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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第六章『桜花双刀』
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(10)思惑‐Der Rucken der Handlung‐

 こんにちは。

 至高のメイド、ヒルデガード=エインヘルヤです。

 世の男性皆々様、高嶺の花ではありますが、わたくしを求める冒険心をお忘れなきよう。


 冗談です。

 一時とはいえ、主と仰いでいた方のあまりにも情けない姿を見てしまい、しばらく現実逃避に浸りたかっただけですので、どうか笑って聞き流していただければ。


「お帰りなさいませ、『元』私の主、インフェリア=メビウスリング様。重ねて皆様、ようこそお越しくださいました。どうやら私の予想通り、お疲れのようですね」


 ヒルデガードは淡々とした口調でリィラ達に声をかける。

 しかし聞こえてくるのは、


「ぜぇ……ぜぇ……」


「ひゅう……ひゅう……」


 などの荒い息遣いだけだった。


「?」


 ヒルデガードの首がキリキリと音を立てそうなくらいゆっくりと斜めに傾く。

 しかし、すぐに何かに気付いたようで、ゆっくりと首が元に戻る。


「お帰りなさいませ、『元』私のある」


「聞こえとるわ! ……うっ、ぐっ、ゲホゲホゲホッ!」


 激しく咳き込むインフェリアを気遣うような素振りで、ヒルデガードはインフェリアの背中をさすった。


「呼吸が乱れている時に大声をだそうとなさるからです。大丈夫ですか?」


「わかってるなら大声を出さねばならんような反応をしないで欲しいのじゃが……」


 インフェリアはそう言葉を絞り出すと、再び息を整えるように深呼吸を始める。

 インフェリアだけではない。

 その周りでは、リィラ,黒乃,チェリー,アプリコットの4人が地面に手と膝をついて同じように息を荒らげている。


「何だ……ここは……っ!」


 リィラがかすれた声で言葉を吐き出す。


「何が、でございましょうか?」


「とぼけるな。久々に死ぬかと思ったぞ。なんだこの洞窟は!」


「不用意に大声を出されると、また来ますよと警告しておきます」


「っぐ……」


 本当は私がいますので、この屋敷には近づくことすら叶わないので問題はないのですが。

 そろそろ立ちっぱなしで疲れてきたので、できれば早く中に入って頂きたいのです。

 私事で本心から申し訳ないと思っておりますよ? 本当に。


「では皆様お入りください。使い古された表現ではありますが、ようこそ。インフェリア=メビウスリングの居城へ」


 半分名目上のものですが。








「で、ワシがいない間にこの洞窟に何があったのじゃ?」


「知りません」


「お主が知らんはずないじゃろ!?」


「いえ、本当にわからないのです。確かにわたくし。インフェリア様がいなくなってから寂しさを紛らわせるために、色々な動物を洞窟内に連れてきましたが、まさかあんなに大きくなるとは思いもよらず」


「そのまんまお主のせいじゃよな!?」


「ふふふ。まったくインフェリア様は何をおっしゃるやら」


「たった今本音が口に出ておったからな!? お主、まったく変わっておらんな!」


「……熱でもおありですか?」


 相も変わらず面倒じゃ、と呟いたインフェリアから視線を離し、リィラは部屋の中を見回した。

 まず浮かぶ印象は豪奢。

 天井から吊るされるシャンデリア,染み1つ無いカーペット,椅子の背や大きなテーブルの脚にまで絢爛な装飾が施されている。心なしか壁紙も輝いて見える。リィラですら、この部屋のものに触れるのは、悪いことをしている気分になる。それほど綺麗に輝いている部屋だった。

 しかし、次に浮かぶのは違和感だった。

 どうにも落ち着かない。

 普通の部屋、普通の屋敷に見えるが、何かが決定的に違っている、はずだ。

 しかし、何がおかしいのかまったくわからない。本能的な緊張や根本的な恐怖にも似ている。自分1人だったら間違いなく剣を抜いていただろう。

 それなのに、リィラは自分が何を感じているのかがよくわからなかった。


「……どうかなさいましたか? リィラ=テイルスティング様」


「いや、何でも…………っ!?」


 リィラは思わず跳びすさった。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、目の前のメイドから禍々しい殺気を感じたのだ。


