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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第七章『狂悦死獄』
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(25)奇跡‐Ein Kampf‐

「アハハハッ♪」


 魔界の真理(ルシフェル)は気配を完全にって、木の上から激しい攻防を見物していた。


「はいはい奇跡奇跡だ~。奇跡の大量生産だ。ついでにそのまま人から離れちゃえばいいのにさ~♪」


「アハッ♪ そもそも最初から人じゃないよね♪ んむっ、あいふは」


 隣で枝に座り込み、足をぶらぶらさせているティーアの悪霊(ルシフェル)が手近な木の実をとって頬張る。

 戦っているのはアルヴァレイ=クリスティアースとリィラ=テイルスティングの2人だ。どちらも譲らない様子だが、戦いの上でのはアルヴァレイがやや悪く、ここはこれ経験の差が出ている。


「久遠とシュネーもこっち来て見ればいいのに。どうせ『理を逸脱した表裏一体エーンリッヒ・ドゥンケルハイト』が効いてるから、絶対バレないよ?」


 『真理』ルシフェルに大声で呼ばれた少女たち、火喰鳥久遠とシュネー=ラウラ=ブラズヘルはその一本下にある太い枝に隣り合って――シュネーの身体にまとわりつく寄生型の金竜ガウルのせいで2メートルほどの距離が開いているが――座っていた。

 ちょうどそこは周りの木々から枝葉が伸びて、2人の姿を覆い隠してくれているため、下を誰かが通ってもほとんど見えない。とは言え『悪霊』ルシフェルの使った魔法、『理を逸脱した表裏一体エーンリッヒ・ドゥンケルハイト』の効果を受けている久遠たちにはあまり関係がないのだが。

 加えてなぜルシフェルたち(ヽヽ)がここを選んだのかを考慮しなければ、無理をしてルシフェルたち(ヽヽ)の高機動に追いついた久遠の羽を休ませるには風通しもよく快適なこの場所は十分すぎた。


「早く早く、く~おん~」


「見てると笑えるよ~」


 あとルシフェルたち《ヽヽ》がうるさくなければよかったのにと思っていた。

 相変わらずの無表情を貫くシュネーは、ガウルの頭を15分余りにもわたって撫で撫でし続けている。その手にされるがままのガウルは、聞こえてくるアルヴァレイとリィラとの攻防の金属音に合わせて身体を小刻みに揺らしていた。


「親近感でも……あるんでしょうか……」


「わからない」


 ビクゥッ。


 まさか聞いているとは思いもしなかった久遠の肩が大きく跳ねた。


「どうかした? 久遠お姉ちゃん」


「う、ううん……何でもない……」


 久遠の返事をどう受け止めたのか、シュネーはガウルと静かに見つめ合う。


「な~にやってんの?」


 ビックウウゥゥッ。


 思わず枝から落ちそうになった久遠の腕に、ガウルの尻尾が絡み付く。


「ガウル。いいこいいこ」


「キクェウェッ」


 嬉しそうな金切り声を背景に体勢を立て直して振り返ると、ルシフェル――どっちかはわからない――が特に手を貸してくれる様子もなく座っていた。


「返事がないからわざわざ仕方なくいやいや下りて来たんだけど驚かしちゃったみたいだね~アハハッ♪」


「わざと……ですか……?」


「ちょっと久遠、なんで距離置くの? というか久遠の私に対する好感度の話はどうでもいいんだけどね。それよかホントに見とかなくていいの? 『神の翼』とは言え、奇跡を見るなんてなかなか無いんでしょ。正直それ自体がこの世界の成り立ち的におかしいはずなんだけどね」


「成り立ち……?」


 そういうことを言い出すのは、いつも『真理』のルシフェルだった。


「うん、ずっと思ってたんだよね~。かれこれ700年ぐらいかな。魔界の真理である『魔法』はイビツな形になったけれどちゃんとこの世界に浸透してる。勉強次第では誰でも使えるよ♪」


 ほら、とばかりに『真理』のルシフェルは指の先に光を灯して――くるくるポンッ。

 軽い破裂音の猫ダマシで久遠は再びバランスを崩し、またまたガウルとシュネーに助けられる。


「で、人間界の真理は『感情』。これも全人類から全生物に至るまで等しく平等、シュネーだってちゃんと『憎しみ』って感情を持ってるよ」


 久遠は思わずシュネーの方を見た。その無表情の下には、どれだけの憎悪が渦巻いているのだろう。境遇を淡々と告げられただけで久遠は泣きそうになってしまったぐらいなのだから、本人はもっとつらいだろう。


