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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第七章『狂悦死獄』
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(21)追憶‐Erinnerung‐

 紙縒は、手持ちぶさたに康平とヴィルアリアを観察していた。

 康平はほろを支える支柱にもたれ掛かるようにして寝ている。

 ヴィルアリアは床板の上で横になり足を小さくたたんで、長くて綺麗な金髪を紐でくくって束ね、それを肩越しに前にまわして抱きかかえるような体勢で眠っている。髪が広がらないようにするための配慮だろう。

 2人の様子を眺めていると、こういう場所での寝方にも――。


「性格が出るのう」


 思わず顔を向ける。

 確かインフェリア=メビウスリングとかいう名前の少女だった。

 同じようなことを考えていたのだろう。紙縒の考えていたこととインフェリアの呟きが偶然重なったのだ。


「ふむ、衣笠紙縒きぬがさこより……とか言ったかの。少しばかりそっちへ行っても構わぬか?」


 インフェリアはそう言うと、紙縒の隣のわずかな空間を小さな手で指し示す。


「いいけど……狭いわよ?」


「なに、身体が小さいと失った可能性の分得た可能性もあるというわけじゃ」


 インフェリアはすっと立ち上がると、カタカタと細かく揺れる馬車の中、張られた幌に手を突っ張ってバランスを取りつつ、紙縒の隣まで歩いてくる。


「すまんの」

 そして馬車の隅。アプリコットのせいで動けなくなった紙縒と幌と支柱の間に空いた心ばかりの空間で小さな身体が役に立つ。

 さっきまでインフェリアの座っていたところにティアラが身体の位置をずらした。

 そして、元々自分のいたところにヴィルアリアの脚を伸ばさせてやり、自分は体操座りで小さくなる。


「感心じゃのう」


 インフェリアは隣にいる紙縒にしか聞こえないような小さな声で感慨深げに呟くと、紙縒の方に顔を向け直した。


「訊いてもよいかの」


「……何を?」


 紙縒からすれば、目の前の小さな女の子に質問されるような心当たりがないことからくる逡巡だったのだが、


「んむ? なにか裏があるのかの。そう警戒せんでもよいのじゃぞ」


 インフェリアは勘違いしているような反応を返してきた。


「お主とアプリコットの仲を見ていてお主もなのかと思ったんじゃが……主ら、少なくともアプリコットは、おそらく『管理者』なのじゃろう?」


 紙縒は心臓が止まるかと思った。思わず跳ねそうになった肩の不自然な動きを隠すためにアプリコットの額に手を当てる。そして、呑みかけた息をごまかすために無理やり口を開いて声を絞り出す。


「……何のこと?」


「ワシはそういう言葉のは肯定と見做みなすことにしとるのじゃ。じゃが別にそれが正しいとしても、それをどうこうしようとは思っとらんから安心せい。故にこれからの話は年寄り……という訳でもないのぅ、まあ子供の戯れ言にも似た独り言として聞き流して貰っても構わぬ」


 『管理者』、つまり『管理する者』。

 インフェリアの言うそれはおそらく紙縒の所属する特別遺失物取扱課を正確に指しているわけではないだろう。

 しかしなぜわかったのか、それが第1の疑問だった。この第一世界ファーストにいる彼女にとって、特別遺失物取扱課ができたのは未来に当たる第三世界サード、それどころか認識すらできない存在しない世界なのだから。


「……何が言いたいの?」


「なに、言いたいとかそんな大それたものではない。ただ聞いて欲しいだけじゃからの。おそらくこの中で最も理解力と特別な事情に関する知識を伴っているお主に、ワシの旧知の『管理者マスター』のことをの」


 インフェリアはわずかに目を伏せると、それを語り始めた。


「これはワシと死骸狼フェンリールの関係についての話でもあるのじゃが、ワシは元々『スクラーヴェ』だったのじゃ」


「スクラーヴェ?」


「『奴隷スクラーヴェ』じゃ。基本的に力の無い子供には厳しい時代じゃったしの。口減らしや人さらいで奴隷にされる子供は多かったというわけじゃ。ワシもその1人、ワシの場合は両親がはように死んだからなのじゃが。それはまあどうでもいい。大事なのは、命を軽く消費するだけの奴隷人生からワシを救いだしてくれたのがカールフリート様というお方なのじゃ」


 カールフリート。

 確か死骸狼フェンリールとの戦いの最中にも聞いたことのある名前だ。その時はあまり気にしなかったが、紙縒はそれ以前にも――今から言えばはるか以降、紙縒が第三世界にいた時の話だが――その名を聞いたことがある。ただ、どういう人なのかはなかなか思い出せなかった。


