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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第七章『狂悦死獄』
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(20)内緒話‐Ein gedecktes Fuhrwerk‐

 鬼塚を加えた計11人は、リクルガの用意していたらしい幌馬車で薬師寺丸薬袋やくしじまるみないとの合流場所に向かっていた。ただし――。


「結局のところこうなるんだよな……」


 リクルガの用意したのは御者席に2人が座っても7人しか乗れなかったのだ。


『まさか10人とまで多いとは思わなくてな。人数もわからずあの筋肉ダルマに連れてこられたが、おそらくは4,5人だろうと予想していたのだ』


 馬車を扱えるのはリクルガだけ。

 仕方なく体力に自信の無いインフェリアや康平,ヴィルアリアを筆頭に死骸狼フェンリールとの戦闘で疲れているティアラ,アプリコット,紙縒と乗っていき、ベルンヴァーユとしての姿に戻ったルーナにシャルルとヘカテーが乗る形をとった。

 もちろん残るアルヴァレイと鬼塚は必然のごとく徒歩を強いられる。


「アルヴァレイさん。本当に乗らなくてもいいんですか?」


 優しいシャルルはルーナの上から身を乗り出してアルヴァレイにそう訊ねる。


「いいって。ルーナにも悪いし」


 そう言った瞬間、ルーナが何か言いたげな顔をアルヴァレイに向けた。しかしアルヴァレイが首を傾げると、ルーナはぷいっと前に向き直り、わざとらしく軽快な蹄の音を響かせた。


「それはそうとして馬車を引いてる馬に乗ればいいんじゃないの?」


 ヘカテーがシャルルの肩ごしに言ってくる。その視線が宙をさ迷い、何故だかどことなく不機嫌さを醸しているようだった。


「いや、あそこは危ないと思」


 パチーン。


 言葉は遮られたけど、ヘカテーは音の鳴る方を見て察しはついたらしい。


「よさそうな所じゃない」


「おい」


 アルヴァレイはクスクスと笑うヘカテーから無理やり目を逸らし、リクルガのる馬車に目を遣る。


 パチーン。


 リクルガの持つむちが2頭の馬の背を叩き、馬も慌てて速度を上げる。

 あんな所に乗っていたらリクルガが鞭を打てず、馬の速度が落ちてしまう。

 その時、馬車の後ろの布がわずかにめくられて、あいた隙間からアプリコットが顔を出した。そして馬車の中を窺うように見て、アルヴァレイに手招きする。


「どうした?」


 何も考えずそう声をあげた瞬間、アプリコットは唇に指を立てた。

 どうやら内緒話らしい。

 馬車の速度に合わせつつ、アルヴァレイは馬車の後ろ、アプリコットの正面にぴったりくっついた。


「まあとりあえず座ってください」


「どこにだよ!」


 再び慌てて中を窺い、アルヴァレイの口の前に手を広げるアプリコット。


「今から用意しますから、待っててくださいって続けるつもりだったんですよ。あなたがツッコミ役なのは知ってますが、少しぐらいは人の話を聞くことも考えた方がいいんじゃねえかと思いますよ」


 その時、一瞬わずかに開いた布の隙間から1枚の紙がヒラヒラと落ちてきた。

 慌てて受け取ろうとして、


「触らない方がいいと思いますよ」


 手を引っ込めた瞬間、馬車の中から


「『結式』式動」


 紙縒の呟きが聞こえた。


 パシュ。


 空気が抜けるような小さな音が響き、ちょうどアルヴァレイの足がついた部分の地面がボコッと浮き上がった。


「うぉ!?」


 バランスを崩したアルヴァレイはその上に尻餅をつく。直径1メートルもない岩と砂のかたまり。それはアルヴァレイを乗せたまま、ゆっくりと浮き上がった。かなり先に進んでいる馬車に向かって飛び始め、すぐに追い付く。


