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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第七章『狂悦死獄』
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(7)回想‐Vorlaufiger Abschied‐

場面はアルヴァレイくんとヘカテーちゃんとシャルルちゃん、それにヴィルアリアちゃんとルーナちゃんとティアラちゃんの方です。

「明日……またここで」


 シャルル――シャルロット=D=グラーフアイゼンは寂しげな表情で笑った。


「ああ、絶対に来いよ。忘れるなよ?」


 アルヴァレイ=クリスティアースはそんなシャルルを元気づけるように、わざと茶化すような調子でそう言った。

 その言い方にクスッと笑うと、シャルルも合わせるように、


「アルヴァレイさんこそ、私がお寝坊しても、早とちりして、走って迎えに来たりしないでください」


 シャルルは人差し指を立てて、それを顔の横に添えるような仕草でそう言った。


「別にあの時は早とちりじゃないだろっ」


「いいえ、2パーセントくらいはアルヴァレイさんの早とちりですっ」


 ほとんどねえじゃねえか。


「はーいはい、コントはおしまいっ。シャルルちゃんは早く行った方がいいんじゃないの? あと少しで日没だよ?」


 2人の会話を遮るように、不機嫌そうなジトッとした目を向けてくるのはヘカテー=ユ・レヴァンス。

 元々は旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)だったが、ある事情から『旧き理(エンシェントルール)』と分離して、人外ではなくなった神族の女の子だ。


「それではアルヴァレイさん、アリアちゃん、ヘカテーちゃん。それと……」


 シャルルの綺麗な瞳が、わずかに沈んだ表情のティアラ――アルヴァレイがそう名付けるまでは"鳴けない小鳥(レジストハート)"と呼ばれていたルシフェルの人格だ――をじっと見つめた。


「私、名前、"鳴けない小鳥(レジストハート)"。私、呼び名、ティアラ。名前、与えてくれた、アルヴァレイ……クリスティアース」


 シャルルは淡々としたティアラの返答に頷くと、


「ティアラちゃんもまた明日、です」


 屈託の無い笑顔でそう言った。しかし、ティアラはぎょっとしたように目を丸くして、抑揚の乏しい声で、


「私、私は……。その……」


 照れているのか、ティアラは恥ずかしそうに視線を逸らすと、アルヴァレイに意味ありげな目を向けてきた。

 眉がわずかに上がり、どことなく睨んでいるようにも見えるがすぐに視線を戻してしまったため、表情はそれ以上見れなかった。


「仕方ないとわかっていても、また明日までの我慢だとしても、やっぱり別れるのって寂しいですね」


 シャルルはベルンヴァーユ本来の姿のルーナに器用に飛び乗ると、再び憂いを帯びた寂しげな表情で微笑んだ。


「必ず……来ますから」


 そして、アルヴァレイが反応を返す前にシャルルはルーナに『行こ』とささやいた。

 ルーナはわずか10秒ほどでトップスピードに入り、瞬く間に目視のできない距離を走り去っていった。


「そういや……シャルルにルーナの、その……発情期のこと言い忘れたな」


 何故か唐突に思い出したことを呟くと、ずっと黙りこくっていたヴィルアリアも『あ』と思わず声を漏らし、口元に手のひらを当てる仕草をする。


「そっか。そういえば薬も私が持ってるままだった」


 と言って、ポケットから薬の容器を出して、軽く振って見せる。


「まあ1日ぐらいなら何とかなるか」


 どうにかなったところで相手がいないし、シャルルもいるから大丈夫だろう。

 ……夜はノウェアだったっけな。

 本当に大丈夫か……?


「今からじゃ追い付くなんて絶対無理だしな。ま、今日は家でゆっくりして、明日の朝、シャルルとルーナが合流したらフラムに戻ることにするか……」


 クスッ。


 ヘカテーが思わず吹き出した。


「どうかしたの?」


 ヴィルアリアが不思議そうな視線をヘカテーに向ける。


「ゆっくりするなんて、いつ以来だろうって思ったの」


「確かに……最近はずっと何だかんだあったからな」


 よく考えればシャルルとの出会いからそうだったのかもしれない。シャルルがいなくなって、リィラさんや鬼塚あのバカと出会って、シャルルを探してる間にヘカテーやルシフェルと出会って。ルシフェルの他の人格とも仲良くなった。