「カールフリート様は『実理』と呼ばれる存在だったのじゃが……」


 実理。

 第三世界サードでは『実理トライアル』と呼んでいるもので、確か第一世界ファーストにのみ存在していたシステムだ。

 三界の融合の時に試験的に作られた全く新しい理らしく、世界に馴染ませるためルーラーの意思により行使されたものと考えられている。


「ワシはカールフリート様に拾われて、その召し使いになったのじゃ。召し使いと言えば聞こえは悪いがの、カールフリート様は厳しく当たるわけでも重労働を強いるわけでもなく優しくして下さった。その時共にカールフリート様に仕えておったのが、先の魔獣,死骸狼のフェンリールと、お主は知らんじゃろうが黄泉烏よみがらすという魔物なのじゃ」


黄泉烏よみがらすなら知ってるわ。実際に会ったことはないけどね」


「んむ、そうか。当時はワシも黄泉烏よみがらす死骸狼フェンリールと仲は良かったのじゃ。当時は2人とも人形ひとがたじゃったが、ただの人間のワシとも普通に接してくれたでの。それに皆、カールフリート様を尊敬したからこそ、己を捨てて付き従っておったのじゃ。じゃがある時カールフリート様が病にせってのぅ」


 『実理トライアル』が病?

 『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』にも病気になった例がたくさんあるから、似たようなものなのか。いずれにせよ『実理トライアル』はわかっていないことが多いから、確証の無いことは言えないけれど後で一応記録しておこう。


「そのカールフリートっていう『実理じつり』はどうなったの?」


「そのまま亡くなられた」


 いつか消えること前提の『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』とは違って、試験的に適用される『実理トライアル』がそんなに簡単に死ぬ……?


「その御遺体を、あの死骸狼フェンリールは喰らったのじゃ」


「喰らった……って食べたの!? そっか、さっき死骸狼って言ってたわね……」


 死骸狼。

 魔獣の一種で、第三世界サードにおいて人知れず管理されている危険生物だ。その指定ランクはAからAAAトリプルエーまでの間。珍しく個体によって指定に差が生じるのだ。

 死骸狼は食べた生物のDNAや特殊な能力までをも蹂躙し、必要ならば自らの一部として取り込み、能力を得る。

 つまり人を喰らえば頭も良くなるし、魔法も使える。植物を喰らえば土から養分を吸い日の光で生きることができるようになるというわけだ。

 ほぼあり得ないことだが、ベルンヴァーユを喰った死骸狼は強靭な脚を得て、高速で走れるようにまでなるのだ。


「その『実理』はどんな摂理だったの?」


死骸狼フェンリール口蜜伏犬ミーネ・エンデルングと呼んでおったが、いわゆる『言霊ことだま』じゃ」


「言葉には力があるって奴ね……」


「お主はよく知ってそうじゃの」


「まあ、私の使う『式紙』術式は『言霊』の亜種みたいなものだし」


 文字にこめられた意味に沿う力を紙を媒体に増幅させ現象させることは、紙縒の得意とする魔法の使い方だった。


死骸狼フェンリールは力に溺れたのじゃな。カールフリート様を最も慕っておった黄泉烏よみがらすと対峙した時に、言霊で黄泉烏よみがらす霧の森(ネーベルヴァルト)に縛りつけたのじゃ。その時の激しい戦いに巻き込まれた時にワシは瀕死の大怪我を負ったのじゃが、死骸狼フェンリールは言霊でワシを救ったのじゃ。『自演の輪廻デッドエンド・パラドックス』を植えつけて。じゃからじゃろうな、ワシは彼奴あやつを憎んでも憎みきれん。なんとか奴を救ってやりたいのじゃ」


 ほぅっとゆっくりと息を吐いたインフェリアははるか遠くを見るような目を幌の隙間から外に向けた。


「……それを私に話した理由は何?」


 途中からずっと気になっていた。紙縒やアプリコットが『管理する』立場であることと、インフェリアと死骸狼フェンリールの因縁とに話の上の接点が見当たらなかったのだ。


「なに、管理者としての立場があるのなら、おそらく感情や想いだけで単純に動ける訳ではないのじゃろう? あくまでもやることは『管理』のための行動である」


 確かにそれはその通りだけど……。


「それを曲げて、死骸狼フェンリールはワシに任せてはくれないじゃろうか」


「却下するわ」


 特別遺失物取扱課に所属してから、感情的な行動が招く結果は自滅につながることは嫌でもわかっている。

 少なくとも自分の周りでそんなことは起こさせない、そう思っての発言だった。


「お主の立場にとって見逃せぬのはわかる。じゃが、ワシは彼奴あやつを救わねばならんのじゃ」


死骸狼フェンリールの力はわかっているはずです。それが狂悦死獄マリスクルーエルに従っているだけでも危険なのに、あなたには力が無いでしょう?」


「……じゃが」


「いいんじゃないですか?」


 突然、紙縒の膝の上で目を閉じたままのアプリコットが口を挟んだ。


「アンタ、起きてたの?」


「起きてるも何も最初から寝てる訳じゃねぇんですけどね。いや、まあそんなどうでもいいことはいいんですよ。なんでインフェリアの頼みを断るんですか? 別にこよりんに被害が及ぶわけでもなしみみっちい」


