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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第一章『黒き森』
9/98

(8)黒き森‐Ein Tag des Friedens‐


黒き森(シュヴァルツヴァルト)に行きませんか?」


 俺にとっての波乱の食卓が終わり、裏通りに出て鍛練前に一息ついていた時だ。突然シャルルがそう切り出した。


「森に?」


「はい」


「理由は?」


「えっと……とにかくです」


 何それ理由になってない。


「まだ鍛練が……これから始めるつもりだったんだけど……」


「あっちでもできますよ。場所も広いですし、周りに気を遣う必要もありません」


「なにかあった時にはどうするんだ? 怪我とか」


「あ、えっと……私が回復魔法を使えますから。大丈夫です」


「シャルルが意識不明の重体だったら?」


 やば、シャルルが泣きそうになってる。


「ま、その時はルーナにここまで乗せてもらえばいいか」


 と言ってやると、パアッと目を輝かせて微笑んだ。女の子に耐性のない俺には、その顔は反則だろ。


「で、どうやって行くんだ?」


「ルーナちゃんと空間転移魔法テュアシュトラーセ、どちらがいいですか?」


「ルーナでお願いします」


 シャルルのいつ失敗するかわからない空間転移魔法テュアシュトラーセに頼るとどうなるか。わからないからこそ怖い。


「あ、ごめんなさい……。そういえばルーナちゃんは今、別の用を任せているので頼めないんでした」


 つまり最初から選択肢なんかないんじゃねえか。結局危ない方になるんなら最初から安全な方なんか選ばなきゃよかった。


空間転移魔法テュアシュトラーセの用意をしたいので、少しだけ待っててくれますか?」


 ちょっと意地悪してやりたくもなったが、八つ当たりも悪いからと素直に頷く。


「ありがとうございます!」


 なんでこんなことでそんなに嬉しそうな顔をするかね。

 シャルルは前の失敗で多少を学習したのか、裏口前ではなく道の端っこに座り込んで魔法陣ルーントを描き始めた。

 シャルルが黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女だということを考えれば、無理もないことなのかもしれない。あまり昔のことは知らないし、シャルルも話してくれたことはないが、昔から怖がられるような噂を立てられていたなら察するに友好な人間関係も築けなかっただろう。今のような当たり前のことに喜びや幸せを感じてしまうのは、あまり経験がないからだと納得できる。

 そうなると、やっぱり俺みたいな気が合うわけでもない奴とのつながりに一生懸命なのも頷ける。


「シャルルっ、俺たちもうずっと友達だからなっ!」


 シャルルは振り返ってビックリしたような表情になった。が、すぐに口元が緩み、ニコッと微笑んで頷いた。

 何故だろう。

 何故かはわからないけれど、なんとなくそんな当たり前のことをわざわざ口に出して言っておきたくなったのだ。

 だけど言ってよかったと思った。シャルルが喜んでくれたのだから。

 それから30分程度経った頃、手持ち無沙汰に短剣と鉤爪の手入れをしていた俺の肩を、いつのまにか背後まですり寄ってきていたシャルルがちょんちょんとつついた。


「用意できました」


「シャルル……お前、前は1時間半かかってなかったか……?」


「前はここから森までの転移は初めてで……、空間転移魔法テュアシュトラーセ自体も久しぶりだったので、思い出しながらちょっとずつ丁寧に描いてたんです」


 つまり失敗する可能性も普通より高かった、とそういうわけか。やっぱほとんど罠みたいなもんじゃねえか。よく無事に森までたどり着いたなあの時の俺。今さらながら賞賛を送るぞ。


「今回は2度目ですし、空間転移魔法テュアシュトラーセの感覚も思い出しましたから大丈夫です……ちょっと手抜きしちゃいましたけど……」


 この子の場合、最後のちょっとした一言が非常に怖いのですが!?

