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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第七章『狂悦死獄』
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(13)時間稼ぎ‐Eine zogernde Handlung‐

「どうかしたのですか、アプリコット~。顔色が優れないようですが~」


 チェリーは妖刀『宵闇』と妖刀『闇桜』を両手にたずさえ、その切っ先で地面のタイルを引っ掻きながらアプリコットに近づいてくる。

 アプリコットは痛みの消えた上半身を起こし、手をついて後ずさる。


「どうして逃げようとするのです~? 私様わたしさまはアプリコットに危害を加えるつもりはもうないのですが~」


「冗談は身長だけにしてくださいよチェリーさん。その刀、随分な業物のようですけど何処で手に入れたんですか?」


 それが『黒乃』と『影乃』であることは明白ですけどね。チェリーさんの性格を考えれば時間稼ぎのきっかけにできるかもしれませんから。


「とぼけるのが下手ですよ~。お前はこう思っているに違いないのです~。なぜ桜花双刀リヒティリューゲ私様わたしさまに使われるがままになっているのか~とね~。その答えは簡単です~」


 チェリーは口の端をつり上げるような作り笑いを浮かべると、


「ですが教える義理はないのです~。どうせここで終わるのだから冥土の土産に教えてやる~なんて愚かなこともしませんので~。そんな馬鹿はどうせ、先がどうなるかわからないこの現実で過去のデータを過信した真性の馬鹿でしかなく、立場逆転の末路を辿ることになるのですからして~。私様わたしさまにそのような愚行は不可能なのですよふふふふふ~」


 普通の人が見たら違和感と恐怖しか感じないような笑みを浮かべて、チェリーはさらにアプリコットに歩み寄る。

 身体機能に支障がないかを確認し、アプリコットは再び後ずさりつつ、身構えるように立ち上がる。


「心的な拒否反応ですか~? それとも生理的な嫌悪表現でしょうか~」


 チェリーのその言葉に、今さらながら何となく違和感を覚えた。

 アプリコットはその違和感を解消するために、深く考えず口を開いた。


「チェリーさん。今誰の味方ですか?」


私様わたしさまには味方なんて1人たりともいないのです~。そもそも~人外の中でもさらに外れた我々に~奇人変人以外の知り合いなど数えるのも億劫なほどごく僅かしかいませんしー」


 自嘲気味に笑うチェリーに、


「チェリーさん……時間稼ぎ(ストール)してませんか?」


「そんなことはないのです~……ってとんだ邪魔が入ったようです~」


 チェリーがアプリコットの死角となる背後に視線を向けたその瞬間、アプリコットは横っ飛びに跳んだ。

 そして、チェリーの視線の先、気配を察知した方向に目を遣る。


鈴音りんね様。いつまで遊んでいるのですか? こちらにもあまり時間はないのですから、早くしてくれませんか」


 薄い青がかった銀髪。

 冷ややかな視線に端正な顔つき。

 そこだけ浮き彫りにされているような目立つ白と黒のオーソドックスなメイド服。

 そして、拭いきれない逸脱感。


「おはようございます、アプリコット様。再びお会いできて嬉しいですよ」


「ヒルデガード=エインヘルヤ。別にボクとしては2度と会いたくもねぇと思ってましたけどね。インフェリア=メビウスリングも泣いてましたよ?」


「それはそれは心が痛みますね」


「笑うトコですかね」


 冷徹な口調で言うヒルデガードを一瞬睨み付けると、アプリコットは再び守翼シェーンを広げると、


「2対1では勝てる気がしねぇので、逃げさせて貰いますね」


私様わたしさまが大人しく逃がすとでも思うのですか~?」


 チャキッと桜花双刀リヒティリューゲを構えたチェリーが、姿勢を低くすると、タンッ。

 宙を舞った。

 わずかな予備動作モーションで山なりの軌道を描くように跳び、アプリコットが呆気にとられている――知恵の実(エデンズ・シード)システムが反応する前に――間合いを詰めてくる。


「え~っと~ですね~、桜閃流おうせんりゅう黒麒一蹴撃こっきいっしゅうげき~!」


 『宵闇』を逆手に構えたチェリーは、アプリコットの近くに走り込む。そして『闇桜』を地面に突き刺すと、その柄を握ったまま跳んだ。

 まるで曲芸のように空中で一回転したチェリーは、その遠心力に基本的な腕力,『宵闇』の重さを加えた力任せな一撃をアプリコットの守翼シェーンに叩き込んだ。


 ドガッ!