 いいかげん聞くだけでイライラする喋り方をする。振りかざす気はないけど、私の方が一応偉いってことわかってるんでしょうねコイツは。


狂悦死獄マリスクルーエルが狙ってるのは康平なのよ? インフェリア1人の行動で死骸狼フェンリールが止められなかった時に危ないのは康平なの。だから」


「そんな直情的な行動をさせるわけにはいかないっていうわけですか?」


 アプリコットは紙縒の膝から頭を上げて向き直ると、


「別に狗坂康平くさかこうへいがどうなろうが貴女には直接関係ないでしょう」


「何言ってんの!? 私は康平のお……幼なじみなんだから助けようとするのは当たり前じゃない……!」


 つい熱くなって言葉を荒らげる。


「とりあえず2人ぐらい寝てんですから静かにしてくださいね。結局こよりんがやりたいのは自分の周りの世界を守ろうとしてるだけでしょう?」


「当たり前でしょ、何がいけないの?」


「拡大解釈とはいえ、インフェリアと似たようなもんじゃないですか」


 アプリコットの言葉に紙縒は思わず息を呑んだ。


「守れる力のあるこよりんは直接狗坂康平の身を守って、力の無いインフェリアは死骸狼フェンリールを自分が引き付けることで他を助けようとしてるんですよ。この二者にどんな違いがあるってんですか?」


 言い返せない。

 アプリコットがいつから話を聞いていたのかはわからないが、その言葉の端々には紙縒本人の言葉が含まれているのだ。

 考えなしに喋っていたつもりは無いけれど、冷静に考えれば人の挙げ足をとるのはアプリコットの得意分野。アプリコットのペースに持っていかれた現状、覆せるような上手い言葉をすぐに思い付くのは簡単ではなさそうだった。


「ないですよね。じゃあ別にいいっつーか上司がいるわけでもねぇのに細かいこと気にしすぎなんですよ、こよりんは。ボクなんかチェリーさんがいないからテンションがいやっほうな感じなんですよ?」


 『いやっほう』が形容詞じゃないのは置いといて、紙縒にとってはそれが大きな問題だった。

 『狂悦死獄マリスクルーエルから康平を守りつつ、『桜花双刀リヒティリューゲ宵闇黒乃よいやみくろの闇桜影乃やみざくらかげの,『戦々狂々(ドッペルシュナイデ)』チェリー=ブライトバーク=鈴音りんね,そして『死屍涙々シュラーフェン・トレーネ釘十字神流くぎじゅうじかんなまでもを相手にしながら奪還する。

 正直キツい。

 ウチの部所だけとはいえ、言わずと知れた強者揃い。黒乃や影乃,チェリーだけならともかく、神流までいるとなるとどう足掻いたって正面から戦うのは無謀すぎる。

 神流の発見時、保護するために何人もの実力者が束になってやっと捕まえられたというのだからああ見えるだけに恐ろしい。

 素直で優しく可愛らしい子。一時は人間不信に陥っていたが大分落ち着いて、人である紙縒にも懐いていた。

 まさか敵になるなんて思わなかったから、式紙術式のことを訊いてきた時に弱点から傾向まで隠さず話してしまったこともある。要するに今現在紙縒にとっては天敵のようなものだった。

 そもそも紙縒の戦闘スタイルや式紙術式は神流の釘を用いた術式と相性が悪い。もし1対1(アローン)相対あいたいしたら五分と保たないだろう。

 それぐらい神流は強い。


「こよりん、いえ衣笠紙縒特例管理官」


「いきなり何?」


「後方約3キロメートル地点で魔法陣の展開反応オープンサインを確認。警戒してください」


「詳細を」


「……長距離狙撃魔法ロングレンジスナイプシューター。魔力痕照合確認。結果、ヒルデガード=エインヘルヤです」


 アプリコットは険しい表情でそう言うと、康平とヴィルアリアの肩を揺すった。


「起きてく……」


 アプリコットの声が途切れた。


「やられましたね。まさか皆が大集合するとは思いませんでした」


 ギリッと強く歯を噛む音すら聞こえてくる。その視線は馬車の進行方向に向けられていた。


「私様から逃げられるとでも思ったのですか~アプリコット~」


 巨大すぎて持て余すような大鎌を交差した両手に携えてたたずむ少女。


「最近は出番が多くて良かったですねぇ、チェリーさん」


 ザシュアアアッ。


 跳ね上げるような大鎌の一撃が、馬車を引く馬1頭の頭を斬りとばした。


「カーテンコールは既に鳴っているのですよ~」

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