 とわずかな戦慄を覚えつつ、手招きするシャルルについて直径40センチほどの魔法陣ルーントの前に立つ。

 これで手抜きなのかというぐらい、素人目には複雑に見えた。外縁も真円に見えるし、読めはしないが文字も異常に丁寧で綺麗だ。バランスもとれているように見える。て言うか前の奴と何が違うのか、素人なりに観察してみるがさっぱりわからん。

 たぶんこれを芸術品と言われても、普通に信じてしまうだろう。


「そこに立ってください」


 シャルルはその魔法陣ルーントを指さしてそう言った。


「前みたいに触っただけで発動するんじゃないだろうな」


「……たぶん大丈夫です」


 その間が恐いんだっての。て言うかどっちにしたってたぶんかよ。

 仕方ないので、せっかくの芸術品(?)を消してしまわないように気をつけながら、魔法陣ルーントの上にそっと立つ。よしよし、どうやら今回は何も起こらないみたいだ。前の異常効率による事故は半ばトラウマになってるからな。


「もうちょっとそっちに寄って下さい」


「無理言うな」


 そもそも40センチの円の中に2人が立とうってだけでも地味にキツいだろうが。

 そう思った途端、視界がシャルルの帽子に埋め尽くされる。シャルルがスッと身体を寄せてきたのだ。


「ちょっ――」


 密着した皮膚から、体温が、心臓の鼓動が、息遣いが、隔てるものも無くありのまま伝わってくる。

 飛び退こうと身体に力を入れた瞬間、腰に腕を回された。シャルルは抱きついたような格好でアルヴァレイの顔を見上げ、子供のように頬を膨らませた。どうやら嫌がっていると思われたらしい。

 違ぇよ。恥ずかしいんだよ。女の子とこんな密着するなんて、妹を除けば人生初だからな。ちなみに幼児期は知らん。憶えてるわけもないし、そもそもそんなことを考えてる幼児なんかいない。


「暴れないで下さい」


「すいません」


 いやでも、かなりな至近距離にシャルルの顔があるんだぞ。

 線の細い顔立ちに綺麗なさらさらの金髪。ぱっちりした目に、桜色に染まる頬に、艶のある唇。それら全てが完成された芸術品のように整っていて、思わず息をするのも忘れたくらいだ。シャルルに比べたら、足元の魔法陣ルーントなんか芸術品なんかじゃない。比べ物にならないのだ。

 そんな感じでどぎまぎして、激しく鳴り始めた心臓の鼓動がシャルルに聞こえないか本気で心配する中、


「行きますよ」


 シャルルが静かにそう言った。

 わずかに感じ取れる魔力の流れ。

 そして、紫色の行使光が俺とシャルルの周りにほとばしった。空間転移魔法テュアシュトラーセが発動したのだ。

 思わず目を閉じた次の瞬間、密着していたシャルルの身体が離れたのを感じた。


「もう大丈夫です」


 言われておそるおそる目を開けると、そこは前に来た時に訪れた森の中の木々が開けた小高い丘の上だった。


「どうぞ、入って下さい」


 振り返ると、シャルルが小屋の扉を開いて、中に入るよううながしていた。

 その招きに従い中に入ると、


「で、今日俺を黒き森(シュヴァルツヴァルト)まで呼んだのはどういうことだ?」


 直球で訊いた。

 途端にシャルルの表情が固くなる。

 本心から何かを怖がっている、そんな表情だった。

 シャルルはしばらく機嫌を窺うような上目遣いでアルヴァレイの様子を見ては、言葉を紡ごうとして躊躇っている様子を見せ、急に顔を真っ赤にしたかと思うと、


「あ、あの!」


 何でも来いや。


「私の身体、見て貰えませんか!」


 私の身体見て貰えませんか……。

 身体見て貰えませんか……。

 見て貰えませんか……。

 貰えませんか……。


「はぁっ!?」


 ビクンッ。


 突然叫んだ俺も悪いが、そこまでビクビクすることはねえだろ。


「それって……どういう……?」


 たぶん違うんだろうなーとは思いつつも、頭の中ではさっきの台詞から触発されたいかがわしい想像もとい妄想が次々とよぎり、無意識の内にシャルルのローブの下の、さらに奥の方を想像してしまっていた。