「乗り心地はどんな感じですかね」


「怖ェよ……!」


 一応声を潜めてアプリコットにそう告げると、なんか蔑むような目で見られた。


「そんなチキンみてぇな台詞は誰も求めちゃいねぇと思いますけどね。まあこれでゆっくり話ができます」


 『話?』と首をかしげたアルヴァレイにアプリコットは再び周りを窺って、


「一応ボクが常時監視線(レーダー)を張ってるのですが、念のためってこともあるので警戒は怠らねぇでください」


「警戒……か」


 まさかアプリコットに協力を求められたその日に狂悦死獄マリスクルーエルと遭遇するなんて思ってもみなかったけど。


「本当にいたんだ……狂悦死獄マリスクルーエル


「ボクが嘘ついてるとでも思ってたんですか? 今さらながら言っときますけどボクは人に害の及ぶ嘘はつかない主義なんですよ。『嘘吐き嘘(フェイク・ライアー)』って言われてたこともあるくらいですっつってあなたにいってもわかんねえでしょうけど。優越感を感じるつもりはなかったのでまあ許して下さいね、してくれますよね」


 意味も言葉もわからないことがこんなに悔しいと思ったのは初めてだよ。


「さて本題ですが」


「お前の本題はいつから始まるんだ……」


 テオドールの家に突然押し掛けてきた時といい今といい、アプリコットの本題の定義がわからない。


「今からだって言ってるじゃないですか、人の話聞いてくださいよ」


 そういう意味じゃないんだけど、と思いつつアプリコットに話の続きを促した。


「何ですかその返した手のひらは。もしかしてカラダでの支払いを今要求するって意味ですかね?」


 一発殴ってやろうかこの女、と拳をギリギリと握っていると、


「ガッツポーズするほど嬉しいのかわかりませんけど、今はココロとカラダの準備ができてないので」


「早 く 話 の 続 き を し ろ よ」


「はいはいわかりましたよ真面目にやればいいんですよね。正直さっきからこよりんがボクの大腿部ふとももをつねってきて痛いな~って思ってたので、今やめるところだったんですよ」


 アプリコットはため息混じりにそう言うと、一拍置くようにシャルル,ヘカテー,ルーナ,鬼塚と馬車の外にいる皆の様子を確認する。

 シャルル,ヘカテーは何かをヒソヒソ話していてこっちに気づいている様子はない。ルーナは走ることに夢中なようだ。

 鬼塚は……膝関節の屈伸運動をしながらルーナと馬車のちょうど真ん中を走っている。相変わらず規格外というか、普通の人類に不可能な駆動を目の当たりにしてしまい、少しばかり気分が悪くなった。ホントどうやってんだろうね、アレ。


「さて本題でしたね。アイ=アス」


「一瞬何のことか理解できないような略し方をするな。俺の名前がちょっと長めの名前だってことは重々承知してるし、それを略されるのも仕方はないから多少までは諦めてるけど、そんな略し方されたことはない」


「つまりボクは初めての女ってことで痛たたたたた……」


 紙縒がまたアプリコットをつねったのか、身を仰け反らせて痛がった。


「わかってますってば。さてアルヴァレイ=クリスティアース。答えにくいと想像できることを単刀直入に聞きますが……」


 溜めるような言葉と共にアプリコットの表情が急に締まり、アルヴァレイの喉がごくりと鳴る。


「最近ルシフェル=スティルロッテとキスしました?」


 キス……?


「はぁ!?」


「しっ!」


「ゴメ……」


 アプリコットは何で知ってるんだ?

 それが本題ってどういうことだ?