 すごく今さらな気もするが、『他の人格と仲良くなる』ってどっちにしても普通じゃないよな。それを当たり前のように言ってる俺は既に一般人ではない。

 ルーナと再会して、旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)だったことを知った。

 これが未だにプチショック。

 そして薬師寺丸薬袋(やくしじまるみない)に拉致されて、紙縒や康平と出会った。

 その後、ヘカテーに酷いことを言ったことは今でもホントに後悔しているけれど。

 フラムに辿り着いてからも、すぐに戦争に駆り出されて、ガダリアさんと再会した。

 その時までガダリアさんのことを忘れていたのは内緒だ。

 そして久遠くおん稲荷いなりと出会い、その後テオドールに戻ってきたらシャルルが黒き森(シュヴァルツヴァルト)にいた。

 その前にルーナがおかしくなる事件もあったがな。

 シャルルが帰ってきたと思ったら今度はルシフェルがいなくなって今に至る、とこういう訳か……。

 どういうわけだか主に、いやほぼ全てが人外のせいなんだけどな。

 改めて考えてみても、俺の周りにばっかり人外が集まってくるなんてまるで何かの陰謀が働いているみたいだ。

 いや、やっぱり俺にとっては奇跡のようなものなのかもしれない。

 何だかんだと文句は言うが、この出会いに感謝しているのだから。

 人外人外と言うけれど、触れ合ってみると普通の人類となんら変わらないと言うことを知った――シャルルとの出会いがなければ人外の存在を知ることもなかっただろう――それにヘカテーのおかげで呪いが忌み嫌われて当然の、自業自得の表れというだけではなく、不条理と不運によってもたらされることもあることを知った。

 この数ヵ月、いや1年はいろんなことがあった。大変なことも死ぬかと思ったこともあったが。例えばローアまでの道中ではエヴァのラリアットで死ぬかと思った。

 そう言えば、ローアではチェリーとアプリコットっていう変な2人組にもあったっけ……、あの二人は正直全然わからなかったけれど、少なくともアプリコットの方はまともな人間じゃなかったな……。

 結局こうして振り返ってみると、そのほとんどが笑い話のようで――と一纏めにしては不謹慎な事情もあったが――まるで夢を見ているようだった。

 そう思えるぐらい皆との日々は楽しいものだった。一緒にいるだけでこんなに楽しい気分になれる仲間がいるなんて、昔は思っても見なかったから。


「何にも起こらないとつまらないな~。アル君アル君、何か騒ぎになりそうなこと考えてよ。私も一緒にやってあげるから」


「今までの回想と思考回路を全部返せ」


 あまりにも唐突だったから、本音がしっかり出てしまっていた。


「あれ? アル君怒ってない? なにか気に入らないことでもあったの?」


 気に入らない。

 何が気に入らないってヘカテーのそういう態度が気に入らない。


 わざわざ身を屈めるように腰を曲げ、アルヴァレイの方に身を寄せて、至近距離での上目遣いの破壊力を十分理解した上でその手を使ってくる。しかもヴィルアリアやティアラの目の前で異常なぐらい堂々とやるものだから、安易に拒絶することもできなかった。


「ん~ティアラさん。美味しいモノ食べに行かない? こっち来たら食べたいモノがあったのー」


 ヴィルアリアが唐突にそう言い始めた。

 ってちょっと待て。

 ヴィルアリアはヘカテーにチラッと意味ありげな視線を送り、ヘカテーはこくり。

 小さく頷いて返す。

 ヴィルアリアからすれば気をきかせてるつもりなんだろうが、アルヴァレイからすれば迷惑以外の何ものでもなく、すでに極まりないところまで達している。


「美味しい……モノ……」


 今までにないくらいティアラの頬が緩んでいる。

 意外なことに、どうやら『美味しいモノ』はティアラにとっての鬼門らしい。とはいえ表情の変化が比較的希薄なティアラが目を輝かせると、すごく不気味だ。

 人に対して使っていい言葉じゃないが。


「ほらほら」


 ふらふらとアリアの手招きに誘われるように、完全に餌付けされた状態のティアラがついていく。

 それを追いかけようと足を1歩踏み出したところで、ぎゅっ。

 後ろから、柔らかくて温かいモノが右腕にからみついた。


「どうして逃げるの?」


 アルヴァレイが振り返ると、予想通りヘカテーが腕に抱きついていた。

 まるで何かに怯えて震えている小動物のように強い力でしがみついているが、その震えの理由は別の――おそらく怒りと言うよりは苛立ちに近いだろう、と祈りたい――感情だ。

 1度そう思うと、ヘカテーの笑顔ほど怖いものはない。

 ある程度の付き合いだからこそわかることだが、ヘカテーは本当に可笑しい時は声をあげて笑うか柔和で可愛らしい笑顔になる。

 まるで凝り固まったような無言の笑顔は間違いなく苛立っている時――しかもなぜか俺にだけ――の表情だ。


「なんで逃げるの?」


 ヘカテーは静かに呟くように再びそう訊いてきた。

 背すじが凍るような寒気を感じ、ヘカテーの表情とは裏腹の温かさを右腕に受けて、アルヴァレイは必死に考えていた。

 下手なことを言うとやばい。

 本能でそう感じていたからだ。


「ねぇ、アル君?」


 あと少し――ヘカテーはいつかの言葉通り、俺に好意を持ってくれている。今はうやむやになっているが、だからこそここで言葉を間違えると後々まで響きそうな気がする――あと少しで思考がまとまりそうなんだ。あと少し時間を稼げれば、むぎゅうっ。


 むぎゅうっ?


