、それって。


「で、どういう意味なんだ?」


「うむ、確かに状況に関して様子がおかしいと言うのは正しい、がここの空気からは悪意ある殺気も悪意なき殺気も感じられん」


 悪意ある殺気はわかるけど、悪意なき殺気ってなんだよ。

 後でヘカテーとシャルルに聞いてみたところ、悪意なき殺気と言うのは生物の捕食本能を満たすため、つまり食欲を満たし生きていくための殺害行動で出る殺気らしい。出る出ると簡単に言ってはいるが、俺にはよくわからないんだが。


「今無防備に貴様が入っていっても、たぶんに大丈夫だろうよ」


 たぶんなのかよ。しかも俺なのかよ。


「騙されたと思って、入ってみるがいい」


「アル君、頑張ってー」


 ヘカテーが親切に後押しして、人が断りにくい状況にして下さったよ。

 振り返って恨みを視線に込めて送ってやると、一瞬きょとんとしたヘカテーは猫みたいに笑った。確信犯か。


「わかったよ」


 今さら引きようがない。

 シャルルやヴィルアリアが期待に満ちたキラキラした目をこっちに向けているからな。お前ら、俺がおとしいれられるまでのくだりを聞いてたのか。

 大扉に駆け寄ると、少し押してみる。どうやら1人の力でも開けられるような機構が施されているのか、ギギッと軋むような音を立てて隙間が空いた。

 これで大丈夫なのか国境警備、と少し不安を覚えるが、たぶん普段は鍵もあるのだろうと思考を放棄し、扉にあてがった手にさらに力を込める。

 そして隙間から中に身体を滑り込ませた瞬間、俺は叫ばざるを得なかった。


「だ、ま、されたあぁぁっ!」


 しまった中の様子を窺ってから入ればよかったと後悔しても時既に遅し。

 目の前に、巨大な竜が鎮座していた。

 ティーアで見た鏃翼竜リンドヴルムとは形状が大きく異なる。あっちは翼と腕が一体化したような姿のいわゆる翼竜ワイバーンという奴だが、目の前の竜はまるで蛇のようだった。高さ7,8メートルといったところの身体の大きさに比べて、2対4本の手足は極端に小さく、1対の翼は極端に大きい。かなりバランスの悪い形をしているはずなのだが苔むしたような色の鱗や大きなとび色の瞳、そして蛇とは大きく異なるオーラに対して美しいという感想を抱いている自分がいた。

 周りに兵士はいない。もちろん生死問わず誰もいなかった。

 その決して広いとは言えない空間の中には俺とその竜しかいなかったのだ。

 それなのに次に聞こえたその声は、驚くほど静かにその場に響いた。


「お久しぶりやねぇ。少年」

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