「じゃあ神界の真理の『奇跡』はなんで祭り上げられるだけで等しく平等にならないの? ってね♪ ずうっと考えてたんだけどわっかんないんだよね~」


 上の枝に残った『悪霊』ルシフェルの方に意味ありげな視線を送ると、『真理』ルシフェルはくすすっと笑った。


「わかんないと言えばアイツもそろそろ気づかないかね、いい加減さァ。自分が『神界の真理』なんだって」


 ルシフェルはやれやれと言うように肩をすくめて手を振った。


「色々とヒントをやってんのにここまで気づかないなんておかしいよね~。頭悪いのかなぁ……」


「ヒント……?」


「そもそも肉体の操作ができる『悪霊』に、不必要な治療用の人格ティアラがある時点で奇跡だし、最近いつもアリスのテンションが高いのも奇跡、自分から出ていったシャルルが一年ちょっとで見つかったのもある意味奇跡。アイツの目の前では誰も死んでないこれも奇跡。さっき鎌を逸らしてたけど、あれも普通の人類じゃ無理だよ。で、リィラ=テイルスティングの剣撃を受け続けられてるのも奇跡。出てくる出てくる奇跡の山。久遠にしたってその奇跡に助けられたのかもしれないし、ヘカテーがアイツを好きになったのも正直ただの奇跡だって信じたいねぇ。どうせ私のはただの共鳴反応だろうから」


 『真理』のルシフェルはわずかに目を伏せると、唐突に上を見上げた。


「何やってんの? ()


 『悪霊』ルシフェルが上の枝から顔を覗かせて、『真理』ルシフェルにジト目を向けていた。


「別に何も♪ それよか2人はどうなったの? 何も聞こえてこないけど」


 気がつくと、確かにさっきまで聞こえていたリズミカルな金属音は完全に止み、代わりに緊張から来るようなピリピリとした空気が辺りを支配していた。


「アル君の短剣とリィラの剣が相討ちしちゃったんだねぇ。なんでかわかんないけど根本からポッキリ。アハッ♪」


 絶対ルシフェルが何かをした、と久遠は確信にも近い判断を下す。


「どうやってやったの?」


「近づいて触っただけ」


 力任せにへし折ったらしい。

 ルシフェルはふーんと興味無さげに呟いて、勢いよく立ち上がった。と同時に上から『悪霊』も飛び下りてきた。


「で、さっき逃げた原理は見つかった?」


 さっき久遠たちの真下を通って森の奥に消えたメイド姿の少女のことだろう。

 一瞬上、つまり久遠たちを見上げているようにも見えたが、なんとなく気配を感じ取っただけで、はっきりと見つけたわけではなさそうだった。


「あの方は……その……原理だったんですか……?」


「うん、そーだよ♪」


「久遠も感じたでしょ♪」


 その時はこれもなんとなく、冷たい風に全身が晒されていたような気分だった。落ち着かない、本能的な緊張や根本的な恐怖にも似ている。どこか違和感にも似ている。他を圧倒する逸脱感はいなくなった後でも拭えなかった。それぐらい外れた存在だったのだ。