「見て貰った方が早いですからっ」


 とシャルルはローブを首元で留める大きなボタンに指をかけた。


「ちょっ……と待った!」


 両手をシャルルの目の前に突きだし、その暴走気味の行動を制止すると、


「先に訊いとくけど何をする気なんだ!?」


「邪魔ですからこれを脱ぐんです!」


 ホントにそっち系なのかよ!?

 とりあえず茫然自失する俺の目の前で、シャルルは再びそのボタンに指をかけた――まずいッ、シャルルが何を考えてこんな暴挙に出たのかは知らないが、少なくとも正気とは思えない!


「ちょっと待てって!」


 制止を聞かないシャルルを止めるため、くだんのボタンを押さえにかかる。

 が、ハプニングと言うものは得てして慌てた時に起こるもの。思考もおぼつかず、周りを見る余裕もない今は、ハプニングにとってはまさにその好機だったようだ。


「きゃっ」「うわっ」


 なんの捻りもなく、俺は足の下にあった何かを踏んでつまずき、シャルルを巻き込んで盛大にぶっ倒れた。


 ガターン。


 テーブルのわきにあった椅子にぶつかり、音まで盛大に響き渡った。

 そして、途端辺りが静かになる。


「っー」


 どうやら椅子を肩にぶつけたらしい。ずきずきと痛む肩を再認識しつつ、俺は――硬直した。


 現状整理。

 1、転んだ際、俺はシャルルの上にのし掛かる形になったらしい。

 2、ローブのボタンはもつれ合い倒れる内に引きちぎれてしまったようで、シャルルは今、ローブがはだけた状態である。

 3、俺の右手及び顔面は何かとても柔らかい何かと接触している。

 4、目の前至近距離で形のいい眉をわずかに歪めるシャルルの顔は真っ赤に染まりきっており、明らかに困惑している様子だ。


 結論、というか総まとめ。


 まるで俺がシャルルを押し倒してローブのボタンを引きちぎり、シャルルが下に着ていた薄手の服の布で守られているだけの胸に顔を埋め、さらに右手で愛撫しているように映ってしまうのではないか、と。

 ぶわっ、と嫌な汗が額や背中から噴き出すのを感じた。

 そして、ぶわっとシャルルの目じりに涙が湧き出すのが見えた。


「ア、アルッ、アルヴァレイさん……!?」


「ち、違うぞシャルル!」


 口をパクパクさせるだけで何も言えない様子のシャルルを見て、俺の頭の中にさっきはよぎった程度だった妄想が鮮明にカムバック。俺の頭はアホなのか!?

 妄想を振り払うこととシャルルへの否定の2つの意味を込めて、ぶんぶんと激しく頭を横に振る。そして同時にシャルルの上から慌てて飛び退いた。


「今のは事故だっ、不可抗力だっ!」


 単調な弁解を繰り返す俺の前で、シャルルはバッと上体を起こすと、ローブで身体を隠すように手で押さえながらズザザッと後ろの壁まで後ずさった。

 その拍子に被ったままでずっと外さなかった帽子が落ちてしまう程の勢いで――。


「え……?」


 何だ……アレ?

 初めて全貌が明らかになった金髪の下から伸びてるモノは……?