「根拠としては、あなたの唇に付着した唾液にルシフェル=スティルロッテの細胞セルが含まれていることと、特殊な魔力痕が検知できることの2点がありますが、根拠なんざまあどうでもいいです。あってるからこそのその反応だと断定しますから」


 話題こそアレだが、アプリコットの表情は真剣そのものだった。


「何か渡されませんでしたか? 物理的にではなく、ルシフェル=スティルロッテは何か言っていませんでしたか?」


 アプリコットの言葉に、その時のルシフェルとの応酬を思い出す。

 何を言っていたか。


『ヘカテーとティアラをよろしく』


『お前には力がない。ヘカテーを守れるだけの力がない。そのくせにその力を求める様子もない』


『残酷な優しさ』


『……お前を信じてもいいかな……?』


刻印しるし、お前ならすぐにわかるよ。と言うかすぐに感じ取れるはず』


刻印しるし……?」


 アプリコットの耳がピクンと動く。


「何か言われたんですよね。なんて言われたんですか?」


「『私の力を貸してあげる』とか『すぐにわかる』とか……」


「力……!?」


 アプリコットが目を丸くして驚くような声をあげる。実際驚いているのだろう。アプリコットが馬車の中に引っ込んだ。

 耳をすますと中から紙縒の声が聞こえてくる。よくは聞き取れないがアプリコットとなにか話しているらしい。アルヴァレイが馬車の幌布に耳を近づけようとした時、アプリコットが再び顔を出した。


「ルシフェル=スティルロッテから借りた力って、どんなものかわかりませんかね。『人格ちから』『魔法ちから

身体ちから』『知識ちから』『本質ちから』。ルシフェル=スティルロッテにはわかっているだけでもこれだけの『能力ちから』がありますから。一番半端ねぇのは『本質ちからとしての魔法ちから』だけですけどね」


「正直、ちからちから言ってるだけで何を言おうとしてるのかわからない」


「少しぐらいふりがな以外も読んだらどうですかね? もしか馬鹿ですかね」


 意味わからない上に危うい台詞で馬鹿にされた!?


「っていうのは冗談として、こっちも情報統制が厳しい上にボクみたいな機械は直でウィルスみてえな規制プロテクトかけられるので大変なんですよ~。別にわからなくてもいいですが」


 ルシフェルの力。

 それを考えている時、ルシフェルとの会話で一瞬気になった言葉を思い出した。


『――見た目が当てにならないのは確かにそうだけど、私は間違いなくルシフェル=スティルロッテだよ。『魔界の真理』の方だけどね。でも、意志は全く同じもの――』


 『魔界の真理』。

 確かに彼女ルシフェルはそう言っていた。

 ヘカテーに初めて会った時に聞いた話、3つの世界の融合と、旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)の話。

 それによると世界の融合よりも前の時代に、今の魔族の祖先ルーツが住んでいた世界のことらしい。

 それなら『真理』とはいったい何のことなのだろう。

 旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)と何か関係があるのか。ルシフェルが『真理』ということは旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)と同じような構造しくみがこの世界にはあるのだろうか。


「どうかしました?」


 気づくとアプリコットが顔を覗き込んでいた。しかも超至近距離で。


「あ、ボクなんかでもちゃんと赤面してくれるんですね。そう考えると可愛いなぁアルヴァレイ=クリスティアース」


「心臓が止まるかと思ったぞ……、少しは自意識を持てよ」


 そっぽを向いて気づかれないように心臓を落ち着かせながら、平然を装ってそれだけ言った。


「ありゃ、聞いてたより反応が薄いなぁ。ヘカテー=ユ・レヴァンスからはもうちょっと面白い反応まで見られるって聞いたんですけど……やっぱりヘカテー=ユ・レヴァンスは可愛いですからね~。かろうじてっつーか人格プログラムの性も加味してやっと女ってだけのボクじゃ性的興奮も得られませんよねそりゃそうです」