「今使い魔に探させてるよ。いつまでも下位互換じゃ気分的にアレだしね~」


「下剋上のつもりもないけどね~」


 まるで双子の姉妹のように瓜二つな顔を見合わせるルシフェルたち(ヽヽ)は、鏡合わせのように同じ仕草で、


「「さ、久遠。私たちにはやらなきゃいけないことがあるんだから」」


 『悪霊』は右手を。

 『真理』は左手を。

 久遠に向かって、差しのべる。


「私たちは」

「影で」

「こそこそ」

「動いて」

「理を」

「ねじ曲げよ♪」

「表に」

「名前を」

「残さないように」

「気をつけながら」


「おんなじ声で……リレーみたいに一度に……喋らないで下さい……」


 そう呟きながら、久遠は二人の手を取り、ぎゅっと握った。







 バキンッ。


 互いの攻撃をはじいた瞬間、アルヴァレイとリィラの手の中で持っていた短剣と両手剣がそれぞれ根本から折れた。


「な……」「なに!?」


 カランッ。


 乾いた音が静かに響き、アルヴァレイと同様にリィラも一瞬硬直した。

 剣が折れた。

 しかも打ち合っていたわけでもない根本から、同時に。

 呆然としているリィラの顔を見た瞬間――ハッ。


 チャッ。


 左手の鉤爪の鋭く曲がった切っ先をリィラの首筋に当てがった。いざとなれば、首の右側面をリィラの命ごと引き切れるよう。


「動かないで下さい」


 リィラは表情を強張らせ、残った剣の柄を静かに地面に落とす。


「完全に私の油断だな……」


 そしてわずかに唇を噛み、身体から力を抜いた。


「リィラさん……」


「よせ、やめろ、聞きたくない」


 リィラは強い口調でそう言った。

 言葉と共に息が詰まる。

 まるで、鉤爪を突きつけられているのはリィラではなく自分。そんな気分だった。


「どうして」


「聞こえなかったか、アルヴァレイ。聞きたくないと言っているんだ。私は引き返せない。いや、引き返さない。自分から選んだ道だ。これが私の本心だ」


「リィラさんは口蜜伏犬ミーネ・エンデルングで」


「違う。マリス様はきっかけに過ぎん。最初こそ確かに口蜜伏犬ミーネ・エンデルングに踊らされていただけかも知れない。だが狂悦死獄マリスクルーエルに会って、その下で人を斬って初めて気づいた。私には騎士を志す資格など無かった。正も義も、掲げる資格など無かった。だからこそ父は死に、仲間は食われ、恋人すら失った。私がいたからアイツらは死んだんだ! 私は――」


 リィラは自らを疫病神だと罵った。

 疫をもたらし、病へ導く死神のような存在なのだと。

 しかし、リィラは涙を流したりはしていなかった。ただアルヴァレイを、そしてその鉤爪の切っ先を睨み付けていた。

 一人の敵として。


「やはりお前は甘い」


 フッと薄い微笑みを浮かべたリィラは――ガッ。


「なっ……!?」


 鉤爪を素手で握り締めた。

 咄嗟のことに手が動かず、アルヴァレイはリィラの手から流れる血にぎょっとして一歩足を引いた。


「お前は知ってるだろうが……私は徒手格闘の方が得意だ」


 くんっ。


 リィラは鉤爪の鉤状に曲がった部分を手甲の金属に引っかけ、思い切り引く。

 呆然としていたアルヴァレイにそれを堪えられる訳もなく、前につんのめるように倒れ込んだ。


 ドガッ。


「か……はっ」


 鳩尾みぞおちを鈍い衝撃が襲い、肺の中の空気が絞り出される。そして一瞬遅れて激痛がじわりと身体に広がった。

 リィラと違って、アルヴァレイは身を守るための鎧を着けていない。

 それはアルヴァレイ自身が自覚している強み、素早さを活かせなくなるという打算に依るものだったが、ここではそれが裏目に出たのだ。


「アルヴァレイ、お前はよくやったが残念だったな」


 リィラは優しく諭すような口調でそう言ったかと思うと、


「まだ私より弱い」


 厳しくそれを突きつけた。もう片方の拳と共に。

 アルヴァレイは何の抵抗もできず、堅い地面の上に倒れ込んだ。


「いや、まだと言うのもおかしいか」


 そう笑いつつ地面に落ちていた剣の刃を拾い上げると、腰防具のアクセントとして付いていた布を引き抜いてその根本に巻き付け始める。


「理由はどうあれ動機はどうあれ、運命であろうが天命であろうが……」


 巻き付け終えた布の部分を持って、


「お前はここで終わりだ。強くなる余地はない」


 リィラはアルヴァレイの左手の鉤爪を踏みつけて、地面に固定する。


「月並みでなんのひねりもない陳腐な台詞だが、本心からお前や鬼塚たちと過ごした日々が一番楽しかったよ」


 恥ずかしげもなくリィラは言って、剣の刃を振り上げた。

 死ぬ。そう頭によぎり、アルヴァレイはとっさにリィラの足を掴んだ。


「じゃあな!」


 掴んだ足は、まるで根を張った木のようにどれだけ力を込めてもびくともしない。

 視界にはリィラの薄笑いと左胸に迫る鋭い刃が映る。

 まるで全ての音が消えたような感覚が襲い、痺れたように動かない手足に必死に祈りながらも尚、アルヴァレイはリィラの目をまっすぐ見つめていた。


「『リィラ=テイルスティングっ! 自分の足を刺しなさい!』」


 ザクッ。


 肉が裂ける音。

 しかし、痛みは無かった。

 死ぬ時って痛いわけじゃないのかな、と思考のベクトルが能天気な方に向きかけた時、真っ白に感じていた視界が元の色彩を取り戻した。

 赤。

 視界に最初に映った色はそれだった。


「ぐっ……ああぁぁぁぁぁあっ!」


 俺の声じゃない。

 呻いているのはリィラだった。

 さっき誰かの声が聞こえた。

 その声は誰の声だっただろうか。

 何を言っていただろうか。


『リィラ=テイルスティングっ! 自分の足を刺しなさい!』


 呻きながら後ろに倒れ込むリィラの足には、鮮血を浴びた剣の刃が深々と突き刺さっていた。

 バッと視界を横に遣る。


「アル君!」「アルヴァレイさん!」


 シャルルとヘカテーが少し離れたところに立っていた。

 2人とも疲れている様子で、息が乱れている。そしてヘカテーのすぐわきには、金の鎖が落ちていた。完全にほどけた形で。

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