「貴様!」


 リィラが剣を抜くと、ヒルデガードはにこりと微笑んだ。


「試すような真似をして申し訳ありませんでした」


「なに?」


 気がつくと、屋敷に感じていた違和感も消え去っている。


わたくしは既にインフェリア様にお仕えすることは叶わない身、しかしインフェリア様は大変脆弱でいらっしゃいます。ですから、インフェリア様を支えてくれる方がどうしても必要だったのです」


「それが、私だと?」


「はい、この中ではリィラ様にしか頼むことができません」


「何故だ?」


「まずそこのお二方、黒乃様と名前は存じ上げませんが黒乃様が腰に差されている太刀の中の人格様は……」


「影乃がわかるのか?」


「はい。見えますから。そのお二方には神流様がおられますので、お頼みするのが憚られます」


 黒乃の頬がわずかに朱に染まる。


「黒乃~。顔が赤いですよ~?」


「うるさいっ」


 黒乃が顔を逸らし、不機嫌そうに足踏みをし始めた。


「それならアプリコットやチェリーだっていいじゃ……」


「お察しの通り、そのお二方は性格が破綻していらっしゃるようですので、預けるには非常に不安が残るのです」


「チェリーさんと一緒にされるなんて光栄ですが、あんなのに悪いので一緒くたにしないでくれませんかね。この際だから言っておきますけど、ボクは……」


私様わたしさまが子供のお守りをするなんて~反吐が出そうなぐらい嫌ですが~跪いて足を舐めつつ、懇願されればやぶさかではないぐらい心が広いので~私様わたしさまは……」