 まるで……動物の、耳、みたいな……。


「きゃうっ!」


 シャルルは叩かれた犬みたいな声をあげて、床に落ちた帽子を拾い、その中に頭を思いきり突っ込んだ。

 そして両手で帽子を押さえ、壁に寄りかかるように震え始めた。


「シャルル……今のって……」


 ピクンッ。


 俺が声をかけた瞬間シャルルは大きく震え、その後はぴくりとも動かなくなる。


「シャ」


「覚悟は……」


 俺の言葉を遮って、シャルルは言葉をつむぎ出した。


「覚悟はしてたんですけど……やっぱり自分から言い出す方が良かったです……」


 そう言ってゆっくりと、おそるおそるといった調子で帽子をとって下におろした。同時にさっき見たそれは夢や幻などではなかったことが証明されてしまった。


「それ……耳、なのか……?」


「……はい」


 シャルルの顔の横、ちょうど普通の人類と同じところに、先が尖り全体がクリーム色の毛に覆われた獣の耳があった。俺がそれをじっと観察しているとわずか10秒にも満たない間に、まっすぐぴんと立っていたかと思うと、上下に揺れ始めたりせわしない。


「えっと……耳飾り?」


「……耳です」


 現実逃避失敗、と同時に唖然。

 確かに種族ごとに身体に特徴が異なるのは分かる。例えば最も単純な身体をしている人間を基準にすると、魔族には角や羽の生えている一族もあれば、神族は総じて耳が尖っている。

 しかし、今までに獣の耳が生えている種族なんて、聞いたことも見たこともない。これまでの人生において、生物学的にも重要な医学書にすら目を通してきたのだ。まず間違いなく異常の範疇にある。


「シャルルって魔族?」


「……違います」


 比較的身体の作りが似ている神族と人間に対し、翼や角など魔族は少し変わった特徴を有するものが多い。

 そうでないなら、シャルルはいったい何なんだ?


「神族とか魔族とか人間とか、多分私はそういうたぐいのものじゃないんだと思います。あまり昔の記憶がないので、よくは分かりませんけど。そんな気がします」


「記憶喪失……とか?」


 記憶喪失の何を知ってるわけではないが、何らかのショックで記憶を失うことぐらいは知っている。それにしたって耳の異形に説明がつかないが。


「……わかりません」


 シャルルはそう言うとうつむいてプルプルと震え始めた。たぶん怖いのだろう。友達を、人間関係を失うのが。


「……アルヴァレイさん。私のこと、怖くなりましたよね?」


 なんで断定調なのに疑問系よ、お前は。


「……別に。言っただろ。ずっと友達だって。お前も頷いてたじゃねえか。今さらお前の方から撤回するなんて無しだぞ」


「しませんっ。したくない……したくないです……」


「そっか……ならよかった。まあでも、一言だけ言わせて貰うとしたら……ちょっと拍子抜けだったかな」


 自分が『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』だってことはもう自分からばらしてるわけだし。そんな奴がそれでも隠してたことなんてもっとやばいことぐらいしか思いつかなかったからな。


「拍子抜け……ですか?」


 俺は、驚いたように目を丸くしてくれるシャルルの反応に心を和ませると、


「あぁ、だから他にも隠してることがあったら、先に言っとけよ。いちいち驚くのも疲れるからさ」


 俺がそう言うと、シャルルは不思議そうでかつ嬉しそうな加えて躊躇うようなどれとも言えない混沌とした表情を浮かべると、何かの決意を目に秘めたように、力強くバッとローブを脱ぎ捨てた。

 そして、相変わらず短い腰巻き(ガードル)を留めるボタンに指をかけ、呆然とする俺の目の前で――外しやがった。


「ちょっ!」


 止める間もなくシャルルの手から腰巻き(ガードル)が離れ、重力に従ってパサッと床に落ちた。

 そしてその下にあった布の白が目に入った瞬間、


「何考えてんだ、お前!」


 思わず叫んで手で目を覆う。


「ちゃんと見て下さい! 私だって、はっ、恥ずかしいんですからっ!」


 ならなんでこんなことするんだよ。


「今見なかったら今度アルヴァレイさんの部屋でまた脱ぎますよ!」


 最悪レベルの脅迫だ! 母さんに見られたらどうなると思ってんだ、特に俺が!


