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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第七章『狂悦死獄』
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(19)馬鹿騒ぎ‐Ein Madchen, das Schatzwerkzeug hat‐

 予想できてしかるべきだった。

 これまでにも気づかなかっただけで、確証まではいかずとも予想を立てるぐらいの手がかりはあったのだから。


 薬師寺丸薬袋やくしじまるみない

 ヴァニパルの外門を出ればわかる。

 2人の迎え。

 門の外で異常な盛り上がり(テンション)を見せる通商人の男たち。

 そして過去に見た光景。


「貴様らに言われずとも、この私が! こぉんな筋肉ダルマに負けることなど! 有り得んと教えてやる!」


「ぬぅ、貴様の筋肉など、筋肉神と渡り合った我が最高の筋肉のぉ! 足元にも及ばんことをぅらあああぁぁぁぁ!」


 せめて最後まで台詞を言えよっ、と大声でツッコミを入れたくなる本能を理性で抑え込むと、アルヴァレイは頭をかかえて、深いため息をついた。


「なんで鬼塚がここにいるの……?」


「あれって確かマルタの船の上にいたリクルガとかいう……馬鹿」


 紙縒、ヘカテー、俺の心の中の代弁ありがとうございます。

 じゃなくて。


「何やってんだよ……?」


 鬼塚とリクルガが大衆に囲まれその声援を受けながら、切り株の上で腕力争いつまり腕相撲うでずもうをやっていた。

 リクルガは最初に会った時、つまりマルタと同じ赤い騎士甲冑を身につけていた。ヘルム腕甲リストを着けていないのは、腕相撲に邪魔だからだろう。

 鬼塚の腕捲りも相まって2人の腕に筋が浮き上がっているのがよく見える。


「この筋肉ダルマがぁっ、貴様など骨から断ち切ってくれるわ!」


「ならば俺は貴様の筋肉から断ち切ってくれるわぁ!」


「貴様っ、私の台詞の『骨』を『筋肉』に変えただけではないか! やはり貴様は私には勝てんのだ! それを思い知れ!」


「貴様我が筋肉を愚弄するというのか!」


「何を聞いていた!? 私が馬鹿にしているのは貴様の脳髄の話だ愚か者!」


「脳髄だと! 我が筋肉にそのような物が必要とでも思っているのか! 貴様のその腑抜けた筋肉は脳髄などという余計なものがついているからだ馬鹿め!」


「笑わせるな! 私の筋肉は余計な物など必要ないくらいに鍛え抜いてある! 貴様ごときに引けはとらんぞ! むしろ遥か上をいっていると言っても過言ではない!」


「ならばぁっ!」


「ここからはぁっ!」


「「ただおの筋肉にくたいのみの戦いである!」」


 うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!

 相も変わらない暑苦しくも馬鹿な応酬に周りの観衆たちがヒートアップする。

 鬼塚とリクルガは互いに歯を食いしばり――恐ろしいことにほとんど汗をかいていない――さらに腕に力をこめる。


「ふおぉぉぉぉぉぉおあああっ!」「ぬぐぅぅぅぅぅぅうおおおっ!」


 バキグシャァッ!


 盛大な破砕音を立てて、2人の腕――の下にあった切り株が馬鹿共ふたりの筋肉による圧に耐えきれずに粉砕された。


「なにっ!?」「うおぅ!?」


 突然陥没した切り株の上。

 力が拮抗していたためにバランスを崩した2人は互いに頭を強く打ち付けた。


 ガヅン!


 切り株以外にも2人の大切な何かが陥没したんじゃないかと心配になるぐらいのすごい音がした。

 途端に観衆のテンションがあっさりえて、辺りシーンと静まり返る。

 2人は互いの手を握り締めたまま頭をぶつけた格好で、まるで時間が止まったかのようにピクリとも動かない。


「おい、アンタら大丈夫か……?」


 ひげを生やして商人然とした男が恐る恐る声をかける。しかし、その問いかけにも2人は何も応えなかった。


「アル君、あれって大丈夫だと思う?」


 ヘカテーもさすがに心配なのか、チョンチョンと肩を叩いてくる。


「たぶん大丈夫だと思う、かな。本人達も言ってたけど、震盪しんとうする脳髄もないらしいし……」


 アルヴァレイがそう言った瞬間、鬼塚とリクルガの身体が同時にプルプルと震え始めてわずか3秒後。


「「~っしゃああああぁぁぁっ!」」


 やかましい馬鹿共が復活した。


「皆の者、切り株の撤去は終わったぞ!」


「やはり我が筋肉に不可能は無い!」


 うるせぇ。

 アルヴァレイの考えをヘカテーと紙縒が感じ取ったのか、2人同時に動いた。

 観客の上を単純な跳躍でアクロバティックに飛び越え、ゴッ!