 ギギッ。


 巨大な金属の塊がその重い一撃に軋む。


 黒麒一蹴撃。

 桜花双刀リヒティリューゲのその呪いによる絶対の硬さを利用した、普通の刀なら耐えられない負荷を破壊力に変える力任せな攻撃だ。


 そして桜閃流とは、桜花双刀リヒティリューゲの宵闇黒乃と闇桜影乃が用いる専用の剣術で、自分もしくはもう片振りを使って戦えるよう工夫されたものだ。その術技はいくつにも枝分かれしているが、その半分以上がその硬さを利用した力業ちからわざに準じている。


「桜閃流が使えたんですか?」


「1度だけ型を入れ(インプットす)る機会があったというそれだけのことですが~。私様わたしさまは天才なので~この程度のことは容易いのです~」


 そうは言っても、前に黒乃に見せて貰ったものとは威力が桁違いに劣っているようなので、十分に使えてるわけじゃなさそうではあるんですがね。

 かといって今の一撃による損傷は軽微と言っては差し支える。早めに撤退した方が身のためなことに代わりはねえようです。


「まだまだ~」


 チェリーは地面に突き刺さった『闇桜』に『宵闇』の切っ先を引っ掛けると、勢いよくそれを跳ね上げた。

 そして、チェリーが再び跳ぶ。

 あと一撃はってくださいね、天使の守翼シェーン・フリューゲル


「桜閃流~黒鳳滑翔撃こくほうかっしょうげき~!」


 チェリーは空中で『闇桜』を掴んだ手を、アプリコットに向かって振り下ろす。


 ドガァッ!


 再び響く打撃音。


「桜閃流~黒狼牙刃斬こくろうがじんざん~」


 間髪入れず、上段と下段。

 チェリーは振り上げた『宵闇』を振り下ろし、下ろした『闇桜』を斬り上げる。


「くっ……」


 アプリコットは守翼シェーンを背中側に引き戻し、刃翼ヴィンドでその一撃を受ける。


 キィンッ。


 押し返すことができず、跳ね除けるのが精いっぱいだった。


「よくもまあそんな廚二くせぇ名前ばかり考えたもんですよね黒のんも」


 アプリコットは地面に手をついてなんとか体勢を立て直すと、刃翼ヴィンド守翼シェーンをスフィアキューブに分解し、禁忌果の洗礼ヴァイター・アプフェル モードを解除する。


「いったいどういうつもりなのです~? アプリコット~」


 チェリーの言葉を無視して、アプリコットは静かに、


「散開」


 と呟いた。

 直後、アプリコットの身体が足先から砂のように崩れ始める。

 スフィアキューブ1つ1つは小さく、滞空していても肉眼ではわからないため、それを利用して逃げようとしているのだ。


「アプリコット!」


 チェリーが慌てたような声で叫ぶ。いつもの軽口も何処かへ吹っ飛び、慌てて格納庫ナカからC.GSTV(カールグスタフ)――歩兵携行型無反動砲で、初速が速いため命中精度が高い――を出してきた。

 この状況で出すとすると、間違いなく榴弾でしょうけど……あれはまずい。

 空気中に紛れ隠れるスフィアキューブがまとめて全滅しかねない。


 ブシューッ!


 砲身の後ろからガスが噴出され、アプリコットの目が射ち出される砲弾を捉えた。


 シューッ。


 風切り音を立てて飛ぶ砲弾は一秒にも満たない短い時間でアプリコットの元に届くと、アプリコットの身体に当たることなく10メートル先までぎりぎりの低空飛行の地面に命中し、ボンッと音をあげて小さな爆発がいくつも起こす。

 アプリコットの脇腹の隣を通り抜けて。


「チェリーさん……?」


 この至近距離で外した……?