「それでも駄目なら裏通りで脱ぎます!」


 既に度しがたい露出狂の台詞になってる、がしかし、そんなことをされたら俺は社会的に抹殺されかねない。


「わかった! わかったから!」


 ちくしょう見ればいいんだろ見れば! と半ばやけくそになりながらも、俺はおそるおそる目を覆う両手を外す。


 パタパタッ。


 バッと素早く目を覆う。

 うん、今の何かな。

 シャルルからの反応がないので、もう一度おそるおそる両手を外す。


 パタッ、パタパタッ!


「……尻尾……飾り?」


 シャルルのお尻から狐や狼の尻尾のような毛の束が生えていた。

 毛皮に詳しいわけではないが、艶のある毛並みにふわふわとした毛先を見ると、テオドールの市場で大量に見るような取引品とは明らかに違っている。あっちは安物混じりだが、こっちは貴族御用達クラスの一級品じゃないのか?


「これ……尻尾なんです」


 なんですか……。で、なんでシャルルさんのお尻にそんなものが生えてらっしゃるのでしょうか……。


「普通の人類には尻尾なんか生えてないよな……?」


「はい……今のところ見たことはないです……私だけこんなので……」


 悲しげにうつむくシャルル。

 なるほど、今まで深い人間関係を築けなかったのはこっちにも原因がありそうだ。


「……アルヴァレイさん。私のこと、怖くなりましたよね?」


 この子はさっきの遣り取りをもう一度繰り返す気なんですかね。


「ならないって言ってんだろうが。別に耳やら尻尾の有無で友達選んでるんじゃねえぞ。お前、俺の耳がそんなんで尻尾が生えてたらどう思うよ」


「親近感が湧きます」


 そういう話じゃねえよ。それはお前と同じだからだろうが。


「……まあいいや。要はお前も尻尾とかで友達選ぶわけじゃないだろってことだ」


「はい、もちろんです。私の『家族』にも手足が無いせいでどこから尻尾かわからない子がいますし」


 なにその蛇みたいな奴――ん?


「お前、家族いるのか?」


「あ、えっと……血の繋がりはないんですけど、この森に住んでる同士、とても仲良しさんなので『家族』って呼ぶことにしたんです。皆でそう決めました」


 あれ?


「でも、この森って人は住んでないんじゃなかったか?」


「人じゃなくて動物ですから」


 さっき言ってたのはホントにホントの蛇さんかよ。俺、蛇嫌いなんだけどな。

 ていうか家族のことを話してる時のシャルルの尻尾、すごく嬉しそうに動いててなんか可愛い。ついてるのはシャルルのお尻なのに、小動物を愛でてる気分だ。


「こういう尻尾の動き方って、癒されるというか……なんか可愛いよな」


 さりげなく本心を暴露しつつ、素早い身のこなし(フットワーク)でシャルルの後ろにまわる。そして、悪戯心にかられてその尻尾を掴んだ――。


「わひゃっ」


 途端、びっくりしたのかシャルルが可愛い声で鳴いた。


 なでなで。


「にゃにゃにゃ!」


 可愛かった。


「面白いな、これ……痛っ」


 尻尾で顔を思いきりはたかれた。シャルルは顔を真っ赤にして、バッと飛び退き、警戒しながらローブを拾い上げて羽織った。どうも尻尾を触られるとどうにかなるらしい。どうなるかはわからないが。


「怒りますよ、アルヴァレイさん!」


 もう怒ってるじゃん。

 とは言え、いつも丁寧で物腰柔らかな言葉遣いなので冷静さを欠くシャルルの姿は新鮮で、見ていて楽しい。可愛いというのは間違いないけれど。


「そう怒るなよ。そんなことより、シャルルの家族を紹介してくれよ。友達なんだからそんぐらいいいだろ」


 ホントに怒ってるっぽいシャルルの気を逸らせるために考え無しに言ったこの台詞。俺はその日の夜までにかけて30回ほど後悔することになる。







 今日の教訓! 口は災いの元。


 突然ですがクイズです。

 アルペガという動物が目の前にいるとします。

 あなたは今どうするべきでしょうか?