「「性格破綻なんてしてませんから」~」


 言い訳する気もなく、説得力がまるでない台詞を重ねる2人を、神流はなぜか楽しそうに見ていた。

 ヒルデガードはにこりと口を曲げ、目が笑っていない表情でチェリーとアプリコットに軽く頭を下げる。


「こちらから遠慮させていただきます♪」


 その言葉にチェリーはつまらなそうに視線を落とし、アプリコットは楽しそうにチェリーを眺め始めた。


「重ねて、リィラ様だけがこの第一世界の住人だと言うこともありますが、細かいことは気にしないでください」


 そう言ったヒルデガードの言葉はあまりにも小さく、誰の耳にも届かなかった。


「それではどうぞこちらへ。食事の用意ができております」


 たった一言で、今まで抑えられていたリィラのたがが外れた。







「リィラ=テイルスティング~」


 静けさとは無縁の食事を終えて、腹ごなしに屋敷の外に出たところで、突然チェリーに声をかけられた。


「お前も来たのか」


「ちょっと付き合って貰えると私様わたしさまは嬉しいのかも知れないのですが~よろしいですか~?」


「いやだ、疲れた」


「……は?」


「面倒くさいから今は動きたくない」


「早く死ねばいいのに~」


「正直なところ、貴様の態度が気に食わんだけだが」


「ふふふ~。ガキですか~? ……お願いします……」


「ふん。で、何だ?」


 チェリーは口をつぐんだ。


「じゃあな。面倒だ」


 チェリーは、背を向けて歩き出したリィラの手を大慌てで掴んだ。


「ちょ、ちょっと待つのです~。そ、その~……さっきの話のことなのですよ」


「黒乃と影乃のことか?」


「いいえ~そっちはどうでもいいのですよ~。私様わたしさまの……点のことなのですがー……」


「何て言った? 悪いが聞こえなかった」


「~! うぅ……私様わたしさまの弱点のことなのです……」


 ようやく言ったか、とリィラは内心楽しんでいた。


「どうすれば弱点を補強できますか~?」


 リィラは思わず笑みをこぼしてしまいそうだった。


「ふむ……」


 チェリーの目の前で剣を抜く。

 チェリーが何となく警戒の色を見せた。

 その瞬間


「チェリー」


 高く振り上げた剣を、目の前の幼女の頭に振り下ろす。瞬速の刃がチェリーの瞳に映り込み、


「なぜ避ける?」


「避けない方がおかしいでしょ!?」


 チェリーは跳んで、リィラの隣で尻餅をついていた。


「チェリー、今の一撃は強いと思うか?」


「強くないと言うには無理があるかも~」


「正直なところ、今私はあまり力を入れていない。何をしたかわかるか?」


「……魔法ですか~?」


「恐らく一番簡単な方法がこれだな」


 リィラはそう言うと、刀身に刻み込まれた細かい文字を指し示す。


「魔弾なら貴様の反応が遅くても、単純に絶対速度を高めることができる」


 リィラの言葉にチェリーは残念そうな表情になって、うつむいた。


「……私様わたしさまは魔法が使えないのです……。私様だけではなく、アプリコットも黒乃も影乃も神流も。恐らく全員使うことはできないのです~」


「だが、魔術が使えなくとも魔弾なら」


「この世界では気づく人はいないと思いますから~仕方がないとも思いますけれど~、魔術と同じで、魔弾にも魔力を通す必要があるのですね~。第三世界から来た私様わたしさまたちにはほとんど魔力が残されていないのです~」


 リィラにはさっぱりわからなかった。

 無理もない。『魔術は魔力を使うもので、魔弾は魔力を使わないもの』という分類が疑う余地のない常識であり、感覚的にそう感じてきたものだからだ。


「だがそうなると、私は貴様の弱点を克服する方法がわからんな」


 あからさまに落胆して見せたチェリーは、遠くを見て何かをブツブツ言い始めた。


「やっぱりふふふあのクズを何とかするしかないふふふあのクズがいなくなればふふふ私様わたしさまの身体を自由に改造すればいいパーツを弄るのはアプリコットに任せればやってくれるからふふふ後は個体識別だけ黒乃に任せて……………………」


 ずっと同じ語調でブツブツと呟き続けるチェリーは、端から見ていると怖かった。


「強くなる必要があるのか?」


 リィラはふとそう思って、聞いてみた。


「強くなる必要~ですか~? 私様わたしさまは強くなければならないから~というのが第二の理由ですけど~。私様わたしさまは私の周りを壊そうとする下衆共を壊せる強さが欲しいのですよ~」


「……つまり守る力ということか」


「そう言い換えても、あながち間違いとは言いきれないかもしれませんね~」


 守る力。守れる強さ。

 リィラが手にすることができなかったもので、リィラが未だに追い求めている、幻影のようなそれは、簡単に手に入れられそうに見えて、誰にも見つけられないものなのかもしれない。大切なもの全てを守れる力なんて本当に存在するのか。何度考えてもわからなかった。それは強さを求める理由として人の心に存在するだけなのかもしれない。


「リィラ様、チェリー様。全てを守れる力が欲しいですか?」


「「!?」」


 背後からかかった声に飛び退くと、そこにはヒルデガードが立っていた。その表情は氷のように冷たく、視線はリィラ達ではなくどこか遠くを見ていた。


「お前、ヒルデガードなのか?」


「はい。ヒルデガード=エインヘルヤです。それで再び問いますが、お2人は力が欲しいのでございますか?」


「…………」


「…………」


「沈黙は肯定と見なしても……、いえ、見なします。しばしの間眠っていただきますが、許可は得ません」


 リィラとチェリーの耳にその言葉が届いた瞬間、ヒルデガードの手のひらが2人の目に覆い被され、視界を奪っていた。


「『無自覚の子守唄クレイドル・サンクチュアリ』」


 ただの言葉ではない。魔力を込められた言葉の前に、リィラとチェリーは為す術もなく意識を失った。

 2人の身体を支えながら、洞窟の冷たい地面に横たえる。


「これで5人ですか。インフェリア様とアプリコット様の姿が見えないのは逃げたからでしょうか?」


 ヒルデガードは冷徹な笑みを浮かべて、一言呟いた。


「『狂悦死獄(マリスクルーエル)』様のために」

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