 そう思った直後、全てのスフィアキューブが分離しその場からアプリコットの姿が消える。

 大量のスフィアキューブは知恵の実(エデンズ・シード)システムに従って上空へと上がり始める。

 チェリーは、カールグスタフをかかえたまま突っ立っている。今のアプリコットからは見えないが、チェリーはヒルデガードに見えないように笑っていた。

 スフィアキューブ――アプリコット=リュシケーはアルヴァレイたちを追いかけて、港の方へ流れ始めた。







 チェリーとアプリコットの戦闘終了から約4時間後――。


「いつまで待ったら誰が来るって言うのよ、あの子は!」


 衣笠紙縒は声を荒らげて怒っていた。


「まあまあ」


「康平は黙ってて! じゃないと海に落とすからね!?」


 普通に酷いこと言われた。

 ここはヴァニパル港の船着き場。

 特に人用の桟橋だ。別に人と人外で分けられてる訳じゃない。

 貿易港としての役割が大半を占めているヴァニパル港は貨物・旅客両用と旅客専用で船を使い分けている。その旅客専用の桟橋――他の貨物・旅客両用の桟橋に比べると船と同じく小さめにできている――で僕らは誰かを待っていた。

 なんか突然、アプリコットっていう同僚から電話がかかってきて、『異常事態につきヴァニパル港に行け』のようなニュアンスの一方的な連絡を受けたそうだ。

 僕としては何で携帯が通じるのかを教えて欲しいんだけどね。


「あれから携帯が全く通じないし、何の連絡もないし! 何がにゃにでにゃんだってのよ~!」


「紙縒、落ち着いて」


 頭がオーバーヒートしているようだったので初めに落ち着かせようと肩をとんとんと叩くと、


「落ち着いてるわよ馬鹿!」


 全然落ち着いてない紙縒に馬鹿扱いされた、と思った心が読まれたのか紙縒がこっちを睨み付けてくる。


「あんまり興奮しすぎると、顔赤くなってるよ? あ、ほら船も来たみたいだし」


 突き出た半島の先からゆっくりと船が姿を現した。


「なんで船なの?」


「え!? 船じゃないの?」


 港が指定なのって、てっきり船で誰かが来るからだと思ってたのに……そうか、違うのか……。


「船よ」


「えぇ!?」


 紙縒が2秒前に言ってたことと全然違うんだけど、と思って紙縒の顔を見ると、目を細めてまだ遠い船を凝視していた。


「甲板にアプリコットが見える」


 紙縒の視力は2.0だと聞いているけれど、普通はあんな遠いところまで見えるものなのかな。


「アプリコットが来るわよ。康平は下がってて、危ないから」


「同僚なんじゃないの!?」


「アプリコットとチェリーと……」


 紙縒はわずかに上を向いて、思い出すように指折り数え始めた。

 その数がどんどん増えていく。


「……は危ないからアウト」


 高速展開されていた紙縒の指が止まり、それを掲げるように見せてくる。

 よく数えてはいなかったが、30人ぐらいは数えていたんじゃないだろうか。


「紙縒の職場ってそんなに危ないの?」


「あ、でも物理的に危ないのはチェリーとアプリコットだけね。他は少なからず分別ついてるのが多いし」


 分別ついてない人も物理的以外で危ない人もいるらしい。ちょっと紙縒のことが心配になってきた。


「紙縒……ホントに大丈夫なの……?」


「大丈夫ですよ、危ねぇのはチェリーさんだけですから」


 ビクッ!


 突然背後からした声に、驚いた紙縒の肩が跳ねる。

 康平が紙縒と共に振り返ると、そこには紙縒や康平と同い年ぐらいの茶髪の少女が立っていた。

 足がゆらゆらと動いているように見えた気がする。

 その少女は燃えるように真っ赤な瞳を瞬かせると、


「やっほーこよりん、ひっさしぶりー。元気してました?」


「い、いるなら声かけなさいよ」


「いやだからかけたんですけど、何言ってんですか、マジ頭大丈夫ですか? これだからただの人間は」


「なんでアンタにそこまで言われなきゃなんないのよ……。チェリーにも会ったけど、なんでこっちの世界にいるの?」


「話せば長くなりますよ?」


 アプリコットと呼ばれた少女は、困ったように腕組みをすると、紙縒の様子を窺うように視線を送る。

 流してるけど、紙縒はさっきこの子が甲板にいるって言ってなかったっけ?


「いいから話して」


「船が着くまであと何分ぐらいですかね」


「え? えーっと……この距離なら5,6分ぐらいかな……どうして?」


「じゃあとりあえず、落ち着ける場所に行きましょう。話はそれからです」


 2人を先導するように、アプリコットは町の中央へ向かって歩き出した。

 紙縒と康平はどちらともなく顔を見合わせると、


「どういうこと?」


「僕に聞かれても……」


 紙縒は首を傾げて、アプリコットの後を追って歩き、康平もその後に付き従った。

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