 握った拳を2人の頭頂に振り下ろした。


「「ちょっと来なさい」」


 空気が辺りの雰囲気ごと凍りつくような冷たい声で2人がハモる。


「「わ、わかった……」」


 突然大人しくなった2人は、紙縒とヘカテーの後ろについて、人混みをかき分けて出てきた。


「ぬっ、貴様はっ!」


 シュッゴンッ。


 アルヴァレイを見て剣を抜いたリクルガの頭に紙縒の無言の拳が再び振り下ろされ、リクルガは黙り込んだ。


「むっ、お前は!」


 ゴキュッ。


 アルヴァレイを見て一声を上げただけで、特に何もしていない鬼塚が、その背中にヘカテーの一打をもろに喰らってった。


「あ、間違えた」


 ヘカテーは口に手を当てて、鬼塚が立ち上がるのを手助けする。


「ぬぅ、今何があった?」


 状況を把握していなかった。

 首を捻る鬼塚を放置して、紙縒はリクルガと相対あいたいする。


「鬼塚よりは他のことにも頭が向いてそうだから訊くけど」


 リクルガは右の腕甲リストに腕を通しつつ、黙ってこくりとうなずいた。


「あなたの今の立場は?」


 薬袋みないが紙縒にちゃんと知らせていれば、絶対に聞かれなかった質問だろう。まだリクルガが薬袋みないからの使いと限らないからこその質問だ。

 そう考えると、さっきの紙縒の前置きの意味もわかってくる。

 あれだけ激しい腕相撲の直後なら、リクルガは心身共に興奮状態が冷めきっていないだろう。万一リクルガが味方でなかった場合、余計な情報を渡してしまうことになり、敵であろうが無関係であろうが、危ない橋を渡るようなものだ。それに加えて、リクルガの鬼塚に対する対抗意識を挑発し、冷静な判断を選ばせないようにもしている。

 リクルガはわずかに黙考し、


「リクルガ=オーフェルエンスだ」


 そう言った。


「ふざけてるの?」


 紙縒が不機嫌そうにタンタンと足を踏み鳴らし、リクルガに鋭い視線を送る。


「私はふざけているのではない。ただ、昔なら『ブラズヘル第十八騎士団所属第一隊隊長リクルガ=オーフェルエンス』だと答えるというだけだ」


 なぜかやたら誇らしげな顔で亡国の肩書きを名乗っている。


「つまり、何処の組織や軍にも属していない、ってわけね。いいわ、聞き方を変えましょう。あなたは今何をしているの? 何をして生計を立てているのかと言い換えてもいいけど、そういう意味でね」


「昔のブラズヘル軍幹部に雇われて、主に雑用や雇われ兵だな」


 話が本題に近づいてきたのがよくわかる受け答えになってきた。


「その幹部の名前は?」


「元ブラズヘル軍部騎士団総督(づき)内偵中央主席、薬師寺丸薬袋やくしじまるみないと言えばわかるか」


 なんか薬師寺丸薬袋やくしじまるみないのすごい肩書きが発表された。


「あの女、そんなに偉かったの!?」


 紙縒も初耳なのか、とても驚いてるようだ。無理もない。


「ねぇねぇアル君」


 ヘカテーが耳元に口を寄せて、何事かささやいてくる。


「私はよくわからないんだけど……元ブラズヘルえっとなんとか主席って、そんなに偉いものなの?」


 『元』はいらない。それと、憶えきれなかったからって結構略したなヘカテー。

 もう滅びた国だから今さら言っても遅いんだろうけど、アルヴァレイが学校に通っていた頃に教えられた――先生から無理に聞き出した感じだったけど――ブラズヘルの軍部はちょっと複雑な構造をしている。