 アプリコットは少し顔を伏せて、色々と視線を泳がせ始める。その長いまつげがプルプルと震えているのが見えた。


「いや性的興奮ってほどあからさまじゃないけど、俺はお前のこと可愛いと思うぞ」


 ピクンとアプリコットの肩が跳ねた。

 そして、バッと顔を上げる。

 満面の笑みで。すっごく楽しそうな。


「それはそれは、ありがとうございます。アルヴァレイ=クリスティアース。人に誉められたのは午前中ぶりですよ」


 すごく最近でした。

 それになんでだろう、からかわれていたというのに不思議と悪い気もしなければ怒る気にもならなかった。


「まあホントにありがとうございます。ボクはこれでも等号イコールなんて蔑まれることもあるので、あなたのそういうささやかな気遣いは嬉しいんですよね」


 ニッと白い歯を見せて笑うアプリコットはいつものおかしな言動でマイナス修正を受ける彼女とは違って、ごく普通の可愛い女の子だった。


「まあそれだけに、気をつけてくださいね。こっちから手伝いを頼んでおいてなんですが、無理はしねえでください。ぶっちゃけ狂悦死獄マリスクルーエルなんて危険以外の何者でもねえですし、殺しと凌虐りょうぎゃくが大好きなネクラ野郎ですから。死なないでください。ボクの力不足なんかのせいで死なないでください」


 アプリコットは軽口も冗談も消えた、真摯で本心のような台詞をとてもつらそうな顔で言うと、


「とりあえず話はこれでおしまいです」


 と言って、座っているところから降りるよう、アルヴァレイに手で指し示した。

 アルヴァレイが飛び降りて再び走り始めると、アプリコットはこくりと一度頷いて、頭を中に引っ込めた。


「警戒ね……」


 アルヴァレイは一言呟くと、さっきまでいた鬼塚とルーナの斜め後ろの辺りにこっそりと戻る。

 どうやら誰にも気づかれていないようだった。



「どうしたの、アプリコット。胸なんか撫で下ろしちゃって」


 心臓を落ち着けようとしてんですけどね。わからなくても気にしませんが。


「異性に……」


「え?」


「その……異性に面と向かって可愛いって言われたのなんか、数年ぶりだったのでちょっと危なかったです。ホントに嬉しくなっちゃいまして」


 紙縒は面食らったような顔になった。しかし、すぐに胸を撫で下ろす。


「なんですかその反応は」


 アプリコットが紙縒にジトッとした目を向けると、


「別に。ただそういうことを普通に口にしちゃう辺りがやっぱり人から外れてるんだろうなぁって思っただけ」


「そんなもんなんですかね」


 アプリコットは狭い馬車の中で器用に身体をずらして、ぽすっ。

 少し崩れた正座で座る紙縒の膝に頭を乗せた。いわゆる膝枕ひざまくらだ。


「何やっ! ……てんのよっアプリコット……!」


 疲れて眠っているヴィルアリアや康平に配慮して途中から声をひそめる紙縒を尻目に、アプリコットは体勢を整える。


「誰かに膝枕ひざまくらして貰うのが好きなんですよ、実は寂しがりやなので」


 顔を赤らめ、手をわたわたとさ迷わせていた紙縒は、行き場を無くしたそれを思わずアプリコットの額に当てた。


「それ……嘘でしょ」


「あれ、バレました?」


「当たり前じゃない。アンタがそんな殊勝なわけないじゃ」


「でも膝枕ひざまくらが好きなのは本当ですよ。特に紙縒の膝枕ひざまくらは2回目ですし」


 紙縒の言葉を遮るようにしれっと言った言葉に、紙縒は黙り込んだ。


「ま、まあ、しばらくはこうしといて」


「ある意味征服感みたいな何かを感じられますから」


「今すぐどきなさい」


「冗談です」


「ど き な さ い」


 やり過ぎた感が否めないのは否定しませんが、膝枕には多少の未練が……。

 そう思いつつ、アプリコットは紙縒の膝の上で目を閉じた。


 多角レーダー最大展開。

 半径100キロメートル圏内の精密監視を開始します。


「静かにしててくださいね、こよりん」


 触覚の他の感覚器官センサーを切断し、広域レーダーに意識を集中する。

 現在敵と思われる反応なし。

 このまま監視を続行します。

 それにしても人の身体って、何でこんなに温かいんでしょうね。

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