 

 この答えを知らないあなたはきっと幸せ者でしょう。

 答え:今すぐに世界中の神様に祈りながら、全速力で逃げてください。

 それでもまだ生還できる確率は50パーセントに満たないですが。

 おかしい。何がおかしいって、もちろん今俺が置かれている状況がだ。

 突然だったとはいえ、友達の家に来ただけなのに、何で危険度S級のアルペガしかも3頭が俺の周りを歩き回ってるんだろう……。

 アルペガに関しては補足説明をしなければならないでしょう。急に口調が丁寧になったのはアルペガを刺激しないようにするためなので、ご容赦ください。

 まずは白い毛並みの虎を思い浮かべてください。そこに胴体と同じくらいの大きさの鳥のような白い翼をつけてください。尻尾を2本に分けてください。最後に頭から尻尾の先までを3,4メートル程度にしてください。恐らくアルペガそのものが頭の中にイメージできているはずです。

 ちなみに性格はきわめて好戦的、かつ獰猛。生命力が強く、ちょっとやそっとの怪我じゃききません。空も飛べます。その巨体に似合わず素早くて、とても賢いです。


 そして、もちろん肉食です。専門家でも、たまにやられます。

 ただ、世界でも限られた山地にしか生息できず、現在300頭ほどにまで数が減り、絶滅の寸前です。

 それだけに、目撃情報も少ないのです。はずなのですけれど。

 シャルルは背中に乗ったり、頭や身体を撫でたりしてはしゃいでいるが、アルヴァレイは少し離れたところで正座していた。


「大丈夫ですよ、とっても優しい子達ですから」


 ぐるるるるるるるるるるっ。


 アルヴァレイには、唸って威嚇しているようにしか見えないけどね。


「シャルル、この子達のことはもう分かったから次いってくれないか? 出来ればもっと可愛い奴を」




 今日の教訓 弐! 十人十色。


「シャルルさん? この子達可愛いですか?」


「はい! とっても可愛いです!!」


 この子達というのはウサギのことだ。

 確かに木の実をほおばっていたり、立ち上がってキョロキョロしているウサギは可愛いと思う。

 ただし、体長4メートル超えはおかしいですよね?


「何でこの森の動物はこんなビッグサイズばっかりなんだ?」


「変なこと言わないで下さい。ちゃんとこのくらいの子もいますよ」


 シャルルはそう言って、手を30センチほど開いて見せた。

 いや、まあそれでも小動物にしては大きいような気がしないわけでもない。


「俺、そいつ見たいなー」


 つい棒読みになってしまった。



 今日の教訓 参! 百聞は一見に如かず。


「シャルル、確かに今までに比べたら、だいぶ低くなってるけどさ。普通は高さじゃなくて、長さだよね……蛇って」


 まさかとは思ってたけど、本当に常識を知らないのか。


「そうなんですか?」


 いつか『無自覚は人を殺す』って格言にならないかな。


「シャルル。頼む。テオドールに帰ろう」


 友達に土下座したのは初めての体験だった。







「疲れた……。ったく……気づいたらシャルルはどっか行ってるし。今日1日はもう動ける気がしない……」


 どこかで言ったような言葉だ。今日1日はあと8時間程度で終わってしまうが。

 部屋に戻ってきたアルヴァレイはそのままベッドにもぐりこみ、すぐに寝息を立て始めた。


「アル? 帰ってるの? あら? もう、寝てるの。シャルルちゃんのことをもっと詳しく話してもらおうと思ってたのに。まあいいわ。明日はちゃんと話しなさいよ?」


 扉が乾いた音を立てて閉まった。

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