 まず一番上には王がいて、その下に軍部総督がいる。その下に第1から第32までの騎士団が連なっている。その騎士団それぞれに第1から第8までの隊がある。これだけならまだわかりやすいものなのだが、総督から騎士団に連なるように総督付内偵部隊が存在する。これは諜報,弄策,暗殺,監視などを行う完全実力主義で裏方に徹する別動部隊で、その頂上トップにあたるのが中央主席、薬師寺丸薬袋やくしじまるみないだったと言う訳だ。その下には左元主席と右元主席が連なり、左元主席の下には諜報団シュタージ策士団ゲヒルン、右元主席の下には暗殺隊モルド監視隊オーゲンに分けられている。

 今にして思えば結構な軍事機密だったんじゃねえのかアレ、なんであの先生はそんなことを知ってたんだろう、ていうか自分で訊いといてなんだけど例え知ってるにしてもそれを知ったら危険なことをよく教えたなあの人、といろいろ思うのだが。

 といった内容の説明をしたら、ヘカテーはふーん、と呟いたものの既にあまり興味がなさそうだった。


「なら訊くなよ」


「よく考えたらもう無い国の話だったし」


「最初にそう言っただろ」


「ごめんね、アル君。そこだけ聞いてなかったかもしれない」


 謝るときにわざわざ腕に抱きついてくるのはやめてもらえないかな……色々と大事なものが危ないから。


「じゃああなたが薬袋みないからの迎えってこと?」


「そう聞いているが」


「なら先に言いなさいよ」


「いや、迎えに行けと言われた時になぜかあの筋肉ダルマのテンションが上がって、話し半分に引っ張ってこられたのだ。故に誰を迎えに来たのかがわからず、困っているところにあの切り株を片付けてくれと頼まれてな。普通にやってはつまらんとあの筋肉ダルマが言い出して」


「あー、そこから先はいいわ。全部鬼塚が悪いってことね。じゃあ薬師寺丸薬袋やくしじまるみないのところまで案内頼めるかしら? リクルガさん♪」


「このリクルガに任せるがいい!」


 リクルガはドンッと胸甲メイルを叩き、嬉々として残りの腕甲リストを着け始めた。


「紙縒」


 突然、康平が紙縒の肩をトンと叩く。


「また声が聞こえる」


「声?」


 紙縒は一瞬康平が何を言っているのかわからなかったが、次の瞬間には言葉の意味を理解しきっていた。


「うん、船の中で聞こえたのと同じ声」


「……今度はなんて言ってるの?」


「それが……」


 わずかに口ごもった康平は、口元に右側から開いた手を添えた。

 内緒話の合図サインだ。

 ちなみにこの話す人の口を隠すような動作は、声ができるだけ拡散しないようにするためと読唇術による情報漏洩を防ぐための2つの合理的な理由がある。

 紙縒が耳の後ろに右手を添えると、康平はゆっくりと顔を近づけて、


薬師寺丸薬袋やくしじまるみないを信用しすぎないで、って」


 紙縒は眉をひそめた。

 薬師寺丸薬袋やくしじまるみないを信用しすぎるな、今までの警告から考えれば信じる方がいいのかもしれないが、頭の片隅に置いておくぐらいがちょうどいい。

 そもそも紙縒はその職業柄、アルヴァレイたちのような基本的に何も知らない一般人以外は誰も信じないことにしているのだ。

 中途半端に事情に関わった者の言葉を信じて死んだ同僚も中にはいるのだから。







薬師寺丸薬袋やくしじまるみないを信用しすぎないで」


 警告の言葉を残した後、アルト=クライネツヴァイは現御鏡うつしみかがみから意識を戻した。


「絶対に……私が守ってあげるから」


 水を表す装飾が少しだけ施されてはいるものの、普通の鏡のように見えるそれの表面を軽く指で叩く。

 その瞬間、その形は一気に崩れて液体の詰まった小さなビンへと姿を変えた。

 『現御鏡うつしみかがみ』あるいは『雲晴らす魔神鏡(アルトルイーネ)』。

 アルトのる中で、最も優れた探知通信用の術式魔道具だ。

 一度でもその鏡に姿を映していれば、それ以降はいつでも好きな時にその対象を映し出せる、まさに至宝といっても過言ではない能力を持っている。

 その能力の裏づけとしての術式には、鏡の存在定義そのものを用いている。

 つまり『姿を映すもの』ということだ。

 アルト自身はそれを誰が作ったかに興味はなかったが、手に入れた時から一道具としては過剰なほどに役立っている。

 ゆえに作った者にはある程度の尊敬の念を感じていた。

 鏡は光に照らされた物だけを映すことができる。言い換えれば光に照らされた物なら映すことができる。鏡の原理をそこまでさかのぼった上で、新たな魔法的な意味を持たせたのだ。