 マシュマロを潰したような感覚が突然腕に伝わってきた。薄い布に包まれたその柔らかい感触に、アルヴァレイは何気なく右腕のヘカテーに視線を遣った。


「アル君?」


 突然様子が変わったアルヴァレイに不思議そうな表情のヘカテー。

 その顔の下。

 アルヴァレイに身体ごと密着しているヘカテーの控えめな2つの凸部分が押し潰されていた。

 そして、アルヴァレイの腕はちょうどその間に挟まれるような――残念ながら挟めるような大きさではないけれど――位置を通過している。


「!?」


 心臓が止まるかと思った。

 ヘカテーは素面しらふだからたぶん気づいてすらいないのだろう。ヘカテーの耐性の無さは重々承知している。

 ダメだ。考えようとすると、それ(ヽヽ)を意識してしまって全然まとまらない。

 ヘカテーの形のいい眉がわずかに歪む。不機嫌になってきているのだ。


「アル君、私に何か隠してない?」


 ヘカテーの声色は急に温度が下がった。

 言ってもいいのだろうか。下手なこと以前に、熟慮する暇もなく、今の現状をそのまま伝えてもいいのか?

 胸が密着していることを。


「何も隠してないよ?」


「なんで疑問形なの」


 緊張で語尾が上がってしまった。

 正直に言えば、たぶんヘカテーは赤面して、すごく怒るだろう。

 いっそ自分で気づいてくれればと思った時、それは最悪のパターンだと気づいた。

 まるで『胸が当たっているのに気づいていながら、敢えてそれを放置した』ようにヘカテーの目には映るだろう。確かに『敢えて放置した』ことに変わりはないが、ヘカテーは間違いなく誤解する。

 どういう意味で誤解するかは、ヘカテーの中の俺とヘカテーの関係を考えれば、想像にかたくないだろう?

 ヘカテーはまっすぐ目を見つめてくる。

 そして俺が意を決して、『胸が当たってるんだけど』と伝えるため口を開いた瞬間、ヘカテーの様子が変わった。

 突然不思議そうな表情になり、その一瞬後に顔を真っ赤にして、うつむくように視線をそれ(ヽヽ)に向ける。

 とたんに耳まで赤くなり、バッと手を放しよろけるように後ずさった。


「あ……あ……」


 口をパクパク――魚が水を吸い込む時の挙動に似ている――させると、ドカッ!

 足下にあったタイル――馬車や騎獣のよく通るテオドールでは普通のレンガでは割れてしまうため、特注のかなり丈夫なタイルを使用している――を一撃で踏み抜いた。


「アル君の馬鹿!」


 八つ当たりのち罵倒。


「な、な、なんで言ってくれないの! そ……そんなに、その……私の胸……」


 言葉を発する度にヘカテーの顔がどんどん赤くなっていく。両手で胸を押さえて、目元には、な……泣いてるじゃないか。


「ちょっと待てヘカテー。まずは落ち着け。黙ってたのには訳が……」


 こんなときに無難で安易な言葉しか選べない俺は、なんて情けないんだろう。


「全然おっきくないのに……こんなにちっちゃくて……」


 言いながら、恥ずかしそうに視線を下げていくヘカテーが不覚にも少し可愛いと思ってしまった。なんというか、柔らかくて小さくて――胸の話じゃない――か弱くて、普通の女の子と全く同じで……。


「どうせアル君だってルーナちゃんみたいなおっきいのが好きなんでしょ!?」


 と思った瞬間に逆ギレされた。


「あんまり意識してないかもしれないけどルーナはベルンヴァーユだからな!?」


 まあ確かに。

 ルーナを1人の女の子として見たこともあったが基本的にルーナは動物だしな。

 ルーナが発情期の時に1回キスされたことはあるけど、


「ルーナちゃんとキスしたの!? アル君、それどういうこと!!」


「お前、俺の心読めてんじゃねえの!?」


 ルシフェルと別れてから使えなくなったってのは嘘だったのか!?


「う、嘘じゃないもんっ……あれ? どうして私……アル君の心の声が……」


 ヘカテーの熱が急激に下がる。

 そして、アルヴァレイとヘカテーは当然のような答えを同時に導きだし、バッと周りを見回した。

 そして探す。

 ヘカテーにとっては、かけがえのない家族を。

 アルヴァレイにとっては、シャルルに次ぐ2人目の馬鹿を。


「ルシフェル! いるなら出てきて!」


 ヘカテーがその名を呼ぶ。


「さっきはごめんね、仲直りしよ! ルシフェル!」


 周りを歩いていた人が不思議そうな顔を向けて通りすぎてゆく。

 しかし、あの人を威嚇するような高い声が聞こえることはなかった。


「ルシフェル……」


 さっきとはうって変わって青ざめた表情のヘカテーは、静かに肩を落とした。


「もうアル君の心の声も聞こえない……」


 それはヘカテーとルシフェルの距離が遠くなったことを意味する。

 心なんて読めないのが当たり前で、アルヴァレイからすれば迷惑でしかない能力ちからだが、今この時だけは繋がって欲しいと思った。


「ヘカテー……」


「大丈夫……大丈夫だから……アル君はいつものままでいて……」


 ヘカテーの悲痛な声が静かに響く。

 せっかく少し元気になっていたのに、たった半日でまた。

 ヘカテーはうつむいたまま、じっと動かなかった。

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