 すなわち『光の起点である太陽の光に照らされるものを映す鏡』。

 この世界において日の光に一切照らされていないものなど、極々(ごくごく)極めて限られてくる。暗闇でさえ輪郭などがやっと識別できる程度だとしても、そこにはわずかにも光はあるのだから。

 つまりこの『現御鏡うつしみかがみ』はやろうと思えばあまねくモノのほとんどを映すことができるというわけだ。

 言うだけなら容易いが、精密に練られた大量の魔法陣を組み込んだ巨大な魔法陣を用いたとしても作れるとは限らない、芸術品にも数えられるべき代物なのだ。

 ところでアルトは今、マルス王国内の王宮、つまり狂悦死獄マリスクルーエルの居城にいた。理由はよくわからないが、監禁に近い状態だったのだ。

 本質なかみはともかく、見た目はただの12の小娘。本質なかみにしたって少し魔法に関して優位性があるだけで、それすら狂悦死獄マリスクルーエルの魔法センスには及ばないのだ。

 逃げ出そうにも狂悦死獄マリスクルーエルには力負けしているし、幽閉結界の力も強い。今の今まで抜け出す機会は全く無かったのだ。


「今ならマリスも不在、か」


 さっき部屋に来たヒルデガード=エインヘルヤとかいう下女がそう漏らしていたのを

現御鏡うつしみかがみ』で盗み聞きし、玉座に座るリオダラ王や帰ってきてからの様子がおかしいラスウェルという化け狼もしばらく覗いていたが、確かに狂悦死獄マリスクルーエルは不在。

 それなら動くには今しかないと思った。

 警告だけで人を守れるなら、どれだけ世界は平和になるだろう。

 そこまで現実は甘くない。自分で動かない者には厳しい世界なのだ。

 アルトはそんなことを考えつつ、指の先に光をともす。


「よいしょ」


 目の前の床に円を描いた。

 いや、円と簡単には言えない。人間が素手フリーハンドで描くことはできないとされている円。すなわち真円。

 それを軽い調子で描きあげたアルトは、さらにその円の中に、一回り小さい同心円を描きいれる。

 指を振って光を消し去ると、アルトは用意した術式を発動させた。

 まず円の中の1点を人差し指で触る。

 次に中指で円の中心を、親指で小さい円周上の1点を。

 薬指で円と円の間の5センチほどの隙間ををぐるりとなぞり、最後に小指で自分の額に小さな円を描くようになぞる。


「おいで」


 右手を床の円の上にかざし、左手の人差し指を額のなぞった円の中に当てる。

 この術式において、

 内側の円が表すのは大地。

 外側の円が表すのは天空。

 なぞった円状の図形は黄道を表し、示した点が表す意味は星の位置。

 額の円は術者の意思を示し、順に用いた指は巡礼を示す。

 その円と地面の二重円を両手で繋ぐことで得られる意味は、

 『我が意思を天上へと語り継ぐ者』

 円の上にかざした手の中でガシャリと音がした。

 その手に現れたのは長さ1メートル13センチの西洋槍スピアーだ。

 華美な装飾は何もなく、磨いた棒の表面を樹脂で覆い、先端は刺突のために二叉に分かれた簡素な槍。

 しかし刃の形は特徴的で、まるで蛇の牙を彷彿とさせるような形をしていた。


暴食の槍(テュランシュピース)


 アルトは静かにその槍の名を呼ぶ。

 狙いは廊下と部屋とを隔てる厚い壁。


「飽食を求めて食らいつけ、飽くなき暴食の宴ペルマネントアペティート!」


 ギギギギギギイィィィ!


 暴食の槍(テュランシュピース)の刃が軋むような音を立てて震える。そして、平行に並んでいた刃がぐぐっと開いた。まるで獲物に噛みつく直前の蛇のように。

 その刃が直角に開いた時、刃先に魔法陣が現れた。


 バキンバギバギバリバリバリ!


 盛大な音を立てて、壁が崩れ落ちる。


「今行くからね、クサカコーヘイ君」


 アルトは舞い上がる粉塵に咳き込みながら瓦礫の山を乗りこえると、周りを警戒しつつ慎重にその場を後にした。

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